とある婚約破棄の顛末

瀬織董李

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お詫びとお悔やみです

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「それでは改めまして。ようこそエールデンへいらっしゃいました、エーベルハルト殿下。お変わり無いようで安心致しました」

「ああ、クラ……いえ、ひ、妃殿下こそお変わり無いようで……」

 クラウディア、と名を呼ぼうととした瞬間先程のリュシオンが思い出される。いくら冬とはいえ王族である自分が凍死の危機に陥るとは思っても見なかった。もう寒くは無いのに思わずぶる、と身体が震える。そんなエーベルハルトの様子を見て、クラウディアは静かに頭を下げた。

「先程は陛下が申し訳ありません」

「い、いや俺……違う、私が不用意に名を呼んだのがいけなかったのです」

 クラウディアは元婚約者とはいえ今の身分は皇妃。王太子である自分よりは格が上だ。だが、彼女を目の前にするとつい以前の口調で話をしてしまいそうになる。そんなエーベルハルトを見てクラウディアはフッと口許を緩めた。

「以前の話し方で結構ですわ。ここには私達三人しかおりませんもの」

「そ、そうか。それはありがたい」

 侍女はお茶の用意を済ませるとガゼボから出ており、少し離れた場所で護衛と共に控えているので、声を張り上げなければ聞こえないだろう。……盗聴されていなければ、だが。

 クラウディアとヘンリックはこのガゼボに盗聴の魔道具が仕掛けられているのを知っている。ここは許可を得て皇宮を訪れた者なら誰でも利用出来る庭園であり、このガゼボは皇宮から程遠く目立たない外装であるため、密談に使う輩が居たからだ。

 盗聴されていると知らず、悪事の相談をしていた者は少なくなかったらしい。しかし、もしかして?と噂で広まった為に、今ではほぼクラウディア専用となっていた。クラウディアは大抵息抜きで一人でぼんやりと庭を眺める為にやって来るのであって、親しくなった貴族の夫人や令嬢を招いたりすることもなく、せいぜいが皇宮を訪れたヘンリックと一緒くらいだったからだ。

 勿論エーベルハルトは盗聴の存在など知らない。素直にクラウディアの言う通り、以前の調子で話せる事に安堵した。ヘンリックがそんなエーベルハルトを見て肩を竦めている事に気付かすに。

「まず。突然国を出る事となり、殿下や陛下に挨拶出来なかった事をお詫び致します。まさか私もリュシオン様がその日のうちに出立の準備を命じられるとされるとは思いもよらなかったもので」

 流石のクラウディアも、リュシオンの暴走は防げなかった。あれよあれよという間にエールデンへと連れ去られ、気付いた時には婚姻証明書へサインが済んでいたのだ。まさか精神干渉系の魔法を使われたのか?と少し疑ったが、後で聞くと魔法ではなく皇家に伝わる本人にも制御できないスキルの様なものらしい。カリスマの秘密の一つで、特に感情が高まると無意識に発動してしまうらしく、クラウディアがほとんど覚えていない事を知ると『やってしまった!』と平謝りしてくれたので、一先ず貸しとして許していた。

 今回強硬に反対するリュシオンに、『いつかの貸しを返して貰います』と言ってエーベルハルトを招いたのだが、まさか直前になって侍女長を巻き込んでまで妨害してくるとは思わなかったので、来るのに少し時間がかかってしまったが。

「……確かにヘンリックに聞くまで知らなかったから、驚いた」

「ええ。ですが、父を通じて陛下にもご報告申し上げていた筈ですので、ヘンリックが『殿下は何もご存知なかった』と聞いて、私も驚きましたわ」

 婚約破棄承諾書を王宮に送りつけただけで、何の説明もなくエールデンへと旅立ってしまったため、詳細をまとめた手紙を公爵に託し報告をしていた筈なのに、エーベルハルトは何も聞かされていなかったという。何をもって国王が王太子であるエーベルハルトに告げなかったのかはわからないが、恐らく自分で気付け、という辺りだろう。クラウディアに婚約破棄を宣言した時点で、王の彼に対する評価は大分落ちていたと思うので。自分で気付けなかった分余計に評価は落ちた様だが。

「……そして。ランベルト様とラウラ嬢の事、お悔やみ申し上げます」

「……聞いたのか」

「はい。正直ラウラ嬢が王太子妃になれる器とは全く思ってませんでしたが、まさかあのような結末となるとは思ってもみませんでした」

 学園でラウラの振る舞いをエーベルハルト達は全く気付いていなかったが、多くの令嬢達はなんども窘めていた。にも関わらず改めるどころか虎の威を借る狐の様に事あるごとにエーベルハルトの名を出すので、次第に話しかける事すらするものが居なくなったのだ。他に追従しろとは言わないが、意見や苦言を聞き入れる度量も上に立つ者には必要だ。ラウラには全くそれが無かった。常に自分が一番で、他の令嬢は自分の言うことを聞くべきだと盲信していた。

 それ故にクラウディアは如何にエーベルハルトが寵愛しようともラウラが王太子妃となる事は無いだろう、と予測していた。
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