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13話*魔法の鍵
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夏山から秋色に移り変わった十月下旬。
秋の行楽シーズンで『蒼穹』の繁忙期も続いているが、裏にある邸宅で支度する葵はスーツではなく私服を手に悩んでいた。
「んー、どれにしよう」
「まあまあ、張り切ってますわね」
「あ、マユ美さん。ノアに合わせて着物もいいかなと思ったんですけど、一着しか持ってないし、運転し辛いかなって……」
『蒼穹』の制服は着物だが、裏方業務の葵はスーツが基本。仕事を除いてもピンキリの着物は持っておらず、着用したまま運転もしたことがない。かといって私服も余所行きが少なく、開けていた襖から顔を出したマユ美に助けを求めた。
「まあまあ、それで坊っちゃんが洋装だと元も子もありませんわね」
「うっ」
「初デートで気合いが入るでしょうけど、慣れない服と靴はトラブルに成りかねませんから、普段着にちょっと洒落こむのがいいわよ」
「あ、はい……」
くすくす笑いながらも最良な案と言葉選びに首肯を返した葵は改めて考えながら一緒に並べていた観光雑誌に目を留める。口元が綻ぶのは以前から約束していた阿蘇観光という名のデート日だからだ。
* * *
「あ。ノア、和装なんだね」
十時過ぎ。邸宅前に止めている車内で待っていると旅館側から和服のノアが歩いてきた。今日は助手席に座り、シートベルトに手を伸ばす。
「ああ。唐沢たちにもうるさく言われたが、着替える時間を考えるとな」
「でも、柄入りははじめて見る。カッコいいね」
普段の無地とは違い藍色に縞模様が入った着物。銀鼠の羽織にも袖や裾に唐花模様が入っている。仕事後とはいえ、彼なりにお洒落してくれたのが嬉しい葵にノアも赤めた頬を掻いた。
「Cheers……アオも似合ってる。簪……イチョウなんて持ってたんだな」
「へ? あ、うん……花枝ちゃんと出掛けた時に見つけてね。はじめて挿したんだ」
黒の七分に長袖の透けブラウス、橙色のマキシ丈スカートの葵は照れながら首下で結っている髪に挿したイチョウモチーフの簪に触れる。簪を買うのもはじめてだが、毎日イチョウと着物のノアを見ているのもあって自然と手に取っていた。挿す機会もなかったが今日で良かったのかもしれない。すると、腕を組んだノアが考え込む。
「そういえば俺はアオに何もプレゼントしたことないな……何がいい?」
「へ!? い、いいよいいよ。今日だってお金はノアが出してくれるし」
「運転してもらうんだから当然だ。俺は病で免許取れないからな」
「それだけど、本当にヘリコプターから見るの?」
敷地から車を出した葵が落ち着かないのはヘリコプターに乗ると言われたからだ。
原因は葵のノアの瞳は阿蘇山火口発言。本来なら車か巡回バスで火口まで上がり徒歩で見学できるのだが、阿蘇山は活火山。常にガスが充満しているため喘息持ちや呼吸器官に疾患がある人は見学禁止になっている。つまりはノアのことだが、どうしても見たいという彼は火口の上空を飛ぶヘリコプター遊覧を見つけてきたのだ。
「似ていると言われて気にならないわけないだろ。金なら出す!」
「もう、我儘なんだから~」
豪語する顔は真剣そのもの。むしろ意地にも見えるが、焚き付けてしまったのは葵なので拒否権はない。そんな子供っぽいところも素の彼であり、自分にしか見せないと思えば可愛らしい。当然口が避けても言えないので、内心笑いながら晴天の山を下った。
訪れたのはヘリコプター遊覧と同じ敷地にある、熊をメインにしたふれあい動物園。世界各地の熊はもちろん、動物ショーや乗馬体験もできる場所だ。ヘリコプターは受付順のため一時間ほど待つことになった二人は熊やペンギンを観覧しながらモルモットや犬とふれあい、ミニブタレースに参加する。
「タマキ頑張ってー!」
「イチロー! GoGo……Yayyy!!」
最初は黙っていたノアもレースがはじまると徐々に声を上げ、賭けたミニブタが見事優勝すると立ち上がるほど歓喜した。我に返ったのか咳払いするが、十五センチほどある青ブタぬいぐるみの賞品を受け取ると満足気に笑い、葵も笑顔になる。
「良かったね。麦野さんたちのお土産にする?」
「No、これは俺のだ。二人にはクマの番ぬいぐるみを帰りに買う」
「そっか。花枝ちゃんたちのも何がいいかな」
ぬいぐるみを小突きながら従業員への土産を考えるのは今日の後押しをしてくれたからだ。恋人になって二ヶ月。一度もデートしていない二人に痺れを切らし『シーズン中の阿蘇を楽しまないとかおかしい! 予約少ない時にでもデートしてきなさいよ!!』と、旅館らしからぬ台詞と一同の頷きにオーナーであるノアさえ後退り、今も溜め息をついている。
「一緒に住んでるし、見てないとこでセ○クスもシっだ!」
気を遣わなくていい的なことを言おうとしたのだろうが、外で出す単語ではないと足を踏まれたノアが呻く。そっぽ向いたままヘリポートで説明を聞く葵だったが大音量のプロペラと風に怖じ気ついたのか、気付けば先に乗り込もうとする羽織を握っていた。呆れながらも差し出された手に安心するのは恋人の力か不安が掻き消される。が。
(ひやあああぁぁ~~っ!!!)
やはり飛び立つのは怖い。
声にならない悲鳴と共に瞼をぎゅっと閉じた葵はノアの腕にしがみつく。操縦士との会話を聞きながら浮遊と機体に当たる風を感じていると肩を突かれた。
「アオ、『蒼穹』が見えるぞ」
「へ……!?」
爆音のなか、ヘッドマイクから響く声に目を開く。チカチカする瞼を擦った先には青空と阿蘇の大パノラマが広がっていた。
「わあ……あ、あれかな?」
前方だけでなく、ノアが指す地上に目を向ける。覚えのある路を辿れば青い屋根が集中し、黄に染まりはじめた巨木らしき場所を見つけた。毎日見上げ、歩き回るのも大変な旅館が米粒に見えるとノアと笑い合う。
さらにヘリコプターは観光名所である米塚、草千里ヶ浜を過ぎ、噴煙が上がる中岳火口へ近付いた。晴れてはいるが煙の量や風向きによっては目当ての色は見えない。ノアも窓に張り付くほど凝視していると操縦士の声がかかる。
「旋回するから、お姉さん側を見てると良いなりよ」
「Ok」
短い返答をしたノアが葵に寄り掛かる。
伝わってくる熱が火山のものか彼からかはわからないが、火口しか見ていない様子に動悸が速まる自分が馬鹿らしくなる。肩の力を抜きながらも、二十年以上振りの葵も緊張した面持ちで見下ろすと、薄煙の先に揺らめく湯溜まりを捉えた。
「……あ」
火口の色は赤。そんな刷り込みを払拭する鮮やかな碧色が露になる。あまりの美しさに、はじめて見た時の感動が蘇る葵は我に返るとそっと隣を窺った。同じ色を宿した瞳を丸くさせ、魅入ったようにただ一点を見つめる姿に独り悦に入る。
* * *
二十分ほど空の旅を満喫した二人は麦野夫妻や従業員へのお土産を購入すると、近くにある店で遅めの昼食。名物の高菜めしにだご汁、さらにホルモン煮込みという『蒼穹』とは違う味に舌鼓を打つと、もうひとつの約束。新阿蘇大橋を渡り、展望所で車を止めた。
「わあ……良い眺め」
「Splendid」
涼風を受けながら秋場に染まる山々と水飛沫をあげる河川の絶景に感嘆の息をつく。だが、綺麗に舗装されても削れた山や崩落した裂け目、いまだ遺る震災の爪痕に葵の身体が震えると後ろから抱きしめられた。
「地上から見るのも良いな」
「……うん。空から見るのも良かったけど、地上だから気付く景色もあるね」
平日とはいえ観光シーズン。同じように見学する周囲の視線にも構わず涙が滲む目尻に口付けるノアに葵も頬擦りすると笑顔で見上げた。
「で、火口はどうだった?」
「圧倒されたし、綺麗なのは間違いないが……俺に似ているかと言われたらな」
「本人はそうかもね。私からすればやっぱり同じだったよ」
ふふっと笑う葵になんともいえない顔をしていたノアも『Cheersu』と照れくさそうに返す。と、携帯を取り出した葵は満面笑顔で写真を見せた。
「火口も大橋も見れたし、ガン見してるノアもはしゃいでるノアも撮れた今日は最高!」
「what!?」
火口を見つめているのはもちろん、夢中でミニブタレースを楽しむ姿が記録されていたノアは絶句する。その顔も連写撮影すれば、発狂から真顔になる様が綺麗に撮れた。ジト目にさすがの葵も申し訳なくなったのか携帯で口元を隠す。
「い、いや、雑誌とかの写真は見るけど、オフショットはないなって……つい」
「それを言うなら俺もアオの写真一枚も持っていない。てことで撮らせろ」
「へ!? ちょ、言われて撮られるのは恥ずかしい」
「なら、一緒に映れ」
不満気な様子で携帯を取り出したノアに両手で顔を隠す葵だが『一緒に』と言われ悪い気はしない。むしろ自分も欲しいと腕を下ろすと目前にノアの鼻。瞬きの間に唇が重なった。
「んっ……!」
同時に『カシャッ』と音が鳴る。視線を移せばインカメラにキスしている自分たちが写っていた。場所を思い出した葵は慌てて離れる。
「ちょっ、バカ! なんてものをなんて場所で撮ってるの!! 消して消して!!!」
「盗撮していたヤツに言われたくない」
「うっ……」
舌を出すノアに反論できない上、消してほしくとも自分も削除しなければならない気がして口篭る。なにより周囲の黄色い囁きや眼差しに羞恥が勝り、ノアに抱きついた。
「……他の人に見せないでよ」
「アオもな」
「麦野さんとマユ美さんぐらい許してよ」
「一番恥ずいが、見せるだけなら許す」
顔を埋めているため気楽な声と写真を撮っている音しかわからない。そんな葵が見つめるのは旅館がある山。ひとつのことを思い出すと間を置いて顔を上げた。
「ノア……最後に寄りたい所があるの」
「構わないが、あまり遠くへは行けないぞ」
時刻は十五時前。もう一時間ほどすれば陽も傾くが、旅館オーナーであるノアは客人への挨拶など業務が残っている。休んでも問題はないだろうが、彼なりのポリシーだと知っている葵は苦笑しながら自身の鞄に手を入れた。
「大丈夫。行き先は『天空』だから」
ちゃらりと音を鳴らす古びた鍵と名前にノアの目が見開かれる。ひとりでは勇気が出なかった魔法の鍵──。
秋の行楽シーズンで『蒼穹』の繁忙期も続いているが、裏にある邸宅で支度する葵はスーツではなく私服を手に悩んでいた。
「んー、どれにしよう」
「まあまあ、張り切ってますわね」
「あ、マユ美さん。ノアに合わせて着物もいいかなと思ったんですけど、一着しか持ってないし、運転し辛いかなって……」
『蒼穹』の制服は着物だが、裏方業務の葵はスーツが基本。仕事を除いてもピンキリの着物は持っておらず、着用したまま運転もしたことがない。かといって私服も余所行きが少なく、開けていた襖から顔を出したマユ美に助けを求めた。
「まあまあ、それで坊っちゃんが洋装だと元も子もありませんわね」
「うっ」
「初デートで気合いが入るでしょうけど、慣れない服と靴はトラブルに成りかねませんから、普段着にちょっと洒落こむのがいいわよ」
「あ、はい……」
くすくす笑いながらも最良な案と言葉選びに首肯を返した葵は改めて考えながら一緒に並べていた観光雑誌に目を留める。口元が綻ぶのは以前から約束していた阿蘇観光という名のデート日だからだ。
* * *
「あ。ノア、和装なんだね」
十時過ぎ。邸宅前に止めている車内で待っていると旅館側から和服のノアが歩いてきた。今日は助手席に座り、シートベルトに手を伸ばす。
「ああ。唐沢たちにもうるさく言われたが、着替える時間を考えるとな」
「でも、柄入りははじめて見る。カッコいいね」
普段の無地とは違い藍色に縞模様が入った着物。銀鼠の羽織にも袖や裾に唐花模様が入っている。仕事後とはいえ、彼なりにお洒落してくれたのが嬉しい葵にノアも赤めた頬を掻いた。
「Cheers……アオも似合ってる。簪……イチョウなんて持ってたんだな」
「へ? あ、うん……花枝ちゃんと出掛けた時に見つけてね。はじめて挿したんだ」
黒の七分に長袖の透けブラウス、橙色のマキシ丈スカートの葵は照れながら首下で結っている髪に挿したイチョウモチーフの簪に触れる。簪を買うのもはじめてだが、毎日イチョウと着物のノアを見ているのもあって自然と手に取っていた。挿す機会もなかったが今日で良かったのかもしれない。すると、腕を組んだノアが考え込む。
「そういえば俺はアオに何もプレゼントしたことないな……何がいい?」
「へ!? い、いいよいいよ。今日だってお金はノアが出してくれるし」
「運転してもらうんだから当然だ。俺は病で免許取れないからな」
「それだけど、本当にヘリコプターから見るの?」
敷地から車を出した葵が落ち着かないのはヘリコプターに乗ると言われたからだ。
原因は葵のノアの瞳は阿蘇山火口発言。本来なら車か巡回バスで火口まで上がり徒歩で見学できるのだが、阿蘇山は活火山。常にガスが充満しているため喘息持ちや呼吸器官に疾患がある人は見学禁止になっている。つまりはノアのことだが、どうしても見たいという彼は火口の上空を飛ぶヘリコプター遊覧を見つけてきたのだ。
「似ていると言われて気にならないわけないだろ。金なら出す!」
「もう、我儘なんだから~」
豪語する顔は真剣そのもの。むしろ意地にも見えるが、焚き付けてしまったのは葵なので拒否権はない。そんな子供っぽいところも素の彼であり、自分にしか見せないと思えば可愛らしい。当然口が避けても言えないので、内心笑いながら晴天の山を下った。
訪れたのはヘリコプター遊覧と同じ敷地にある、熊をメインにしたふれあい動物園。世界各地の熊はもちろん、動物ショーや乗馬体験もできる場所だ。ヘリコプターは受付順のため一時間ほど待つことになった二人は熊やペンギンを観覧しながらモルモットや犬とふれあい、ミニブタレースに参加する。
「タマキ頑張ってー!」
「イチロー! GoGo……Yayyy!!」
最初は黙っていたノアもレースがはじまると徐々に声を上げ、賭けたミニブタが見事優勝すると立ち上がるほど歓喜した。我に返ったのか咳払いするが、十五センチほどある青ブタぬいぐるみの賞品を受け取ると満足気に笑い、葵も笑顔になる。
「良かったね。麦野さんたちのお土産にする?」
「No、これは俺のだ。二人にはクマの番ぬいぐるみを帰りに買う」
「そっか。花枝ちゃんたちのも何がいいかな」
ぬいぐるみを小突きながら従業員への土産を考えるのは今日の後押しをしてくれたからだ。恋人になって二ヶ月。一度もデートしていない二人に痺れを切らし『シーズン中の阿蘇を楽しまないとかおかしい! 予約少ない時にでもデートしてきなさいよ!!』と、旅館らしからぬ台詞と一同の頷きにオーナーであるノアさえ後退り、今も溜め息をついている。
「一緒に住んでるし、見てないとこでセ○クスもシっだ!」
気を遣わなくていい的なことを言おうとしたのだろうが、外で出す単語ではないと足を踏まれたノアが呻く。そっぽ向いたままヘリポートで説明を聞く葵だったが大音量のプロペラと風に怖じ気ついたのか、気付けば先に乗り込もうとする羽織を握っていた。呆れながらも差し出された手に安心するのは恋人の力か不安が掻き消される。が。
(ひやあああぁぁ~~っ!!!)
やはり飛び立つのは怖い。
声にならない悲鳴と共に瞼をぎゅっと閉じた葵はノアの腕にしがみつく。操縦士との会話を聞きながら浮遊と機体に当たる風を感じていると肩を突かれた。
「アオ、『蒼穹』が見えるぞ」
「へ……!?」
爆音のなか、ヘッドマイクから響く声に目を開く。チカチカする瞼を擦った先には青空と阿蘇の大パノラマが広がっていた。
「わあ……あ、あれかな?」
前方だけでなく、ノアが指す地上に目を向ける。覚えのある路を辿れば青い屋根が集中し、黄に染まりはじめた巨木らしき場所を見つけた。毎日見上げ、歩き回るのも大変な旅館が米粒に見えるとノアと笑い合う。
さらにヘリコプターは観光名所である米塚、草千里ヶ浜を過ぎ、噴煙が上がる中岳火口へ近付いた。晴れてはいるが煙の量や風向きによっては目当ての色は見えない。ノアも窓に張り付くほど凝視していると操縦士の声がかかる。
「旋回するから、お姉さん側を見てると良いなりよ」
「Ok」
短い返答をしたノアが葵に寄り掛かる。
伝わってくる熱が火山のものか彼からかはわからないが、火口しか見ていない様子に動悸が速まる自分が馬鹿らしくなる。肩の力を抜きながらも、二十年以上振りの葵も緊張した面持ちで見下ろすと、薄煙の先に揺らめく湯溜まりを捉えた。
「……あ」
火口の色は赤。そんな刷り込みを払拭する鮮やかな碧色が露になる。あまりの美しさに、はじめて見た時の感動が蘇る葵は我に返るとそっと隣を窺った。同じ色を宿した瞳を丸くさせ、魅入ったようにただ一点を見つめる姿に独り悦に入る。
* * *
二十分ほど空の旅を満喫した二人は麦野夫妻や従業員へのお土産を購入すると、近くにある店で遅めの昼食。名物の高菜めしにだご汁、さらにホルモン煮込みという『蒼穹』とは違う味に舌鼓を打つと、もうひとつの約束。新阿蘇大橋を渡り、展望所で車を止めた。
「わあ……良い眺め」
「Splendid」
涼風を受けながら秋場に染まる山々と水飛沫をあげる河川の絶景に感嘆の息をつく。だが、綺麗に舗装されても削れた山や崩落した裂け目、いまだ遺る震災の爪痕に葵の身体が震えると後ろから抱きしめられた。
「地上から見るのも良いな」
「……うん。空から見るのも良かったけど、地上だから気付く景色もあるね」
平日とはいえ観光シーズン。同じように見学する周囲の視線にも構わず涙が滲む目尻に口付けるノアに葵も頬擦りすると笑顔で見上げた。
「で、火口はどうだった?」
「圧倒されたし、綺麗なのは間違いないが……俺に似ているかと言われたらな」
「本人はそうかもね。私からすればやっぱり同じだったよ」
ふふっと笑う葵になんともいえない顔をしていたノアも『Cheersu』と照れくさそうに返す。と、携帯を取り出した葵は満面笑顔で写真を見せた。
「火口も大橋も見れたし、ガン見してるノアもはしゃいでるノアも撮れた今日は最高!」
「what!?」
火口を見つめているのはもちろん、夢中でミニブタレースを楽しむ姿が記録されていたノアは絶句する。その顔も連写撮影すれば、発狂から真顔になる様が綺麗に撮れた。ジト目にさすがの葵も申し訳なくなったのか携帯で口元を隠す。
「い、いや、雑誌とかの写真は見るけど、オフショットはないなって……つい」
「それを言うなら俺もアオの写真一枚も持っていない。てことで撮らせろ」
「へ!? ちょ、言われて撮られるのは恥ずかしい」
「なら、一緒に映れ」
不満気な様子で携帯を取り出したノアに両手で顔を隠す葵だが『一緒に』と言われ悪い気はしない。むしろ自分も欲しいと腕を下ろすと目前にノアの鼻。瞬きの間に唇が重なった。
「んっ……!」
同時に『カシャッ』と音が鳴る。視線を移せばインカメラにキスしている自分たちが写っていた。場所を思い出した葵は慌てて離れる。
「ちょっ、バカ! なんてものをなんて場所で撮ってるの!! 消して消して!!!」
「盗撮していたヤツに言われたくない」
「うっ……」
舌を出すノアに反論できない上、消してほしくとも自分も削除しなければならない気がして口篭る。なにより周囲の黄色い囁きや眼差しに羞恥が勝り、ノアに抱きついた。
「……他の人に見せないでよ」
「アオもな」
「麦野さんとマユ美さんぐらい許してよ」
「一番恥ずいが、見せるだけなら許す」
顔を埋めているため気楽な声と写真を撮っている音しかわからない。そんな葵が見つめるのは旅館がある山。ひとつのことを思い出すと間を置いて顔を上げた。
「ノア……最後に寄りたい所があるの」
「構わないが、あまり遠くへは行けないぞ」
時刻は十五時前。もう一時間ほどすれば陽も傾くが、旅館オーナーであるノアは客人への挨拶など業務が残っている。休んでも問題はないだろうが、彼なりのポリシーだと知っている葵は苦笑しながら自身の鞄に手を入れた。
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