13 / 26
12話*大明神様
しおりを挟む
『蒼穹』自慢のひとつが源泉かけ流しの温泉。それを邸宅にも引いているため毎日お肌すべすべで癒されているが、今の葵に楽しむ余裕はなかった。
「アオ、こっち向いたらどうだ?」
「No! 絶対向かないし見ないで!!」
呆れ声を掻き消す切望が畳マットが敷かれた六畳ほどの浴室に響き渡る。
一日中走り回り、はじめての性交で付いた蜜や汗を流したいのは山々だが、一緒に入るのは別問題。檜や硫黄の匂い、湯加減は心地良くともノアの股座に挟まれて浸かるなど動悸が収まらない。幸い温泉の成分で湯は白く、肩から下は見えていないだろうが、つい縮こまっていると背後からくすりと笑われた。
「俺からすればどっちを向いていても興奮するがな」
「へ……ひゃっ!」
咄嗟に振り向こうとする葵のうなじにノアが吸い付く。敏感な身体が逃れようとするが、お湯と同化していた白い両手に乳房を掴まれた。
「ノ、ノア、ダメだってあぁン」
「Why? 恋人に触れたいのは至極当然だろ」
「こ、恋人……」
官能な響きに違う意味で真っ赤になった葵の耳に舌を這わせたノアは揉み込んでいた乳房の先端を指で捏ねたり引っ張る。小刻みに跳ねては喘ぐ葵は背中に当たるモノに気付いた。
「ノアの……っはぁ、大きく……なっンてる?」
「ずっとなってる……アオがヤらしくて可愛いかっ!?」
耳元で囁いたからか反射かはわからないが、後ろに回した葵の手が肉棒を掴んだ。ノアはもちろん、本人が一番驚いている。
「へ……ウソ、大きっ」
「もっと大きくさせてるのはっ……その手だぞ」
笑いながらも荒くなる吐息を感じた葵は唾を呑み込むと指先で肉棒を弄る。棒状で、下には膨れ上がっている袋、上にいけば小山のような容。薄暗い部屋ではよく見えなかった葵にとっては未知の物体で興味本位で撫で回す。と、ノアの片手が秘部に潜り、同じように擦られた。
「ひゃっ!?」
「はあ……アオ……焦らすなっ……早く挿入たい」
「あンっ……」
肩やうなじを吸い付かれながら秘部に指を挿し込まれる。手中で硬くなるモノを収めた今、物足りないのはわかっているがここは風呂場。湯あたりどころか麦野夫妻も入る湯船はダメだと理性が働いた葵は振り向くと口付けた。
「んっ……はあ。わかったから、上がってからにしよぉおっ!?」
唇を離した瞬間、腰に回った腕に勢いよく立たされると、その場で挿入される。
「ああぁあ……ノア、まだぁああっンンっ」
「んっ……上がってればいいんだろ? あぁ、アオのナカ……」
顎を持ち上げ口付けられるが、足場が悪く不安定な葵は湯船の縁を両手で掴んだ。が、お尻を突き出す格好になったことでノアはいっそう抽迭を速める。
「あっ、ひ、あっ、ああぁ……っ!」
「あぁ……後ろも……また気持ち良さが違っていいな」
「ひんっ!」
最奥を何度も突かれながら湯で赤く染まった背中に口付けが落ちる。腰を打ち付ける音、波を立てる湯、快楽の喘ぎが響いた。
「ああぁ……ノアもうぁン……ひゃめ……もたぁああ」
「Ok、アオ。湯船から出よう……このまま」
「こ、このままっ……ああぁ」
抽迭は緩むが抜く気配はない。それでも涎を垂らす葵は足が立たなくなってきたのか、這うように湯船から一段差の畳マットに移った。同時に背中に圧し掛かったノアが肉棒を沈める。
「あああぁぁっ!」
「っあぁ……すごい、今までで一番深くて締め付けられる……っ!」
「あっ、ひぁ、まぁあンンっ!」
既に呂律が回っていない葵の耳をしゃぶりながら抽迭が再開される。結合部からは湯なのか蜜なのかわからない滴がマットに落ち、震える身体を抱きしめたノアは根元まで押し込んだ。
「ああっ……出る……アオのナカに俺の子種がっ……!」
弧を描いた口元がすぐ結ばれると脈動を打つモノがナカで散らされる。反動でのけ反っても押さえ付けられている葵はただ舌を出したまま声にならない歓喜を上げた。
少しの間を置いて声も蜜音も静まり、ゆっくりと肉棒が引き抜かれる。それだけでビクリと反応した身体と秘部から溢れる白濁と蜜。なによりそれらに混ざった処女の色にノアははにかんだ。
「アオのはじめて……んっ」
「ひゃうっ!」
出したばかりの処女付き蜜を舐められる。うつ伏せになっている葵には見えていないが、視線を上げた鏡には嬉しそうなノアが映っていた。卑猥なのにほっとしていると、気付いたノアに抱き上げられ唇が重なる。
「んっ……あン……はぁ」
渇いた喉を潤すように唾液や吸われた蜜が葵に流れ込む。汚いと思うより夢中になってしまい、何度も口付けると苦笑が落ちてきた。
「……なんだ、アオ。足りないのか?」
「もう……元気そうでなにより」
「言ったろ。アオとシた時は調子が良い……むしろ今、看病してるのは俺だな」
力が入らないのは本当だが、反論できないのはノアが笑顔だからだ。意地悪しているのではない、ずっと看病され続けている側だからだろう。考えるだけでうら寂しさと役得を感じる葵は彼の首に両腕を回すと再び口付けた。
「んっ……じゃあ、布団に運んでくださいな」
「洗わなくていいのか?」
「どうせすぐするんでしょ?」
「Of course」
病人だったはずなのに軽々と持ち上げられた葵は驚く。改めて見れば色が白いだけで、思ったより身体付きが良かった。改めて男を意識した恥ずかしさからか肩に顔を埋め、ノアは小首を傾げながらも浴室から出ると互いの身体と髪を拭き、簡単に浴衣を着せた。すぐ脱ぐからか下着も着けずさらに羞恥が襲うも、彼の寝室に戻ると治まる。
「気持ち良い……」
換気のためエアコンは消され、縁側の襖を開けている。吹き通る風は風呂上がりにはちょうど良く、月夜の下でイチョウの葉がひらひらと落ちる様は見慣れているはずなのに雅やかだった。
縁側の傍で下ろされた葵は膝に麦わら帽子を置くと手を合わせる。
「? なにしてる」
「御礼をしてるの……長生きしてくれてありがとうございますって」
もはや神木のような存在に感謝以外の言葉が見つからないのはイチョウがなければ二人は出会うことも再開することもなかったからだろう。ノアも手を合わせる様子にくすくす笑った葵は用意してもらった水を飲むと、思い出すかのように彼にも手を合わせた。
「……なんだ?」
「いや。イチョウを助けてくれたのはノアだから、神様仏様ノア大明神様ありがとうって」
「おちょくってるだろ」
「してないしてなっきゃ!?」
笑ったのが仇となったのか浴衣の襟を引っ張られ、ふるりと揺れる乳房が露になる。不満気だったノアの口角が上がった。
「風呂からも上がったし見ていいな? イチョウにもたっぷり恋仲になったのを見せつけてやろう」
「そ、それはさすがにマユ美さんに聞こえっンン!」
慌てる口は唇で塞がれ、押し倒される。
どこから出てくる力と性欲かわからずとも観念した葵は最後の力を振り絞るように手で襖を閉めた。イチョウ様に見せつけるには品がない上、見られていることさえ忘れてしまいそうになるからだ。
もっとも官能な声は漏れ、イチョウの代わりにまた放置された麦わら帽子が真っ赤になりそうだが。
* * *
「あれ~、フッキーちゃんが同じ顔してる~」
「そ、そうかな~」
翌日。『蒼穹』のフロントで顔を合わせた葵とみきは眠た気でどこか疲れているのに対し、ノアとチェックアウトの手続きをしているみきの旦那は和やかに会話している。昨夜倒れ、明け方までシていたとは思えない体力は若さかと考える葵は腰の痛みで生まれたての小鹿状態だ。そんな葵に顔を寄せたみきが笑顔で囁く。
「オーナーさんと想いが通じあって良かったですね」
「へっ!? な、なんで……いや、あの」
的確すぎて零しそうになる口を慌てて塞ぐが、くすくす笑うみきはフロントにいる男たちに目を向けた。
「フッキーちゃんもオーナーさんも昨日より空気柔らかいし、朝食に赤飯がありましたからね」
「あー……」
両手で顔を覆っても葵は耳まで真っ赤になる。
目覚めた時には既にノアの姿はなく、休む暇もなく仕事に出たようだが、あろうことか朝礼で『アオと恋人になったからよろしく』と暴露。連日の忙しさで死屍累々だった従業員全員が発狂、活性化し、九時から出勤だった葵に女性陣が集まるばかりか今日限定で朝食に赤飯が選べたのだ。『誰か良いことがあったのかしら』と穏やかな会話をする宿泊客から全力で目を逸らしたのは言うまでもない。
ちなみに邸宅でも赤飯。涙を流す麦野夫妻を前に完食するのは多大な勇気を必要とし、渇いた笑いしか出ない。そんな葵にみきが目を瞬かせていると支払いを終えた父子とノアがやってきた。
「みき、行くぞ……」
「あのね、羽実のぶんタダにしてもらった~」
「あらら。誕生日ケーキだけでも充分なのに、ありがとうございます」
「わざわざアオに会いにきてくれましたから。今日はもう福岡に?」
「いえ、海賊王の船員を捜しに行きます!」
「海賊王になる~!」
元気に手を挙げるみきと羽実に葵とノアは呆気に取られ、旦那は大きな溜め息をついた。
熊本復興プロジェクトとして某有名海賊漫画のキャラクター像が被災した地域に建てられ、阿蘇にもあるのは葵たちも知っていたが、堂々と宣言されたのははじめてで、つい応援の拍手を送る。えへへと笑うみきは改まるように葵とノアに身体を向けると頭を下げた。
「フッキーちゃん、オーナーさん、素敵なお部屋とお風呂、ご飯にケーキまでありがとうございました! すっごく癒されて元気になりました!!」
「お肉にジェルのったのおいしかった!」
「Thank you,little princess」
視線を合わせるように屈んだノアの手が羽実の手を持ち上げると甲に小さなキスを落とす。騒ぐみきたちと周囲に葵と旦那は渇いた笑いをするが、一礼した親子は笑顔で『蒼穹』を後にした。外で見送る葵とノアも姿が見えなくなるまで頭を下げると、上風に押されゆっくりと顔を見合わせる。
「喜んでくれて良かったね」
「ああ……だから表に出るのはやめられない」
経営に専念する方法もあっただろうに『天空』での出来事が忘れられないのか、余程のことがない限り出迎えと見送りに立っているのを知っている葵は眩しくて手で遮る。逆に違和感があったのかノアの片眉が上がった。
「なんだ?」
「べーつにー。子供には優しいんだなって」
「? まあ、嫌いじゃないな。アオとの子なら好き以外ないが」
「へっ!?」
思いもよらない切り返しに身体が跳ねた葵は顔に紅葉を散らす。くすりと笑うノアの袖が周囲から隠すように上げられると耳元で囁かれた。
「ゴムしてないんだから可能性はあるだろ。まさか子供の作り方を知らない、なんてことは言わないよな。アオ?」
「~~~~バッカあああぁ!」
耳朶に口付けながらお腹を撫でるノアの意地悪な笑みに空まで届く叫びが上がった。
晩夏を惜しむ蝉声、うだる暑さも和らぎ秋めいた風が色を変えはじめる葉を散らす。それでも阿蘇で紡がれた熱は冷えそうにない──。
「アオ、こっち向いたらどうだ?」
「No! 絶対向かないし見ないで!!」
呆れ声を掻き消す切望が畳マットが敷かれた六畳ほどの浴室に響き渡る。
一日中走り回り、はじめての性交で付いた蜜や汗を流したいのは山々だが、一緒に入るのは別問題。檜や硫黄の匂い、湯加減は心地良くともノアの股座に挟まれて浸かるなど動悸が収まらない。幸い温泉の成分で湯は白く、肩から下は見えていないだろうが、つい縮こまっていると背後からくすりと笑われた。
「俺からすればどっちを向いていても興奮するがな」
「へ……ひゃっ!」
咄嗟に振り向こうとする葵のうなじにノアが吸い付く。敏感な身体が逃れようとするが、お湯と同化していた白い両手に乳房を掴まれた。
「ノ、ノア、ダメだってあぁン」
「Why? 恋人に触れたいのは至極当然だろ」
「こ、恋人……」
官能な響きに違う意味で真っ赤になった葵の耳に舌を這わせたノアは揉み込んでいた乳房の先端を指で捏ねたり引っ張る。小刻みに跳ねては喘ぐ葵は背中に当たるモノに気付いた。
「ノアの……っはぁ、大きく……なっンてる?」
「ずっとなってる……アオがヤらしくて可愛いかっ!?」
耳元で囁いたからか反射かはわからないが、後ろに回した葵の手が肉棒を掴んだ。ノアはもちろん、本人が一番驚いている。
「へ……ウソ、大きっ」
「もっと大きくさせてるのはっ……その手だぞ」
笑いながらも荒くなる吐息を感じた葵は唾を呑み込むと指先で肉棒を弄る。棒状で、下には膨れ上がっている袋、上にいけば小山のような容。薄暗い部屋ではよく見えなかった葵にとっては未知の物体で興味本位で撫で回す。と、ノアの片手が秘部に潜り、同じように擦られた。
「ひゃっ!?」
「はあ……アオ……焦らすなっ……早く挿入たい」
「あンっ……」
肩やうなじを吸い付かれながら秘部に指を挿し込まれる。手中で硬くなるモノを収めた今、物足りないのはわかっているがここは風呂場。湯あたりどころか麦野夫妻も入る湯船はダメだと理性が働いた葵は振り向くと口付けた。
「んっ……はあ。わかったから、上がってからにしよぉおっ!?」
唇を離した瞬間、腰に回った腕に勢いよく立たされると、その場で挿入される。
「ああぁあ……ノア、まだぁああっンンっ」
「んっ……上がってればいいんだろ? あぁ、アオのナカ……」
顎を持ち上げ口付けられるが、足場が悪く不安定な葵は湯船の縁を両手で掴んだ。が、お尻を突き出す格好になったことでノアはいっそう抽迭を速める。
「あっ、ひ、あっ、ああぁ……っ!」
「あぁ……後ろも……また気持ち良さが違っていいな」
「ひんっ!」
最奥を何度も突かれながら湯で赤く染まった背中に口付けが落ちる。腰を打ち付ける音、波を立てる湯、快楽の喘ぎが響いた。
「ああぁ……ノアもうぁン……ひゃめ……もたぁああ」
「Ok、アオ。湯船から出よう……このまま」
「こ、このままっ……ああぁ」
抽迭は緩むが抜く気配はない。それでも涎を垂らす葵は足が立たなくなってきたのか、這うように湯船から一段差の畳マットに移った。同時に背中に圧し掛かったノアが肉棒を沈める。
「あああぁぁっ!」
「っあぁ……すごい、今までで一番深くて締め付けられる……っ!」
「あっ、ひぁ、まぁあンンっ!」
既に呂律が回っていない葵の耳をしゃぶりながら抽迭が再開される。結合部からは湯なのか蜜なのかわからない滴がマットに落ち、震える身体を抱きしめたノアは根元まで押し込んだ。
「ああっ……出る……アオのナカに俺の子種がっ……!」
弧を描いた口元がすぐ結ばれると脈動を打つモノがナカで散らされる。反動でのけ反っても押さえ付けられている葵はただ舌を出したまま声にならない歓喜を上げた。
少しの間を置いて声も蜜音も静まり、ゆっくりと肉棒が引き抜かれる。それだけでビクリと反応した身体と秘部から溢れる白濁と蜜。なによりそれらに混ざった処女の色にノアははにかんだ。
「アオのはじめて……んっ」
「ひゃうっ!」
出したばかりの処女付き蜜を舐められる。うつ伏せになっている葵には見えていないが、視線を上げた鏡には嬉しそうなノアが映っていた。卑猥なのにほっとしていると、気付いたノアに抱き上げられ唇が重なる。
「んっ……あン……はぁ」
渇いた喉を潤すように唾液や吸われた蜜が葵に流れ込む。汚いと思うより夢中になってしまい、何度も口付けると苦笑が落ちてきた。
「……なんだ、アオ。足りないのか?」
「もう……元気そうでなにより」
「言ったろ。アオとシた時は調子が良い……むしろ今、看病してるのは俺だな」
力が入らないのは本当だが、反論できないのはノアが笑顔だからだ。意地悪しているのではない、ずっと看病され続けている側だからだろう。考えるだけでうら寂しさと役得を感じる葵は彼の首に両腕を回すと再び口付けた。
「んっ……じゃあ、布団に運んでくださいな」
「洗わなくていいのか?」
「どうせすぐするんでしょ?」
「Of course」
病人だったはずなのに軽々と持ち上げられた葵は驚く。改めて見れば色が白いだけで、思ったより身体付きが良かった。改めて男を意識した恥ずかしさからか肩に顔を埋め、ノアは小首を傾げながらも浴室から出ると互いの身体と髪を拭き、簡単に浴衣を着せた。すぐ脱ぐからか下着も着けずさらに羞恥が襲うも、彼の寝室に戻ると治まる。
「気持ち良い……」
換気のためエアコンは消され、縁側の襖を開けている。吹き通る風は風呂上がりにはちょうど良く、月夜の下でイチョウの葉がひらひらと落ちる様は見慣れているはずなのに雅やかだった。
縁側の傍で下ろされた葵は膝に麦わら帽子を置くと手を合わせる。
「? なにしてる」
「御礼をしてるの……長生きしてくれてありがとうございますって」
もはや神木のような存在に感謝以外の言葉が見つからないのはイチョウがなければ二人は出会うことも再開することもなかったからだろう。ノアも手を合わせる様子にくすくす笑った葵は用意してもらった水を飲むと、思い出すかのように彼にも手を合わせた。
「……なんだ?」
「いや。イチョウを助けてくれたのはノアだから、神様仏様ノア大明神様ありがとうって」
「おちょくってるだろ」
「してないしてなっきゃ!?」
笑ったのが仇となったのか浴衣の襟を引っ張られ、ふるりと揺れる乳房が露になる。不満気だったノアの口角が上がった。
「風呂からも上がったし見ていいな? イチョウにもたっぷり恋仲になったのを見せつけてやろう」
「そ、それはさすがにマユ美さんに聞こえっンン!」
慌てる口は唇で塞がれ、押し倒される。
どこから出てくる力と性欲かわからずとも観念した葵は最後の力を振り絞るように手で襖を閉めた。イチョウ様に見せつけるには品がない上、見られていることさえ忘れてしまいそうになるからだ。
もっとも官能な声は漏れ、イチョウの代わりにまた放置された麦わら帽子が真っ赤になりそうだが。
* * *
「あれ~、フッキーちゃんが同じ顔してる~」
「そ、そうかな~」
翌日。『蒼穹』のフロントで顔を合わせた葵とみきは眠た気でどこか疲れているのに対し、ノアとチェックアウトの手続きをしているみきの旦那は和やかに会話している。昨夜倒れ、明け方までシていたとは思えない体力は若さかと考える葵は腰の痛みで生まれたての小鹿状態だ。そんな葵に顔を寄せたみきが笑顔で囁く。
「オーナーさんと想いが通じあって良かったですね」
「へっ!? な、なんで……いや、あの」
的確すぎて零しそうになる口を慌てて塞ぐが、くすくす笑うみきはフロントにいる男たちに目を向けた。
「フッキーちゃんもオーナーさんも昨日より空気柔らかいし、朝食に赤飯がありましたからね」
「あー……」
両手で顔を覆っても葵は耳まで真っ赤になる。
目覚めた時には既にノアの姿はなく、休む暇もなく仕事に出たようだが、あろうことか朝礼で『アオと恋人になったからよろしく』と暴露。連日の忙しさで死屍累々だった従業員全員が発狂、活性化し、九時から出勤だった葵に女性陣が集まるばかりか今日限定で朝食に赤飯が選べたのだ。『誰か良いことがあったのかしら』と穏やかな会話をする宿泊客から全力で目を逸らしたのは言うまでもない。
ちなみに邸宅でも赤飯。涙を流す麦野夫妻を前に完食するのは多大な勇気を必要とし、渇いた笑いしか出ない。そんな葵にみきが目を瞬かせていると支払いを終えた父子とノアがやってきた。
「みき、行くぞ……」
「あのね、羽実のぶんタダにしてもらった~」
「あらら。誕生日ケーキだけでも充分なのに、ありがとうございます」
「わざわざアオに会いにきてくれましたから。今日はもう福岡に?」
「いえ、海賊王の船員を捜しに行きます!」
「海賊王になる~!」
元気に手を挙げるみきと羽実に葵とノアは呆気に取られ、旦那は大きな溜め息をついた。
熊本復興プロジェクトとして某有名海賊漫画のキャラクター像が被災した地域に建てられ、阿蘇にもあるのは葵たちも知っていたが、堂々と宣言されたのははじめてで、つい応援の拍手を送る。えへへと笑うみきは改まるように葵とノアに身体を向けると頭を下げた。
「フッキーちゃん、オーナーさん、素敵なお部屋とお風呂、ご飯にケーキまでありがとうございました! すっごく癒されて元気になりました!!」
「お肉にジェルのったのおいしかった!」
「Thank you,little princess」
視線を合わせるように屈んだノアの手が羽実の手を持ち上げると甲に小さなキスを落とす。騒ぐみきたちと周囲に葵と旦那は渇いた笑いをするが、一礼した親子は笑顔で『蒼穹』を後にした。外で見送る葵とノアも姿が見えなくなるまで頭を下げると、上風に押されゆっくりと顔を見合わせる。
「喜んでくれて良かったね」
「ああ……だから表に出るのはやめられない」
経営に専念する方法もあっただろうに『天空』での出来事が忘れられないのか、余程のことがない限り出迎えと見送りに立っているのを知っている葵は眩しくて手で遮る。逆に違和感があったのかノアの片眉が上がった。
「なんだ?」
「べーつにー。子供には優しいんだなって」
「? まあ、嫌いじゃないな。アオとの子なら好き以外ないが」
「へっ!?」
思いもよらない切り返しに身体が跳ねた葵は顔に紅葉を散らす。くすりと笑うノアの袖が周囲から隠すように上げられると耳元で囁かれた。
「ゴムしてないんだから可能性はあるだろ。まさか子供の作り方を知らない、なんてことは言わないよな。アオ?」
「~~~~バッカあああぁ!」
耳朶に口付けながらお腹を撫でるノアの意地悪な笑みに空まで届く叫びが上がった。
晩夏を惜しむ蝉声、うだる暑さも和らぎ秋めいた風が色を変えはじめる葉を散らす。それでも阿蘇で紡がれた熱は冷えそうにない──。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です!
https://estar.jp/novels/26513389
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ワケあって、お見合い相手のイケメン社長と山で一夜を過ごすことになりました。
紫月あみり
恋愛
※完結! 焚き火の向かい側に座っているのは、メディアでも話題になったイケメン会社経営者、藤原晃成。山奥の冷えた外気に、彼が言い放った。「抱き合って寝るしかない」そんなの無理。七時間前にお見合いしたばかりの相手なのに!? 応じない私を、彼が羽交い締めにして膝の上に乗せる。向き合うと、ぶつかり合う私と彼の視線。運が悪かっただけだった。こうなったのは――結婚相談所で彼が私にお見合いを申し込まなければ、妹から直筆の手紙を受け取らなければ、そもそも一ヶ月前に私がクマのマスコットを失くさなければ――こんなことにならなかった。彼の腕が、私を引き寄せる。私は彼の胸に顔を埋めた……
橘若頭と怖がり姫
真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。
その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。
高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。
ハイスペミュージシャンは女神(ミューズ)を手放さない!
汐瀬うに
恋愛
雫は失恋し、単身オーストリア旅行へ。そこで素性を隠した男:隆介と出会う。意気投合したふたりは数日を共にしたが、最終日、隆介は雫を残してひと足先にった。スマホのない雫に番号を書いたメモを残したが、それを別れの言葉だと思った雫は連絡せずに日本へ帰国。日本で再会したふたりの恋はすぐに再燃するが、そこには様々な障害が…
互いに惹かれ合う大人の溺愛×運命のラブストーリーです。
※ムーンライトノベルス・アルファポリス・Nola・Berry'scafeで同時掲載しています
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる