虹瞳〜落ちているモノを拾って食べてはいけません〜

詩悠

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1 . 襲撃と討伐

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 翌朝、日の出とともに3人とも起き、汲んできた川の水で顔を洗う。昨夜、汗をかいたまま休んだのが気になるが、お風呂なんて贅沢は言ってられない。
 
 電気がない生活は以前から比べると驚くほど健康的だ。日が沈んだら休み、日の出とともに起きる。蝋燭も何もないから、夜は暗すぎて、なにも出来ない。
 災害後、しばらくはろうそくや懐中電灯などの物資もあったが、最近ではそういう物も少ない。賞味期限が1年前の乾パンを食べるのなんてまだいい方である。
 流星群の飛来から5年、電気、通信は壊滅的で政府、地方自治体もほとんど機能していなかった。まだ存続しているかどうかも怪しいほどだ。
 流星群の飛来、その後、連続して起きた巨大地震、そして富士山の噴火、豪雨に巨大台風……たて続けに起きた災害の影響で都市、地方関係なく、壊滅的な被害を受け、人口の半分とも言われるほどの人たちが犠牲になった。その後、鬼と呼ばれる人喰いたちが現れて、人類はさらに人数を減らし続けている。
 自衛隊や米軍基地があったところは鬼に抵抗出来ていたが、その他の地域は鬼に抵抗する手段は今のところなく、鬼が出現した地域にいた人たちは着の身着のまま引っ越すか、鬼が満腹になり、去って行くのを待つより他はなかった。



「樹!」

呼ばれてふり返る。

「翔さん!」

 長身のガチムチが樹に駆けよってくる。樹も翔に駆けより、ガシッとハグをした。樹は178cmあるし、筋肉もほど良くついていると自負しているが、元ラガーマンで192cmの翔に駆けよりざまにハグされると、タックルされたような衝撃がし、息がつまる。おまけにぎゅうぎゅうと抱き締められると、いよいよ息苦しくなってきた。

「苦しい! 翔さん! 苦しすぎ!!」

そう叫んで、翔の背中をバシバシ叩く。

「あぁ、悪い。 つい、力が入り過ぎたな」

 そう言って、離してくれる翔の瞳には涙が張り、今にもこぼれ落ちそうだ。

「お前が無事で良かった……!  ……花音は……花音は……」

 両手の拳を握りしめ、翔は腰を90°におったまま、謝罪をしてきた。

「守ってやれずに申し訳ない。約束したのに……やくそくっ……っ」

 いよいよ男泣きはじめた翔につられて、樹も涙があふれだす。

「俺も見てました。側にいたけど、なにも出来なかった! ……っ姉ちゃんが捕まって食べられるのを見てるだけしか……」

 そこまで言うと声はつまり、再び、翔と樹はふたたび、しっかりとハグする。どれくらいハグしていたのか、翔は顔を上げ、近くに日奈と麗那がいることに気付いた。

「日奈ちゃん! 麗那ちゃん! 無事だったんだな! 良かった!!」

 大きな体で目元を腫らし、目をうるうるさせてるのはなんだか可愛いなと思って見たが、樹と同じようにハグされそうで、日奈と麗那はそろって一歩下がる。あんな巨体にぎゅうぎゅうにハグされたら、潰されそうだ。
 それは断固拒否!ノーセンキュー。
 そんな2人の気持ちが伝わったのか、広げかけていた手をおろし

「無事で良かった。」

 そう言い、くしゃっと微笑んだ。癒し系の笑顔にほだされ

「翔さんも無事で良かったです。」

と、返した。
 それから、朝の寄合があるというので、四人でむかう。これからどうするのかをこの避難所に避難して来た人たちが話し合うらしい。




「昨日の内に隣の市まで逃げた人たにもいるそうだ。」

「小島小には六十人、井上公民館に三十二人、中町中には九十八人、中町小に五十三人逃げて来ていた。小島中と元寺公民館の避難所は確認してないが、鬼が東側から来たのを考えると、むこう側にはあまり避難してないだろう。他にも森に避難した人たちも結構いるみたいだな。」

「小河内地区に残ったままの人たちも結構いるぞ。」

「残ってて大丈夫なのか?」

「鬼に襲われたのは小河内地区の上の方が中心だから、小河内でも小島地区近くの住民や他の地区の奴らは留まってるのも多いらしい。」

「鬼は?」

「最初に現れたのは小河内と元寺の境方向に去って行ったらしいが、どの辺りにいるかはわかんねぇ。後から出たのは最悪だ!まだ町の中にいる。」

「!!」

 大勢の息を飲む音がし、場は一瞬、静ずかになるも、すぐに、がやがやと騒がしくなる。

「どこに?」

「小河内公民館の辺りだ。」

「最悪だな。あそこは小学校や学童保育所も側にあって、避難所にもなってたのに…」

「…かたき打ちてぇな…」

 誰かがそう呟やいたとたん、その場はシーンと静まりかえった。

「母ちゃんが食べられたんだ。助けようとした親父おやじが頭つかまれて吹き飛ばされた! 頭の形なんか残ってなかったっっ!!」

立ち上がり、拳を握りしめた青年にたいし、

「自殺行為だろ。」

 ぼそりと呟く声がする。そんな呟きは気にも留めず、立ち上がった青年は続ける。

「なぁ、まだ町の中にあいついるんだろ⁉︎  昨日、どっから湧いたか知んねーけど、あいつ、あいつ……!  女ばっか狙いやがって!  男は親父みたいに頭、握り潰して、ゴミみたいに投げやがった!! なぁ!」

 青年は翔と樹を見る。彼も花音が食べられる所を見ているのだ。そして、花音が翔と付き合っていたのも仲間内では有名だった。

「なぁ!」

 今度は妹を食べられた青年を見る。次に兄を殺された人を、そして、娘を食べられた中年を順に見回す。その場は異様な熱気が立ち昇ろうとしていた。

「だから、そんなん自殺行為だろ。」

 そんな空気を読まず、むしろ、冷やそうとするかのように、さきほどよりも冷たく、平坦な声が響く。

「乗り気じゃねーやつは誘わねーよっ」

 吐き捨てるように返す声に、打つ手なしとばかりに、ため息で返す。

「けど、実際、どうするつもりだ?あいつデカイだろ? 2階建ての建物と同じぐらいはあるぜ。」

 翔が加わる。そうして、立ち昇りはじめた熱気は冷めることなく、その熱量を上げようとしていた。

「焼くのはどうだ?油撒いて、火をつければ流石に死ぬだろ。」

「灯油系は貴重すぎる。補給の仕方もわかんねーのなんて使えないだろ。」

 次々と鬼の討伐の話に参加してくる。

「平岡の工場に確かまだスプレーがあったろ。」

 娘を食べられた男も話に加わる。

「なんのスプレー?」

「ヘアスプレーだ。あれだったら、使い切ってもそう不便はねーだろ。」

「火なんかつけられねーよ。」

「俺がつけてやるさ。」

「畑中さん…」

 畑中と呼ばれたごましお頭の中年は、さきほど、場を静めようとした青年に、にかっと笑ってみせる。

「ここで、こんくらいのことして見せねーと、この先、俺は生きてなんて行けねーよ。連れ合いも子供らもとっくにいねーし、最後に残った愛莉あいりも食べられちまった。俺には見せ場が必要だ!」

 声を荒げるでもなく、落ち着いて語った畑中の静かな声に含まれる覚悟と身を焦がすほどの熱量を感じ取り、誰からも反対の意見は出ない。その場の熱量は陽炎になり、見えるのではないかと思うほど、高まっていく。


「鬼は満腹だと、3・4日は襲って来ないらしい。昨日の今日だが、やるなら早い方がいいだろう。」

「ああ、そうだな」

 次々にそうだ、そうだと声があがり、誰と誰がスプレー缶を取りに行くか、鬼がいる小河内公民館近くに残っている人がいないかの確認や避難誘導をどうするのかなど、速やかに決めていく。
 
 一度上がりきった熱はその場にいる大勢に伝播し、恐怖心を燃やしながら、動きだす原動力へと移行し、そうして、それぞれが決められた役割りにそって動きだした。


「畑中さん」

「なんでぇ、真司。辛気臭せー顔しやがって。」

 畑中にさきほど、全体の空気を鎮めようとした男が近よる。 

「ガスに火をつけるって…」

「まぁだ そんなこと言ってんのか。さっき言ったただろ、俺に任せろって! 俺はアウトドアが趣味だったからよ、火付け石も持ってんのよ。自宅に戻ればあるからよ。心配すんなよ。」

「火がつくかどうかを心配してるんじゃありませんよ。」

「おぅ、そういや真司は賢かったな! 大丈夫! 俺だって分かってらぁ 火をつけるのがどういうことかってな! だからな、賢い真司も分かってると思うが、間違っても火をつける時に近寄んじゃねぇぞ! 可愛いお嬢さん方もいるんだ。お前はお嬢さん方をしっかりお守りしろよ!」

「……」

 真司は眉間にしわを寄せ黙ってしまう。この口は多少悪いが、気のいい世話好きな男をどうにかして引き止められないかと考えるが、良い案が浮かばない。

「なぁ、真司。俺に花火を上げさせてくれよ。先に逝っちまった連れ合いや子供ら、愛莉も含めて、どでかい花火で派手に送ってやりてぇんだよ。もう、俺にはそんくらいしか、してやれねぇ……鬼の腹の中にいるまんまなんて可哀想だろ? せめて、火葬はしてやりてぇんだよ。」

 そこまで言われて、真司はいよいよ、返す言葉を見つけられない。

「なぁ、真司。この前来た、森のかみが言ってたこと聞いたか?」

畑中の顔を見るのも辛くなり、うつむいていた真司は顔を上げ、にやにや顔を引っ込めた畑中を見た。

「何の話です?」

「あいつらがさぁ、ここから西南西に進んだところに、鬼と闘う術を教えてくれる町があるって言ってたのを聞かなかったか?自分らもそこで色々教わって、鬼を倒せるようになったって。また湧くのを防げる完全な倒し方なんだとよ!」

「いや聞いてないすっね……  それより、また湧くってなんですか?鬼は倒しても復活するんですか?」

「あー、 さすが! 賢いなっ。細かいことに良く気付く!」

「いや、茶化さないで下さいよ。全然、細かくないでしょ! 大事なことですよ。そもそも、復活するなら、今すぐ鬼を討ちに行くのを止めないと!」

「まぁまぁ、落ち着けよ。別に鬼を倒したからって、直ぐに起き上がって来るとかじゃなくてだな。なんかだな、鬼を倒せたとしても、しばらくすると、その近くで鬼が湧くってことがかなりの確率であるらしいんだ。でも、その時は前のとは別の個体なんだと。」

「でも、次のが湧かない倒し方がある?」

「そうだ。あいつらはそう言ってたな。ただ、それには特殊な技術と、特別な装備がいるから、その鬼の倒し方を教えてる町に行くか、自分たちを呼べっつてたな。」

「……」

 真司は情報過多で目眩がしそうだ。そもそも、鬼を討ちに出ようというだけでも、大概なのに、実際に倒せる者たちがいて、それも完全な倒し方などというものがあるとは……とっさに思考がまとまらないのも仕方がないといえる。

「なぁ、俺にはもう森の守たちが来るのを待ってる時間も、その件の町に行って修行して帰って来る時間もねぇ。だからよ、それは若いお前らに任せるわ! 修行した後、ここに帰ってくんのか、別の場所に行くのかはお前らの好き好きだがな!」

 がははと笑いながら、後は任せたと言い、畑中は手をひらひらさせて自宅へと続く道へと歩き出す。
 
 真司は畑中の後ろ姿を見送りながら、口は悪いが人のいいあの男が、無事に戻ることを祈る。それがどんなに希望の薄い願いであっても、祈らずにはいられなかった。
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