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しおりを挟む大広間の音楽が、ふと止んだ。
国王陛下と王妃陛下が、玉座に着席されたのだ。
貴族たちが一斉に頭を垂れる。
私もそれに倣い、静かに礼をした。
やがて、再び音楽が流れ始める。
今宵のファーストダンスは、主役である国王陛下と王妃陛下によって踊られるのが慣例だ。
優雅なワルツが終わり、拍手が広間を満たす。
そして、二曲目。
今度は、若き貴族たちがパートナーを誘い、ダンスの輪に加わっていく。
その時だった。
アイゼン様が、リリアナ様の手を取り、まっすぐにこちらへ向かってきた。
彼の瞳には、明確な敵意と、私を辱めてやろうという愉悦の色が浮かんでいる。
「ローズ・ティール」
アイゼン様は、音楽が鳴り響く中でもはっきりと聞こえる声で、私を呼んだ。
周囲の貴族たちが、何事かとこちらに注目する。
「はい、アイゼン様」
私は静かに答える。
「君との婚約は、ティール辺境伯家とヴォルグ侯爵家が、互いの利益のために結んだ政略の産物。そこに、我々の意思は介在しない」
彼は、芝居がかった口調で語り始めた。
「私はこれまで、侯爵家の嫡男として、その役目を果たそうと努めてきた。君のような、嫉妬深く、陰気で、愛想のない女を婚約者として受け入れ、耐えてきたのだ」
ひどい、と誰かが囁く声が聞こえる。
「しかし、もう限界だ!私の隣に立つべきは、君のような女ではない!このリリアナのように、心優しく、誰からも愛される、太陽のような女性こそがふさわしい!」
アイゼン様は、リリアナ様の肩を強く抱き寄せた。
リリアナ様は、涙ぐみながらも、彼に寄り添っている。
「よって、今この場で宣言する!」
アイゼン様は、右手を高々と突き上げた。
会場の全ての視線が、私たち三人に注がれている。
「ローズ・ティール!貴様との婚約を、本日限り、破棄させていただく!」
その宣言は、大広間に高らかに響き渡った。
静寂。
誰もが、固唾をのんで私を見ている。
同情、嘲笑、好奇心。様々な感情が渦巻く視線の中、私はゆっくりと口を開いた。
「まあ、お待ちしておりましたわ」
私の声は、震えていなかった。
それどころか、心からの喜びに満ちていた。
「え……?」
高笑いでもされると思っていたのだろう。
アイゼン様が、間の抜けた声を出す。
「今、何と……」
「ですから、そのお言葉を、ずっとお待ちしておりましたのよ、アイゼン様」
私は、満面の笑みを浮かべて、深々とカーテシーをしてみせた。
その完璧な淑女の礼は、彼の予想を、そしてこの場にいる全ての人の予想を、鮮やかに裏切るものだったに違いない。
さあ、ここからが本番だ。
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