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第1章

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 入学式。
 秋月理菜は中学生になった。
 真新しいセーラー服を身に纏い、鏡の前に立つ。ついこの前までランドセルを背負っていたのに、セーラー服を着ただけで急に大人になった気分だった。

「リナ。ごめんね、入学式行けなくて」
 母親は超多忙な日々を過ごしている。今、抱えてる案件が大変だといつも言っていた。
「卒業式には行けたんだけどねぇ」
 スーツを着た母は弁護士をしていて、抱えてる案件が多いからか、家に帰ってくるのも少なかったりする。
「大丈夫。お仕事頑張ってね」
 そう言って母親を追い出した。

 リビングに行くと兄の駿壱しゅんいちが座っていた。
 兄は高校2年生。
「あれ?お兄ちゃん」
 朝からシュンイチを見るのは珍しい。いつもはまだ部屋で寝てる。
「目が覚めたんだよ」
「ふぅ~ん」
 リナは冷蔵庫からアイスティーを出して、食卓へ置いた。母が用意してくれただろう、朝食を食べる。

「リナ。急がないと遅刻するぞ」
 時計を見るともう9時半だった。入学式は10時からだった。
「あ、ほんとだ。ちょっとのんびりし過ぎた」
 そう言って玄関に向かう。
「リナ。お前のその髪と目、絶対言われるから覚悟しとけよ」
「うん」
 頷くと元気よく飛び出して行った。

 
 リナの髪は金色に近い色をしている。目は青い。
 アメリカとの二分の1ハーフのリナ。ハーフだからと言って金色と青い目をして産まれてくるのは珍しいらしい。現にシュンイチの髪と目は明るいブラウンだ。
 
 そんな秋月家には父親はいない。リナが小学一年生の頃に両親は離婚したのだった。それから秋月家はこの地にやってきたのだ。
 母親ひとりでふたりを育て、それなりの家を建てた。三人暮らすには広い。
 ふたりは今の生活に不満はなかった。
 母はこの生活を守るため弁護士事務所を立ち上げて毎日毎日忙しく働いている。
 それはふたりを守るため。
 分かっているから、ふたりは幼い頃から寂しいなどとは言えなかった。
 母が家にいない時はシュンイチがリナの面倒を見てきていた。
 その為か、シュンイチは料理も洗濯も掃除もプロ級だった。
 だけどそれはシュンイチの友達には言えないことだった。それはもちろん、リナも友達には言っていない。
 母が何も出来ない人、ネグレクトじゃないかと言われるのが嫌だったから。
 母は自分たちの為に働いているのにそうは言われたくなかったのだ。




     ◆◆◆◆◆


 登校途中。
 親同伴で学校に向かっている新入生が多い中、リナはひとりで歩いていた。
 そしてその中にもうひとり、親なしで登校している女の子がいた。
「アキ!」
 リナの親友の河村亜希。ここも親は来ていなかった。
「アキのとこも来ないのね」
「うちは私に興味ないから。制服だって近所のお姉ちゃんのお下がりなんだよ」
 アキのところも複雑な家庭環境だった。母子家庭なのだが、誰にも言えないような状態なのだ。それはリナも詳しくは知らない。
「お前ら遅刻するぞ」
 後ろから歩いて来たのは高村貢一。アキとコウは団地の隣同士。
 リナはコウが苦手だった。
「またこんな髪してやがる」
 と、長い金色の髪を引っ張る。
「痛っ!」
「コウ!やめなって」
 いつもコウはリナにちょっかいを出す。その意味をリナは気付いていなかった。



     ◆◆◆◆◆



 リナは目立っていた。髪の色と目の色が好奇の目に晒される。
 でもそんなのはいつものことだった。
 学校側には母親が伝えてあるが、他校の小学校から来た子たちはギョッとした顔をしてひそひそと話していた。

「秋月!また目立ってんな」
 同じ小学校出身だった子がそう言ってくる。そう言われるのもまぁ気にしない。
「リナ。クラス、離れちゃったね」
 掲示板に貼られているクラス名簿を見たアキは残念そう。
「うわっ。お前と一緒!サイアク~!」
 後ろにいたコウが大袈裟に騒いで行った。
 掲示板をよく見るとリナはコウと同じクラスだった。
「なに、あれ」
 コウが言った言葉を聞いた周りの子たちはそう騒いでた。
 アキは「まったく」とため息を吐く。
「行こ」
 いつものことだとリナはそれに反応しないで教室へと入っていった。


 入学式の間も好奇の目で見られてるのを感じていた。しかも参加しているのは生徒だけではないので親からの目、ひそひそ話がとても嫌で仕方ない。
 同小の親は知っているが、いい顔をしない親もいた。
 そして学校側もそうだった。
 校長から話を聞いていただろう教師たち。担任も学年主任もいい顔はしていなかった。
 気にしていないのは校長と教頭、そして他のクラスを受け持っている田山淳一先生だけだった。
 この田山はシュンイチの担任をしていたから知っているのだ。

 隣のクラスへ行き、アキを探す。
 アキはもう他の小学校から来た子と仲良く話をしていた。
「アキ」
「あ、ごめん、リナ。みんなと約束しちゃった」
 顔の前で手を合わせるアキは可愛い。
「分かった。じゃまたね」
「バイバイ」
 手を振るアキにニコッと笑って廊下を歩く。昇降口でコウがこっちを見ていたが、リナはそれを無視して靴を履き替えた。

「リナ」
 コウがリナの腕を掴むが、リナはそれを振り払う。
「ごめん」
 何に対してのごめん・・・なのか、リナはそれに答えないで学校を飛び出していく。
(なによ。急に……)
 コウの「ごめん」が頭から離れない。
 いつもいつもリナを苛めていた。というより、周りから見たらちょっかいを出している。
 だけど、リナにとってはそうじゃなかった。そうじゃないからコウとは話したくはないのだ。

「本屋行って来よっ」
 マンガを読むのが好きなリナは今日発売のマンガがあることを思い出して、自宅から少し離れた本屋まで向かっていた。
 いつもこの本屋に来てはマンガを買っていく。
 本屋の並びには他に文房具屋やスーパーなどが建ち並ぶ。
 小さな商店街。
 だが、そこから少し歩いていくと駅前へ出る。駅前は小さな商店街とはガラッと雰囲気が変わる。大きなビルが建ち並ぶ。
 この駅周辺は夜になると雰囲気が一変する。
 この辺りは暴走族がウロウロするような界隈。昼間はそうでもないが、夜は注意が必要だったりする。
 その中でも「黒龍」という暴走族はこの辺りを統治する暴走族。
 だからみんな家路を急ぐ人が沢山いる。

(あれ。ない)
 いつもの本屋に立ち寄ったリナは、そこには置いていないことにがっかりする。
 あとは駅前の大きな本屋に行くしかない。
 仕方ないと、駅前の方に向かった。
 昼間の駅周辺は人がたくさんで賑わっている。この賑わいから夜はまた違う顔を見せることを、リナは分かっていない。
 本屋へ向かい、目当てのマンガを抱えて帰ろうと来た道を歩いていた。
 道行く人はリナの髪の色、目の色に好奇の目を向けていた。
 いつもこうだから気にしてはいない。
 いつものように自分は自分だと言い聞かせて街を歩いていく。
 そんなリナの後ろを追ってる人影がいるとは思ってもいなかった。

 グイッと腕を掴まれたリナは何が起こったのか理解出来なかった。
 そしてそのまま路地裏へと連れ込まれた。
「……っ!」
 掴まれた腕で痛い。勢いよく路地裏へと駆け込んだ拍子に足が縺れ躓く。
 躓いたのを見て不気味な笑いを見せた男は倒れ込んだリナに迫って来ていた。

 男の手はセーラー服のスカートの中に入り込んでくる。
 太腿を触られる感触が気持ち悪い。

(逃げなきゃ……)

 だけど、男の力は強く逃げられない。

(助けて……っ!)

 恐怖で声が出せない。助けを求めるにしてもここからじゃ誰にも届かない。
 口を塞がれ、逃げようと暴れるリナをおとなしくさせる為か、一度お腹を蹴ってきた。
 痛みがリナを襲い、お腹を押さえる。お腹を押さえてる時に男はリナに覆い被さってきた。
 逃げようにも逃げられなく、それでも抵抗する。抵抗する度に殴られる。



(助けて……。誰か……っ!)



 ドカッ!
 鈍い音がした。
 そしてもう一度ガッ!という音。

 ガッシャーン!
 と、何に当たって倒れるような音も響いた。
 リナはそこで意識が途切れてしまった──……。
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