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しおりを挟む建国記念の夜会当日。
ティール辺境伯家の馬車が王城へと向かう中、私は窓の外を流れる景色を静かに見つめていた。
「お嬢様、息苦しくはありませんか?」
侍女のアンナが、私のドレスの胸元を心配そうに見る。
今日の私は、普段とはまるで違う。
夜空の闇を溶かし込んだような、真紅のドレス。
胸元には、ティール家に代々伝わるルビーのネックレスが、炎のような輝きを放っている。
髪は高く結い上げ、そこにもルビーの髪飾りがきらめいていた。
派手で、挑発的。
まさに、傲慢な悪役令嬢にふさわしい出で立ち。
これが、私の覚悟の表れだった。
「ええ、大丈夫よ、アンナ。むしろ、清々しいくらい」
そう言って微笑むと、アンナは少しだけ眉を寄せた。
「……何か、恐ろしいことをお考えなのではございませんか?」
「恐ろしいこと?いいえ、当たり前のことをするだけよ。間違っているものを、間違っていると正す。ただ、それだけ」
馬車が止まり、王城の壮麗なエントランスが見える。
先に到着していた貴族たちの馬車が列をなしていた。
「お兄様は、もう会場に?」
「はい。カイ様は先触れとして、既にご到着のはずです」
兄のカイも、アレクシスも、そして父が手配してくれた協力者たちも、この城のどこかにいる。
私は決して一人ではない。
馬車を降り、レッドカーペットの敷かれた大階段を上る。
私の姿を認めた者たちが、息を呑むのが分かった。
いつも地味なドレスで壁の花に徹していた辺境伯令嬢の、あまりの変貌ぶりに。
『まあ、あれはティール令嬢?』
『なんて派手な……。どういうおつもりなのかしら』
『まるで、これから戦場にでも向かうかのようだわ』
囁き声が、心地よく耳を撫でる。
ええ、その通り。
ここは、私の戦場。
大広間の入り口で、アイゼン様とリリアナ様の姿を見つけた。
アイゼン様は純白の軍服に身を包み、リリアナ様は、まるで天使のような純白のドレスを着ている。
二人並んだ姿は、確かに絵になるのかもしれない。
私に気づいたアイゼン様が、眉をひそめる。
その隣で、リリアナ様が怯えたような表情で彼にしがみついた。
(さあ、舞台は整ったわ)
私は背筋を伸ばし、堂々と大広間へと足を踏み入れた。
シャンデリアの光を全身に浴びて、ゆっくりと、破滅の舞台の中央へと進んでいく。
今宵、この場所で、長い間続いた茶番に終止符を打つのだ。
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