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龍と桜
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「……ほんとはずっと前から知ってた」
そう口にするのは桜。繁華街でユウキと一緒に、肩を並べて歩いていた。
その姿を見た時、心臓が止まるかと思った。
「何が?」
桜の隣で、ユウキが優しい笑みを浮かべる。
今まで見た事もない笑顔だった。
「お兄ちゃんのこと」
俺の話題を出した桜。
だから俺は、ふたりの前に顔を出せなかった。
「龍のこと?」
桜を見下ろして、ユウキは聞き返す。コクリと頷いた桜は、ユウキを見上げて優しい笑みを返していた。
「お兄ちゃんが、黒龍のメンバーだってこと」
その言葉に、俺は全身が凍りついたように動けなくなっていた。まさか桜が知っていたなんて、
思わなかった。それに対して、何も言って来なかった桜を不思議に思った。
「初めそれを知った時、怖いって思ったの。あたしはそういう人が苦手だから。でもお兄ちゃんは違うの。いつもあたしにちょっかい出してきて、迷惑極まりないくらいなの。でもそれは本当に、あたしを大事にしてくれてるんだって思ったから」
桜の言葉に俺は泣きそうになった。こんな俺を、桜はちゃんと受け入れていたんだ。
俺が不良になった原因は母親への反発。反抗期に入った小学校6年の頃。些細なケンカで、母親とは口を利かなくなった。
当時、仕事が忙しくなっていた母親と構って欲しかった俺は、擦れ違うようになっていた。桜も当時、俺以上に寂しい思いをしていたんだと思う。
母さんが仕事で遅くなるっていう日も、俺は近所の悪ガキ共と一緒に遊び呆けていた。
それがそのまま中学になり、小学校の時とは違う方へと向かっていた。
中学の先輩達の影響もある。俺の周りは、悪いことをやるヤツらばっかりだった。
ほんとに些細なこと。母さんと桜を大事にする思いとは裏腹。
俺は道を外していった。
「お兄ちゃんが、家に帰らなくなった時のことを覚えてる」
そう口にする桜の話を、ユウキは目を見て黙って聞いている。優しい目をして、桜の話を聞いている。
「お兄ちゃん、ママとケンカしてた。いつもケンカしてた。そのうち、とうとう話をしなくなって、家に帰って来なくなった。帰って来ても、あたしが眠っちゃった後とか朝方とか……」
寂しい声で言う桜。そんな言葉に、俺は胸が苦しくなった。
「でもね、あたしが中学に入った頃から、ちゃんと家に帰ってくるようになったの。そりゃ家を空けることもあるけど、あたしと顔を合わせることも増えていったの」
そのことを嬉しそうに話す。ニコニコと笑う桜を、優しく笑って聞いているユウキ。
そのユウキの手が、桜を抱きしめたがってるのに気付いた。桜に触れたくてしょうがねぇっていう感じ。
けど触ったらダメだって、言い聞かせているようだった。
◊ ◊ ◊ ◊ ◊
ユウキから「桜が好きだ」と聞かされたのは、あの事件から数週間してからだった。繁華街に現れた俺に、待ち構えていたかのように、俺の方へ真っ直ぐ歩いて来る。
俺はユウキと顔を合わせ辛くて、気付かないように通り過ぎようとした。けど、んなことはユウキが許すわけもなく、俺はユウキに捕まった。
「話ある」
そう言われて繁華街を歩き出す。いつもフザけて練り歩くこの繁華街を、俺は静かに歩いていた。
「龍」
俺の名を呼んだユウキは、じっと俺の方を見ている。咥えていた煙草を地面にポトリと地面に落とし、靴のつま先で消す。
その様子を俺はただ黙って見ていた。
「俺さ……」
静かに話し出した時、俺には何の話か分かっていた。桜の様子もおかしかったから。
家に戻ると、桜が俺に何かを言いたそうにして見る。桜の気持ちにもユウキの気持ちにも、俺は気付いている。
気付いていながらも、俺はなんとかしてやろうとは思わなかった。
桜を誰にも渡したくなかった。
「なぁ、龍。俺、前に言ったよな。惚れた女のこと」
ゆっくりと話をするユウキ。今まで見た事のないユウキ。
「お前の妹、なんだわ」
頭を掻いて照れてるユウキが、なんとも嫉ましい。
なんでコイツなんだよって思った。
なんでコイツがって思った。
俺の大事な桜をダチに盗られる。
んなこと、考えたこともなかった。桜にはもっと真っ当なヤツが合う。そう思っていたから。
真っ当なヤツが相手でも、俺は許すことなんか出来ねぇだろうが、ユウキが桜に手ぇ出すなんてことを、考えたくもなかった。
◊ ◊ ◊ ◊ ◊
繁華街の夜に桜がいる。
その隣にはユウキ。
ふたりが歩きながら話しているのを、俺はユウキの言葉を思い出しながら見ていた。
俺の姿にふたりは気付いていない。
そこだけが違う空間のように見えた。
ふたりを見ていると、俺のジーンズのポケットに入れてあったスマホが、音を立てて鳴る。
右手をポケットに持っていき、スマホを取り出しながらも、視線だけはふたりに向けている。スマホに表示された名前を見て、画面をスライドさせた。
『龍か?』
その声はカズキさんだった。カズキさんの声は、苦しそうな悲しそうなそんな声をしていた。
「カズキさん?」
俺はふたりから目を離し、その声に耳をすませる。
「どうしたんっすか?」
『……お前、平気か』
質問したのは俺なのに、質問された。それがなんの意味を為すのか、分からなくて戸惑った。
「何が……ですか?」
カズキさんにそう返答した俺の耳に響いたのは、あの日のことだった。下っ端にあの日のことを報告させてから、俺は倉庫に行っていなかった。カズキさんにも連絡を入れてなかった。
それが相当俺にダメージがあったものと、カズキさんは思って連絡してきたのだ。
そりゃ、ダメージはデカイ。でも俺よりもダメージがデカイのは、桜本人。だから俺がダメージを受けているって、思われたくなかった。
誰にも。
桜にも。
俺がダメージ受けてるなんて桜に思われたら、桜自身が前に進めなくなるって思った。
あの子はそういう子だ。
自分のことよりも他人のことを気にする。周りを大切にする。
それが俺の妹だ。
「あー……、はい。俺は平気っす」
嘘を吐いた。カズキさんに知られたくねぇって、思った。けどカズキさんは分かっているみたいで、フッと鼻で笑った。
『龍』
優しい声でカズキさんは言う。
『無理してんなよ』
スマホを見つめて俺はため息を吐く。カズキさんの言葉が耳に残る。
──無理……してない。
本当はそう言いたかった。
けど、俺は無理してた。
桜の手前、俺が落ちついてなきゃいけねぇって思ってた。あの桜があのことに対して、何も言わねぇ。なら俺がどうこう言うことじゃねぇだろって。
無理して笑ってた。
それに一番早く気付いたのは、カズキさん。
電話の声だけで、それに気付いたカズキさんは、やっぱ凄ぇ人だって思った。
『龍』
スマホの向こうから聞こえるカズキさんの声に、安心して俺はきっぱりと言った。
「ほんとに大丈夫っす。心配してくれてありがとうございますッ!」
目の前にいないのに頭を下げてしまうくらい、俺はカズキさんを慕ってる。
こんなに凄ぇ人はいないって、思ってっから。
気付くとユウキも桜も、そこにはいなかった。
カズキさんとの電話に夢中になっていて、ふたりを見失ってしまった。
そう口にするのは桜。繁華街でユウキと一緒に、肩を並べて歩いていた。
その姿を見た時、心臓が止まるかと思った。
「何が?」
桜の隣で、ユウキが優しい笑みを浮かべる。
今まで見た事もない笑顔だった。
「お兄ちゃんのこと」
俺の話題を出した桜。
だから俺は、ふたりの前に顔を出せなかった。
「龍のこと?」
桜を見下ろして、ユウキは聞き返す。コクリと頷いた桜は、ユウキを見上げて優しい笑みを返していた。
「お兄ちゃんが、黒龍のメンバーだってこと」
その言葉に、俺は全身が凍りついたように動けなくなっていた。まさか桜が知っていたなんて、
思わなかった。それに対して、何も言って来なかった桜を不思議に思った。
「初めそれを知った時、怖いって思ったの。あたしはそういう人が苦手だから。でもお兄ちゃんは違うの。いつもあたしにちょっかい出してきて、迷惑極まりないくらいなの。でもそれは本当に、あたしを大事にしてくれてるんだって思ったから」
桜の言葉に俺は泣きそうになった。こんな俺を、桜はちゃんと受け入れていたんだ。
俺が不良になった原因は母親への反発。反抗期に入った小学校6年の頃。些細なケンカで、母親とは口を利かなくなった。
当時、仕事が忙しくなっていた母親と構って欲しかった俺は、擦れ違うようになっていた。桜も当時、俺以上に寂しい思いをしていたんだと思う。
母さんが仕事で遅くなるっていう日も、俺は近所の悪ガキ共と一緒に遊び呆けていた。
それがそのまま中学になり、小学校の時とは違う方へと向かっていた。
中学の先輩達の影響もある。俺の周りは、悪いことをやるヤツらばっかりだった。
ほんとに些細なこと。母さんと桜を大事にする思いとは裏腹。
俺は道を外していった。
「お兄ちゃんが、家に帰らなくなった時のことを覚えてる」
そう口にする桜の話を、ユウキは目を見て黙って聞いている。優しい目をして、桜の話を聞いている。
「お兄ちゃん、ママとケンカしてた。いつもケンカしてた。そのうち、とうとう話をしなくなって、家に帰って来なくなった。帰って来ても、あたしが眠っちゃった後とか朝方とか……」
寂しい声で言う桜。そんな言葉に、俺は胸が苦しくなった。
「でもね、あたしが中学に入った頃から、ちゃんと家に帰ってくるようになったの。そりゃ家を空けることもあるけど、あたしと顔を合わせることも増えていったの」
そのことを嬉しそうに話す。ニコニコと笑う桜を、優しく笑って聞いているユウキ。
そのユウキの手が、桜を抱きしめたがってるのに気付いた。桜に触れたくてしょうがねぇっていう感じ。
けど触ったらダメだって、言い聞かせているようだった。
◊ ◊ ◊ ◊ ◊
ユウキから「桜が好きだ」と聞かされたのは、あの事件から数週間してからだった。繁華街に現れた俺に、待ち構えていたかのように、俺の方へ真っ直ぐ歩いて来る。
俺はユウキと顔を合わせ辛くて、気付かないように通り過ぎようとした。けど、んなことはユウキが許すわけもなく、俺はユウキに捕まった。
「話ある」
そう言われて繁華街を歩き出す。いつもフザけて練り歩くこの繁華街を、俺は静かに歩いていた。
「龍」
俺の名を呼んだユウキは、じっと俺の方を見ている。咥えていた煙草を地面にポトリと地面に落とし、靴のつま先で消す。
その様子を俺はただ黙って見ていた。
「俺さ……」
静かに話し出した時、俺には何の話か分かっていた。桜の様子もおかしかったから。
家に戻ると、桜が俺に何かを言いたそうにして見る。桜の気持ちにもユウキの気持ちにも、俺は気付いている。
気付いていながらも、俺はなんとかしてやろうとは思わなかった。
桜を誰にも渡したくなかった。
「なぁ、龍。俺、前に言ったよな。惚れた女のこと」
ゆっくりと話をするユウキ。今まで見た事のないユウキ。
「お前の妹、なんだわ」
頭を掻いて照れてるユウキが、なんとも嫉ましい。
なんでコイツなんだよって思った。
なんでコイツがって思った。
俺の大事な桜をダチに盗られる。
んなこと、考えたこともなかった。桜にはもっと真っ当なヤツが合う。そう思っていたから。
真っ当なヤツが相手でも、俺は許すことなんか出来ねぇだろうが、ユウキが桜に手ぇ出すなんてことを、考えたくもなかった。
◊ ◊ ◊ ◊ ◊
繁華街の夜に桜がいる。
その隣にはユウキ。
ふたりが歩きながら話しているのを、俺はユウキの言葉を思い出しながら見ていた。
俺の姿にふたりは気付いていない。
そこだけが違う空間のように見えた。
ふたりを見ていると、俺のジーンズのポケットに入れてあったスマホが、音を立てて鳴る。
右手をポケットに持っていき、スマホを取り出しながらも、視線だけはふたりに向けている。スマホに表示された名前を見て、画面をスライドさせた。
『龍か?』
その声はカズキさんだった。カズキさんの声は、苦しそうな悲しそうなそんな声をしていた。
「カズキさん?」
俺はふたりから目を離し、その声に耳をすませる。
「どうしたんっすか?」
『……お前、平気か』
質問したのは俺なのに、質問された。それがなんの意味を為すのか、分からなくて戸惑った。
「何が……ですか?」
カズキさんにそう返答した俺の耳に響いたのは、あの日のことだった。下っ端にあの日のことを報告させてから、俺は倉庫に行っていなかった。カズキさんにも連絡を入れてなかった。
それが相当俺にダメージがあったものと、カズキさんは思って連絡してきたのだ。
そりゃ、ダメージはデカイ。でも俺よりもダメージがデカイのは、桜本人。だから俺がダメージを受けているって、思われたくなかった。
誰にも。
桜にも。
俺がダメージ受けてるなんて桜に思われたら、桜自身が前に進めなくなるって思った。
あの子はそういう子だ。
自分のことよりも他人のことを気にする。周りを大切にする。
それが俺の妹だ。
「あー……、はい。俺は平気っす」
嘘を吐いた。カズキさんに知られたくねぇって、思った。けどカズキさんは分かっているみたいで、フッと鼻で笑った。
『龍』
優しい声でカズキさんは言う。
『無理してんなよ』
スマホを見つめて俺はため息を吐く。カズキさんの言葉が耳に残る。
──無理……してない。
本当はそう言いたかった。
けど、俺は無理してた。
桜の手前、俺が落ちついてなきゃいけねぇって思ってた。あの桜があのことに対して、何も言わねぇ。なら俺がどうこう言うことじゃねぇだろって。
無理して笑ってた。
それに一番早く気付いたのは、カズキさん。
電話の声だけで、それに気付いたカズキさんは、やっぱ凄ぇ人だって思った。
『龍』
スマホの向こうから聞こえるカズキさんの声に、安心して俺はきっぱりと言った。
「ほんとに大丈夫っす。心配してくれてありがとうございますッ!」
目の前にいないのに頭を下げてしまうくらい、俺はカズキさんを慕ってる。
こんなに凄ぇ人はいないって、思ってっから。
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