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ヤンデレ天使の神は今日も祈る
キラキラと輝く黄金色。
昼間でも薄暗く、陽光など届かない路地裏で一点だけを照らす光。それが幼子の髪だと理解した時、蹲っていた頭が上がり鋭い眼光が刺さる。だが、瞳孔の奥に宿る畏懼に口元を綻ばせたリリーは両手をゆっくりと広げた。
「家族になりませんか? 天使様」
微笑に同色の瞳が見開かれ、徐々に大粒の涙が落ちる。痩せ細った傷だらけの小さな手を震わせながらも懸命に立ち上がり、暖かな腕へと飛び込んだ天使の名は──。
「ルイセー? ルイセどこー?」
「はい、シスター・リリー。ここに」
返事と共に古びた大扉の片側が開く。
黒の修道服とヴェールが揺れる勢いで抱きしめてきたのは、頭半分ほど背丈は低いが十代前半とは思えないほど美丈夫に成長したルイセだ。柔らかな笑顔に教会へと導いたリリーも微笑むと、黄金の髪に付いた汚れを掃う。
「また地下を掃除していたの?」
「ゴ〇が出るって泣いてたのはシスターんんっ!」
「ありがとう! でも言わないで!! あと私はまだ見習い!!!」
咄嗟にルイセの口を両手で塞ぐが、我に返ったリリーは胸元で十字を切った。苦笑する彼は裏庭に目を向ける。
「見習い期間が終わるなら同じですよ。今は僕とアイナの指導者でもあるんですから」
物悲しそうに見つめるのは先ごろ病で亡くなった神父が眠る十字碑。
本来なら聖教会で神聖な儀式のもと埋葬すべきだろうが、僻地まで手が回らないのか便りの返事もない。幸い多くの町民に慕われ略式でも葬儀を執り行えたが、自身も孤児で長年指導してもらったリリーの目には今も涙が滲む。
「リリー……」
気遣いの声と共に伸びてきた指先が滴を拭う。はっと気付いたリリーは両手を叩いた。
「そうそう、アイナの里親が決まったの! 中央都市の方でね」
「それはおめでたい。これで僕だけですか」
さほど大きくない町の教会。建物も古びているが、老若男女問わず人気のリリーとルイセの噂が広まり今では外からの里親希望がいるほどだ。喜ばしい反面、リリーの顔は冴えない。
「僕だけって、貴方にもたくさんお話がきているのに断るから……」
「大事な妹や弟を残す薄情な兄にはなりたくないですからね……それに」
指先を舐めたルイセの手がリリーの手を取ると、手の甲に口付けが落ちる。
「僕の神様はリリーだけだから」
柔らかな感触と金色の瞳に捉えられている自分に耳まで真っ赤になったリリーは戦慄く。
「も、もうっ、どこでそんな口説き文句を覚えたの! 冗談ばかりのナリお爺さん!? まさかイケない本でも隠してるの!!?」
「リリ姉、どしたのー?」
「アアアアアアイナっ!!?」
花を摘んできた少女にリリーは慌てふためくが、くすくす笑うルイセは首を傾げる妹の頭を撫でた。
「なんでもないよ。それよりおめでとう、アイナ。新しい家族が決まったよ」
「家族?」
「うん、詳しくはリリーに聞いて。僕は近所の人たちに伝えてくるから。あ、これ寄付金」
出て行く背にリリーはまごつくが、小袋に入った金貨の数に熱も落ち着く。
「こんなにたくさん……もう、あの子には頭が上がらないわ」
「ルイ兄、かっこいいもんね。よく、きれいなお姉さんからチューされ……リリ姉?」
天を仰ぐリリーにアイナは瞬きする。
共に過ごしているとはいえ、神に仕えている自分とは違い二人は一般人。貞操云々と説教するのもお門違い。むしろ考えるだけで不逞だと十字を切ると、アイナに話を切り出した。
月夜が顔を出す夜半。併設された二階建ての一角にランプが灯り、ヴェールを脱いだリリーが日誌をつけていた。泣きながらも最後は笑顔で受け入れたアイナ、祝いの贈り物、ルイセが……と、書く手が止まる。
「神様、か……」
ひと息ついたリリーは肩下で切り揃えられた髪を指で梳く。
赤毛で窓ガラスに映る瞳は青葉。変哲もない色だが、小瓶に生けた野花を綺麗だと思うように、捉え方は様々だ。それでも自分とルイセでは違いすぎて恥ずかしくなる。
「いけないいけない! 嫉妬なんて……?」
頭を振った先の窓に見慣れた光。
見間違いかと立ち上がり目を凝らすが、確かに外を歩いているのはルイセだ。こんな夜更け、しかも一言もないことに、リリーは考えるよりも先に部屋を飛び出していた。
走っているのとは違う汗が流れ、動悸も速くなる。思案に暮れながら向かったであろう場所へ辿り着くと息を整えた。
「ここは……」
見渡すそこは家々の灯りも外灯もないカビ臭い路地裏。だが、鮮明に覚えている。彼を拾った場所だと。昔は浮浪者や孤児が多く、酷い時は山となった遺体を神父と埋葬していた。
(あれ、そういえば……)
「ひぎゃあぁっ!」
「っ!?」
違和感を掻き消す悲鳴に声を呑む。静寂が戻っても微かに聞こえる音に、震える身体を両手で包んだリリーは只事ではないと、人を呼ばなければと足を出した。
「どうして居着いちゃうのかな……」
「っ!?」
覚えのある声に止まる。壁を背に隠れたリリーは、深い闇が覆う路地裏の奥を確認せざるを得なかった。重なるのは出会い。時間は異なっても、一点だけを月明りが照らしている。黄金の髪も服も、手に持つナイフのように真っ赤に染まった──ルイセを。
「居場所がないなら町を出て行くか死ねばいいのに……なぜ、手をわずらわせるのか」
血溜まりの上で微動だにしない男の頭を容赦なく踏みつける目に感情は見えない。身の毛が弥立つ中、振り上げられる刃物が落ちると同時にリリーはその場を離れた。
息を切らし、よろけながらも走る。
僅かな月光をステンドグラス越しに通す礼拝堂へ駆け込んだリリーは祭壇の前で倒れると必死に上体を起こし、震えが止まらない両手を握った。
「ああっ、神様……嘘だと……信じさせてください……ルイセがっ……」
言葉に詰まり、涙が溢れる。
どれだけ自分に言い聞かせても長年傍で見て聞いてきた彼を他人と間違えるはずがない。聡明で朗らかで、誰からも愛されていた彼が悪意に染まるなど胸が張り裂けそうだ。なにより彼の暴挙を止めるばかりか逃げ、誰かを犠牲にした自責の念に駆られる。
相談できる神父もいない今、神に乞うように涙で霞む瞼を閉じた。
眠っていたのか気絶か、差し込む陽の光で目覚める。重い身体を起こしたリリーは祈りを捧げると、覚束ない足で礼拝堂を後にした。
「あ、リリー!」
「っ!」
扉を閉めたところでルイセが小走りでやってくる。心臓が跳び出すほど驚くも、懸命に笑顔を作った。
「お、おはよう。早いのね」
「? いつも通りですよ。礼拝に行こうとしたらリリーが見当たらないから……泣いていたんですか?」
いつもの話し方、一滴の血も付いていない清潔な服と髪。昨夜の光景が夢だと思わされるが、差し出された手に自然と身体が距離を取った。はっとしたリリーは視線をさ迷わせながら瞼を拭う。
「えっと、あ……アイナとの別れを考えていたらつ……ルイセ?」
擦る手が止まる。というのも、ルイセが大きく目を瞠ったまま動かないからだ。血の気が引いているようにも見え、さすがのリリーも心配になる。
「ル、ルイセ? 大丈夫?」
「っ……ああ、すみません。大丈夫……僕も寂しくなってきたのかな。あっ……と、アイナを起こしてきます」
珍しく狼狽えた様子で去る背中にリリーは眩暈を覚えた。
たとえ道を外したとしても聖職者である自分が拒絶しては教会の意味がない。まずは確かめようと、午前のお勤め後アイナと共に挨拶回りしながら路地裏や周辺を注視した。結果、遺体も血痕も見当たらなかったが、違和感の正体に気付いてしまった。
「リリ姉?」
日暮れのように首を傾けるアイナと繋ぐ手が強くなる。
遺体や血溜まりどころか浮浪者や孤児がどこの区にもいない。人っ子一人もだ。不思議に思いつつも喜んでいた病院や自警団の気持ちもわからないではないが、今のリリーにとって“0人”は怖気立つ数字だった。
(神父様も近年相談者が減ったとおっしゃっていたわ……孤児も三年前のアイナを迎えたのが最後)
考えれば考えるほど真っ青になっているとアイナが心配そうに見上げる。目線を合わせるように屈んだリリーは小さな両肩に手を乗せた。
「……ねえ、アイナ。貴女にとってルイセはどんな人?」
「ルイ兄? とっても優しくてなんでも教えてくれるよ! 字がかけたりお話じょうずになると人気ものになれるって」
屈託な笑顔に胸が痛む。
リリー自身今でも信じたいし疑いたくもないが“あの”強烈な場面を拭い去るなど到底無理だ。対してアイナはとびっきりの笑顔で両手を広げた。
「あとね、あとね、リリ姉がだいすきっ!」
「そう……大好きなんだ」
「っ!?」
冷ややかだが熱情が篭った声と共に背後から伸びてきた両手にアイナごと抱きしめられる。喜ぶアイナの目に映る彼に振り向けずにいると、耳朶に唇が触れた。
「ねえ、リリー……なにしてるの?」
「っ!」
ルイセの囁きが全身に響き渡るが、背筋に這うのは悪寒。唾を呑み込んだリリーは声を振り絞る。
「っ……な、なにって……しゅ、週末アイナが教会を出るから……お世話になった方に御挨拶を」
「おかしもらったー!」
「ふーん……」
嬉しそうにお祝いを見せるアイナに気のない返事をしたルイセが離れる。早鐘を打つ胸を押さえたまま立ち上がったリリーは振り向くが、顔を見ることができず目を伏せた。端に苦笑の口元が映る。
「挨拶は構いませんが、路地裏を通るのはオススメできませんね。この時間は特に」
「そ、そうね……ごめんなさい」
「何事もなくて良かった。さ、帰りましょう」
どう危ないのか、何事もないとはなんなのか。
問うても証拠があるわけではないし、はぐらかされそうだと頷くだけにしたリリーはアイナと手を繋ぐ。同時に反対の小さな手をルイセが握った。
「そうだ、リリー。話があるんですけど、今晩いいですか?」
「え……?」
咄嗟のことに顔が上がる。
黄金の髪と微笑、さらに夕日も合わさったルイセはまさに天使のように美しいが、リリーには不気味に映る。それでも二つ返事をすると、無邪気な少女の声を響かせる路地裏を後にした。
日も沈み、お風呂で汗を洗い流したリリーはアイナを寝かしつけると談話室へ向かう。既にルイセが待っており、簡易キッチンでお湯を沸かしていた。
「やあ、リリー。疲れてるのにごめんね」
「う、ううん……大丈夫。どうしたの?」
躊躇いながらも椅子に座るとカップを出された。湯気の香りからハーブだとわかる。
「ご近所さんに貰ったんです。今朝からリリーの顔色がよくないと言ったらリラックス用にって」
気遣いに胸が痛むリリーはカップを持つ。何度か息で湯気を飛ばし口付けると、すっきりとした喉越しとほんのり甘い蜜に息をついた。
「……ありがとう。心配かけてごめんね」
口元を綻ばせるリリーにルイセも満足気な顔をすると自身のカップに口を付ける。
「いいんですよ。心配の種は僕でしょうし」
「えっ!?」
突然のことに落ち着いていた動悸が速くなり、汗が滲む。戸惑いを他所にルイセは続けた。
「神父様も亡くなって、アイナも出て行く……なのに僕は残ってる。シスターになるリリーにとってはお荷物ですね」
「そ、そんなこと!」
「だから僕も聖職者になりたいなって」
「……え?」
椅子から立ち上がったリリーは目を丸くする。カップを置いたルイセも立ち上がると、ヴェールで隠れていない赤毛の髪を指先で掬った。
「養子に行くのが恩返しかもしれません。でも、僕にとっては教会で家族と過ごすのが一番の幸せなんです……だから僕も聖教会に連れて行ってください」
「……ルイセ」
リリーはもうじき見習い期間が終了し、正式なシスターになるため本部に出向くことになっている。神父が亡くなりアイナも旅立つ今、最後の孤児となった彼が聖職の道を行きたいと言うのなら心残りはないが、それは“昨夜”を見ていなかった場合の話だ。
躊躇うリリーに目を伏せたルイセは赤毛の髪を掛けた耳元で囁く。
「僕の罪を罰するための連行でも構いません」
「っ!」
「もう……知っているのでしょう?」
告白にリリーは戦く。だが、悲痛な面持ちのルイセに自然と涙が溢れ、彼を抱きしめていた。
「ルイセっ……罰せられるというのなら貴方を止められなかった私もだわ。一人では負わせないから……だから、どうか……」
「……うん。ごめんね、リリー。リリーが許してくれるなら、僕は命限り神様に尽くすよ」
背中に両手を回したルイセにリリーは大粒の涙を落としながら頷く。
理由は聞かない。聞いても犯した罪は消えないからだ。それでも償う覚悟があるなら自分だけの胸に留め、聖職者として、拾った親として責任を果たそうと誓った。湯気が消えたカップに映る不適な笑みなど知らず。
翌日からは大忙し。アイナが旅立つ日にリリーとルイセも聖教会へ行くことになったからだ。元々神父がいなければ成り立たない教会はしばらく閉めることになるが、ルイセが神父勉強のため出るのを知れば寂しさよりも喜びで町は賑わった。
「ルイセ、おめでとう!」
「立派な神父様になって戻ってこいよ!」
「えー、神父やシスターって結婚できないの?」
誰も彼も神父になると疑わない笑顔にリリーは複雑な思いを抱くが、祝いはもちろん、教会の掃除を手伝ってくれる町民たちに彼の人気が窺えた。
二人の距離も他愛ない話ができるほど戻り、夜は勉強会。ハーブのおかげか安眠もでき、気付けば当日を迎えた。青空の下、愛らしい装いをしたアイナの出立を祝う宴が教会で行われる。
「リリ姉、ルイ兄、ありがとう。お手紙かくね。ずっとずっとだいすき!」
言葉も話せなかった少女の立派な挨拶と笑顔に抱きしめるリリーの涙は止まらず、ルイセも感慨深そうに妹の頭を撫でる。いつしか小さな身体は腕から離れ、優し気な老夫婦と共に乗り込んだ馬車が日暮れと共に遠退いた。涙を拭うリリーの肩を抱くルイセはポツリと呟く。
「これで二人っきりですね……」
「そうね……でも寂しがるのは私たちも準備してからだわ」
「ええ。終わったら礼拝堂で待っていますね」
「おう、俺たちも行くからな!」
自分たちの出立は夜だが、まだ片付けや戸締りが残っている。最後の礼拝にも参列してくれる町民たちに礼を伝えたリリーは足早に室内へと駆け出すが、その背を見送るルイセは震えていた。ほくそ笑む口元を手で隠しながら。
「う~ん、やっぱりないわ」
まとめていた荷物を漁るリリーは空となった自室を見渡す。教会を出た子供たちから届いた手紙を探しているのだ。
「神父様の遺品整理の時は出てこなかったし……ルイセなら知ってるかしら」
最初の手紙に返事を書いて以降届いた記憶がないため、アイナに言われるまですっかり忘れていた。一時とはいえ家族になった子供たち。便りがないのは良いというが少し寂しい。近況かねて自分から出そうかと考えながらルイセの部屋に向かうとノックした。
「ルイセ。ちょっとい……え?」
閉まりきっていなかったのか、ひとりでに開いた室内にルイスの姿はない。だが、リリーは目を疑った。整理整頓されていても衣類や本、すべての物が残っているからだ。
「どういう……こと?」
聖教会に入れば数年戻れないばかりか、後任の神父が決まるまで閉鎖される教会に置いていく理由もない。彼にとっては不要なのか、荷造りされた様子もない部屋を見渡すリリーは何通もの手紙が入った箱に目を留めた。覚えのある差出人に、探し物だと気付く。
「なんだ。やっぱりルイセが持って……!?」
表を見て愕然とする。消印が先月なのだ。
自分宛のはずなのに受け取っていないリリーは慌てて箱をひっくりし、よく知る子供たちから定期的に届いていたことをはじめて知る。中には劣化している物、『リリ姉ちゃん、どうしてお返事くれないの?きらいになったの?』と胸が痛くなる物。さらに自分が書いた聖教会宛まである。
顔を真っ青にしたリリーは切られていない封を躊躇いがちに千切り確認する。自分の字で神父が亡くなったと、覚えのある文言が並んでいた。返事がないと思っていたが、手紙自体が届いていなかったことになる。
「……っ!」
震えが伝わる手紙を凝視していたリリーは部屋を飛び出す。
なぜ手紙を受け取っていないのか。郵便物を受け取るのが彼だから。なぜ聖教会宛が出されていないのか。リリーを労わって彼が出しに行ったから。多くの里親希望が出始めたのはいつ頃だったか。彼を迎え入れてから。いつ迎えの馬車がくるのか。夜以外彼は教えて……。
「ルイセっ……!?」
多くの疑問が交差する中、すべてが“彼”と繋がったリリーは勢いよく礼拝堂の扉を開く。同時に息を呑むのは、席に着いた町民すべてが倒れ込んでいるからだ。異様な光景と静寂が包む先、祭壇に灯る蝋燭によっていっそう黄金の髪を輝かせる少年が振り向く。
「やあ、リリー。荷造りは終わりました?」
マスクらしき物を脱ぎ捨てたルイセの淡々とした声に、眠っているだけの町民に安堵していたリリーは口を結ぶ。竦む足をなんとか進めながら聖教会宛の手紙を見せた。
「ルイセ……どうしてこの手紙が出されていないの? どうして子供たちからの手紙を渡さなかったの?」
「まあまあ。ハーブティーでも飲んで落ち着きませんか?」
「いらないわ! 聖教会へ向かう手紙は出したの? どうして荷造りしていないの? みんなをどうするの? いつ馬車がっ……貴方はなにがしたいの!?」
手紙を握りしめたリリーの悲痛な叫びが響き渡る。
ゆっくりと閉じた出入り口から吹き込む風にヴェールが揺れ、蝋燭の火が消える。ステンドグラスから零れる月光を一身に受けるかのように佇むルイセは椅子に置かれたカップを手に取った。
「なにがしたい? そんなの──リリーと家族になりたい」
「え……?」
呆気に取られていると、飲み干されたカップが床で割れる。我に返った時には微笑むルイセが歩み出し、リリーは背を向けた。が、掴まれた腕を引っ張られ、彼の胸に抱き留められる。反射で顔を上げれば唇と唇が重なった。
「んんっ!?」
キスしていることに気付いた時には彼の口からハーブティーが流し込まれる。リラックスできる状況ではない。むしろ、頭と腰に回った手に身動きが取れず、いっそう口付けが深くなった。
「んくっ、んっ……はあ、ルイんンン!」
「んっ、はあ……リリー、もっと……」
差し込まれた舌が口内を掻き回す。
キス、感触、舌、味、刺激。膝から崩れ落ちるリリーにとってははじめての経験なのに、ルイセは貪るように続ける。抵抗する力を失くした頃に離れた唇から垂れる唾液さえ舐め取った彼は、肩で息をするリリーを恍惚な目で見下ろした。
「はあ……ごめんね、リリー……優しくするつもりだったのに、嬉しすぎて止まらない……リリーもでしょう?」
「なに、を……っ!?」
やっと動かせた身体が妙に熱い。キスで火照ったのとは違う。内側から発せられる熱に合わせお腹の奥が疼くと、ペロリと耳朶を舐められた。
「ひゃああぁっ!」
ひと舐めだけで上がる悲鳴。それほどの刺激にリリーは身体を丸め、ルイセははにかんだ。
「可愛い……薬が効いてきたんですね」
「くす……り?」
「そう、気持ちよくなるための媚薬……今までは睡眠薬でしたが、今日は特別」
「媚薬? 睡眠?」
予想だにしない単語に砕けたカップと液体で気付く。堂内に漂うのがここ数日眠れていた匂いで、摂取したのは違う茶葉だと。身震いするリリーを他所に笑うルイセは、光るナイフを取り出した。覚えのある刃に鳥肌が立った瞬間、振り上げられる。
「きゃあああぁぁ!」
恐怖から目を瞑ったリリーは悲鳴を上げる。
幸い修道服が裂かれ、下着が露になっただけだが、涙が止まらない彼女の頬をナイフを置いた両手で包んだルイセは興奮していた。
「ああ……リリーの悲鳴は今までの低俗連中と違って官能的で何度も聞きたい……白い肌も血じゃなくて僕色に染めたい……んっ」
「ああっ! やめっ……誰か助けっ……」
頬を撫でていた両手がさらに服を破くと首筋を舐めては吸われ噛まれる。媚薬か恐怖かわからない刺激に声を上げるリリーは抵抗し助けを求めるが周囲の目が開くことはなく、どこからか取り出した麻縄で両手を頭の上で縛られた。華奢なのに力があるばかりか、お腹を押し上げるモノに寒気を覚える。
赤い花弁を付けた上に口付けたルイセは気恥ずかしそうに笑った。
「……僕だって“男”なんですよ?」
細められた目とゆっくりと下ろされるズボンファスナーから取り出されたモノ。拾った頃に見た時とは段違いに大きくなったばかりか上を向いている物体にリリーは言葉を失う。戸惑いと、彼が行おうとしている行為に。
「だ、ダメよ……ルイセ……私は……私は神にっあああ!」
震える声はナイフで切られた下着から掬われた乳房を掴まれたことで嬌声に変わる。お腹で肉棒を擦るルイセは揉みしだく谷間に顔を埋めた。
「リリー……僕ね、リリーが本当に大好きで愛しているんです。僕だけの神様……なのにリリーは僕以外も救おうとし、皆もすがる……なら、救うべき人たちがいなくなればいいんですよ」
顔を上げたルイセの目は“あの日”同様感情を持たず、困惑するリリーだけを映す。
「大変でしたよ……きょうだいを教育するのも、価値もないくせに暴力だけは立派な大人を掃除するのも」
「なにをっ、いって……ああぁ!」
思い返しているのか、胸の頂きに実る赤い先端を舌で転がしては反対の実を指で弾くルイセの声は低いが、察した憂虞な目を掃うように続けた。
「安心してください。里親は優秀なきょうだいが出した結果です。僕はただ読み書きと簡単なマナー……あとは愛想良くすればいいと教えただけです。それだけで大体の大人は釣れる」
全部リリーの真似ですけどねと笑いながらルイセは胸にしゃぶりつくが、涙を落とすリリーは頭を振る。そんなつもりで振る舞っていたわけでも、早く旅立ってほしかったわけでもないと。だがそれはまだ良い話。問題は“掃除”だ。
「何人……殺めたの?」
消え入るような声。それでも力のある眼差しに口元を綻ばせたルイセは馬乗りになると、亀頭から汁を滲ませる肉棒を胸の谷間に置いた。小首を傾げながら口角が上がる。
「さあ? 覚えてないです。路地裏に居たの全部なので、優に100は超えてるかも?」
「っ──ああぁンっ!」
想像を絶する事実に顔面蒼白となったリリーの乳房に肉棒を挟んだルイセは腰を振りながら両先端の実を指で弄っては引っ張る。その顔は汗を滲ませながらも笑っていた。
「ああ、でもっ……はっ、子供は何人か人買いに売ったので、っあ、そんないないかも……はぁ、気持ちぃ……」
「なんてっ、ひゃっ、あっ、酷いこンン゛ン゛っ!?」
名も知らぬ人々の行く末に悲鳴を上げるリリーの口に肉棒が押し込められる。感じたこともない異物、味、臭いに涙が出てくると、笑っているのに冷ややかな目が刺さった。
「むしろ褒めてください。きょうだいのおかげで子供を殺めるのは抵抗あったんですから……それでも酷いと思うなら噛み切っていいですよ? でも、リリーは優しいからそんなことできない」
「ふぐっ、んっ、んンン~っ!」
腰に合わせ舌を滑る肉棒がリリーの口内を犯す。
きょうだいを増やしたくない結果ではないかと反論したいのに、ルイセの言う通り異物を噛むことができない。矛盾で涙が溢れる彼女の頬を包んだルイセは悲し気に顔を覗かせた。
「そう、全部なにもできないリリーのためなんですよ。祈るだけじゃ貧困はなくならないし悪人もいなくならない。信じても裏切られ、罪を重ねる……なら、実力行使で掃除しなきゃ、ね?」
柔らかな微笑は天使――否、悪魔だ。
リリーを名目に、ただ自分の欲を満たしているだけの我儘な子供そのもの。故に歯止めも理性もきかず病んでしまった。それは間違いなくリリーの罪で、おめでたい女だと恥じる。根元まで押し込められた肉棒から熱い飛沫が散ると、自身の下腹部からも蜜が噴き出した。
「っんはあ! はぁはぁ……げほっげほっ!」
「はあ……でも、まさかリリーに見られているとは思わなくて焦りましたよ……最後が旅立つと聞いて浮き立ったんですかね」
苦悶するリリーの顔を舐めるルイセは笑う。
既に身体は汗と蜜にまみれ、言い様もない臭いが礼拝堂を包んでいた。虚ろな目に映るステンドグラスと十字架に涙を滲ませるリリーは、縛られた両手でゆっくりと傍に落ちていたナイフを拾う。丸くなる目を見据え、白濁を垂らす口を開いた。
「貴方がどれだけ罪を……っはぁ、重ねても……私だけは……げほっ……ルイセ、貴方を許すわ……でも、これ以上の愚行をっ……重ねないためにも……貴方も私もっはぁ……いない方がいい」
野放しにすればきっと多くの犠牲者を出し、破滅へと向かう。
そうなる前に誓い通り責任を果たそうと、リリーは目を潤ませながらルイセにナイフを向けた。すると、刃先にポタリと涙が落ちる。それが彼の涙だと理解するのが遅れたのは、出会いの日以降はじめて流したからだ。破顔で。
「リリー、ありがとう……そんなにも僕を想ってくれて……でも、ダメなんだ」
「だ……め?」
「そう、言ってくれたでしょう? 『家族になりませんか』って」
目を瞠ったリリーの脳裏に浮かぶ光景と言葉。
確かに言ったが、それは教会としての意で他意はない。だが、現状から推測される彼の『家族』にリリーは狼狽した。
「る、ルイセ……まさか……」
「多くの参列者に祝福されながら、馬車で二人だけの家に向かいましょう。大丈夫、教会に戻ってこれるよう僕、頑張りますから……」
「ひゃっ!」
絶句している隙に奪われたナイフが残りのスカート丈を裂く。隠れていたショーツは既に使い物にならないほど濡れ、縁も切られると誰にも見せたことがない秘部が露になった。恥ずかしさよりも恐怖を覚えるのは小さな割れ目に宛がわれる肉棒の存在か。食い込む亀頭に顔を青褪めたリリーは頭を横に振る。
「ま、待って! それだけはダメっ!! そんなことされたら私んんンっ!!?」
臆した声は唇で塞がれた。最初のとは違い優しく、舌と舌が絡み合う。リップ音を鳴らしながら離れたルイセは黄金の髪を輝かせながら微笑んだ。
「リリー、愛してる。だから――ひとつになって本当の家族になろう」
「ルイっあ、ああぁぁぁン!」
リリーの両脚を掴んだルイセは躊躇いもなく挿入する。
口で咥えた時とは違う苦しさと衝撃にのけ反るが、引き寄せられるばかりか腰を打ち付けられ、弾む蜜音と嬌声が堂内に響き渡った。
「ひゃっ、あんっ! あ、ああぁぁ……っ!!」
「はあ……夢にまで見たリリーのナカ……すごい暖かくて吸い付いて……ああぁ、もう出そう」
「ああぁ! ルイセお願いっ、あン、それだけはやめてえぇっ……じゃないと私っ、本当に」
「シスターどころか神に仕えることもできませんね」
懇願を理解する不敵な笑みにリリーは血の気が引く。慰めるように抱きついたルイセは胸元に顔を埋めたまま抽迭を続けた。
「清貧、従順。そして貞潔……三つの誓願を見習い終了まで守ってはじめてシスターとして認められ、ロザリオを受け取る……つまり、リリーはもうシスターにはなれない」
証明がない胸元で無邪気に笑う悪魔に、リリーの目の前が真っ暗になった。十年以上守り続けてきた誓いが今、一瞬で失われようとしている事実に許容範囲を越えたのか徐々に震えだし錯乱する。
「やあああぁ! お願い、ルイセ抜いてっ!! 許してえええぇぇ!!!」
「ああ……絶望し、悲痛に歪んだリリーもなんて可愛い……さらに興奮します」
「んン゛ン゛っ!?」
暴れる身体は四肢で押さえ付けられ、泣き喚く口にはくしゃくしゃの紙を咥え込まされる。それは聖教会宛の手紙で、リリーの精神を折るには充分だった。
「さあ、リリー……出しますよ。僕の子種を受け取ってください……っ!」
「んんっんんんンンっ──!」
最奥まで押し込んだ肉棒の脈動と共に熱い滾りが放出される。大きくのけ反るリリーのように天を仰いだルイセは至福の笑みを浮かべていた。
結合部から蜜と白濁に混じって垂れるのは鮮明な赤。
残酷な証拠に身動ぎもできず、ただ涙を零すリリーは感情のない目を天井に向けたが、それさえも顔を覗かせたルイセに阻まれた。涎まみれの手紙を取り除いた唇に口付けが落ちる。
「んっ、はあ……リリー……僕だけの神様……さあ、たくさんたくさん愛し合って家族を作ろう……僕たちの教会で」
再び挿入するルイセの独白に彼にとっての神が自分であり、教会が家であると気付いたリリーはなにもかも手遅れだったことを悟る。
繰り返される愛の囁き、射精、興奮。抑えきれない渇望と欲望に最早成す術もなく目蓋を閉じた彼女は大勢の参列者が眠る前で、長年信仰してきた神ではなく黄金の悪魔に身を捧げた。
それが月夜の日に交わした約束であり償い。そして、唯一人々を救えると最後に信じたからだ──。
──時は流れ、鐘の音が鳴り響く。
午前のミサを終えた教会から退出する者もいれば祭壇の前に集まる者もいる。子供よりも女性が多いのは年若い神父狙いだろうか。
「神父様、さよなら~」
「はい、さようなら。また夕刻に」
「ねー、聞いてよ神父様!」
「ちょっと、あたしが先っ!?」
睨み合う女性二人の間を聖書が遮る。共に視線を移せば、黄金の髪を揺らし微笑む神父に怒りも忘れうっとりとした。
「神の前で喧嘩は御法度。反省されてからお話を聞かせてください」
「お父さ~ん」
二つ返事する女性たちを他所に、漆黒のキャソックとロザリオを揺らし振り返った神父の元に四人の子供たちがやってくる。その中で一番幼い赤ん坊を抱き受けた神父はひとりずつ頭を撫でた。
穏やかな光景に、離れた場所から眺める老夫婦も笑顔になる。
「いやはや、まさかあの子がこんなにも大きくなって戻ってくるとはなぁ」
「ええ、ええ。あの悍ましい日から神に見放されたと思ったわ」
婦人の目から涙が零れるのは十年ほど前に起こった集団自決。
一人の女性、二人の孤児の出立を祝ったある夜、多くの町民が礼拝堂で自死していたのだ。血潮にまみれた悲惨な現場は多くの謎を残しつつも殆どの町民が去り、誰も寄り付かなくなってしまった。
そんな廃墟と化した教会に赴任した新米神父が出立した孤児の一人。
事件を知り、恩返しがしたいと僅か三年で教会を別所に建て替えられたのは成長した姿と手腕。なにより人徳だろう。おかげで事件の噂も薄まり町も活気を取り戻していた。
感謝の祈りを捧げる老夫婦に気付いた彼の一礼に二人も頭を下げると背を向け歩きだす。
「……そういえば、シスター見習いしていた子はどうしたのかしら。いつも笑顔で……ほら、あの子のような」
振り向いた婦人は神父に付いていく子供たち。黄金の髪と瞳、黄金の髪と青葉の瞳と順に見て、赤毛に青葉の瞳の子で声を弾ませる。しばし考え込んだ老紳士も大きく頷いた。
「ああ、リリーちゃんか。確かにあの子たちに似ているな……孤児なんだろう?」
「だと思いますよ。ルイセくん懐いてたから、見過ごせなかったのね」
老夫婦の笑い声を遮るように祭壇近くの扉が閉じられる。
日光が注ぐ廊下を歩く中、年長に当たる少年が先頭の背中に問いかけた。
「口、封じようか?」
「あのぐらいは大丈夫です。先は短いでしょうが」
「……はい、父さん」
神聖な場とは思えない会話が静かに終わる。
他の子供たちも笑顔で返事をするとリビングに入り、昼食の用意がはじまった。ただ一人、神父だけは受け取ってすぐ別の扉へと消える。後ろに続く子はおらず、席に座ると二つの空席に祈りを捧げた。
一切の光を遮断し、蝋燭の灯りだけが頼りの地下室は懲罰房も兼ねているのか牢が幾つもある。床には血痕も見えるが、一瞥もくれず進めば何重もの錠が掛けられた分厚い扉に辿り着いた。
すべてを解錠し、鈍い音を響かせる扉を閉めた彼は微笑む。
「お待たせしました。ごはんですよ、リリー」
神父ことルイセの声に目前の身体が僅かに動く。
地下とは思えないほど明るく、清潔に保たれた室内。だが、ベッドで寝転がる白のワンピースを着た女性は各手足を地面に打ち込まれた鎖付きの錠で繋がれ、目と口を塞がれていた。
ヒューヒューと猿轡から鳴る音に食事を簡易テーブルに置いたルイセはベッドに上がると、汗ばんだ赤毛の髪と頬を撫でながら耳朶をゆっくりと舐める。
「ふぐっ!?」
「今朝の媚薬を飲んでから触ってないから敏感ですね。涎も蜜も母乳もこんなに噴き出して……ああ、リリー……すごく可愛い」
大袈裟なほど跳ねた彼女の口から垂れる涎を嬉しそうに舐めながらワンピースを破けば、張っている胸から宙に弧を描く母乳と秘部から溢れる蜜が露になる。唾を呑み込んだルイセは乳房を鷲掴みすると秘部にしゃぶりついた。
「ふんンン゛ン゛ンっ!」
目に見えない恐怖か、薬の影響か、焦らされ続けた悦びか。呻きと共に手足の鎖が激しく音を鳴らすが、新鮮な蜜を吸い上げるルイセは狂喜していた。
「はあ、美味しい……我慢していたのは僕も同じなんですよ。ミサが終わればリリーと……考えただけで勃って、奉納を唱えながら少し出してしまいました」
詰襟のボタンを外し、搾った母乳で口直ししたルイセは精液が付いた下着とズボンを下ろす。見えていなくとも雄の臭いを察したのか、呻きながら首を横に振る彼女の秘部に肉棒を宛がったルイセは両脚を掴んだ。
「では、僕からいただきますね。その後、下の子のミルクを搾って、キスとごはんをあげますから……っ!」
「――――っ!!!」
焦らすことなく挿入されたモノに悲鳴にならない声が響く。次いで蜜音とスプリング音、そして熱を帯びた独り言が混ざる。
「はあ、リリー……下の子は目が僕、笑顔はリリーに似てきましたよ……三番目の子もリリーのように愛らしくなってっはぁ、二番目の子はもう好きな子とキスしたって……上の子は淡々としてますが、っあぁ、きっと僕に似て……はあ、誰かいると思います」
最奥を小刻みに突きながらの報告に、目隠しと腫れた痕が残る頬に涙が落ちる。膨らんでいるお腹に耳を寄せたルイセは僅かな鼓動を捉えると口角を上げた。
「次はどんな子に育つでしょうね……僕とリリーの新しい家族……愉しみだなぁ。ねぇ、神様……?」
愉悦に浸りながら濃厚な子種が注ぎ込まれる。
落ちた涙も枯れた涙も救う神は存在しない。いるのは人間の皮を被った悪魔と、肌に当たるロザリオを受け取ること叶わず償い続ける人間の成れの果て。
それでも病んだ天使の神は今日も祈る。世界が平和であるようにと────現実など知り得ない幸せな牢獄で。
fin
昼間でも薄暗く、陽光など届かない路地裏で一点だけを照らす光。それが幼子の髪だと理解した時、蹲っていた頭が上がり鋭い眼光が刺さる。だが、瞳孔の奥に宿る畏懼に口元を綻ばせたリリーは両手をゆっくりと広げた。
「家族になりませんか? 天使様」
微笑に同色の瞳が見開かれ、徐々に大粒の涙が落ちる。痩せ細った傷だらけの小さな手を震わせながらも懸命に立ち上がり、暖かな腕へと飛び込んだ天使の名は──。
「ルイセー? ルイセどこー?」
「はい、シスター・リリー。ここに」
返事と共に古びた大扉の片側が開く。
黒の修道服とヴェールが揺れる勢いで抱きしめてきたのは、頭半分ほど背丈は低いが十代前半とは思えないほど美丈夫に成長したルイセだ。柔らかな笑顔に教会へと導いたリリーも微笑むと、黄金の髪に付いた汚れを掃う。
「また地下を掃除していたの?」
「ゴ〇が出るって泣いてたのはシスターんんっ!」
「ありがとう! でも言わないで!! あと私はまだ見習い!!!」
咄嗟にルイセの口を両手で塞ぐが、我に返ったリリーは胸元で十字を切った。苦笑する彼は裏庭に目を向ける。
「見習い期間が終わるなら同じですよ。今は僕とアイナの指導者でもあるんですから」
物悲しそうに見つめるのは先ごろ病で亡くなった神父が眠る十字碑。
本来なら聖教会で神聖な儀式のもと埋葬すべきだろうが、僻地まで手が回らないのか便りの返事もない。幸い多くの町民に慕われ略式でも葬儀を執り行えたが、自身も孤児で長年指導してもらったリリーの目には今も涙が滲む。
「リリー……」
気遣いの声と共に伸びてきた指先が滴を拭う。はっと気付いたリリーは両手を叩いた。
「そうそう、アイナの里親が決まったの! 中央都市の方でね」
「それはおめでたい。これで僕だけですか」
さほど大きくない町の教会。建物も古びているが、老若男女問わず人気のリリーとルイセの噂が広まり今では外からの里親希望がいるほどだ。喜ばしい反面、リリーの顔は冴えない。
「僕だけって、貴方にもたくさんお話がきているのに断るから……」
「大事な妹や弟を残す薄情な兄にはなりたくないですからね……それに」
指先を舐めたルイセの手がリリーの手を取ると、手の甲に口付けが落ちる。
「僕の神様はリリーだけだから」
柔らかな感触と金色の瞳に捉えられている自分に耳まで真っ赤になったリリーは戦慄く。
「も、もうっ、どこでそんな口説き文句を覚えたの! 冗談ばかりのナリお爺さん!? まさかイケない本でも隠してるの!!?」
「リリ姉、どしたのー?」
「アアアアアアイナっ!!?」
花を摘んできた少女にリリーは慌てふためくが、くすくす笑うルイセは首を傾げる妹の頭を撫でた。
「なんでもないよ。それよりおめでとう、アイナ。新しい家族が決まったよ」
「家族?」
「うん、詳しくはリリーに聞いて。僕は近所の人たちに伝えてくるから。あ、これ寄付金」
出て行く背にリリーはまごつくが、小袋に入った金貨の数に熱も落ち着く。
「こんなにたくさん……もう、あの子には頭が上がらないわ」
「ルイ兄、かっこいいもんね。よく、きれいなお姉さんからチューされ……リリ姉?」
天を仰ぐリリーにアイナは瞬きする。
共に過ごしているとはいえ、神に仕えている自分とは違い二人は一般人。貞操云々と説教するのもお門違い。むしろ考えるだけで不逞だと十字を切ると、アイナに話を切り出した。
月夜が顔を出す夜半。併設された二階建ての一角にランプが灯り、ヴェールを脱いだリリーが日誌をつけていた。泣きながらも最後は笑顔で受け入れたアイナ、祝いの贈り物、ルイセが……と、書く手が止まる。
「神様、か……」
ひと息ついたリリーは肩下で切り揃えられた髪を指で梳く。
赤毛で窓ガラスに映る瞳は青葉。変哲もない色だが、小瓶に生けた野花を綺麗だと思うように、捉え方は様々だ。それでも自分とルイセでは違いすぎて恥ずかしくなる。
「いけないいけない! 嫉妬なんて……?」
頭を振った先の窓に見慣れた光。
見間違いかと立ち上がり目を凝らすが、確かに外を歩いているのはルイセだ。こんな夜更け、しかも一言もないことに、リリーは考えるよりも先に部屋を飛び出していた。
走っているのとは違う汗が流れ、動悸も速くなる。思案に暮れながら向かったであろう場所へ辿り着くと息を整えた。
「ここは……」
見渡すそこは家々の灯りも外灯もないカビ臭い路地裏。だが、鮮明に覚えている。彼を拾った場所だと。昔は浮浪者や孤児が多く、酷い時は山となった遺体を神父と埋葬していた。
(あれ、そういえば……)
「ひぎゃあぁっ!」
「っ!?」
違和感を掻き消す悲鳴に声を呑む。静寂が戻っても微かに聞こえる音に、震える身体を両手で包んだリリーは只事ではないと、人を呼ばなければと足を出した。
「どうして居着いちゃうのかな……」
「っ!?」
覚えのある声に止まる。壁を背に隠れたリリーは、深い闇が覆う路地裏の奥を確認せざるを得なかった。重なるのは出会い。時間は異なっても、一点だけを月明りが照らしている。黄金の髪も服も、手に持つナイフのように真っ赤に染まった──ルイセを。
「居場所がないなら町を出て行くか死ねばいいのに……なぜ、手をわずらわせるのか」
血溜まりの上で微動だにしない男の頭を容赦なく踏みつける目に感情は見えない。身の毛が弥立つ中、振り上げられる刃物が落ちると同時にリリーはその場を離れた。
息を切らし、よろけながらも走る。
僅かな月光をステンドグラス越しに通す礼拝堂へ駆け込んだリリーは祭壇の前で倒れると必死に上体を起こし、震えが止まらない両手を握った。
「ああっ、神様……嘘だと……信じさせてください……ルイセがっ……」
言葉に詰まり、涙が溢れる。
どれだけ自分に言い聞かせても長年傍で見て聞いてきた彼を他人と間違えるはずがない。聡明で朗らかで、誰からも愛されていた彼が悪意に染まるなど胸が張り裂けそうだ。なにより彼の暴挙を止めるばかりか逃げ、誰かを犠牲にした自責の念に駆られる。
相談できる神父もいない今、神に乞うように涙で霞む瞼を閉じた。
眠っていたのか気絶か、差し込む陽の光で目覚める。重い身体を起こしたリリーは祈りを捧げると、覚束ない足で礼拝堂を後にした。
「あ、リリー!」
「っ!」
扉を閉めたところでルイセが小走りでやってくる。心臓が跳び出すほど驚くも、懸命に笑顔を作った。
「お、おはよう。早いのね」
「? いつも通りですよ。礼拝に行こうとしたらリリーが見当たらないから……泣いていたんですか?」
いつもの話し方、一滴の血も付いていない清潔な服と髪。昨夜の光景が夢だと思わされるが、差し出された手に自然と身体が距離を取った。はっとしたリリーは視線をさ迷わせながら瞼を拭う。
「えっと、あ……アイナとの別れを考えていたらつ……ルイセ?」
擦る手が止まる。というのも、ルイセが大きく目を瞠ったまま動かないからだ。血の気が引いているようにも見え、さすがのリリーも心配になる。
「ル、ルイセ? 大丈夫?」
「っ……ああ、すみません。大丈夫……僕も寂しくなってきたのかな。あっ……と、アイナを起こしてきます」
珍しく狼狽えた様子で去る背中にリリーは眩暈を覚えた。
たとえ道を外したとしても聖職者である自分が拒絶しては教会の意味がない。まずは確かめようと、午前のお勤め後アイナと共に挨拶回りしながら路地裏や周辺を注視した。結果、遺体も血痕も見当たらなかったが、違和感の正体に気付いてしまった。
「リリ姉?」
日暮れのように首を傾けるアイナと繋ぐ手が強くなる。
遺体や血溜まりどころか浮浪者や孤児がどこの区にもいない。人っ子一人もだ。不思議に思いつつも喜んでいた病院や自警団の気持ちもわからないではないが、今のリリーにとって“0人”は怖気立つ数字だった。
(神父様も近年相談者が減ったとおっしゃっていたわ……孤児も三年前のアイナを迎えたのが最後)
考えれば考えるほど真っ青になっているとアイナが心配そうに見上げる。目線を合わせるように屈んだリリーは小さな両肩に手を乗せた。
「……ねえ、アイナ。貴女にとってルイセはどんな人?」
「ルイ兄? とっても優しくてなんでも教えてくれるよ! 字がかけたりお話じょうずになると人気ものになれるって」
屈託な笑顔に胸が痛む。
リリー自身今でも信じたいし疑いたくもないが“あの”強烈な場面を拭い去るなど到底無理だ。対してアイナはとびっきりの笑顔で両手を広げた。
「あとね、あとね、リリ姉がだいすきっ!」
「そう……大好きなんだ」
「っ!?」
冷ややかだが熱情が篭った声と共に背後から伸びてきた両手にアイナごと抱きしめられる。喜ぶアイナの目に映る彼に振り向けずにいると、耳朶に唇が触れた。
「ねえ、リリー……なにしてるの?」
「っ!」
ルイセの囁きが全身に響き渡るが、背筋に這うのは悪寒。唾を呑み込んだリリーは声を振り絞る。
「っ……な、なにって……しゅ、週末アイナが教会を出るから……お世話になった方に御挨拶を」
「おかしもらったー!」
「ふーん……」
嬉しそうにお祝いを見せるアイナに気のない返事をしたルイセが離れる。早鐘を打つ胸を押さえたまま立ち上がったリリーは振り向くが、顔を見ることができず目を伏せた。端に苦笑の口元が映る。
「挨拶は構いませんが、路地裏を通るのはオススメできませんね。この時間は特に」
「そ、そうね……ごめんなさい」
「何事もなくて良かった。さ、帰りましょう」
どう危ないのか、何事もないとはなんなのか。
問うても証拠があるわけではないし、はぐらかされそうだと頷くだけにしたリリーはアイナと手を繋ぐ。同時に反対の小さな手をルイセが握った。
「そうだ、リリー。話があるんですけど、今晩いいですか?」
「え……?」
咄嗟のことに顔が上がる。
黄金の髪と微笑、さらに夕日も合わさったルイセはまさに天使のように美しいが、リリーには不気味に映る。それでも二つ返事をすると、無邪気な少女の声を響かせる路地裏を後にした。
日も沈み、お風呂で汗を洗い流したリリーはアイナを寝かしつけると談話室へ向かう。既にルイセが待っており、簡易キッチンでお湯を沸かしていた。
「やあ、リリー。疲れてるのにごめんね」
「う、ううん……大丈夫。どうしたの?」
躊躇いながらも椅子に座るとカップを出された。湯気の香りからハーブだとわかる。
「ご近所さんに貰ったんです。今朝からリリーの顔色がよくないと言ったらリラックス用にって」
気遣いに胸が痛むリリーはカップを持つ。何度か息で湯気を飛ばし口付けると、すっきりとした喉越しとほんのり甘い蜜に息をついた。
「……ありがとう。心配かけてごめんね」
口元を綻ばせるリリーにルイセも満足気な顔をすると自身のカップに口を付ける。
「いいんですよ。心配の種は僕でしょうし」
「えっ!?」
突然のことに落ち着いていた動悸が速くなり、汗が滲む。戸惑いを他所にルイセは続けた。
「神父様も亡くなって、アイナも出て行く……なのに僕は残ってる。シスターになるリリーにとってはお荷物ですね」
「そ、そんなこと!」
「だから僕も聖職者になりたいなって」
「……え?」
椅子から立ち上がったリリーは目を丸くする。カップを置いたルイセも立ち上がると、ヴェールで隠れていない赤毛の髪を指先で掬った。
「養子に行くのが恩返しかもしれません。でも、僕にとっては教会で家族と過ごすのが一番の幸せなんです……だから僕も聖教会に連れて行ってください」
「……ルイセ」
リリーはもうじき見習い期間が終了し、正式なシスターになるため本部に出向くことになっている。神父が亡くなりアイナも旅立つ今、最後の孤児となった彼が聖職の道を行きたいと言うのなら心残りはないが、それは“昨夜”を見ていなかった場合の話だ。
躊躇うリリーに目を伏せたルイセは赤毛の髪を掛けた耳元で囁く。
「僕の罪を罰するための連行でも構いません」
「っ!」
「もう……知っているのでしょう?」
告白にリリーは戦く。だが、悲痛な面持ちのルイセに自然と涙が溢れ、彼を抱きしめていた。
「ルイセっ……罰せられるというのなら貴方を止められなかった私もだわ。一人では負わせないから……だから、どうか……」
「……うん。ごめんね、リリー。リリーが許してくれるなら、僕は命限り神様に尽くすよ」
背中に両手を回したルイセにリリーは大粒の涙を落としながら頷く。
理由は聞かない。聞いても犯した罪は消えないからだ。それでも償う覚悟があるなら自分だけの胸に留め、聖職者として、拾った親として責任を果たそうと誓った。湯気が消えたカップに映る不適な笑みなど知らず。
翌日からは大忙し。アイナが旅立つ日にリリーとルイセも聖教会へ行くことになったからだ。元々神父がいなければ成り立たない教会はしばらく閉めることになるが、ルイセが神父勉強のため出るのを知れば寂しさよりも喜びで町は賑わった。
「ルイセ、おめでとう!」
「立派な神父様になって戻ってこいよ!」
「えー、神父やシスターって結婚できないの?」
誰も彼も神父になると疑わない笑顔にリリーは複雑な思いを抱くが、祝いはもちろん、教会の掃除を手伝ってくれる町民たちに彼の人気が窺えた。
二人の距離も他愛ない話ができるほど戻り、夜は勉強会。ハーブのおかげか安眠もでき、気付けば当日を迎えた。青空の下、愛らしい装いをしたアイナの出立を祝う宴が教会で行われる。
「リリ姉、ルイ兄、ありがとう。お手紙かくね。ずっとずっとだいすき!」
言葉も話せなかった少女の立派な挨拶と笑顔に抱きしめるリリーの涙は止まらず、ルイセも感慨深そうに妹の頭を撫でる。いつしか小さな身体は腕から離れ、優し気な老夫婦と共に乗り込んだ馬車が日暮れと共に遠退いた。涙を拭うリリーの肩を抱くルイセはポツリと呟く。
「これで二人っきりですね……」
「そうね……でも寂しがるのは私たちも準備してからだわ」
「ええ。終わったら礼拝堂で待っていますね」
「おう、俺たちも行くからな!」
自分たちの出立は夜だが、まだ片付けや戸締りが残っている。最後の礼拝にも参列してくれる町民たちに礼を伝えたリリーは足早に室内へと駆け出すが、その背を見送るルイセは震えていた。ほくそ笑む口元を手で隠しながら。
「う~ん、やっぱりないわ」
まとめていた荷物を漁るリリーは空となった自室を見渡す。教会を出た子供たちから届いた手紙を探しているのだ。
「神父様の遺品整理の時は出てこなかったし……ルイセなら知ってるかしら」
最初の手紙に返事を書いて以降届いた記憶がないため、アイナに言われるまですっかり忘れていた。一時とはいえ家族になった子供たち。便りがないのは良いというが少し寂しい。近況かねて自分から出そうかと考えながらルイセの部屋に向かうとノックした。
「ルイセ。ちょっとい……え?」
閉まりきっていなかったのか、ひとりでに開いた室内にルイスの姿はない。だが、リリーは目を疑った。整理整頓されていても衣類や本、すべての物が残っているからだ。
「どういう……こと?」
聖教会に入れば数年戻れないばかりか、後任の神父が決まるまで閉鎖される教会に置いていく理由もない。彼にとっては不要なのか、荷造りされた様子もない部屋を見渡すリリーは何通もの手紙が入った箱に目を留めた。覚えのある差出人に、探し物だと気付く。
「なんだ。やっぱりルイセが持って……!?」
表を見て愕然とする。消印が先月なのだ。
自分宛のはずなのに受け取っていないリリーは慌てて箱をひっくりし、よく知る子供たちから定期的に届いていたことをはじめて知る。中には劣化している物、『リリ姉ちゃん、どうしてお返事くれないの?きらいになったの?』と胸が痛くなる物。さらに自分が書いた聖教会宛まである。
顔を真っ青にしたリリーは切られていない封を躊躇いがちに千切り確認する。自分の字で神父が亡くなったと、覚えのある文言が並んでいた。返事がないと思っていたが、手紙自体が届いていなかったことになる。
「……っ!」
震えが伝わる手紙を凝視していたリリーは部屋を飛び出す。
なぜ手紙を受け取っていないのか。郵便物を受け取るのが彼だから。なぜ聖教会宛が出されていないのか。リリーを労わって彼が出しに行ったから。多くの里親希望が出始めたのはいつ頃だったか。彼を迎え入れてから。いつ迎えの馬車がくるのか。夜以外彼は教えて……。
「ルイセっ……!?」
多くの疑問が交差する中、すべてが“彼”と繋がったリリーは勢いよく礼拝堂の扉を開く。同時に息を呑むのは、席に着いた町民すべてが倒れ込んでいるからだ。異様な光景と静寂が包む先、祭壇に灯る蝋燭によっていっそう黄金の髪を輝かせる少年が振り向く。
「やあ、リリー。荷造りは終わりました?」
マスクらしき物を脱ぎ捨てたルイセの淡々とした声に、眠っているだけの町民に安堵していたリリーは口を結ぶ。竦む足をなんとか進めながら聖教会宛の手紙を見せた。
「ルイセ……どうしてこの手紙が出されていないの? どうして子供たちからの手紙を渡さなかったの?」
「まあまあ。ハーブティーでも飲んで落ち着きませんか?」
「いらないわ! 聖教会へ向かう手紙は出したの? どうして荷造りしていないの? みんなをどうするの? いつ馬車がっ……貴方はなにがしたいの!?」
手紙を握りしめたリリーの悲痛な叫びが響き渡る。
ゆっくりと閉じた出入り口から吹き込む風にヴェールが揺れ、蝋燭の火が消える。ステンドグラスから零れる月光を一身に受けるかのように佇むルイセは椅子に置かれたカップを手に取った。
「なにがしたい? そんなの──リリーと家族になりたい」
「え……?」
呆気に取られていると、飲み干されたカップが床で割れる。我に返った時には微笑むルイセが歩み出し、リリーは背を向けた。が、掴まれた腕を引っ張られ、彼の胸に抱き留められる。反射で顔を上げれば唇と唇が重なった。
「んんっ!?」
キスしていることに気付いた時には彼の口からハーブティーが流し込まれる。リラックスできる状況ではない。むしろ、頭と腰に回った手に身動きが取れず、いっそう口付けが深くなった。
「んくっ、んっ……はあ、ルイんンン!」
「んっ、はあ……リリー、もっと……」
差し込まれた舌が口内を掻き回す。
キス、感触、舌、味、刺激。膝から崩れ落ちるリリーにとってははじめての経験なのに、ルイセは貪るように続ける。抵抗する力を失くした頃に離れた唇から垂れる唾液さえ舐め取った彼は、肩で息をするリリーを恍惚な目で見下ろした。
「はあ……ごめんね、リリー……優しくするつもりだったのに、嬉しすぎて止まらない……リリーもでしょう?」
「なに、を……っ!?」
やっと動かせた身体が妙に熱い。キスで火照ったのとは違う。内側から発せられる熱に合わせお腹の奥が疼くと、ペロリと耳朶を舐められた。
「ひゃああぁっ!」
ひと舐めだけで上がる悲鳴。それほどの刺激にリリーは身体を丸め、ルイセははにかんだ。
「可愛い……薬が効いてきたんですね」
「くす……り?」
「そう、気持ちよくなるための媚薬……今までは睡眠薬でしたが、今日は特別」
「媚薬? 睡眠?」
予想だにしない単語に砕けたカップと液体で気付く。堂内に漂うのがここ数日眠れていた匂いで、摂取したのは違う茶葉だと。身震いするリリーを他所に笑うルイセは、光るナイフを取り出した。覚えのある刃に鳥肌が立った瞬間、振り上げられる。
「きゃあああぁぁ!」
恐怖から目を瞑ったリリーは悲鳴を上げる。
幸い修道服が裂かれ、下着が露になっただけだが、涙が止まらない彼女の頬をナイフを置いた両手で包んだルイセは興奮していた。
「ああ……リリーの悲鳴は今までの低俗連中と違って官能的で何度も聞きたい……白い肌も血じゃなくて僕色に染めたい……んっ」
「ああっ! やめっ……誰か助けっ……」
頬を撫でていた両手がさらに服を破くと首筋を舐めては吸われ噛まれる。媚薬か恐怖かわからない刺激に声を上げるリリーは抵抗し助けを求めるが周囲の目が開くことはなく、どこからか取り出した麻縄で両手を頭の上で縛られた。華奢なのに力があるばかりか、お腹を押し上げるモノに寒気を覚える。
赤い花弁を付けた上に口付けたルイセは気恥ずかしそうに笑った。
「……僕だって“男”なんですよ?」
細められた目とゆっくりと下ろされるズボンファスナーから取り出されたモノ。拾った頃に見た時とは段違いに大きくなったばかりか上を向いている物体にリリーは言葉を失う。戸惑いと、彼が行おうとしている行為に。
「だ、ダメよ……ルイセ……私は……私は神にっあああ!」
震える声はナイフで切られた下着から掬われた乳房を掴まれたことで嬌声に変わる。お腹で肉棒を擦るルイセは揉みしだく谷間に顔を埋めた。
「リリー……僕ね、リリーが本当に大好きで愛しているんです。僕だけの神様……なのにリリーは僕以外も救おうとし、皆もすがる……なら、救うべき人たちがいなくなればいいんですよ」
顔を上げたルイセの目は“あの日”同様感情を持たず、困惑するリリーだけを映す。
「大変でしたよ……きょうだいを教育するのも、価値もないくせに暴力だけは立派な大人を掃除するのも」
「なにをっ、いって……ああぁ!」
思い返しているのか、胸の頂きに実る赤い先端を舌で転がしては反対の実を指で弾くルイセの声は低いが、察した憂虞な目を掃うように続けた。
「安心してください。里親は優秀なきょうだいが出した結果です。僕はただ読み書きと簡単なマナー……あとは愛想良くすればいいと教えただけです。それだけで大体の大人は釣れる」
全部リリーの真似ですけどねと笑いながらルイセは胸にしゃぶりつくが、涙を落とすリリーは頭を振る。そんなつもりで振る舞っていたわけでも、早く旅立ってほしかったわけでもないと。だがそれはまだ良い話。問題は“掃除”だ。
「何人……殺めたの?」
消え入るような声。それでも力のある眼差しに口元を綻ばせたルイセは馬乗りになると、亀頭から汁を滲ませる肉棒を胸の谷間に置いた。小首を傾げながら口角が上がる。
「さあ? 覚えてないです。路地裏に居たの全部なので、優に100は超えてるかも?」
「っ──ああぁンっ!」
想像を絶する事実に顔面蒼白となったリリーの乳房に肉棒を挟んだルイセは腰を振りながら両先端の実を指で弄っては引っ張る。その顔は汗を滲ませながらも笑っていた。
「ああ、でもっ……はっ、子供は何人か人買いに売ったので、っあ、そんないないかも……はぁ、気持ちぃ……」
「なんてっ、ひゃっ、あっ、酷いこンン゛ン゛っ!?」
名も知らぬ人々の行く末に悲鳴を上げるリリーの口に肉棒が押し込められる。感じたこともない異物、味、臭いに涙が出てくると、笑っているのに冷ややかな目が刺さった。
「むしろ褒めてください。きょうだいのおかげで子供を殺めるのは抵抗あったんですから……それでも酷いと思うなら噛み切っていいですよ? でも、リリーは優しいからそんなことできない」
「ふぐっ、んっ、んンン~っ!」
腰に合わせ舌を滑る肉棒がリリーの口内を犯す。
きょうだいを増やしたくない結果ではないかと反論したいのに、ルイセの言う通り異物を噛むことができない。矛盾で涙が溢れる彼女の頬を包んだルイセは悲し気に顔を覗かせた。
「そう、全部なにもできないリリーのためなんですよ。祈るだけじゃ貧困はなくならないし悪人もいなくならない。信じても裏切られ、罪を重ねる……なら、実力行使で掃除しなきゃ、ね?」
柔らかな微笑は天使――否、悪魔だ。
リリーを名目に、ただ自分の欲を満たしているだけの我儘な子供そのもの。故に歯止めも理性もきかず病んでしまった。それは間違いなくリリーの罪で、おめでたい女だと恥じる。根元まで押し込められた肉棒から熱い飛沫が散ると、自身の下腹部からも蜜が噴き出した。
「っんはあ! はぁはぁ……げほっげほっ!」
「はあ……でも、まさかリリーに見られているとは思わなくて焦りましたよ……最後が旅立つと聞いて浮き立ったんですかね」
苦悶するリリーの顔を舐めるルイセは笑う。
既に身体は汗と蜜にまみれ、言い様もない臭いが礼拝堂を包んでいた。虚ろな目に映るステンドグラスと十字架に涙を滲ませるリリーは、縛られた両手でゆっくりと傍に落ちていたナイフを拾う。丸くなる目を見据え、白濁を垂らす口を開いた。
「貴方がどれだけ罪を……っはぁ、重ねても……私だけは……げほっ……ルイセ、貴方を許すわ……でも、これ以上の愚行をっ……重ねないためにも……貴方も私もっはぁ……いない方がいい」
野放しにすればきっと多くの犠牲者を出し、破滅へと向かう。
そうなる前に誓い通り責任を果たそうと、リリーは目を潤ませながらルイセにナイフを向けた。すると、刃先にポタリと涙が落ちる。それが彼の涙だと理解するのが遅れたのは、出会いの日以降はじめて流したからだ。破顔で。
「リリー、ありがとう……そんなにも僕を想ってくれて……でも、ダメなんだ」
「だ……め?」
「そう、言ってくれたでしょう? 『家族になりませんか』って」
目を瞠ったリリーの脳裏に浮かぶ光景と言葉。
確かに言ったが、それは教会としての意で他意はない。だが、現状から推測される彼の『家族』にリリーは狼狽した。
「る、ルイセ……まさか……」
「多くの参列者に祝福されながら、馬車で二人だけの家に向かいましょう。大丈夫、教会に戻ってこれるよう僕、頑張りますから……」
「ひゃっ!」
絶句している隙に奪われたナイフが残りのスカート丈を裂く。隠れていたショーツは既に使い物にならないほど濡れ、縁も切られると誰にも見せたことがない秘部が露になった。恥ずかしさよりも恐怖を覚えるのは小さな割れ目に宛がわれる肉棒の存在か。食い込む亀頭に顔を青褪めたリリーは頭を横に振る。
「ま、待って! それだけはダメっ!! そんなことされたら私んんンっ!!?」
臆した声は唇で塞がれた。最初のとは違い優しく、舌と舌が絡み合う。リップ音を鳴らしながら離れたルイセは黄金の髪を輝かせながら微笑んだ。
「リリー、愛してる。だから――ひとつになって本当の家族になろう」
「ルイっあ、ああぁぁぁン!」
リリーの両脚を掴んだルイセは躊躇いもなく挿入する。
口で咥えた時とは違う苦しさと衝撃にのけ反るが、引き寄せられるばかりか腰を打ち付けられ、弾む蜜音と嬌声が堂内に響き渡った。
「ひゃっ、あんっ! あ、ああぁぁ……っ!!」
「はあ……夢にまで見たリリーのナカ……すごい暖かくて吸い付いて……ああぁ、もう出そう」
「ああぁ! ルイセお願いっ、あン、それだけはやめてえぇっ……じゃないと私っ、本当に」
「シスターどころか神に仕えることもできませんね」
懇願を理解する不敵な笑みにリリーは血の気が引く。慰めるように抱きついたルイセは胸元に顔を埋めたまま抽迭を続けた。
「清貧、従順。そして貞潔……三つの誓願を見習い終了まで守ってはじめてシスターとして認められ、ロザリオを受け取る……つまり、リリーはもうシスターにはなれない」
証明がない胸元で無邪気に笑う悪魔に、リリーの目の前が真っ暗になった。十年以上守り続けてきた誓いが今、一瞬で失われようとしている事実に許容範囲を越えたのか徐々に震えだし錯乱する。
「やあああぁ! お願い、ルイセ抜いてっ!! 許してえええぇぇ!!!」
「ああ……絶望し、悲痛に歪んだリリーもなんて可愛い……さらに興奮します」
「んン゛ン゛っ!?」
暴れる身体は四肢で押さえ付けられ、泣き喚く口にはくしゃくしゃの紙を咥え込まされる。それは聖教会宛の手紙で、リリーの精神を折るには充分だった。
「さあ、リリー……出しますよ。僕の子種を受け取ってください……っ!」
「んんっんんんンンっ──!」
最奥まで押し込んだ肉棒の脈動と共に熱い滾りが放出される。大きくのけ反るリリーのように天を仰いだルイセは至福の笑みを浮かべていた。
結合部から蜜と白濁に混じって垂れるのは鮮明な赤。
残酷な証拠に身動ぎもできず、ただ涙を零すリリーは感情のない目を天井に向けたが、それさえも顔を覗かせたルイセに阻まれた。涎まみれの手紙を取り除いた唇に口付けが落ちる。
「んっ、はあ……リリー……僕だけの神様……さあ、たくさんたくさん愛し合って家族を作ろう……僕たちの教会で」
再び挿入するルイセの独白に彼にとっての神が自分であり、教会が家であると気付いたリリーはなにもかも手遅れだったことを悟る。
繰り返される愛の囁き、射精、興奮。抑えきれない渇望と欲望に最早成す術もなく目蓋を閉じた彼女は大勢の参列者が眠る前で、長年信仰してきた神ではなく黄金の悪魔に身を捧げた。
それが月夜の日に交わした約束であり償い。そして、唯一人々を救えると最後に信じたからだ──。
──時は流れ、鐘の音が鳴り響く。
午前のミサを終えた教会から退出する者もいれば祭壇の前に集まる者もいる。子供よりも女性が多いのは年若い神父狙いだろうか。
「神父様、さよなら~」
「はい、さようなら。また夕刻に」
「ねー、聞いてよ神父様!」
「ちょっと、あたしが先っ!?」
睨み合う女性二人の間を聖書が遮る。共に視線を移せば、黄金の髪を揺らし微笑む神父に怒りも忘れうっとりとした。
「神の前で喧嘩は御法度。反省されてからお話を聞かせてください」
「お父さ~ん」
二つ返事する女性たちを他所に、漆黒のキャソックとロザリオを揺らし振り返った神父の元に四人の子供たちがやってくる。その中で一番幼い赤ん坊を抱き受けた神父はひとりずつ頭を撫でた。
穏やかな光景に、離れた場所から眺める老夫婦も笑顔になる。
「いやはや、まさかあの子がこんなにも大きくなって戻ってくるとはなぁ」
「ええ、ええ。あの悍ましい日から神に見放されたと思ったわ」
婦人の目から涙が零れるのは十年ほど前に起こった集団自決。
一人の女性、二人の孤児の出立を祝ったある夜、多くの町民が礼拝堂で自死していたのだ。血潮にまみれた悲惨な現場は多くの謎を残しつつも殆どの町民が去り、誰も寄り付かなくなってしまった。
そんな廃墟と化した教会に赴任した新米神父が出立した孤児の一人。
事件を知り、恩返しがしたいと僅か三年で教会を別所に建て替えられたのは成長した姿と手腕。なにより人徳だろう。おかげで事件の噂も薄まり町も活気を取り戻していた。
感謝の祈りを捧げる老夫婦に気付いた彼の一礼に二人も頭を下げると背を向け歩きだす。
「……そういえば、シスター見習いしていた子はどうしたのかしら。いつも笑顔で……ほら、あの子のような」
振り向いた婦人は神父に付いていく子供たち。黄金の髪と瞳、黄金の髪と青葉の瞳と順に見て、赤毛に青葉の瞳の子で声を弾ませる。しばし考え込んだ老紳士も大きく頷いた。
「ああ、リリーちゃんか。確かにあの子たちに似ているな……孤児なんだろう?」
「だと思いますよ。ルイセくん懐いてたから、見過ごせなかったのね」
老夫婦の笑い声を遮るように祭壇近くの扉が閉じられる。
日光が注ぐ廊下を歩く中、年長に当たる少年が先頭の背中に問いかけた。
「口、封じようか?」
「あのぐらいは大丈夫です。先は短いでしょうが」
「……はい、父さん」
神聖な場とは思えない会話が静かに終わる。
他の子供たちも笑顔で返事をするとリビングに入り、昼食の用意がはじまった。ただ一人、神父だけは受け取ってすぐ別の扉へと消える。後ろに続く子はおらず、席に座ると二つの空席に祈りを捧げた。
一切の光を遮断し、蝋燭の灯りだけが頼りの地下室は懲罰房も兼ねているのか牢が幾つもある。床には血痕も見えるが、一瞥もくれず進めば何重もの錠が掛けられた分厚い扉に辿り着いた。
すべてを解錠し、鈍い音を響かせる扉を閉めた彼は微笑む。
「お待たせしました。ごはんですよ、リリー」
神父ことルイセの声に目前の身体が僅かに動く。
地下とは思えないほど明るく、清潔に保たれた室内。だが、ベッドで寝転がる白のワンピースを着た女性は各手足を地面に打ち込まれた鎖付きの錠で繋がれ、目と口を塞がれていた。
ヒューヒューと猿轡から鳴る音に食事を簡易テーブルに置いたルイセはベッドに上がると、汗ばんだ赤毛の髪と頬を撫でながら耳朶をゆっくりと舐める。
「ふぐっ!?」
「今朝の媚薬を飲んでから触ってないから敏感ですね。涎も蜜も母乳もこんなに噴き出して……ああ、リリー……すごく可愛い」
大袈裟なほど跳ねた彼女の口から垂れる涎を嬉しそうに舐めながらワンピースを破けば、張っている胸から宙に弧を描く母乳と秘部から溢れる蜜が露になる。唾を呑み込んだルイセは乳房を鷲掴みすると秘部にしゃぶりついた。
「ふんンン゛ン゛ンっ!」
目に見えない恐怖か、薬の影響か、焦らされ続けた悦びか。呻きと共に手足の鎖が激しく音を鳴らすが、新鮮な蜜を吸い上げるルイセは狂喜していた。
「はあ、美味しい……我慢していたのは僕も同じなんですよ。ミサが終わればリリーと……考えただけで勃って、奉納を唱えながら少し出してしまいました」
詰襟のボタンを外し、搾った母乳で口直ししたルイセは精液が付いた下着とズボンを下ろす。見えていなくとも雄の臭いを察したのか、呻きながら首を横に振る彼女の秘部に肉棒を宛がったルイセは両脚を掴んだ。
「では、僕からいただきますね。その後、下の子のミルクを搾って、キスとごはんをあげますから……っ!」
「――――っ!!!」
焦らすことなく挿入されたモノに悲鳴にならない声が響く。次いで蜜音とスプリング音、そして熱を帯びた独り言が混ざる。
「はあ、リリー……下の子は目が僕、笑顔はリリーに似てきましたよ……三番目の子もリリーのように愛らしくなってっはぁ、二番目の子はもう好きな子とキスしたって……上の子は淡々としてますが、っあぁ、きっと僕に似て……はあ、誰かいると思います」
最奥を小刻みに突きながらの報告に、目隠しと腫れた痕が残る頬に涙が落ちる。膨らんでいるお腹に耳を寄せたルイセは僅かな鼓動を捉えると口角を上げた。
「次はどんな子に育つでしょうね……僕とリリーの新しい家族……愉しみだなぁ。ねぇ、神様……?」
愉悦に浸りながら濃厚な子種が注ぎ込まれる。
落ちた涙も枯れた涙も救う神は存在しない。いるのは人間の皮を被った悪魔と、肌に当たるロザリオを受け取ること叶わず償い続ける人間の成れの果て。
それでも病んだ天使の神は今日も祈る。世界が平和であるようにと────現実など知り得ない幸せな牢獄で。
fin
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