精霊の守り子

瀬織董李

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「教会は魔物の出現を、信仰心を集める事に利用しようとした。その最強の駒として、用意されたのが『神の使徒』。一応貴賤関係なく募ったものの、結局選ばれたのは貴族の教会派、……中でも寄進の多い家の子息。彼らの実力は存じませんし、彼らに与えられた神具とやらがどの様なものかもわかりませんが、行方不明とされている勇者と比べれば、知名度が遥かに劣っているのは明白。なにせ三人でヴェント一人に勝てないのですもの」

 今日の夜会に当人らは参加していない様だが、会場の隅で真っ赤な顔でなにか言いたそうにしている人が居る。多分神徒の誰かの家族か、一族なのだろう。だが、面と向かって声を出して反論する程の気概は無いらしい。ちょっと情けない。

「自分達が用意した『神の使徒』よりも、ヴェントが名声を得た事を妬んだ教会は、魔王とヴェントと相討ちさせる事にしました。もし討ち洩らしたとしても弱った所ならなんとかなるだろうとの甘い考えからです。そしてヴェントが死んだ後剣を回収すれば思惑通りとなる筈でしたが、ヴェントは見事魔王を討伐してしまった。故に予めそうなった時として命じられていた通り、神徒達はヴェントを殺害したのですわ。……彼が行方不明となっているのは、遺体に神具で付けられた傷があるため。何故遺体を持ち帰らなかったと批難された挙げ句、誰かが遺体の回収に向かっては困るから」

「……それが事実なら、教会はなんと罪深き事を……」

「いえ? 先程も申し上げましたが、大多数がそうだと信じていればそれが『真実』ですもの。ヴィットル様の言う通り私の話は嘘かもしれませんわよ?」

 私の持つ剣を見、そして話を聞いた上で私を信じるか教会を信じるかはそれぞれだ。ここに居るのは全て貴族。家々の事情もあるだろうし、そもそも教会とは金と信仰心で成り立っている組織だ。その二つを得るためなら、倫理を無視することもあるのだろう。理解も納得も出来ないが。

 話の内容に戸惑いざわめく会場の中、ヴィットルと妹が話に付いていけず口を半開きにしている様は酷く滑稽だ。そしてバージル伯爵はまだ憎々しげにこちら睨んでいる。ただ、お馬鹿さん二人よりは知恵が回るのだろう。何も声にしてこないが。

「いや……私は君を信じるよ。教会の言い分には疑問点も多かったからね」

「……王太子殿下。お礼は言いませんわよ」

 私の言葉に王太子は、ちょっと驚いた様な顔をした後、少し寂しそうな風へと変わった。信じてもらえた事に対し、ありがたいと思える状況はとうに過ぎた。唯々ただただ私は今まで溜め込んだ不満をさらけ出したいだけなのだから仕方ない。

 その時何を思ったのだろう。ヴィットルが突然何かを閃いた様な顔をすると、私の方へと早足で近付いてきた。

「と、とにかくよくわからんが貴様のその剣が勇者の剣なんだなっ!? 無能の貴様に持つ資格は無い! 俺に寄越せ!!」

 そう言うとヴィットルは、私が抱えていたブリランテに手を伸ばすと、私を突き飛ばすように奪い取った。思わずふらつく私をルージェが支えてくれる。

「ありがとうルージェ」

「うむ。……愚かだな。あの神の使徒とかいう輩を見た時も思ったが」

「そうね」

 もう関係ないけれど、サンタナ侯爵は大丈夫かしら? いくら三男で家から出すとはいえ、出ていくまでは何かあれば自家の責任になるというのに。ちゃんと教育を施していなかったのがよくわかる。

「むっ!? な、何故抜けない!?」

 剣のつかを握り、鞘から引き抜こうとするヴィットル。当たり前だ。抜ける筈が万に一つもない。あの剣は精霊が作り、精霊が認めたものに与えられるものですもの。どうせ抜けないとわかっているからこそ奪われるのに抵抗しなかったのだから。

 ……さっき言った「暴言や暴力はいつか返す」というのは本気じゃなかったけれど、せっかくなので今返そうかしら。

「まあ! 王太子殿下。殿下が参加なさる夜会で剣を手に取った輩がいますわよ? どうしましょう!?」

「はぁっ!? ち、違うこれは……っ!!」

 動くといったら基本的にダンスをするくらいの夜会では、機能的な服を着ない。女性に至ってはまるっきり見た目重視だ。そこで襲われたら逃げられないので、基本許可を得ている護衛以外の武器は持ち込み禁止だ。

 先程は私が持っていたが、私が女性でドレス姿、そして何より剣の出現に呆気にとられていたからそこに思い至らなかったのだろうが、私の棒読みな指摘に侯爵家の護衛達が我に返った。慌てて一人が王太子と公爵子息を庇う様に前に立ち、三人がヴィットルを取り押さえるため周りを囲んだ。

 特に何も考えず、思い付きだけで行動したヴィットルは、やっと自分の状況に気付いたらしい。この状況では、王族を害する為に私から奪ったと取られても仕方ないわね。

「王族に剣を向けたら死罪でしたかしら? 頑張って娘婿の為に減刑を願ってくださいね、バージル伯爵」

 まあ、抜剣した訳じゃないから、死罪まではいかないと思うけれど、王太子の気分次第かしら。
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