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第一部
第3話 『獅子の海(lion_of_the_sea)』-2-
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次の日。327飛空隊は、1400きっかりに『湊《みなと》』空軍基地を飛び立った。
そして2時間後、『永瀬《ながせ》』空軍基地に到着した。道中は何事もなく、晴れ渡る空の下を、穏やかに飛ぶ事ができた。
「肩凝った。俺は、こういう飛行は性分やないわ」
飛《たかき》は、飛空艇から降りるなりグルグルと肩を回し、ジンは早速ヴァージニアスリムに火を点けた。
『永瀬』基地の者達は皆、彼らを普通に迎えた。
特に大げさな接待があるわけでもない、かといって、無碍《むげ》に放っておかれるわけでもない。
それに瑛己《えいき》を除く他のメンバーは、大して気にした様子もなく。飛空艇を降りるとその足で、さっそく本塔へと向かった。
「まぁ、いつもの事だから」
そんな彼らを不思議そうに眺める瑛己に、元義 新が軍靴のかかとを鳴らしながら言った。
「ここは、補給基地……っていうかさ。空軍基地とは名ばかりの、後方支援専門の基地なわけよ。各基地への物資の輸送、伝達等々を専門にしてる。だから、護衛の依頼も結構あってさ。現実、俺らもここには何度も足を運んでる、常連さんなわけだ」
「『七ツ』なのに、〝七〟でくるのは初めてだがな」
ふっと、前を行く小暮 崇之が半分振り返りながら言った。
「そりゃぁ、入ってくる奴が皆、腕も根性もなさすぎだったのと―――飛が苛めるから」
「って、人聞き悪いわぁ、俺がいつ、そないな事しましたー?」
「……」
「ほーら、聖が『……こいつ、寝ぼけた事言ってる』って顔してるぞ」
「ぷっ! ……ははは!」その言葉に秀一が吹いた。
「瑛己ぃー! 俺がいつ、どこで、お前を苛めた? あ? 言うてみ? 聖 瑛己クン?」
「……」
「『首絞めながら言うな、このドアホ』って顔してるぞ」
「ドアホぉ? 瑛己、おま、ええ根性しとんなぁ? この天才&ナイスガイの須賀 飛様に向こうて……!」
「……新さん、馬鹿に向かって、あおるような事言わないでください……飛、少し苦しい」
「馬鹿やとぉ!? 瑛己、テメー」
……結局、磐木隊長の任務最初の仕事は、飛と新、そして瑛己をぶっ飛ばす事だった。
自分はただの被害者なのに……新にあおられ、飛に首を絞められた挙句、磐木に蹴飛ばされた瑛己は、最初からこんな目に遭うこの作戦の行末を、かなり真剣に悩んだ。
そんな中秀一は、そばでコロコロと笑い転げていた。
その後、『永瀬』基地の総監からもう一度、今回の作戦の説明を受け、実際に輸送艇を見せてもらった。
今回飛ぶのは『逸雲《はぐれぐも》』という、輸送艇の中でも小ぶりの物だった。
だが、小ぶりとは言っても瑛己達が乗ってきた『翼竜』より二回りほどの大きさがある。
白と青の迷彩柄で、尾翼には『蒼国』の国旗〝蒼翼の鷲〟の章が描かれていた。これは、『翼竜』の方にももちろん描かれている。
それから、最終的な打ち合わせをした後、ここの宿舎の一角を借り、早めの就寝についた。
そして明朝、日の出前。327飛空隊は輸送艇2機と共に、『明義』へ向けて出発した。
◇ ◇ ◇
黒い海の向こうから顔を出した太陽が、今日最初の輝きを放った。
『永瀬』基地を出て約1時間。編隊は、まっすぐ北へ、見果てなく広がる海の上を飛んでいた。
〝獅子の海〟だ。
地図の上で眺めるのと、実際飛ぶのでは違う。先の見えない水平線を見ていると、瑛己はふっと、自分達はどこを飛んでいるのだろうかと思ってしまう。
(いや……どこに向かって飛んでいるのか、か)
『永瀬』から『明義』まで、予定では4時間から5時間の飛行だ。
しかしこれはあくまでも、途中何事もなくば、の場合だ。
「……それを願う」
瑛己は小さく嘆息しながら呟いた。
彼は今、編隊の斜め右後方を飛んでいた。
隊列は、中央に輸送艇、7機のうち6機がそれを囲むように飛び、1機が一段上から飛ぶという形をとった。
各配置は、次の通りだ。
先頭、輸送艇の前を先導するように飛ぶのが、2番艇・風迫 ジン。
そしてその両脇を補佐するように。
右前方に、6番艇・相楽 秀一。左前方に、4番艇・小暮 崇之。
後方、しんがりを、1番艇・磐木 徹志。
その前に補佐が2人。
右後方が、7番艇・聖 瑛己。左後方が、5番艇・須賀 飛。
そして上からグルリと全体を見渡す役を、3番艇・元義 新―――が勤めた。
新の勤める〝上〟は、ある意味一番重要な役目を担っていた。
中央に輸送艇を抱えている以上、どうしても各人に死角が生まれる。これを補い、いざと言う時のラグをどれだけ小さく済ます事ができるか。それが、彼にかかっていた。
だが、新はそれを気負った様子もなく、「見晴らしがいい。ラッキー」と気楽そうに笑っていた。
《―――3番、雲が出てきた》
ザッという音がして、無線から声が流れた。
瑛己は空を仰いだ。
《2番、飛ばしますか?》
《1番、このままを維持せよ》
《2番、了解》
もしもここで無線のスイッチを押して、気に入りの曲口ずさんだりしたら。陸に戻った時、また磐木隊長にぶっ飛ばされるんだろうな……そんな事を思って、瑛己は苦笑した。
(しかし、これは、降られるな)
やれやれ。小さく小さくそう呟いた時。
レーダーに、光が点滅した。
《レーダー確認》
磐木の低い声が響いた。そして、その刹那。
《3番、飛行物体確認! 方位135!》
《4番。方位270。西からもきている》
ザザとひときわ大きなノイズと共に、2つの声が響いた。
方位135とは、南東を意味する。瑛己は素早く斜め後ろを振り返った。
「……っ」
片目をジリと細める―――確かに朝焼けの中、空の彼方に、何か黒いものが見える。
それも1つや2つじゃない。それは小さな黒い雲のようにムワリと広がり、こちらに向かって飛んでいた。
《挟み撃ちか。チッ、趣味わるっ》
その時全員が、同じ事を思った。
瑛己はじっと、南東の艇影《せんえい》を見ていた。そしてそれが色を薄め……遠目にも、その翠が見て取れた時。
その中に、ギラリと輝く物を見た。
朝の光の中。一回り大きく見えるそれは。
「【天賦《てんぷ》】の無凱《むがい》」
《総員、戦闘態勢につけ》
磐木の声の向こうから、飛の声が聞こえた気がした。
―――ご感想は?
「最低だ」
ガチリとレバーを切り替えた。
「太陽に中から現れるとは、ええカッコしぃ奴やな」
飛は皮肉に笑ってそう言った。
東と西、両方から現れた翡翠の集団、【天賦】。
総勢、おおよそ15。
輸送艇がスピードを最高にして高度を上げた。
そして、まず、ジンが編隊から抜けた。
元々それほど綿密な作戦を練る隊ではないが、今回は、2通りの作戦が練ってあった。
無凱が出るか出ないか。それであった。
そして無凱がいた場合、最初のジンの言葉通り、磐木・ジンの2人がこれに当たる事になった。
そして他を、残る5人で担当する。
だが問題は、今回の飛行がただの偵察や迎撃ではなく、護衛だという事である。
「面倒やなぁ」
作戦会議中、飛がしきりとそう言ったのは、首に鎖をつけられた状態で飛ばなければならないからである。
自由勝手に飛んで、目的の輸送艇が墜とされたら意味がない。
だが、息苦しさを感じたのは何も飛だけではなかった。
「難しい作戦になりそうだな」
隊一番の頭脳派、小暮 崇之も終始難しい顔をしていた。
無凱が出た場合、磐木とジンが特に無凱を重視して、一番奥へ走る。
2人を送り出した後、その援護しながら、瑛己と飛が他の部隊を迎撃。
小暮と秀一は、輸送艇に一番近い場所で、防空。防御の要となる。
そして最後に、新は遊撃。全体を見回して、状況に応じて攻撃・援護する役割となった。
「一番心配なのは、お前らだな」
そう言って、ジンが煙草で瑛己と飛を指した。
「どっちが、ですか?」
さも心外だという顔でそう言った飛に、ジンは片目を細めて「両方だ」と言った。
「飛も無茶な飛行をするが、聖も結構無茶をしますからね」
小暮が、眼鏡を上げながら言った。それに、瑛己も一瞬心外そうな顔になった。
「とにかく飛、無凱が出ても、お前は自分の仕事を優先しろよ? お前は他を蹴散らす。いいな?」
「ザコの相手ですか」
「馬鹿が。【天賦】のメンバーは無凱の息がかかっている。簡単に雑魚と言えるような飛行をする連中じゃない」
そんなの、知っているだろう? 諭すように言うが、飛は機嫌悪そうにそっぽを向いた。
「あー、煙草が吸いてー」
新品のマルボロをズボンの懐から取り出すと、さっさと火を点けた。
「聖、お前も。くれぐれも、独断飛行は避けろよ」
「……はい」
「小暮―、そうガミガミ言わなくたって、だいじょーぶだって」
新が、軽い調子で笑って言った。
「馬鹿始めたら、俺が撃つから」
「―――げっ!」
「……」
飛が一歩引いたが、自分だって仲間で撃墜記録を狙うじゃないか……新に顔をしかめ、飛にも、思いっきり眉をしかめた瑛己だった。
(そういえば)
あの時、秀一はどうしていたんだろうか……そう思って、瑛己は前を行く秀一の飛空艇を見た。
その表情はおろか姿も、艇体《せんたい》に隠れて見えない。だが。
あの童顔の少年……歳は後で聞いたが、20歳。学年としては、自分と飛より1つ下らしい。いつも穏やかに、ニコニコと笑うあの少年が。
(一体、どんな飛行をするのか)
飛に合図して、二人、隊列を抜ける。
「何とか、もってくれよ」
瑛己は空に向かって呟いた。
―――微笑んでいるんだろう? だったらたまには、こっちの願いも聞いてくれ。
その願いが叶ったのかどうかはわからないが、この後最後まで、彼らは雨に降られずにすんだ。
◇ ◇ ◇
空戦は、ジンの銃撃で始まった。
西側の方が早かった事もあり、まず、ジンが先陣、西側部隊へと切り込んでいった。
それを援護するように後ろに飛がつき、ジンが抜けるのを見届けると、得意の戦闘飛行を披露し始めた。
瑛己は東から迫るもう一群を気にしながら、迎撃に入った。
会議中、他の隊員にも言った事だが、瑛己は空戦が得意というわけではない。
空軍に入ってから、空戦を伴う作戦だって、数えるほどしかした事がない。
それで、何かしらの功績を立てたかというと……首を傾げるばかりだ。
(飛との空戦で、随分大きく買われたみたいだな)
ある意味、プレッシャーだ。
―――飛と交差した飛空艇に、横合いから射撃をする。
ズン、という重い音がして、黒い煙が噴出した。
(やっぱり塗料弾とは重みが違う)
そんな事言うと飛みたいだろうか、瑛己は苦笑して、輸送艇の下を抜けた。
正面からくる翡翠の飛空艇を、操縦桿を左に倒しながらドドと短く威嚇射撃する。
と、向こうの空で【天賦】が炎を上げて墜ちていくのが見えた。
1対1とはわけが違う。今この空で、様々な駆け引きとドラマが起こっている。
瑛己は操縦桿を手前に引いた。
自分はただ、今できる事を。目の前で起こる1つ1つに対し、最善を尽すだけ。
(磐木隊長は?)
探そうとして、目の前に丁度1機、【天賦】の背中を捕らえる。
瑛己は射撃ボタンに指をかけた。そして1つ、押し込もうとした刹那。
背中を、言いようのない何かが駈け抜けた。瑛己は咄嗟に、操縦桿を押し倒した。
と思った途端、ガツンガツン! と激しく何かが機体を掠めた。
(まずい)
途端安定を失った機体が、錐揉《きりも》み気味に落ちていく。操縦桿を思いっきり手前に引き、瑛己は心の中で上がれと念じた。
海面スレスレとまでは行かないが、どうにか持ち直した機体を、急には上昇せずに走る。
速度が乗ってきた頃、やっと上昇をするが。見上げた空に、瑛己は目を見開いた。
巨大な、銀の光。
東から貫く陽光に照らされ、その空に、巨大な銀が君臨していた。
「あれが」
無凱。
機体は、『翼竜』の1回り……輸送艇ほどの大きさがあり。
胴体に描かれた絵は。西洋の神話に登場する―――グリフィン。
「銀色の獅子か」
苦笑している場合ではない。
手負いの瑛己の元へ、【天賦】の刺客が1機、滑るように空を横切ってきた。
瑛己は舌打ちをして、操縦桿を左へ大きく切った。
目の前にある計器が、一瞬、フラリとよくわからない動きをした。
さっきの被弾は、少し嫌な所に当たったらしい。
いざと言う時の事を考え、飛行服の向こうに背負ったパラシュートに意識を向けた。
途端、ドドドドという音がした。が、瑛己はすでに操縦桿を倒していた。
頭の上を、光が軌道を描いて飛んでいく。
落下感に信頼ができなくて、すぐに操縦桿を右へ向ける。
幸か不幸か、速度だけは生きている。
そして【天賦】の足は、思ったほど速くない。
これならいける。瑛己は操縦桿を手前に引いて、ひねるように傾けた。
「出た」
斜めになった視界の先に、【天賦】の脇を捉え。瑛己はためらわずに撃った。
ガンガンガンガン!
銃弾が入る音を聞きながら、その真上をザンと抜ける。
チラと振り返ると、【天賦】が炎を上げた。
乗り手が脱出するのを見届けるが―――。
その時、視界が暗く陰った。瑛己は慌て、正面を見た。
そこに、無凱がいた。
―――それは、一瞬の事だ。
巨大な銀の艇《ふね》。
その圧倒さ。
その空気。
瑛己は息を呑んだ。そしてこう思った。
この飛空艇は、今、空を支配しようとしている。
何か圧倒的な力が。この空を。
―――解き放とうとしている。
《聖ィィー!!》
思考を絶つ、劈《つんざ》くような叫び声に、瑛己はハッと我に返った。
その時、ザンと瑛己と無凱の間を断ち切るように、青い翼が横切った。
新だ。
瑛己は慌てて操縦桿を右へ押し倒した。
新は、まるで無凱の注意を引くように、グルリと旋回して見せた。
それに、無凱が吠えた。
たった一撃。ドンと火を吹いた銃口。
だがそれは、とてつもなく重い弾だった。
ヒラリと避けた新の向こうにいた、翡翠の飛空艇。
それはその弾を被《あ》び、その瞬間爆破した。
パイロットが逃げ出す暇なんかなかった。瑛己はそれを直接見て、すぐに、バックミラーに切り替えた。
(そばにいてはいけない)
後はミラーには目もくれず、ひたすら走った。
背中の違和感が抜けない。
瑛己はそれが何か、わかっていた。
恐怖だった。
ドドドドという射撃と共に、新が無凱に食らいつく。
それを、あれだけの巨体に関らず、無凱は難なく避けた。
「早っ」
天を舞う、神話の獅子。
それは羽を翻すと、新に襲い掛かる。
新は、後ろを取られまいと必死に艇体をひねった。
だが、一瞬、バックミラーからその姿が消えたと思った刹那。向かうその、真正面に出現した。
新は慌てて操縦桿を切ったが―――間に合わない。
その銃口から、光の炎が飛び出そうとした。
その時、ドドドドドドという連続銃撃が、下から無凱を射た。
磐木だった。
それで間一髪、銃口が逸れた。新の真上を、物凄い風が吹いた。新はそれに操縦桿を取られないように両手で必死に握ると、下に逃げた。
彼は、ゆっくりとそちらを見た。
今の銃撃。すぐにわかった。
「磐木か」
その口元が歪められる。
「こい」
ブオンと、質量のある音がして、咆哮のように一つ、炎を放った。
「磐木隊長!」
無凱に磐木が対峙している。
それを、327飛空隊の全員がその目で見た。
【天賦】の数はもう、10を切っている。
飛は、今にでもあそこへ走って行きたいのを必死にこらえ、その数を減らす事に神経を向けた。
それは、彼自身が、わかっていたからだ。
(俺が行っても、足しにならん)
本当は、無凱と対峙してみたい。
だが、それが同時に死を意味するのはわかっている。
空で死ねたら本望だ、その言葉に嘘はない。
だが、
(まだ、ちと、死ねん)
苦渋を全面顔に出しながら、それを晴らすために撃墜記録を伸ばす事に全力を傾ける。
そんな飛を見て、秀一は少し胸を撫で下ろす。
彼もまた、輸送艇に群がってくる輩《やから》を払いのける事に必死だった。
「……大丈夫」
まっすぐ空を見ながら、秀一は呟いた。
「誰も死なない」
翼を傾け、切るように飛ぶ。
輸送艇に近づきかけた【天賦】の注意を引くようにクルクルと飛ぶと、こちらを向いた【天賦】の脇を、小暮の銃口が貫いた。
「誰も死なない」
死なせない―――心の奥底で彼がそう呟いたのを、知る者はいなかった。
無凱の咆哮を、操縦桿を押し倒して、磐木は逃げた。
そしてそのまま、海面スレスレまで走る。
後ろに銀の機体がついてくるのを確認しながら、操縦桿を左へ切る。エルロンで水が薄く切られた。
無凱の圧巻、そしてその早さ。
磐木は知っている。だからこそ彼は、意識から無凱の姿を追い出していた。視覚に惑わされないために。
磐木はスロットルを急激に落とした。
途端、目の前に銀の機体が姿を現す。
だが、向こうが咆哮を上げる前に、磐木の姿は落ちている。
小さく8の字を描くように無凱の横を抜けると、ザザッとレバーを切り替えた。
無凱が左に切った。
それをサイドのミラーで見ながら、磐木は操縦桿を右に切った。
そしてそのまま、スピードだけで横へ滑ると、
「―――出た」
磐木の脇は、無凱にさらされる。
無凱がニヤリと笑うのが、わかった。
だが、磐木には打算があった。
目の端に、無凱を捕らえながら。
ジンは走れない。
【天賦】3機に絡まれて、必死に試みるものの、抜け出す事ができなかった。
だが、状況とは裏腹に、ジンの表情は静かなものだった。
1機が横合いから射撃をかけてくる。それをかわし、さらに降りそそぐ銃弾の嵐を、寸前でどうにか抜けていった。
その先に、【天賦】の姿を捉える。
そこで、ジンは射撃ボタンに指をかけた。だがそれは、どう見ても命中するタイミングではなかった。
案の定、弾はかわされ、空を走って行く。
【天賦】の翼をすり抜けて。
―――その先にいる、銀の機体へと。
一直線に、飛んでいく。
ダンダンダンダン!!
「!」
明後日からの銃撃に、無凱はそちらを振り返った。
磐木を狙ったその瞬間、無凱のわき腹はガラ空きだった。
だが。確かに入ったにも関らず、無凱は何事もなかったように磐木を撃っていた。
磐木は寸ででそれをかわすが、傾けた翼の一端に、それが掠める。
それだけで、翼は爆破しようとした。
だが磐木はそれをさせまいと、スピードで炎を切った。それにより、破損は半分ですんだ。
磐木の飛空艇は宙を叩くように斜めに飛んだ。それを建て直し、なおも、無凱に食い下がる。
「―――笑止」
無凱が磐木に止めを刺そうとひねり込みを入れる。
そこに上から新が矢のように現れ、射掛けた。
だがそれは、見越したようにかわされた。どころか、通り過ぎた新の背中を、グンと重く操縦桿を切った無凱が捉える。
逃げる。上に逃げた新に、無凱は咆哮しながら追いかける。
「クソッ!」
呟いた新のサイドミラーに、ふと、青い機体がかすめた。
新は目を見開いた。
それは、聖 瑛己だった。
瑛己は無凱を追いかけた。
その手は汗でジトリと濡れていた。
背筋の寒気は消えない。
だが、無凱を追いかけた。
新を追いかけるその背中に回り込むと、間髪入れずに銃撃した。
ダダダダダ
無凱は簡単にそれをかわした。逸れた銃弾が新に当たらない事を祈りながら、瑛己は操縦桿を押し倒した。
そこに、無凱の銃弾が飛んできた。炎をまとう、神話の獅子の咆哮。
だが、瑛己はギリと眉を寄せると、右に避けた。そのまま翼を立てて、ザンと下に空気を切り裂く。
ミラーにも、目視にも、無凱が捉えられない。
だが、炎の銃撃だけは襲い掛かる。
それが機体に入らなかったのは。やはり彼に運があるからなのだろうか?
「小童《こわっぱ》が!」
無凱は叫ぶと一気に間合いを詰めた。
チラと後ろを確認して、瑛己は歯を食い縛った。
今、上に上がると、銃弾が飛んでくる。
だが、上にひねらなければ、無凱を捉える事はできない。
(自分に、運があるかないか)
瑛己は苦笑しながら。
賭けてみる。
右に素早く操縦桿を切りながら、手前にグイと引く。
無凱はそれに、照準を合わせる。
瑛己のバックミラーに、無凱の姿がようやく入る。
ここから、逆さに旋回ができたら。瑛己は無凱を捉える。
だが、その前に、無凱は必ず撃つ。
それを抜けるか、抜けられないか。
それが、聖 瑛己、命の境でもある。
そして2時間後、『永瀬《ながせ》』空軍基地に到着した。道中は何事もなく、晴れ渡る空の下を、穏やかに飛ぶ事ができた。
「肩凝った。俺は、こういう飛行は性分やないわ」
飛《たかき》は、飛空艇から降りるなりグルグルと肩を回し、ジンは早速ヴァージニアスリムに火を点けた。
『永瀬』基地の者達は皆、彼らを普通に迎えた。
特に大げさな接待があるわけでもない、かといって、無碍《むげ》に放っておかれるわけでもない。
それに瑛己《えいき》を除く他のメンバーは、大して気にした様子もなく。飛空艇を降りるとその足で、さっそく本塔へと向かった。
「まぁ、いつもの事だから」
そんな彼らを不思議そうに眺める瑛己に、元義 新が軍靴のかかとを鳴らしながら言った。
「ここは、補給基地……っていうかさ。空軍基地とは名ばかりの、後方支援専門の基地なわけよ。各基地への物資の輸送、伝達等々を専門にしてる。だから、護衛の依頼も結構あってさ。現実、俺らもここには何度も足を運んでる、常連さんなわけだ」
「『七ツ』なのに、〝七〟でくるのは初めてだがな」
ふっと、前を行く小暮 崇之が半分振り返りながら言った。
「そりゃぁ、入ってくる奴が皆、腕も根性もなさすぎだったのと―――飛が苛めるから」
「って、人聞き悪いわぁ、俺がいつ、そないな事しましたー?」
「……」
「ほーら、聖が『……こいつ、寝ぼけた事言ってる』って顔してるぞ」
「ぷっ! ……ははは!」その言葉に秀一が吹いた。
「瑛己ぃー! 俺がいつ、どこで、お前を苛めた? あ? 言うてみ? 聖 瑛己クン?」
「……」
「『首絞めながら言うな、このドアホ』って顔してるぞ」
「ドアホぉ? 瑛己、おま、ええ根性しとんなぁ? この天才&ナイスガイの須賀 飛様に向こうて……!」
「……新さん、馬鹿に向かって、あおるような事言わないでください……飛、少し苦しい」
「馬鹿やとぉ!? 瑛己、テメー」
……結局、磐木隊長の任務最初の仕事は、飛と新、そして瑛己をぶっ飛ばす事だった。
自分はただの被害者なのに……新にあおられ、飛に首を絞められた挙句、磐木に蹴飛ばされた瑛己は、最初からこんな目に遭うこの作戦の行末を、かなり真剣に悩んだ。
そんな中秀一は、そばでコロコロと笑い転げていた。
その後、『永瀬』基地の総監からもう一度、今回の作戦の説明を受け、実際に輸送艇を見せてもらった。
今回飛ぶのは『逸雲《はぐれぐも》』という、輸送艇の中でも小ぶりの物だった。
だが、小ぶりとは言っても瑛己達が乗ってきた『翼竜』より二回りほどの大きさがある。
白と青の迷彩柄で、尾翼には『蒼国』の国旗〝蒼翼の鷲〟の章が描かれていた。これは、『翼竜』の方にももちろん描かれている。
それから、最終的な打ち合わせをした後、ここの宿舎の一角を借り、早めの就寝についた。
そして明朝、日の出前。327飛空隊は輸送艇2機と共に、『明義』へ向けて出発した。
◇ ◇ ◇
黒い海の向こうから顔を出した太陽が、今日最初の輝きを放った。
『永瀬』基地を出て約1時間。編隊は、まっすぐ北へ、見果てなく広がる海の上を飛んでいた。
〝獅子の海〟だ。
地図の上で眺めるのと、実際飛ぶのでは違う。先の見えない水平線を見ていると、瑛己はふっと、自分達はどこを飛んでいるのだろうかと思ってしまう。
(いや……どこに向かって飛んでいるのか、か)
『永瀬』から『明義』まで、予定では4時間から5時間の飛行だ。
しかしこれはあくまでも、途中何事もなくば、の場合だ。
「……それを願う」
瑛己は小さく嘆息しながら呟いた。
彼は今、編隊の斜め右後方を飛んでいた。
隊列は、中央に輸送艇、7機のうち6機がそれを囲むように飛び、1機が一段上から飛ぶという形をとった。
各配置は、次の通りだ。
先頭、輸送艇の前を先導するように飛ぶのが、2番艇・風迫 ジン。
そしてその両脇を補佐するように。
右前方に、6番艇・相楽 秀一。左前方に、4番艇・小暮 崇之。
後方、しんがりを、1番艇・磐木 徹志。
その前に補佐が2人。
右後方が、7番艇・聖 瑛己。左後方が、5番艇・須賀 飛。
そして上からグルリと全体を見渡す役を、3番艇・元義 新―――が勤めた。
新の勤める〝上〟は、ある意味一番重要な役目を担っていた。
中央に輸送艇を抱えている以上、どうしても各人に死角が生まれる。これを補い、いざと言う時のラグをどれだけ小さく済ます事ができるか。それが、彼にかかっていた。
だが、新はそれを気負った様子もなく、「見晴らしがいい。ラッキー」と気楽そうに笑っていた。
《―――3番、雲が出てきた》
ザッという音がして、無線から声が流れた。
瑛己は空を仰いだ。
《2番、飛ばしますか?》
《1番、このままを維持せよ》
《2番、了解》
もしもここで無線のスイッチを押して、気に入りの曲口ずさんだりしたら。陸に戻った時、また磐木隊長にぶっ飛ばされるんだろうな……そんな事を思って、瑛己は苦笑した。
(しかし、これは、降られるな)
やれやれ。小さく小さくそう呟いた時。
レーダーに、光が点滅した。
《レーダー確認》
磐木の低い声が響いた。そして、その刹那。
《3番、飛行物体確認! 方位135!》
《4番。方位270。西からもきている》
ザザとひときわ大きなノイズと共に、2つの声が響いた。
方位135とは、南東を意味する。瑛己は素早く斜め後ろを振り返った。
「……っ」
片目をジリと細める―――確かに朝焼けの中、空の彼方に、何か黒いものが見える。
それも1つや2つじゃない。それは小さな黒い雲のようにムワリと広がり、こちらに向かって飛んでいた。
《挟み撃ちか。チッ、趣味わるっ》
その時全員が、同じ事を思った。
瑛己はじっと、南東の艇影《せんえい》を見ていた。そしてそれが色を薄め……遠目にも、その翠が見て取れた時。
その中に、ギラリと輝く物を見た。
朝の光の中。一回り大きく見えるそれは。
「【天賦《てんぷ》】の無凱《むがい》」
《総員、戦闘態勢につけ》
磐木の声の向こうから、飛の声が聞こえた気がした。
―――ご感想は?
「最低だ」
ガチリとレバーを切り替えた。
「太陽に中から現れるとは、ええカッコしぃ奴やな」
飛は皮肉に笑ってそう言った。
東と西、両方から現れた翡翠の集団、【天賦】。
総勢、おおよそ15。
輸送艇がスピードを最高にして高度を上げた。
そして、まず、ジンが編隊から抜けた。
元々それほど綿密な作戦を練る隊ではないが、今回は、2通りの作戦が練ってあった。
無凱が出るか出ないか。それであった。
そして無凱がいた場合、最初のジンの言葉通り、磐木・ジンの2人がこれに当たる事になった。
そして他を、残る5人で担当する。
だが問題は、今回の飛行がただの偵察や迎撃ではなく、護衛だという事である。
「面倒やなぁ」
作戦会議中、飛がしきりとそう言ったのは、首に鎖をつけられた状態で飛ばなければならないからである。
自由勝手に飛んで、目的の輸送艇が墜とされたら意味がない。
だが、息苦しさを感じたのは何も飛だけではなかった。
「難しい作戦になりそうだな」
隊一番の頭脳派、小暮 崇之も終始難しい顔をしていた。
無凱が出た場合、磐木とジンが特に無凱を重視して、一番奥へ走る。
2人を送り出した後、その援護しながら、瑛己と飛が他の部隊を迎撃。
小暮と秀一は、輸送艇に一番近い場所で、防空。防御の要となる。
そして最後に、新は遊撃。全体を見回して、状況に応じて攻撃・援護する役割となった。
「一番心配なのは、お前らだな」
そう言って、ジンが煙草で瑛己と飛を指した。
「どっちが、ですか?」
さも心外だという顔でそう言った飛に、ジンは片目を細めて「両方だ」と言った。
「飛も無茶な飛行をするが、聖も結構無茶をしますからね」
小暮が、眼鏡を上げながら言った。それに、瑛己も一瞬心外そうな顔になった。
「とにかく飛、無凱が出ても、お前は自分の仕事を優先しろよ? お前は他を蹴散らす。いいな?」
「ザコの相手ですか」
「馬鹿が。【天賦】のメンバーは無凱の息がかかっている。簡単に雑魚と言えるような飛行をする連中じゃない」
そんなの、知っているだろう? 諭すように言うが、飛は機嫌悪そうにそっぽを向いた。
「あー、煙草が吸いてー」
新品のマルボロをズボンの懐から取り出すと、さっさと火を点けた。
「聖、お前も。くれぐれも、独断飛行は避けろよ」
「……はい」
「小暮―、そうガミガミ言わなくたって、だいじょーぶだって」
新が、軽い調子で笑って言った。
「馬鹿始めたら、俺が撃つから」
「―――げっ!」
「……」
飛が一歩引いたが、自分だって仲間で撃墜記録を狙うじゃないか……新に顔をしかめ、飛にも、思いっきり眉をしかめた瑛己だった。
(そういえば)
あの時、秀一はどうしていたんだろうか……そう思って、瑛己は前を行く秀一の飛空艇を見た。
その表情はおろか姿も、艇体《せんたい》に隠れて見えない。だが。
あの童顔の少年……歳は後で聞いたが、20歳。学年としては、自分と飛より1つ下らしい。いつも穏やかに、ニコニコと笑うあの少年が。
(一体、どんな飛行をするのか)
飛に合図して、二人、隊列を抜ける。
「何とか、もってくれよ」
瑛己は空に向かって呟いた。
―――微笑んでいるんだろう? だったらたまには、こっちの願いも聞いてくれ。
その願いが叶ったのかどうかはわからないが、この後最後まで、彼らは雨に降られずにすんだ。
◇ ◇ ◇
空戦は、ジンの銃撃で始まった。
西側の方が早かった事もあり、まず、ジンが先陣、西側部隊へと切り込んでいった。
それを援護するように後ろに飛がつき、ジンが抜けるのを見届けると、得意の戦闘飛行を披露し始めた。
瑛己は東から迫るもう一群を気にしながら、迎撃に入った。
会議中、他の隊員にも言った事だが、瑛己は空戦が得意というわけではない。
空軍に入ってから、空戦を伴う作戦だって、数えるほどしかした事がない。
それで、何かしらの功績を立てたかというと……首を傾げるばかりだ。
(飛との空戦で、随分大きく買われたみたいだな)
ある意味、プレッシャーだ。
―――飛と交差した飛空艇に、横合いから射撃をする。
ズン、という重い音がして、黒い煙が噴出した。
(やっぱり塗料弾とは重みが違う)
そんな事言うと飛みたいだろうか、瑛己は苦笑して、輸送艇の下を抜けた。
正面からくる翡翠の飛空艇を、操縦桿を左に倒しながらドドと短く威嚇射撃する。
と、向こうの空で【天賦】が炎を上げて墜ちていくのが見えた。
1対1とはわけが違う。今この空で、様々な駆け引きとドラマが起こっている。
瑛己は操縦桿を手前に引いた。
自分はただ、今できる事を。目の前で起こる1つ1つに対し、最善を尽すだけ。
(磐木隊長は?)
探そうとして、目の前に丁度1機、【天賦】の背中を捕らえる。
瑛己は射撃ボタンに指をかけた。そして1つ、押し込もうとした刹那。
背中を、言いようのない何かが駈け抜けた。瑛己は咄嗟に、操縦桿を押し倒した。
と思った途端、ガツンガツン! と激しく何かが機体を掠めた。
(まずい)
途端安定を失った機体が、錐揉《きりも》み気味に落ちていく。操縦桿を思いっきり手前に引き、瑛己は心の中で上がれと念じた。
海面スレスレとまでは行かないが、どうにか持ち直した機体を、急には上昇せずに走る。
速度が乗ってきた頃、やっと上昇をするが。見上げた空に、瑛己は目を見開いた。
巨大な、銀の光。
東から貫く陽光に照らされ、その空に、巨大な銀が君臨していた。
「あれが」
無凱。
機体は、『翼竜』の1回り……輸送艇ほどの大きさがあり。
胴体に描かれた絵は。西洋の神話に登場する―――グリフィン。
「銀色の獅子か」
苦笑している場合ではない。
手負いの瑛己の元へ、【天賦】の刺客が1機、滑るように空を横切ってきた。
瑛己は舌打ちをして、操縦桿を左へ大きく切った。
目の前にある計器が、一瞬、フラリとよくわからない動きをした。
さっきの被弾は、少し嫌な所に当たったらしい。
いざと言う時の事を考え、飛行服の向こうに背負ったパラシュートに意識を向けた。
途端、ドドドドという音がした。が、瑛己はすでに操縦桿を倒していた。
頭の上を、光が軌道を描いて飛んでいく。
落下感に信頼ができなくて、すぐに操縦桿を右へ向ける。
幸か不幸か、速度だけは生きている。
そして【天賦】の足は、思ったほど速くない。
これならいける。瑛己は操縦桿を手前に引いて、ひねるように傾けた。
「出た」
斜めになった視界の先に、【天賦】の脇を捉え。瑛己はためらわずに撃った。
ガンガンガンガン!
銃弾が入る音を聞きながら、その真上をザンと抜ける。
チラと振り返ると、【天賦】が炎を上げた。
乗り手が脱出するのを見届けるが―――。
その時、視界が暗く陰った。瑛己は慌て、正面を見た。
そこに、無凱がいた。
―――それは、一瞬の事だ。
巨大な銀の艇《ふね》。
その圧倒さ。
その空気。
瑛己は息を呑んだ。そしてこう思った。
この飛空艇は、今、空を支配しようとしている。
何か圧倒的な力が。この空を。
―――解き放とうとしている。
《聖ィィー!!》
思考を絶つ、劈《つんざ》くような叫び声に、瑛己はハッと我に返った。
その時、ザンと瑛己と無凱の間を断ち切るように、青い翼が横切った。
新だ。
瑛己は慌てて操縦桿を右へ押し倒した。
新は、まるで無凱の注意を引くように、グルリと旋回して見せた。
それに、無凱が吠えた。
たった一撃。ドンと火を吹いた銃口。
だがそれは、とてつもなく重い弾だった。
ヒラリと避けた新の向こうにいた、翡翠の飛空艇。
それはその弾を被《あ》び、その瞬間爆破した。
パイロットが逃げ出す暇なんかなかった。瑛己はそれを直接見て、すぐに、バックミラーに切り替えた。
(そばにいてはいけない)
後はミラーには目もくれず、ひたすら走った。
背中の違和感が抜けない。
瑛己はそれが何か、わかっていた。
恐怖だった。
ドドドドという射撃と共に、新が無凱に食らいつく。
それを、あれだけの巨体に関らず、無凱は難なく避けた。
「早っ」
天を舞う、神話の獅子。
それは羽を翻すと、新に襲い掛かる。
新は、後ろを取られまいと必死に艇体をひねった。
だが、一瞬、バックミラーからその姿が消えたと思った刹那。向かうその、真正面に出現した。
新は慌てて操縦桿を切ったが―――間に合わない。
その銃口から、光の炎が飛び出そうとした。
その時、ドドドドドドという連続銃撃が、下から無凱を射た。
磐木だった。
それで間一髪、銃口が逸れた。新の真上を、物凄い風が吹いた。新はそれに操縦桿を取られないように両手で必死に握ると、下に逃げた。
彼は、ゆっくりとそちらを見た。
今の銃撃。すぐにわかった。
「磐木か」
その口元が歪められる。
「こい」
ブオンと、質量のある音がして、咆哮のように一つ、炎を放った。
「磐木隊長!」
無凱に磐木が対峙している。
それを、327飛空隊の全員がその目で見た。
【天賦】の数はもう、10を切っている。
飛は、今にでもあそこへ走って行きたいのを必死にこらえ、その数を減らす事に神経を向けた。
それは、彼自身が、わかっていたからだ。
(俺が行っても、足しにならん)
本当は、無凱と対峙してみたい。
だが、それが同時に死を意味するのはわかっている。
空で死ねたら本望だ、その言葉に嘘はない。
だが、
(まだ、ちと、死ねん)
苦渋を全面顔に出しながら、それを晴らすために撃墜記録を伸ばす事に全力を傾ける。
そんな飛を見て、秀一は少し胸を撫で下ろす。
彼もまた、輸送艇に群がってくる輩《やから》を払いのける事に必死だった。
「……大丈夫」
まっすぐ空を見ながら、秀一は呟いた。
「誰も死なない」
翼を傾け、切るように飛ぶ。
輸送艇に近づきかけた【天賦】の注意を引くようにクルクルと飛ぶと、こちらを向いた【天賦】の脇を、小暮の銃口が貫いた。
「誰も死なない」
死なせない―――心の奥底で彼がそう呟いたのを、知る者はいなかった。
無凱の咆哮を、操縦桿を押し倒して、磐木は逃げた。
そしてそのまま、海面スレスレまで走る。
後ろに銀の機体がついてくるのを確認しながら、操縦桿を左へ切る。エルロンで水が薄く切られた。
無凱の圧巻、そしてその早さ。
磐木は知っている。だからこそ彼は、意識から無凱の姿を追い出していた。視覚に惑わされないために。
磐木はスロットルを急激に落とした。
途端、目の前に銀の機体が姿を現す。
だが、向こうが咆哮を上げる前に、磐木の姿は落ちている。
小さく8の字を描くように無凱の横を抜けると、ザザッとレバーを切り替えた。
無凱が左に切った。
それをサイドのミラーで見ながら、磐木は操縦桿を右に切った。
そしてそのまま、スピードだけで横へ滑ると、
「―――出た」
磐木の脇は、無凱にさらされる。
無凱がニヤリと笑うのが、わかった。
だが、磐木には打算があった。
目の端に、無凱を捕らえながら。
ジンは走れない。
【天賦】3機に絡まれて、必死に試みるものの、抜け出す事ができなかった。
だが、状況とは裏腹に、ジンの表情は静かなものだった。
1機が横合いから射撃をかけてくる。それをかわし、さらに降りそそぐ銃弾の嵐を、寸前でどうにか抜けていった。
その先に、【天賦】の姿を捉える。
そこで、ジンは射撃ボタンに指をかけた。だがそれは、どう見ても命中するタイミングではなかった。
案の定、弾はかわされ、空を走って行く。
【天賦】の翼をすり抜けて。
―――その先にいる、銀の機体へと。
一直線に、飛んでいく。
ダンダンダンダン!!
「!」
明後日からの銃撃に、無凱はそちらを振り返った。
磐木を狙ったその瞬間、無凱のわき腹はガラ空きだった。
だが。確かに入ったにも関らず、無凱は何事もなかったように磐木を撃っていた。
磐木は寸ででそれをかわすが、傾けた翼の一端に、それが掠める。
それだけで、翼は爆破しようとした。
だが磐木はそれをさせまいと、スピードで炎を切った。それにより、破損は半分ですんだ。
磐木の飛空艇は宙を叩くように斜めに飛んだ。それを建て直し、なおも、無凱に食い下がる。
「―――笑止」
無凱が磐木に止めを刺そうとひねり込みを入れる。
そこに上から新が矢のように現れ、射掛けた。
だがそれは、見越したようにかわされた。どころか、通り過ぎた新の背中を、グンと重く操縦桿を切った無凱が捉える。
逃げる。上に逃げた新に、無凱は咆哮しながら追いかける。
「クソッ!」
呟いた新のサイドミラーに、ふと、青い機体がかすめた。
新は目を見開いた。
それは、聖 瑛己だった。
瑛己は無凱を追いかけた。
その手は汗でジトリと濡れていた。
背筋の寒気は消えない。
だが、無凱を追いかけた。
新を追いかけるその背中に回り込むと、間髪入れずに銃撃した。
ダダダダダ
無凱は簡単にそれをかわした。逸れた銃弾が新に当たらない事を祈りながら、瑛己は操縦桿を押し倒した。
そこに、無凱の銃弾が飛んできた。炎をまとう、神話の獅子の咆哮。
だが、瑛己はギリと眉を寄せると、右に避けた。そのまま翼を立てて、ザンと下に空気を切り裂く。
ミラーにも、目視にも、無凱が捉えられない。
だが、炎の銃撃だけは襲い掛かる。
それが機体に入らなかったのは。やはり彼に運があるからなのだろうか?
「小童《こわっぱ》が!」
無凱は叫ぶと一気に間合いを詰めた。
チラと後ろを確認して、瑛己は歯を食い縛った。
今、上に上がると、銃弾が飛んでくる。
だが、上にひねらなければ、無凱を捉える事はできない。
(自分に、運があるかないか)
瑛己は苦笑しながら。
賭けてみる。
右に素早く操縦桿を切りながら、手前にグイと引く。
無凱はそれに、照準を合わせる。
瑛己のバックミラーに、無凱の姿がようやく入る。
ここから、逆さに旋回ができたら。瑛己は無凱を捉える。
だが、その前に、無凱は必ず撃つ。
それを抜けるか、抜けられないか。
それが、聖 瑛己、命の境でもある。
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