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第1話 21(トゥエンティ・ワン)
4 魔法の指輪
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因縁は、幼少時代にまでさかのぼる。
家が近所だった。正確には覚えていないが、小学校に上がる以前から、俊太郎はほぼ毎日、友部と一緒に遊んでいた。
友部は小さい頃からケンカにも強く、やれば誰にも負けたことはなかったが、だからといってケンカっ早いというわけでもなく、かえってやらずに済ませようとするときのほうが多かった。
一方、俊太郎はというと、小さいときはどちらかというと病弱で、よく熱を出して寝こんでいた上、体も標準よりずっと小さかったので、自然といじめられ役になっていた。
ケンカを好まない友部だったが、俊太郎がらみのときは別だった。東に俊太郎を泣かす者あれば、ただちに駆けつけ倍泣かし、西に俊太郎を殴る者あれば、すぐさま飛んで倍殴った。
当時は子供ながらにいい人だと思っていたが、しかし、友部は俊太郎にどうしたらいじめられずに済むか、ケンカが強くなるかについては、いっさい教えてくれなかった。のちに俊太郎はこの点でも友部を恨みに思ったものである。
友部は俊太郎だけをめちゃくちゃ可愛がった――といっても、布団に連れこんでどうこうというわけではない。あの頃にはまだ友部にも常識というものがあった。
よく俊太郎にお菓子や物をくれたし、ケンカに関すること以外なら、何でも親切に教えてくれた。中でも、友部は妖魔のことには妙に詳しくて、夜には絶対出歩くな、もしどうしても外に出なくちゃならなかったら、いくら遠回りでも明るいところを歩けなど、親より熱心に俊太郎に言ってきかせた。
小学校に通うようになってからは、丈夫とは言えないまでも、何とか俊太郎も人並みになり、いじめられることもなくなっていった。
学校にいるときは、友部と一緒にいなかった。学年が違ったこともある。が、実は俊太郎のほうが、学校で友部と会うことを避けていた。
そこでは、友部とのたった一年の差を、嫌でも思い知らされた。クラスも違う。友達も違う。教えられることもやらされることも全然違う。友部と共有できることはほとんどない。
それが嫌で悔しくて、俊太郎は何度か学校へ行くのをごねたことがある。登下校は一緒だったから、そんなとき、友部は帰ったら遊ぼうなと言って、俊太郎の手を引っ張っていった。
やはり、この頃には常識があったのである。今なら、じゃ今から遊ぼうなと喜んで一緒に休むだろう。何で遊ぶかについては考えたくない。
しかし、小学校時代の思い出というと、あの出来事が真っ先に思い浮かぶ。極端な話、俊太郎には、小学校時代イコールこれだった。
忘れもしない、あれは四年生の新学期。始業式の前夜。
すでに寝ていた俊太郎は、部屋の窓をコツコツ叩く音に気づいて目を覚ました。
妖魔かと俊太郎は思った。こういう場合、まず部屋の電気をつけろと友部に言われていたので、俊太郎はそうしてから、おそるおそる訊ねた。
「誰?」
「オレだよ、友」
当時、友部は周囲から〝友〟と呼ばれていた。確かに声はそうだったが、妖魔は声マネも簡単にできると、これも友部から聞かされていたので、俊太郎はカーテンの隙間から、そっと窓の外を覗いた。
はたして、そこで笑って窓ガラスを叩いていたのは、まさしく友部だった。俊太郎はすぐに窓を開けた。
「どうしたの? こんな夜中に?」
「悪いな。やめようかとも思ったんだけど」
決まり悪そうに友部は言った。
「どうしたの? 何かあったの?」
「これ、やる」
友部は無造作に右手を差し出して、俊太郎に何かを握らせた。
「何これ……指輪?」
部屋の明かりの下で見てみると、それは何か細かい模様がびっしりと彫りこまれている、金の指輪だった。
「やるって……これ、おばさんのじゃ……」
以前、友部はそう言って、俊太郎にこれを見せたことがある。
「いいんだ」
友部はにっこり笑った。
「それ、どうせいつか、オレのものになるから」
「でも……」
「いいから持ってろ。でも、なくしたり、売ったり、人にやったりとかするなよ。人に見せるのもやめとけ。盗んだと思われるのがオチだ。オレからもらったってことも言うな。いいな? このことはオレとおまえ、二人だけの秘密だぞ。わかったな?」
真剣な表情で、友部は念を押した。
「う、うん……でも、何でこんな夜中に……それに、こんな大事なもの、やっぱりオレ、もらえないよ」
「バカ。大事なものだからおまえにやるんだ。すごいぞ、それ。魔法の指輪なんだからな」
「魔法の……指輪?」
俊太郎はしげしげと、自分の手の中の指輪を見た。
「そう。誰か呼び寄せたいときにな、はずしてこう唱えるんだ。〝来……〟」
「俊ちゃん? どうかしたの?」
友部が呪文を教えはじめたとき、俊太郎の母親がドアの外から声をかけてきた。友部はあわてて窓から離れかけたが、最後に一言言った。
「じゃ、またな」
「うん。指輪どうもありがとう。大事にするよ」
友部はとても嬉しそうに笑って、窓の前から消えた。
俊太郎の部屋は二階にあったが、運動神経のよすぎる友部は、塀の上からベランダに上がることができた。それまでにも何度かこうやって、友部は俊太郎の部屋を出入りしたことがある。だが、夜中に来たのは、その夜が初めてだった。
この時点で、俊太郎は気づくべきだった。しかし、友部の『またな』という言葉があまりに自然で、いかにもまた明日いつもどおりに会おうというふうで、俊太郎は気づけなかったのだ。
「俊ちゃん?」
「何でもない! ちょっと寝ぼけただけ!」
俊太郎は叫び返すと、窓とカーテンを閉め、電気を消して、ベッドの中へと潜りこんだ。
あおむけになって、もらったばかりの指輪を掲げてみる。窓の外の街灯の光でも、指輪は充分輝いて見えた。指にもはめてみたが、親指でさえぶかぶかだった。
絶対なくしちゃいけないと思って、悩んだあげく、ベッドから出て、学習机の引き出しの中に入れて鍵をかけた。
何となく、うきうきした気分で、俊太郎はまた眠りについた。
翌朝、俊太郎は、友部一家が昨夜のうちに引っ越したと聞かされた。
夜逃げという噂もあった。
空き家となった友部の洋館の前で、あの指輪を握りしめながら、あのとき人を呼び寄せるという呪文を意地でも訊き出せばよかったと、俊太郎はずっとずっと悔やんでいた。
家が近所だった。正確には覚えていないが、小学校に上がる以前から、俊太郎はほぼ毎日、友部と一緒に遊んでいた。
友部は小さい頃からケンカにも強く、やれば誰にも負けたことはなかったが、だからといってケンカっ早いというわけでもなく、かえってやらずに済ませようとするときのほうが多かった。
一方、俊太郎はというと、小さいときはどちらかというと病弱で、よく熱を出して寝こんでいた上、体も標準よりずっと小さかったので、自然といじめられ役になっていた。
ケンカを好まない友部だったが、俊太郎がらみのときは別だった。東に俊太郎を泣かす者あれば、ただちに駆けつけ倍泣かし、西に俊太郎を殴る者あれば、すぐさま飛んで倍殴った。
当時は子供ながらにいい人だと思っていたが、しかし、友部は俊太郎にどうしたらいじめられずに済むか、ケンカが強くなるかについては、いっさい教えてくれなかった。のちに俊太郎はこの点でも友部を恨みに思ったものである。
友部は俊太郎だけをめちゃくちゃ可愛がった――といっても、布団に連れこんでどうこうというわけではない。あの頃にはまだ友部にも常識というものがあった。
よく俊太郎にお菓子や物をくれたし、ケンカに関すること以外なら、何でも親切に教えてくれた。中でも、友部は妖魔のことには妙に詳しくて、夜には絶対出歩くな、もしどうしても外に出なくちゃならなかったら、いくら遠回りでも明るいところを歩けなど、親より熱心に俊太郎に言ってきかせた。
小学校に通うようになってからは、丈夫とは言えないまでも、何とか俊太郎も人並みになり、いじめられることもなくなっていった。
学校にいるときは、友部と一緒にいなかった。学年が違ったこともある。が、実は俊太郎のほうが、学校で友部と会うことを避けていた。
そこでは、友部とのたった一年の差を、嫌でも思い知らされた。クラスも違う。友達も違う。教えられることもやらされることも全然違う。友部と共有できることはほとんどない。
それが嫌で悔しくて、俊太郎は何度か学校へ行くのをごねたことがある。登下校は一緒だったから、そんなとき、友部は帰ったら遊ぼうなと言って、俊太郎の手を引っ張っていった。
やはり、この頃には常識があったのである。今なら、じゃ今から遊ぼうなと喜んで一緒に休むだろう。何で遊ぶかについては考えたくない。
しかし、小学校時代の思い出というと、あの出来事が真っ先に思い浮かぶ。極端な話、俊太郎には、小学校時代イコールこれだった。
忘れもしない、あれは四年生の新学期。始業式の前夜。
すでに寝ていた俊太郎は、部屋の窓をコツコツ叩く音に気づいて目を覚ました。
妖魔かと俊太郎は思った。こういう場合、まず部屋の電気をつけろと友部に言われていたので、俊太郎はそうしてから、おそるおそる訊ねた。
「誰?」
「オレだよ、友」
当時、友部は周囲から〝友〟と呼ばれていた。確かに声はそうだったが、妖魔は声マネも簡単にできると、これも友部から聞かされていたので、俊太郎はカーテンの隙間から、そっと窓の外を覗いた。
はたして、そこで笑って窓ガラスを叩いていたのは、まさしく友部だった。俊太郎はすぐに窓を開けた。
「どうしたの? こんな夜中に?」
「悪いな。やめようかとも思ったんだけど」
決まり悪そうに友部は言った。
「どうしたの? 何かあったの?」
「これ、やる」
友部は無造作に右手を差し出して、俊太郎に何かを握らせた。
「何これ……指輪?」
部屋の明かりの下で見てみると、それは何か細かい模様がびっしりと彫りこまれている、金の指輪だった。
「やるって……これ、おばさんのじゃ……」
以前、友部はそう言って、俊太郎にこれを見せたことがある。
「いいんだ」
友部はにっこり笑った。
「それ、どうせいつか、オレのものになるから」
「でも……」
「いいから持ってろ。でも、なくしたり、売ったり、人にやったりとかするなよ。人に見せるのもやめとけ。盗んだと思われるのがオチだ。オレからもらったってことも言うな。いいな? このことはオレとおまえ、二人だけの秘密だぞ。わかったな?」
真剣な表情で、友部は念を押した。
「う、うん……でも、何でこんな夜中に……それに、こんな大事なもの、やっぱりオレ、もらえないよ」
「バカ。大事なものだからおまえにやるんだ。すごいぞ、それ。魔法の指輪なんだからな」
「魔法の……指輪?」
俊太郎はしげしげと、自分の手の中の指輪を見た。
「そう。誰か呼び寄せたいときにな、はずしてこう唱えるんだ。〝来……〟」
「俊ちゃん? どうかしたの?」
友部が呪文を教えはじめたとき、俊太郎の母親がドアの外から声をかけてきた。友部はあわてて窓から離れかけたが、最後に一言言った。
「じゃ、またな」
「うん。指輪どうもありがとう。大事にするよ」
友部はとても嬉しそうに笑って、窓の前から消えた。
俊太郎の部屋は二階にあったが、運動神経のよすぎる友部は、塀の上からベランダに上がることができた。それまでにも何度かこうやって、友部は俊太郎の部屋を出入りしたことがある。だが、夜中に来たのは、その夜が初めてだった。
この時点で、俊太郎は気づくべきだった。しかし、友部の『またな』という言葉があまりに自然で、いかにもまた明日いつもどおりに会おうというふうで、俊太郎は気づけなかったのだ。
「俊ちゃん?」
「何でもない! ちょっと寝ぼけただけ!」
俊太郎は叫び返すと、窓とカーテンを閉め、電気を消して、ベッドの中へと潜りこんだ。
あおむけになって、もらったばかりの指輪を掲げてみる。窓の外の街灯の光でも、指輪は充分輝いて見えた。指にもはめてみたが、親指でさえぶかぶかだった。
絶対なくしちゃいけないと思って、悩んだあげく、ベッドから出て、学習机の引き出しの中に入れて鍵をかけた。
何となく、うきうきした気分で、俊太郎はまた眠りについた。
翌朝、俊太郎は、友部一家が昨夜のうちに引っ越したと聞かされた。
夜逃げという噂もあった。
空き家となった友部の洋館の前で、あの指輪を握りしめながら、あのとき人を呼び寄せるという呪文を意地でも訊き出せばよかったと、俊太郎はずっとずっと悔やんでいた。
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