紅い薔薇 蒼い瞳 特別編

星河琉嘩

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龍と桜

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 桜から「ユウキさんと付き合うことになったの」と言われたのは、ふたりを繁華街で見かけてから1週間も経たない日だった。
 奇しくもその日は、桜の15歳の誕生日だった。
 桜の嬉しそうな恥ずかしそうなその笑みに、俺は何も言えなくなっていた。
 なんて言えば良かったんだろうか。
 俺の桜が他の男のもんになる。
 それを考えただけで、やるせない気持ちになっていた。


 他のヤツらから見たら、そんなのどうでもいいことだろうと思う。
 妹がどんなヤツと付き合おうが、それはどうでもいい。何かあっても、その責任は当人同士のこと。
 だけど俺は違うって思っていた。


 止めなきゃ……、そう思うけど何も出来ない。


 この時、桜に嫌われてでも、泣かれてでも、大事なダチを失ってでも、ふたりを引き離しておくべきだったと思う。
 なんでそうしなかったんだって、悔やまれる。
 もしふたりを引き離して、桜に嫌われるのが怖かった。
 ユウキを失うのが怖かった。
 だから表面的には、「良かったな」とカッコつけて笑った。



    ◊ ◊ ◊ ◊ ◊



「クマッ!」
 ドカドカとクマの家の2階に上がる。いつものことだから、クマの家の人達は気にしない。寧ろ気付いていないフリをしている。
 そんな家にクマは暮らしてる。


「クマッ!」
 バンッ!と勢いよく扉を開き、音楽ガンガンにかけてる部屋に入る。
 ガチャガチャと五月蝿い音楽。それが今の俺にはピッタリだと思った。
 こんな気持ちを隠すには丁度いい。


「龍」
 読んでいたマンガ雑誌を、パタンと閉じてこっちを見る。俺はクマがいる場所とは反対側の壁に、寄りかかるように座った。その体制のまま、壁側に置いてある本棚からマンガ本を手に取る。
 こういう行動もいつものことだ。
 だからクマは何も言わない。


 だけど、この日は違った。



 俺の名前を呼んだクマは、じっと見てきた。
 その目線が痛い。
 俺の身体の奥に突き刺さる。
「……んだよ」
 掠れた声で答えると、クマがゆっくりと口を開いた。


「お前の……、妹」
 クマが話し出したのは、桜のことだった。
「最近、よく見掛ける」
 その言葉に身体が凍りつく。
「繁華街は危険だ」
 分かってる。
 今、繁華街はとても危険な状況に陥ってる。
 桜に近寄るなと言っても、今のアイツは俺の言う事なんか聞かないだろう。
「ユウキと一緒にいるからまだ平気だろうが、危険だ」
 クマは桜のことを知ってる。
 桜に何がのか、知ってる。だからこそ俺にしてくる。


「よく言って聞かせろ」
 ゆっくりとそして冷たい声。温厚なクマでも怒ると怖いと有名。
 リナさんだって言う。


 ──大熊先輩は怒ると怖い。でも優しい──


 クマはそういうヤツだ。普段は優しい顔をしている。だけどいざとなると怖い。近くにいる俺だって、怖いと感じる時がある。


「妹にもうあんな思い、させたくねぇだろ」
 氷のような言葉。
 桜にもうあんな思いは……。
「……てる。分かってるよッ!」
 苛立ちが八つ当たりとして出る。大声でクマに八つ当たりした俺は、居た堪れなくなって立ち上がった。そしてそのままクマの部屋を飛び出した。


 分かってる。
 クマは桜のことを思って、忠告してくれた。
 もうあんな思いはさせたくないって。それがクマの優しさだった。なのに俺は、クマに苛立ちをぶつけてしまった。桜が、ユウキと付き合ってることに苛立ってそれをぶつけた。
 なんて情けねぇヤツだ、俺は。
 それでも俺は、ユウキと一緒にいる桜を見てはいられないんだ。


     
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