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休みたいなら働きましょう
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「いくらなんでも狭量過ぎです。皇妃殿下は十年エーベルハルト殿下の婚約者だったのですよ。急に目の前に現れたらつい名を呼んでしまったとしても仕方ないでしょう。もっと寛容な所を見せないと。そんな余裕が無いようでは皇妃殿下に嫌われますよ?」
「うっ」
リュシオンがヘンリックとクラウディアを交互に見て狼狽えている。気安い二人の様子にヘンリックがリュシオンと友人関係となった、というのもあながち嘘ではないかもしれない。なにせ紙とはいえ皇帝の頭を叩いたのだから。
「近衛騎士団の隊長が警備の事で相談したいとおっしゃってます。すぐに行って下さい。エーベルハルト殿下の接待は、皇妃殿下と僕で続けますので」
「!? いや、……それはっ!!」
「なにか僕達では不満でも? 少なくとも外交問題へ発展することにはならないと思いますが? ……そもそもが、です。エーベルハルト殿下をお招きするのは姉が指示した事ですよね? それなのに侍女長におかしな命令してまで足止めさせるとはどういう意味でしょう?」
エールデンは皇帝を頂点とした独裁国家だ。まだ三代目皇帝であれば初代の強大なカリスマを覚えている者も居り、皇帝の威光は皇宮に行き渡っている。表立って命令を拒否できる者は、ここには居ないだろう。……ヘンリックの他には。
「全く……僕は留学の為にここへ逗留しているのですよ? 何が悲しくて宰相の真似事をしなければならないんですか。式が済んだら新婚旅行に行きたいとゴネたのは陛下です。済むまでは恙無く終わらせるために尽力してください。一週間も二人して公務休むんですから」
皇帝の権力が強いこの国では、側近中の側近である宰相すら皇帝には強く言えないらしい。事あるごとに重鎮が雁首揃えて『どうすれば皇帝陛下を納得させられるか』を議題に会議を繰り広げているのだ。そのせいでヘンリックは普通なら『姉が皇妃であることを笠に着て』と誹謗されそうだが、逆に『言えるのなら代わりに言ってくれ』と頼まれる程なのだ。まだ学生であるにも関わらずだ。
なにせ、公爵令嬢とはいえ他国の人間をいきなり皇妃の座に付けたのだ。皇帝に表立って苦言を呈せないのであれば、当然目はクラウディアに向けられる。親に指示されたり権力欲から皇妃の座を狙っていた貴族令嬢も大勢居た。そんな彼、彼女らの不満暴言をクラウディア付きの侍女に記録させ、皇妃に対する不敬としてリュシオンは一切の反論を許さず粛清した。
皇妃が供も付けずに歩く事など無い。当然侍女が数人付くものだが、凝り固まった貴族主義の考えを持つ輩の中には、侍女を人と認識していない者も居た。そういう者程クラウディアが他国の出身だと言うだけで蔑んでくるのだ。リュシオンが拍子抜けする程炙り出すのは容易かったらしい。
そんな溺愛している皇妃の実弟で、皇帝と気の置けない関係と見てとれたヘンリックは、本人には不本意だがエールデンの重鎮達の間では既に側近として見られていた。なにか言いづらい事がある度にヘンリックは押し付けられたのだった。
「そういう事でとっとと行って下さい。それとも新婚旅行キャンセルして公務を入れてもいいんですよ? そもそも結婚して一年になるのに今更新婚旅行もありませんしね!」
「わ、わかった! 行くから公務を入れるのは止めてくれ!!」
長い付き合いではないが、やると言ったら本当にやるのは理解している。リュシオンは渋々立ち上がると、エーベルハルトへの挨拶もそこそこに皇宮へと戻っていった。
「さて。邪魔者は消えました。どうぞ姉上」
「……流石に邪魔者は可哀想よ?」
普通に考えれば可哀想では済まないが、二人には通常の事らしい。放置され呆然としているエーベルハルトを余所に、先程リュシオンが座っていたエーベルハルトの対面の席をヘンリックがそっと引き、静かにクラウディアが腰を下ろす。その隣の椅子にヘンリックが座る頃には、侍女達によってテーブルの上には新しいお茶のセットが並べられていた。それを見てふとエーベルハルトは思う。『ああ……もうクラウディアが淹れたお茶を飲むことは無いのだな』……と。
「うっ」
リュシオンがヘンリックとクラウディアを交互に見て狼狽えている。気安い二人の様子にヘンリックがリュシオンと友人関係となった、というのもあながち嘘ではないかもしれない。なにせ紙とはいえ皇帝の頭を叩いたのだから。
「近衛騎士団の隊長が警備の事で相談したいとおっしゃってます。すぐに行って下さい。エーベルハルト殿下の接待は、皇妃殿下と僕で続けますので」
「!? いや、……それはっ!!」
「なにか僕達では不満でも? 少なくとも外交問題へ発展することにはならないと思いますが? ……そもそもが、です。エーベルハルト殿下をお招きするのは姉が指示した事ですよね? それなのに侍女長におかしな命令してまで足止めさせるとはどういう意味でしょう?」
エールデンは皇帝を頂点とした独裁国家だ。まだ三代目皇帝であれば初代の強大なカリスマを覚えている者も居り、皇帝の威光は皇宮に行き渡っている。表立って命令を拒否できる者は、ここには居ないだろう。……ヘンリックの他には。
「全く……僕は留学の為にここへ逗留しているのですよ? 何が悲しくて宰相の真似事をしなければならないんですか。式が済んだら新婚旅行に行きたいとゴネたのは陛下です。済むまでは恙無く終わらせるために尽力してください。一週間も二人して公務休むんですから」
皇帝の権力が強いこの国では、側近中の側近である宰相すら皇帝には強く言えないらしい。事あるごとに重鎮が雁首揃えて『どうすれば皇帝陛下を納得させられるか』を議題に会議を繰り広げているのだ。そのせいでヘンリックは普通なら『姉が皇妃であることを笠に着て』と誹謗されそうだが、逆に『言えるのなら代わりに言ってくれ』と頼まれる程なのだ。まだ学生であるにも関わらずだ。
なにせ、公爵令嬢とはいえ他国の人間をいきなり皇妃の座に付けたのだ。皇帝に表立って苦言を呈せないのであれば、当然目はクラウディアに向けられる。親に指示されたり権力欲から皇妃の座を狙っていた貴族令嬢も大勢居た。そんな彼、彼女らの不満暴言をクラウディア付きの侍女に記録させ、皇妃に対する不敬としてリュシオンは一切の反論を許さず粛清した。
皇妃が供も付けずに歩く事など無い。当然侍女が数人付くものだが、凝り固まった貴族主義の考えを持つ輩の中には、侍女を人と認識していない者も居た。そういう者程クラウディアが他国の出身だと言うだけで蔑んでくるのだ。リュシオンが拍子抜けする程炙り出すのは容易かったらしい。
そんな溺愛している皇妃の実弟で、皇帝と気の置けない関係と見てとれたヘンリックは、本人には不本意だがエールデンの重鎮達の間では既に側近として見られていた。なにか言いづらい事がある度にヘンリックは押し付けられたのだった。
「そういう事でとっとと行って下さい。それとも新婚旅行キャンセルして公務を入れてもいいんですよ? そもそも結婚して一年になるのに今更新婚旅行もありませんしね!」
「わ、わかった! 行くから公務を入れるのは止めてくれ!!」
長い付き合いではないが、やると言ったら本当にやるのは理解している。リュシオンは渋々立ち上がると、エーベルハルトへの挨拶もそこそこに皇宮へと戻っていった。
「さて。邪魔者は消えました。どうぞ姉上」
「……流石に邪魔者は可哀想よ?」
普通に考えれば可哀想では済まないが、二人には通常の事らしい。放置され呆然としているエーベルハルトを余所に、先程リュシオンが座っていたエーベルハルトの対面の席をヘンリックがそっと引き、静かにクラウディアが腰を下ろす。その隣の椅子にヘンリックが座る頃には、侍女達によってテーブルの上には新しいお茶のセットが並べられていた。それを見てふとエーベルハルトは思う。『ああ……もうクラウディアが淹れたお茶を飲むことは無いのだな』……と。
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