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第1章

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 沙樹が心配することなく、結子は沙樹の秘密を誰かに話すことはなかった。勿論、先輩たちにも話すことはしなかった。

「で、結局その人と付き合うってことなの?」
 昼休みの中庭。結子は沙樹に尋ねた。沙樹はそれに対して考え込む。
「分からない。だって好きだとか、付き合おうとか言われてないもん」
 ただ「負けた」と言われキスをされただけ。それの意味が沙樹には理解出来なかった。
「自分の良いように解釈して、違ったら嫌だもん」
 そんな傷付くようなことはしたくない。
 キスをされたことで浮かれていたが、好きだとか付き合うなんてワードが出てきてないから不安が大きくなっているのだ。
「沙樹」
「ん……?」
「ずっとその人のこと、好きだったんだね」
「うん。出会った時からずっと」
「沙樹、可愛いー」
 結子はそう言って沙樹に抱きつく。
「ゆ、結子……っ!」
 こんな距離感の友達は初めてで、沙樹にとっては戸惑いと嬉しさで溢れる。
「誰にも言わないでくれてありがと……ね」
「当たり前でしょ」
 そう笑う結子の笑顔は、沙樹にとって癒しになっていた。



     ◇◇◇◇◇



 キスをされたあの日から、崇弘から連絡はなかった。そのまま何も言わずにまたアメリカへと旅立って行ったのだ。
(せめて行ってくるくらい欲しかったな)
 スマホを触りながら、崇弘のことを考える。崇弘のことを考えない日はないってくらい、沙樹の日常は崇弘で埋め尽くされている。
「会いたい……」
 部屋にひとりでいても、崇弘のことばかり。
 学校にいても結子といても頭の中から崇弘のことは離れなかった。


《会いたい……》


 思わずそうメッセージを入れた沙樹。だけど仕事中なのか、返信は来ない。それがとても悲しかった。


 土曜日。沙樹は柚子の家に向かっていた。何度か来たことのある家。柚子と零士の家はこの街ではとても目立つ。一目で一般人の家ではないことが分かる。
 外観は白と黒を基調としている。大きな門構え。ガレージには車が5台は優に停められる。なぜこんなに必要かと聞いたら「メンバーの車を停めるにはこのくらい必要」とのこと。ちなみに柚子は車の免許は持っていない。
「相変わらず凄い家」
 見上げて呟く。
 そんなことを言うけれど、沙樹の家、高幡家もそれなりの広さだった。ただ違うのは柚子たちの家は洋風の家。対して高幡家は和風な造りだった。

「いらっしゃい」
 玄関を開けてくれた柚子の足元に娘のがいた。
「さくらちゃん!」
「さきちゃーん」
 さくらが満面の笑みで沙樹に駆け寄る。
「こら、さくら」
 さくらを抱き上げると、沙樹を家の中に招き入れた。
 家の中は白を基調としたシンプルな内装。外観のかっこよさから中もそんな感じだろうと想像は出来る。
 一階のリビングには黒のソファーと大きなテレビが置いてある。壁を見てみると白い壁紙に落書きされていた。
「また落書き、増えました?」
「そうなの」
 3歳になっても落書きをしてしまうさくらに困っている柚子。だが零士は気にしないでそのままにしている。
「子供の成長ーって言って直そうとはしないのよ」
らしいー」
 沙樹は零士のことをれいくんと呼ぶ。
「私は変えたいんだけどね」
 キッチンからオレンジジュースを持ってくる。それをテーブルに置く。
「広いなぁ」
 家の中を見渡す沙樹はそう呟く。
「掃除大変よ」
「えーでもいいなぁ」
「沙樹ちゃんの家だって広いでしょ」
「まぁ……。でもうちとは違うもん」
 和風な家だから、沙樹の部屋も和室だ。洋室がないのだ。沙樹は洋室が憧れているのだ。

「沙樹ちゃん」
 おもちゃで遊び始めているさくらを目で追った柚子は、沙樹の名前を呼ぶ。
「なにかあった?」
 優しい顔で沙樹を見る柚子は、もうすっかりだ。
「あのね……」
 沙樹にとってはな柚子に、崇弘とのことを話し始めた。
 話終えた沙樹は、ソファーに置いてあるクッションを抱えて柚子の反応を伺う。
「そっか……」
 そう言った柚子は、柔らかい笑顔を沙樹に向けた。
「零士さんから聞いてはいたんだけどね……」
「なにを?」
「沙樹ちゃんが崇弘さんを好きだってこと」
 それを言われた沙樹は顔を真っ赤にした。
(れいくん、知ってた……)
 零士が知ってるってことは、他のメンバーも知ってる可能性は強い。
「もしかしてお兄ちゃんも……、知って……?」
「ああ、それはないみたい」
「え?」
「零士さんが言うには、『アイツは鈍感。シスコンだから沙樹の恋には気付かない』って」
「……シスコンって」
「うちのお兄ちゃんもシスコンだけどね」
「湊くん?」
「そ。私はそれに気付かなかった」
 柚子がそう言うと、沙樹は笑った。


「で、その崇弘さんからキスはされたけど、その意味が分からないって?」
 話を元に戻した柚子は、沙樹の顔を見た。柚子の顔を見返す沙樹は頷いてから、オレンジジュースを飲んだ。
「私、どうしたら……」
「ん──……。押し掛ける?」
「え」
「アメリカ、行っちゃう?」
「でもっ!」
「現実的じゃないかぁ」
 沙樹にそう言うと、柚子は考え込む。
「レコーディング、もう少ししたら終わる予定なんだよ」
「終わるの?」
「うん。帰国したら今度はツアーの準備が始まるの。その前にまたいつものように別荘に行くみたい」
「そうなの?」
 そんな話は聞いていない。だけど零士の奥さんである柚子がそう言うんだから間違いないだろう。
「輝さん、また沙樹ちゃんを連れて行くだろうから、そこではっきり聞いた方がいいかも」
 やっぱり本人にちゃんと確認するべきだよねと、考え込んだ。それが一番いい。
 柚子と話したことで、沙樹の中にあるモヤモヤした思いが晴れていく気がした。
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