紅い薔薇 蒼い瞳 特別編

星河琉嘩

文字の大きさ
24 / 52
龍と桜

5

しおりを挟む
「ユウキ、悪いな」
 ユウキのマンションに着いた俺は、桜を離さないようにしっかりと肩を抱いていた。その手を離すと、桜をシャワールームに入れた。


「お前、前の女の服、置いてねぇか?」
 そう言うなり、クローゼットを開ける。
 ユウキのマンションは広くて、ひとりで暮らしているのに、3部屋もある。こんなにいらないだろって言いたいくらいだった。
「相変わらず広いな」
「オヤジのだよ」
 自嘲気味に笑うユウキは、親のことをあまり話したがらない。それは検索するなって、言ってるようだった。


「派手なもんしかねぇな」
 今まで付き合っていた女たちは、派手な女たちだった。一晩だけの関係のわりに、服が置いてある。それは女が意図的にしたことだって分かる。
 もう一度会いたくてそうするんだろう。


「これがまともか」
 俺はその中の1着のワンピースを掴むと、シャワールームにそれを持っていく。
「桜。服、置いていく」
 そう声をかけると、ユウキがいるリビングに戻る。


「なぁ、龍」
 ユウキは俺にそう声をかける。
 このマンションに着いてからというもの、口数の少なかったユウキが、ゆっくりと聞いてきた。
「あの子は……?」
 躊躇いがちに言うユウキの目は、動揺の目だった。
「桜は俺の妹だ」
 そう答えると、さっきあったことを話していた。その話を黙って、ユウキは聞いていた。


 信じたくない。
 考えたくもない。
 俺の大事な桜が穢された……。


 ギュッと拳を握り締め、悔しさを隠した。それくらい俺は自分を責めていた。もっと早くあの場所に着いていれば、こんなことにはならなかった。
 そう悔やんでる俺の背後から、物音が聞こえた。リビングの扉が開いて、そこに桜が立っていた。
 ユウキの前の女の服を着た桜。
 その姿はとても不釣合いだった。


「……お兄ちゃん」
 微かに俺を呼んだ声は、今にも消えてしまいそうな声だった。
「桜」
 俺は桜を抱きしめた。そうしなきゃいけないような気がした。
 震える身体を、しっかりと抱き寄せて背中を擦る。そんな俺に痛いくらいの視線を浴びせてくるユウキに、「悪ぃな」と言った。
「桜」
 ゆっくりと桜の身体を離し、桜と目線を合わせると俺は聞いた。
「何があった?お前ぇ、何であの場所にいた?」
 あんな場所に、なんでいたのか分からない。自分から行ったわけじゃないのは分かる。無理矢理連れられて行ったことくらい分かる。
 でもなんで、桜が連れられて行かなきゃいけなかったんだ。
 それが分からない。



 桜は繁華街には近寄らない。



「……用事があったの」
 俯いてそう答えた桜。頬には光るものが見えた。
「桜」
 俺のTシャツの裾を掴み、俯いたままポツリポツリと話し出す。
「この前、ユウちゃんに連れられて繁華街に行った」
 その言葉に目を見開いた。桜には繁華街に近寄るなと言ってあった。それなのに、繁華街に出入りしてたことがショックだった。
「その時に……」
 桜は俺の後ろに視線を向けた。それにつられるように、俺も後ろを振り返った。


 そこにいたユウキが、動揺しているように見えた。いつもクールなコイツが、桜の視線に動揺していた。


「ユウキ、お前ぇ……」
 俺は桜の前に立ち、ユウキを見せないようにした。ユウキは俺をじっと見ていて、何も言わない。
「桜を知ってんのか」
 静かにそれでも怒りを含んだ声で、ユウキに迫る。
「ユウキッ!」
 声を荒げた俺に、ため息を吐くと「ああ」とひとこと答えた。
 俺の中で怒りが、最高潮になるのを覚えた。何かが、俺の中で湧き上がるような感覚。
 それくらい、俺にとっちゃ桜が大事なんだ。


「……ッ!お兄ちゃんッ」
 後ろから桜が俺の腕を掴んでいた。今にもユウキに飛び掛ろうとする俺を、止めようと腕を掴んでいる。
「どういうことだよッ!?」
 怒鳴り声が部屋に響く。ひとりで喚いて騒いでいるのに反して、ユウキはクールを保っていた。
「お兄ちゃんッ。話を聞いてッ!」
 俺の腕を掴んで、潤んだ目を向けてくる。そんな目を向けられたら、何も言えなくなる。


「はぁ……」
 ため息を吐いたユウキが、俺をじっと見た。
「話くらいちゃんと聞けよ、龍」
 そしてリビングにあるソファーに座るように促す。仕方なく俺はユウキの目の前に座り、その隣に桜を座らせた。
 俺はユウキを睨みつけるように、じっと見ていた。その俺の視線に、ため息を吐くと頭を掻いた。
「んな風に見んな」
 隣では桜が、ユウキと俺を交互に見ていた。


 ──一体、なんでこうなったんだ???


「説明しろ」
 その言葉に、桜はゆっくりと話し出した。



     ◊ ◊ ◊ ◊ ◊



「……ユウちゃんに、繁華街に用事があるからって一緒に来てって言われて」
 ポツリポツリと話し出した桜の顔を見ないで、俺はポケットから煙草を取り出す。苛々が募っていた俺は、煙草を口に咥えた。
「ユウちゃんの彼氏が、繁華街のコンビニでバイトしてるの。そのユウちゃんの彼氏に会う為に来たの」
 俯いた状態で話す桜が、少し可哀相だった。
「その帰りにユウちゃんと逸れちゃって……」
 繁華街に出入りした事のない桜は、途中で逸れたんだろう。知らないところで、桜はそこの住人たちに囲まれてしまった。
 捕まらないように逃げ出した桜だったが、男数人と女ひとりじゃ勝ち目なんかない。ましてや桜は運動なんか苦手で少し、身体が弱い。
 そんな子が逃げ切れるわけなんかなかった。


「それで……、助けてくれたの」
 チラッとユウキを見る桜。その目は憧れのような目をしていた。
 まさかと思った。
 桜がユウキなんかに、惚れるわけないって……。


 でもよくある話だ。
 助けられて惚れてしまうっていうのは。現に身近にいる、あの人たちがそうだ。黒龍のキングに惚れた人は、キングに助けられた人だ。ただリナさんの場合は、もっと酷かった。あの日からリナさんは、いろんな災難に巻き込まれている。
 そして今度がきっと最後になる。
 そう予感している。


 まさか桜が、リナさんのように襲われるなんて思いもしなかった。リナさんのように、助けてくれた人に惚れるなんてあり得ないと思った。
 だけど現にこうして、桜の目の色は俺を見る目とは違う。
 まさにを見る目だ。


「……ユウキ」
 俺の予感は的中。コイツが惚れた女ってのは、きっと桜だ。
 コイツは桜の為に、他の女たちを切ったんだ。
 連絡先も聞くことをしなかったコイツは心底、桜に惚れている……。



「桜。帰るぞ」
 俺は立ち上がって桜の腕を掴む。そしてユウキに顔を向けず、目だけで見て「悪ぃな」と告げてマンションを出て行く。
 下っ端に連絡して、俺のバイクをユウキのマンション近くのコンビニまで、持って来させた。
 そのバイクに桜は目を丸くしていた。
 桜がこのバイクを見るのは初めてだった。いつも家に置いてあっても、カバーをしていた。
 桜にと言っていた。
 俺の言う事をちゃんと守るヤツだから、触ったことも見ることもなかっただろう。


「……?どうした」
 俺は桜の視線に気付かないフリして、そう言う。桜は俯いて、何をどう言えばいいのか分からないっていう状態。
「ホラ。帰るぞ」
 桜の腕を再び掴み、バイクの後ろに乗せる。いかにも暴走族やってますって分かる改造車もの


「……お兄ちゃん」
 メットを被せた俺は、桜に何かを言わせる隙も与えずにバイクに跨る。そしてエンジンをかけ、ゆっくりと走り出した。


 桜を乗せてるから、スピードなんか上げられねぇ。んなことして、怪我させたら一生悔やむ。
 桜は俺の大事な妹だから。



     ◊ ◊ ◊ ◊ ◊



 家に着くと、桜を家の中へ押し込むようにして入れる。こんな姿を母さんに見られたくないし、見られてしまったら、母さんになんて答えたらいいのか分からない。
 桜自身もどう言ったらいいのか、分からないだろうし。
 部屋に桜を入れると、俺は何も言わずに自分の部屋に戻ろうとした。
 それを桜が引き止めた。羽織っていたシャツの裾を、掴み俯いていた。

「桜」
 声をかけると潤、んだ目で俺を見る。何を言いたいのか分からずに、俺は戸惑った。
 普段ならこんなことなんかないのに、桜の気持ちなんか考えもせずに行動するのに、今は、今だけは桜の気持ちを考えようと必死になっていた。
「……お兄ちゃん」
「ん」
「助けてくれてありがと」
 小声で言った桜の頭を撫でると、桜の手を離し部屋に戻っていった。


 桜はこんな俺をどう思っただろう。
 桜はこんな俺を嫌いになっただろうか。


 そればかりが、頭の中をグルグルと回っていた。
 中学3年の桜。
 まだガキだと思っていた桜が、俺の手から離れて行く。
 それを考えると怖かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

初体験の話

東雲
恋愛
筋金入りの年上好きな私の 誰にも言えない17歳の初体験の話。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

処理中です...