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彼女の事情そのに
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「そしてもうおひと方。あの方が興味あるのは簡単に言えば食だけですわね」
「は? 食……ですか?」
「美味しい物を食べる事。そして美味しくない物を美味しく調理する事。それが彼女の存在意義だそうですわ」
辺境伯令嬢の彼女は、辺境では食の女神と呼ばれているという。大国であるエールデンの辺境となると、中央の文化が届くまでに時間がかかる。その上何度か近隣国との小競り合いも起きており、常に軍事に力を入れる余り食べ物といえば保存が効くことを重点、料理といえば手を掛けず簡単に調理した物ばかりになっていた。
そんな中辺境伯息女として生を受けた彼女は、辺境の食事情に絶望したという。が、食に対して人一倍こだわりがあったらしい彼女は、ある時一大決心をし、改革に乗り出した。
軍事に力を入れる辺境では、男手はいつ戦いに駆り出されるかわからない為、基本農業に従事しているのは老人と女性、それに子供だ。その為大規模農園展開が難しい。その為小麦などは他領からの輸入に頼らざるを得なかった。
辺境伯令嬢はそこを真っ先に改善すべき点と考え、力の無いものでも扱いやすい道具の開発に乗り出した。元々軍事用品を製作させる為に鍛冶職人が多い辺境だ。彼らとの試行錯誤の上産み出した農機具は、瞬く間に辺境全土へと広まった。幼い少女の無茶な注文に最初は面食らった鍛冶職人も、命を奪う道具ではなく、命を繋ぐための道具の開発に皆ノリノリだったという。
そして彼女は農具の開発と並行して土地にあった作物を探した。辺境は年間を通して気温が低い。作物の冷害も多かった。その為寒さに強く、そしてなにより育てやすい作物を探させた。例えば麦もこれまでは小麦を育てていたが、小麦よりも大麦やライ麦と呼ばれる品種が寒さや乾燥に強いとわかると順に切り替えさせた。大麦で作るパンは膨らみが悪いが、代わりに粥にして食べると体が暖まり一石二鳥だとわかったのだ。
その後農機具や品種の選定での発展に伴い、生産量の上がった農地に満足した彼女が次に着目したのが調理法だった。先程の大麦と同じく、例えば保存食の代表・芋もこれまではただ皮を剥いて茹で、そのまま塩を付けて食べるか、潰して同じく塩で和えるだけだった。それを薄く切って芋と肉を一緒に炒めてみたり油を多めに入れ揚げ焼きにしてみたり、調味料も塩だけではなく酢をいれてみたり辛子やバターも入れてみたり……と、思い付く限り何度も試食を繰り返し、美味しいと思ったものを惜しみ無く城下の庶民の店にレシピを提供した。
複雑な工程があるわけではない。精々がこれまでより少しだけ手間がかかる程度だ。瞬く間にレシピは辺境を席巻した。勿論彼女が料理人達と考えたのは芋だけではなく、他の食材もだ。
庶民にも手に入りやすい食材で出来るだけ簡単な調理法。そしてなにより美味しい。その影響は当然辺境に駐在している辺境軍にも届いた。これまで食事とは、ただ腹を満たすだけの行為だったものが、大きな楽しみとなった。その結果訓練にもこれまで異常に身が入る様になり、必然的に軍事力が上がる事になった。
軍事力が上がれば小競り合いの様な戦いすら減る。皇都から食を求めてわざわざ訪ねる旅人も増えたのだと言う。人の出入りが増えれば商業も盛んになる。辺境は一気に発展を遂げた。その為今では辺境伯といえば帝国でも伯爵ではなく侯爵と同等の地位とされるようになった。
しかし、その辺境発展の要である令嬢はあれこれ改革しているうちに、すっかり行き遅れてしまった。辺境改革の功績を讃えられ皇妃候補にはなったが、本人にしてみれば大きなお世話だった様だ。何故なら彼女が愛する食とは貴族の高級な食事ではなく、庶民のありふれた食事だったからだ。大衆食堂で出される大皿料理。素朴な味付けの菓子。温かい出来立てが食べられるのも辺境ならではだ。皇宮の毒味を重ねた、いつ作られたのかわからない冷たい食事など想像しただけでも胃が縮む思いがした。
だから、クラウディアが皇妃となってくれた事に関しては感謝していたのだ。まさか他国の王子とのお見合いをセッティングされるとは思わなかったけれど。
「本来であれば、辺境伯息女として何処か近隣領へ嫁ぐものでしょうけれど。辺境では大層な人気だそうで、ご当主の意向としては、婿をとって分家にするつもりだそうですわ」
今回皇都へとやって来たのは結婚式への参列はもちろんだが、その許可を皇帝へと申請するためだった。
「は? 食……ですか?」
「美味しい物を食べる事。そして美味しくない物を美味しく調理する事。それが彼女の存在意義だそうですわ」
辺境伯令嬢の彼女は、辺境では食の女神と呼ばれているという。大国であるエールデンの辺境となると、中央の文化が届くまでに時間がかかる。その上何度か近隣国との小競り合いも起きており、常に軍事に力を入れる余り食べ物といえば保存が効くことを重点、料理といえば手を掛けず簡単に調理した物ばかりになっていた。
そんな中辺境伯息女として生を受けた彼女は、辺境の食事情に絶望したという。が、食に対して人一倍こだわりがあったらしい彼女は、ある時一大決心をし、改革に乗り出した。
軍事に力を入れる辺境では、男手はいつ戦いに駆り出されるかわからない為、基本農業に従事しているのは老人と女性、それに子供だ。その為大規模農園展開が難しい。その為小麦などは他領からの輸入に頼らざるを得なかった。
辺境伯令嬢はそこを真っ先に改善すべき点と考え、力の無いものでも扱いやすい道具の開発に乗り出した。元々軍事用品を製作させる為に鍛冶職人が多い辺境だ。彼らとの試行錯誤の上産み出した農機具は、瞬く間に辺境全土へと広まった。幼い少女の無茶な注文に最初は面食らった鍛冶職人も、命を奪う道具ではなく、命を繋ぐための道具の開発に皆ノリノリだったという。
そして彼女は農具の開発と並行して土地にあった作物を探した。辺境は年間を通して気温が低い。作物の冷害も多かった。その為寒さに強く、そしてなにより育てやすい作物を探させた。例えば麦もこれまでは小麦を育てていたが、小麦よりも大麦やライ麦と呼ばれる品種が寒さや乾燥に強いとわかると順に切り替えさせた。大麦で作るパンは膨らみが悪いが、代わりに粥にして食べると体が暖まり一石二鳥だとわかったのだ。
その後農機具や品種の選定での発展に伴い、生産量の上がった農地に満足した彼女が次に着目したのが調理法だった。先程の大麦と同じく、例えば保存食の代表・芋もこれまではただ皮を剥いて茹で、そのまま塩を付けて食べるか、潰して同じく塩で和えるだけだった。それを薄く切って芋と肉を一緒に炒めてみたり油を多めに入れ揚げ焼きにしてみたり、調味料も塩だけではなく酢をいれてみたり辛子やバターも入れてみたり……と、思い付く限り何度も試食を繰り返し、美味しいと思ったものを惜しみ無く城下の庶民の店にレシピを提供した。
複雑な工程があるわけではない。精々がこれまでより少しだけ手間がかかる程度だ。瞬く間にレシピは辺境を席巻した。勿論彼女が料理人達と考えたのは芋だけではなく、他の食材もだ。
庶民にも手に入りやすい食材で出来るだけ簡単な調理法。そしてなにより美味しい。その影響は当然辺境に駐在している辺境軍にも届いた。これまで食事とは、ただ腹を満たすだけの行為だったものが、大きな楽しみとなった。その結果訓練にもこれまで異常に身が入る様になり、必然的に軍事力が上がる事になった。
軍事力が上がれば小競り合いの様な戦いすら減る。皇都から食を求めてわざわざ訪ねる旅人も増えたのだと言う。人の出入りが増えれば商業も盛んになる。辺境は一気に発展を遂げた。その為今では辺境伯といえば帝国でも伯爵ではなく侯爵と同等の地位とされるようになった。
しかし、その辺境発展の要である令嬢はあれこれ改革しているうちに、すっかり行き遅れてしまった。辺境改革の功績を讃えられ皇妃候補にはなったが、本人にしてみれば大きなお世話だった様だ。何故なら彼女が愛する食とは貴族の高級な食事ではなく、庶民のありふれた食事だったからだ。大衆食堂で出される大皿料理。素朴な味付けの菓子。温かい出来立てが食べられるのも辺境ならではだ。皇宮の毒味を重ねた、いつ作られたのかわからない冷たい食事など想像しただけでも胃が縮む思いがした。
だから、クラウディアが皇妃となってくれた事に関しては感謝していたのだ。まさか他国の王子とのお見合いをセッティングされるとは思わなかったけれど。
「本来であれば、辺境伯息女として何処か近隣領へ嫁ぐものでしょうけれど。辺境では大層な人気だそうで、ご当主の意向としては、婿をとって分家にするつもりだそうですわ」
今回皇都へとやって来たのは結婚式への参列はもちろんだが、その許可を皇帝へと申請するためだった。
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