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愛するということ
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夜の繁華街。
その中には夜の女たちがいる。女たちは仕事帰りの男を掴まえようと、躍起になってる。そんな女たちを見て、あたしは見下す。
──あたしはあんな風にはなりたくない。
だけどあたしはあの女たちと、何ら変わりはしないってことも知ってる。
だから、あたしは自分がキライだ。
「ジュンコさん?」
ユリに声をかけられて、そっちを振り返る。あたしはいつの間にか、ある一点を見ていたらしい。ユリが気にして、あたしの顔を覗き込んでいた。
「何、見てんだ」
前を歩いていた筈のヨシキもカズキも、あたしの方を振り返っていた。あたしは視線を外すと、煙草を取り出した。それを口に咥えると火をつける。
あたしが煙草を吸う理由。
あの女を見てると苛々するから。
気持ちを落ち着ける為。
ユリは、あたしがさっきまで見ていた方向を見ていた。そこには男に自分を売る女たち。際どい服装に派手なメイク。甘い香水と、金色のアクセサリーをつけた女たち。あたしはその女たちを見るのが、イヤだった。
踵を返すと、あたしは歩き出した。そんなあたしの後ろを追ってくる3人。
放っといて欲しい。
そう思うんだけど、そうもいかないのかあたしを追う。
「なんでついてくんの!」
苛々が頂点に達しているあたし。そんなあたしに驚いている3人は、困ったように顔を見合わせた。
「なんであたしに構うの?」
「なんで大樹とのことに口出すの?」
「なんであたしの居場所に出入りすんの?」
そんな言葉を投げかけて、あたしはまた歩いて行く。今度はさすがに追いかけては来なかった。
夏休みの間。
夜の街にも近寄らなかった。
大樹の元にも近寄らなかった。
あの家で、母が男とヤってるあの家で、ひとりでいた。
いつもは聞きたくないって思ってるその声。いつもは聞きたくないって思ってるベッドの軋む音。
それが慣れていく。
思い出される。
大樹があたしを抱く時のこと。
何故か思い出されてしまう。
だけど、大樹のところへ行くとヨシキたちがいる。それに大樹があたしを呼ぶことはなかったから、あたしからは行けない。
ユリが大樹になんか言ったのだろう。
こんなにも長い間、連絡がないのは可笑しかった。
着替えてあたしはバッグを持って部屋を出る。母親の部屋からは、またあの声が聞こえてきていた。
どうでもいいけど、部屋のドアくらい閉めてからヤればいいのに。
仕事が休みの時は、いつもこうして晩くまで男と情事を重ねる。あたしのことなんか、興味ないってくらい。
金だけはいつもリビングに置いておく母親。だから金だけは不自由はしていない。
でも。
あたしの心の中は荒んでいく。
いつでいい。
どんなカタチでもいい。
死にたい……
そんな思いがあたしの中に駆け巡っても、仕方ないことだった。
行くところがないあたしは、結局夜の街へ出る。去年卒業した、あたしを可愛がってくれていた先輩達がいるかもしれない。たまに行くとやっぱりそこにいて、あたしと遊んでくれる。だから今日もいることを祈って、繁華街に向かった。
◆◆◆◆◆
「ジュンコ!」
呼ばれて振り返ると、やっぱり先輩たちがいた。あたしに屋上の鍵をくれた先輩。
「マキ先輩」
「元気か?」
「はい」
「最近、夜ここいらにいなかったな」
「まぁ……」
マキ先輩は知らない。
あたしが、ヨシキに会いたくないってこと。ユリにも会いたくないってこと。だから大樹にも会ってないってこと。
でも、噂はあるらしく。
「聞いた。あんた、大樹のとこに行ってないって?」
頷くあたしは、煙草を蒸かしているだけ。そんなあたしに笑うマキ先輩は、あたしの頭をポンと叩く。
「メシ、食った?」
「食べてない」
「食えよ。それでなくてもあんた痩せてんだから」
そう言ってあたしとマキ先輩は、ファミレスに入る。そこのファミレスは、夜は黒龍の面子で埋め尽くされる。
「何、食う?どうせあんたの奢りだ」
と笑う先輩。
「あ。やっぱり?」
あたしはいつものようにそう答える。
マキ先輩はあたしに集るわけじゃない。でも使い道のないあたしの金の使い道は、マキ先輩と一緒の時だけだ。他の先輩たちがいる時は、大抵マキ先輩があたしの分まで払う。
「母親とはどうだよ」
マキ先輩は知ってる。
あたしの家のこと。
「どうにもならないですよ」
「そっか」
「相変わらず、見かけるでしょ。ここいらで」
「まぁな」
母親はここの繁華街で、いつも身体を売る。そのお金であたしと暮らす為の生活費を、賄ってる。
それがとてもイヤだ。
今、あたしが持ってる金もそういうところから出た金。だから、使い道が分からない。
でもマキ先輩は言う。
「どんな金でも金は金だ。使わなきゃ意味ない」
だからあたしはマキ先輩と一緒に、あたしが持ってる母親の金を使う。
「ここいらも変わった」
煙草を吸ってるマキ先輩。
「何がですか」
「見てみなよ。治安が悪すぎる」
治安は昔から悪いと思う。だけど、何かが変わったのは知ってる。
「大樹がのさばらせているからだ」
黒龍はここら辺の族を束ねている。その頂点に立っているのだ。そのリーダーが好き勝手やって、その下っ端たちが好き勝手にやってるから、この街が変わったと言う。
「先代の時にはなかったもんがある」
先代の時はここまで酷くはなかった。黒龍の面子は、薬に手を出さなかった。でも今の面子は、薬に手を出しているヤツもいた。青薔薇の子も、薬欲しさに自分を売ってる子もいた。
「だから、大樹を総長から降ろそうという、動きが出てる」
マキ先輩は大樹とは幼稚園の時からの付き合いらしく、だからユリのことも知ってる。
「なぁ」
「はい」
「大樹が総長降ろされたら……」
「はい」
「大樹がひとりになったら、あんたアイツの傍にいてやってくんないか」
マキ先輩はあたしにそう言った。その言葉の意味が、あたしには分からなかった。
「あたしじゃダメなんだよ。大樹にとって、あたしは女じゃねーから」
そう言うマキ先輩は、少し寂しそうにしていた。
「マキ先輩。あたしも違いますよ」
あたしはマキ先輩に言う。
「あたしも大樹にとって、女じゃないです。あたしは性道具です」
その中には夜の女たちがいる。女たちは仕事帰りの男を掴まえようと、躍起になってる。そんな女たちを見て、あたしは見下す。
──あたしはあんな風にはなりたくない。
だけどあたしはあの女たちと、何ら変わりはしないってことも知ってる。
だから、あたしは自分がキライだ。
「ジュンコさん?」
ユリに声をかけられて、そっちを振り返る。あたしはいつの間にか、ある一点を見ていたらしい。ユリが気にして、あたしの顔を覗き込んでいた。
「何、見てんだ」
前を歩いていた筈のヨシキもカズキも、あたしの方を振り返っていた。あたしは視線を外すと、煙草を取り出した。それを口に咥えると火をつける。
あたしが煙草を吸う理由。
あの女を見てると苛々するから。
気持ちを落ち着ける為。
ユリは、あたしがさっきまで見ていた方向を見ていた。そこには男に自分を売る女たち。際どい服装に派手なメイク。甘い香水と、金色のアクセサリーをつけた女たち。あたしはその女たちを見るのが、イヤだった。
踵を返すと、あたしは歩き出した。そんなあたしの後ろを追ってくる3人。
放っといて欲しい。
そう思うんだけど、そうもいかないのかあたしを追う。
「なんでついてくんの!」
苛々が頂点に達しているあたし。そんなあたしに驚いている3人は、困ったように顔を見合わせた。
「なんであたしに構うの?」
「なんで大樹とのことに口出すの?」
「なんであたしの居場所に出入りすんの?」
そんな言葉を投げかけて、あたしはまた歩いて行く。今度はさすがに追いかけては来なかった。
夏休みの間。
夜の街にも近寄らなかった。
大樹の元にも近寄らなかった。
あの家で、母が男とヤってるあの家で、ひとりでいた。
いつもは聞きたくないって思ってるその声。いつもは聞きたくないって思ってるベッドの軋む音。
それが慣れていく。
思い出される。
大樹があたしを抱く時のこと。
何故か思い出されてしまう。
だけど、大樹のところへ行くとヨシキたちがいる。それに大樹があたしを呼ぶことはなかったから、あたしからは行けない。
ユリが大樹になんか言ったのだろう。
こんなにも長い間、連絡がないのは可笑しかった。
着替えてあたしはバッグを持って部屋を出る。母親の部屋からは、またあの声が聞こえてきていた。
どうでもいいけど、部屋のドアくらい閉めてからヤればいいのに。
仕事が休みの時は、いつもこうして晩くまで男と情事を重ねる。あたしのことなんか、興味ないってくらい。
金だけはいつもリビングに置いておく母親。だから金だけは不自由はしていない。
でも。
あたしの心の中は荒んでいく。
いつでいい。
どんなカタチでもいい。
死にたい……
そんな思いがあたしの中に駆け巡っても、仕方ないことだった。
行くところがないあたしは、結局夜の街へ出る。去年卒業した、あたしを可愛がってくれていた先輩達がいるかもしれない。たまに行くとやっぱりそこにいて、あたしと遊んでくれる。だから今日もいることを祈って、繁華街に向かった。
◆◆◆◆◆
「ジュンコ!」
呼ばれて振り返ると、やっぱり先輩たちがいた。あたしに屋上の鍵をくれた先輩。
「マキ先輩」
「元気か?」
「はい」
「最近、夜ここいらにいなかったな」
「まぁ……」
マキ先輩は知らない。
あたしが、ヨシキに会いたくないってこと。ユリにも会いたくないってこと。だから大樹にも会ってないってこと。
でも、噂はあるらしく。
「聞いた。あんた、大樹のとこに行ってないって?」
頷くあたしは、煙草を蒸かしているだけ。そんなあたしに笑うマキ先輩は、あたしの頭をポンと叩く。
「メシ、食った?」
「食べてない」
「食えよ。それでなくてもあんた痩せてんだから」
そう言ってあたしとマキ先輩は、ファミレスに入る。そこのファミレスは、夜は黒龍の面子で埋め尽くされる。
「何、食う?どうせあんたの奢りだ」
と笑う先輩。
「あ。やっぱり?」
あたしはいつものようにそう答える。
マキ先輩はあたしに集るわけじゃない。でも使い道のないあたしの金の使い道は、マキ先輩と一緒の時だけだ。他の先輩たちがいる時は、大抵マキ先輩があたしの分まで払う。
「母親とはどうだよ」
マキ先輩は知ってる。
あたしの家のこと。
「どうにもならないですよ」
「そっか」
「相変わらず、見かけるでしょ。ここいらで」
「まぁな」
母親はここの繁華街で、いつも身体を売る。そのお金であたしと暮らす為の生活費を、賄ってる。
それがとてもイヤだ。
今、あたしが持ってる金もそういうところから出た金。だから、使い道が分からない。
でもマキ先輩は言う。
「どんな金でも金は金だ。使わなきゃ意味ない」
だからあたしはマキ先輩と一緒に、あたしが持ってる母親の金を使う。
「ここいらも変わった」
煙草を吸ってるマキ先輩。
「何がですか」
「見てみなよ。治安が悪すぎる」
治安は昔から悪いと思う。だけど、何かが変わったのは知ってる。
「大樹がのさばらせているからだ」
黒龍はここら辺の族を束ねている。その頂点に立っているのだ。そのリーダーが好き勝手やって、その下っ端たちが好き勝手にやってるから、この街が変わったと言う。
「先代の時にはなかったもんがある」
先代の時はここまで酷くはなかった。黒龍の面子は、薬に手を出さなかった。でも今の面子は、薬に手を出しているヤツもいた。青薔薇の子も、薬欲しさに自分を売ってる子もいた。
「だから、大樹を総長から降ろそうという、動きが出てる」
マキ先輩は大樹とは幼稚園の時からの付き合いらしく、だからユリのことも知ってる。
「なぁ」
「はい」
「大樹が総長降ろされたら……」
「はい」
「大樹がひとりになったら、あんたアイツの傍にいてやってくんないか」
マキ先輩はあたしにそう言った。その言葉の意味が、あたしには分からなかった。
「あたしじゃダメなんだよ。大樹にとって、あたしは女じゃねーから」
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