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ナリユキ閣下とカーネル王

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 フィオナさんからいきなり悩みを打ち明けられたのは驚いたがあれで良かったのだろうか? 彼女の悩みは払拭できたのだろうか? 如何せん、ミクちゃんもフィオナさんも前の世界にいた友人と被る。

 やっていることは生産性が悪い。他人の人生に干渉するなど言語道断。けれども、何かしらの深い傷を負っている人を見捨てるのはもう止めたんだ。

 見捨てた人が次の日、ニュースで自殺したという報道を聞くほど後味が悪いものは無い。だからあの時受け止めてやれなかった分、今悩みを打ち解けてくれる人に全力で立ち向かいたい。フィオナさんの過去を少しでも楽にさせたい。それが俺が生きる目的とした圧倒的な他者貢献だから――。

 俺はそう考えながら、フィオナさんと屋敷の外で宴を楽しんでいる皆に顔を出した。

「お! 来た来た! クロノス、ミクさん行くよ!」

 カーネル王の掛け声に2人は近付いて来た。俺とカーネル王は今から2人で密談という名の酒を交わす。まあ今更やる必要もないかもしれないが、出来るだけ少ない人数でお酒を飲みたいという、このワガママ王様のご要望だ。

 しかし、特に何かをしている訳でもないのに、そう言ってもらえるのは正直嬉しい。

 部屋に着くと、椿の間といういかにもこの世界観をぶち壊す名前の部屋を用意した。密談したいというものだから、急遽和室を造ったのだ。 ひのきのローテーブルに座布団。そして用意しているお酒は日本酒。さて――。カーネル王の反応は――。

「うお! 何だいこの部屋は!? 趣があっていいじゃないか!」

 めちゃくちゃテンションが高い。まあ予測はしていたけどな。この人は自分が知らないモノには探求心が半端じゃない。

「ごめんね。ミクさんにも付き合わせてしまって」

「いえいえ。私は大丈夫ですよ」

「さあ飲もうか」

 カーネル王はそう言って、座布団にの上に座った。俺も特に遠慮はせず適当に足を組んで座った。

 ミクちゃんとクロノスさんは部屋の隅で、隣同士になりながら、座布団の上で正座をして護衛役として付いている。ぶっちゃけいらないんだけどな。

「ナリユキ君とこうしてお酒を交わせるとも思わなかったよ」

「それはどうも」

 そう言ってカーネル王の ますがあるグラスに日本酒を注いだ。

 注いでいるところを見ていると、カーネル王は少年のように目を輝かせていた。

「この四角の入れ物にもお酒を入れるのかい? お洒落だね」

「そう言って頂けると嬉しいです。これは私とミクちゃんが住んでいた日本という国の文化ですから。ますに入っているお酒は最後に飲んでいただいても構いません」

 そう言っていると、カーネル王が少し不機嫌そうな表情をしていた。やべえ。俺なんかやらかしたか? カーネル王なら日本酒楽しんでくれると思ったけどまずかったか?

「ナリユキ君。いや、ナリユキ。タメ口で話をしようよ。正直に言うと王という立場上対等に話せるのは君くらいなんだ。ランベリオンですらも私には敬語。そして私は各国の王のなかでも一番若い。タメ口で話しができるという当たり前の世界から一番遠い存在にある。それがどこか寂しくてね。だから、君にお願いしたいんだ。君は一国の主になった。立場は同じだ。だからお願いだ」

 気が抜ける提案だった。カーネル王はそう言って頭を下げてきた。正直この人ちょっと酔っているだろと思ったが、表情は真剣そのものだった。タメ口で話しをして欲しいという、ちっぽけなお願いで頭を下げる人がどこの世界にいるだろう。恐らくこの人だけだ。それほどカーネル王からすれば遠い存在なのだ。

「分かったよルミエール」

 急に名前で名前で呼ぶのは照れ臭くて、ミクちゃん達の方向を見ると、ミクちゃんもクロノスさんも微笑んでいた。

 そして、ルミエールの方を見ると顔を上げていつものような爽やかスマイルではなく、子供が欲しかったオモチャを与えられた時のようだった。

「これで私達は対等だね! ありがとうナリユキ。ほら私にも注がせて」

 ルミエールにますを預けると、俺の注ぎ方を見ていたのか。グラスにお酒が入った後、ます一杯にお酒を注いでくれた。

「やるじゃん」

「意外と見てるでしょ?」

 ルミエールは褒めて? と言わんばかりの表情を浮かべていたので、「そうだな」と返すと満足気だった。

 コップを手に取り、用意していたおしぼりでコップの底を拭うと、ルミエールも俺と同じ動作をしていた。

「それじゃあ乾杯するか」

「だね」

 俺達2人は国主としてではなく、今宵は友達としてグラスの音を響かせた。

 ルミエールは俺がこの世界に来る前、何をしていたかを沢山聞いてきたので全て答えた。どういう職業をしていたのか。その職業はどういう仕事をするのか。どういう人間関係を築いていたか。などまあ色々だ。

「つまり、ナリユキがここまで自信に満ち溢れているのも、自分に対する劣等感が強く、変わってみようと思ったのが上手くいっているから出ているんだね」

 そう――。まとめらた。まあそうだろうなという感じではある。

「まあ当たっていると思うぞ。ルミエールはどうなんだ?」

「君と比べたら大したことない。けれども一番思い出深い出来事は、魔物の軍勢に襲われた国民を、1人1人助けた事だと思う。勿論、戦闘も少ししたんだけどね。私は戦闘向きではないから、クロノスやルイゼンバーン。そして君達に立派に戦うことができない。本当にちっぽけな人間さ」

「悲観することは無いだろ。でも謙虚な姿勢は好きだぜ」

「うん。ありがとう」

 ルミエールはそう言ってお酒を一気に飲むと、頭を上下に動かした後、仰向けで寝転がってしまった。

「ルミエール大丈夫か!?」

 急性アルコール中毒とかじゃねえよな? 飲ませすぎたか? ――あれ?

 近くに寄ると、ルミエールは気持ち良さそうに寝息を立てて寝ていた。その姿を見てミクちゃんもクロノスさんも寄って来た。

「ナリユキ様。お見苦しいところを見せてしまって申し訳ございません。普段カーネル王はこの程度でダウンしないのですが」

 とは言っているけど、2人で2合飲んだから、結構飲んでいるんだけどね。

「カーネル王はどれだけお酒を飲んでもダウンすることはありません。ましてや、飲んでいる最中に寝ることなど有り得ませんが、この量でダウンするのは、ナリユキ様に気を許しているからでしょう。どうか、カーネル王のお友達として仲良くしてあげてください」

 クロノスさんの台詞は親そのものだった。凄くいい従者だなと心底感心した。まさに人徳ってやつだ。

「勿論ですよ。俺達はもう行きます」

「ええ。僕はしばらくここで待っていますよ」

 俺は手から毛布だけクロノスさんに渡して、ミクちゃんと2人で椿の間を出た。
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