紅い薔薇 蒼い瞳 特別編

星河琉嘩

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愛するということ

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 それからあたしは、大樹に5回ヤられて解放された。解放された時には、もう脱力感でいっぱいで、立ち上がるのも苦しかった。
 いつもは黒龍の面子に、バイクで送ってもらって家路に着く。だけどこの日は、黒龍の面子は誰もいなかったから、あたしは自分ひとりで帰るしかなかった。
 繁華街まで行き、タクシーを拾って家まで戻る。自分の部屋に入り込んだ時、深い眠りに着くかのように、ベッドに倒れこんだ。


 どのくらい眠っていただろうか。
 母親の部屋から聞こえる、ベッドの軋む音と母親の甘い声で目が覚めた。外はもう明るくなっていて、かなりの時間眠っていたんだって分かった。


「……あァ……ッ!」


 母親のそんな声が響いてきた。その気持ち悪い声が、あたしを苦しめる。母親はセックスをすることを、楽しんでいる。その行為にだけ、溺れている。
 その声を聞く度にあたしは、どうしようもない感覚に襲われる。気持ち悪いってのと、悲しいのと。なんだか自分でも説明出来ない思い。それを消したいがために、傷をつける。


 部屋の勉強机の引き出しに入っているカッター。それを取り出しては、カチカチと音を立てて刃を出す。そしてそれを手首に滑らせる。スー…と、赤い線がそこに流れる。


 痛みなんかない。
 それはもうクセになっているんだと思う。
 このことに、誰も気付いていないんだと思う。マキ先輩には、気付かれているとは思うけど。

 ああ……。
 そういえば、大樹は知ってるな。あたしとヤる時に見てる。だけど、それに触れて来る事はない。だから、理由なんか知るわけがない。



      ◊ ◊ ◊ ◊ ◊



 手首に傷がまた増えた。
 その状態のまま、あたしは学校へと向かう。
 学校に着くと、先生がこっちを睨んでいた。担任があたしに近寄り、「生徒指導室へ来い」と告げる。生徒指導室は、あたしの為にあるような場所なのかもしれない。いつもここで、担任があたしと話をする。この担任はあたしにいつも聞いてくる。
 家のこと。
 あたしのこと。


「お前、どうした?」
 その言葉から始まった
 それが本当に指導なのかどうかなんて分からない。だけど、あたしは黙って聞いていた。
「お前、まだあいつ等と付き合ってんのか」
 あいつ等とは誰のことか分かった。
 大樹やマキ先輩のこと。
 そしてヨシキ達のこと。


「あいつ等と付き合ってもいいことないぞ。お前の人生、無駄になる」
 こんな先公ヤツに言われたくない。だけどあたしがどうにか出来ることはない。
 あたしが生まれてきたことが、無駄なんだ。


「お前は真面目にやれば成績もいい。足だって早いんだから」
 グダグダ言う担任の言葉なんか、聞いてられない。
 指導の間は、黙り込むことに決めている。大人の話なんか聞いても無駄。どうせ、あたしのことなんか分かってないし。
 分かろうとはしてくれていないでしょ。




「小花。お前、早く更生しろ」




 更生もなにもないと思う。あたしは何もしていない。まだ、何も始めてなんかいないんだから。
 それでもあたしは、大人や他の人からみたらグレた人間なんだろう。だからこうして指導しているんだろう。
 でもあたしは、何を更生したらいいのかなんて分からない。これから、どうやって生きていけばいいのかも分からない。



 だって。
 あたしが産まれてきた意味が、生きている意味が、分からないんだから。



「先生」
 窓の外を見ていたあたしは、そう言葉を発した。この部屋に入ってから、初めて口にした言葉だった。その言葉に担任はあたしを見た。
「言いたいことはそれだけ?」
 そう言うと、あたしは席を立った。椅子に座っていた担任を見下ろして、不適な笑いを浮かべる。


「あたしに何言っても無駄。だってそうでしょ。あたしって、生まれた時から腐ってんだから」
 そこまで言うと生徒指導室を出た。そして向かったのは自分の教室ではなく、屋上だった。



     ◊ ◊ ◊ ◊ ◊



 外の空気はもう秋だった。風が少し冷たくなっていた。
 大樹を黒龍から降ろす話は、なかなか進まなかった。あたしが入ったからといっても、何も変わらなかった。大樹も何も言って来ない。


 屋上のフェンスにもたれかけ、校庭を見下ろす。外では走り回る生徒がいた。体育の時間のなのだろう。男子生徒たちが走っていた。



 ──気持ち良さそう……。



 もうあんな風に走ることもない。走ろうとも思わない。だって走ったところで、一番褒めて欲しい人には褒めてくれないから。




 なんで、学校に来るんだろう。
 なんで、こうしているんだろう。



 全てがもうどうでもよくなっていた。あたしはもうどうでもよくなっていた。
 手首に傷が増えようとも、腕にまで傷がつこうとも。
 もうどうでもよかった。



 だって、守ってくれる人がいないから。あたしには守るものもないから。
 傷は深く、消えることはない。
 心に刺さった棘は、消えることはない。
 それが深く深く突き刺さる。
 消えることなんかく、突き刺さる──……。




「ジュンコさん」
 屋上で煙草を蒸かしながら校庭を見ていたあたしに、ヨシキが声をかける。いつものようにやんちゃな目をして。
「生徒指導室に呼ばれてたでしょ」
 隣に立ちそう言う。
「見られてたか」
 舌を出して笑って見せた。それが精一杯だった。
 この頃のあたしは、もう限界に近付いていたから。そう笑うのが精一杯だった。


「いつも呼ばれんの、あたし」
 煙草の煙を、空へ向かって吐き出した。
「なんで」
「ん」
「なんで呼ばれんの?」
「あ─……。一応、問題児だしね」
 更生しろと言いたいが為に呼ばれる。先生はあたしをしてるって、周りに見られたいんだよ。
 でもその言葉は飲み込んだ。


「マキ先輩とかと、ツルむのやめろって言われてんの」
 ふふっと自嘲気味に笑う。ツルむのはやめられない。
 あたしはひとりになるのが怖いから。


「ジュンコさん……」
 不意に左腕を掴まれた。その腕を掴まれた途端、身体が強張った。
 左手首には赤い傷跡がある。それをヨシキには見られたくはなかった。





 でも──……。





「これ。どうしたの」
 強く腕を掴まれて、制服のブラウスの袖を捲られた。


 なんで気付いたのだろう。
 庇っていたわけじゃないのに。
 何かしたわけじゃないのに。



「なんで……こんな……」
 ヨシキの声が震えていた。それに気付かないフリをするのが辛かった。


「ねぇ」
 その声が辛い。
「ジュンコさん──……」
 その声を聞きたくない。


 でも。
 大好きな声だから。
 それ以上、聞かないで欲しいの。





「ジュン……」
「──……セックスしようか?」





 あたしはヨシキの言葉を遮ってそう言った。






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