紅い薔薇 蒼い瞳 特別編

星河琉嘩

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ほんとは好きなだけなのに

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 3学期が始まってすぐ、ヨシキに噂が流れた。
 前からヨシキとカズキのふたりは、あの黒龍の面子だっていう噂が流れていた。でも今日は、それに輪をかけた噂が流れていた。



「え……」
 廊下で話している女子たち。
 その話を聞いて驚いた。


「ねぇ、ヨシキくんの噂知ってる?」
「聞いた聞いた!」
「びっくりだよね~」
「青薔薇の子と付き合ってるってやつでしょ!」


 女子たち数人が話しているその姿。その会話を今でも覚えてる。だけどそれが、客観的に自分を見ていたような感じで、覚えているんだ。


 ショック……だったからなのかもしれない。
 ヨシキはそんなことしないって、思っていたから。



 だけど……。




 ヨシキの噂は、それだけではおさまらなかった。



「ねぇ!聞いた?」
 また噂好きの女子たちが、話をしている。それを教室の隅で、シュンくんといる時に聞こえて来た。


「ヨシキくん、3年の女子と付き合ってるって!」
「え。あたしが聞いたのは2年の女子だよ?」
「違うよ、隣中学の1年!」



 そんな会話が聞こえて来て、私は思わずシュンくんを見た。シュンくんは「んだよ」と声を出す。
「シュンくん……。今のどれがほんと?」
 隣にいるシュンくんは、「全部」と答える。
「全部……って、どういう……?」
 その問いにシュンは苦笑した。
「全部は全部。全て本当」
「え。だって」
「ヨシキ、荒れてんだよ。どうにもなんねぇよ」
 そう言って私の頭に手を置き、教室を出て行く。


 シュンくんも、いつもどこにいるのか分からない。ヨシキが、昼休みに教室からいなくなり始めたすぐ後くらいからか、ふたりでいなくなることがあった。でもシュンくんは、ヨシキ程じゃなかったから気にはしてなかった。
 いつもふたりは一緒だった。
 だから、どんなことを考えているのかとかも、知ってるんだろう。


 シュンくんから聞いたヨシキのこと。
 それにショックを隠せない。そしてそれと同時に、私の中で芽生えてしまった思い。



 ──適当に女の子と付き合えるんなら、私は……?



 ヨシキの目には、私はそういう対象として映らないの?
 私はいつもヨシキの傍にいたのに。


 だからこそ、シュンくんと付き合ったのに。
 それじゃダメなの?



 ねぇ。
 ヨシキ……。



      ◆◆◆◆◆




「マミ」
 不安な顔をしている私に、シュンくんは顔を覗き込んでくる。


 シュンくんは優しい。
 本当に優しい。


 悪ぶってるけど、本当は優しいの。いつも話に出てくるのは、親友のヨシキのこと。カズキのこと。ふたりの姉のユリ先輩のこと。


 そして妹のこと。
 シュンくんは本当に優しい。妹のことになると、目の色が変わるくらいに。


 だからこそ、シュンくんを好きになれるって思った。シュンくんの傍にいればいいって。



 でも……。




 シュンくんと付き合って1ヶ月。
 私に何気なく言ったシュンくんの言葉が、私の隠していた本当の気持ちを呼び起こしてしまった。





「マミ」
 3学期の冬。
 3年生が忙しく動き回るその姿を見ていた私は、シュンくんに呼び出された。
 それは学校の裏にある大きな桜の木。
 シュンくんに告白されたあの木。


「どうしたの、シュンくん」
 私はシュンくんに笑いかける。シュンくんはいつになく真剣な目をしていた。


「マミ」
 もう一度私の名前を呼ぶと、じっと私を見つめる。そして大きく息を吸い込んだ。
「俺のこと、好きか?」
 その言葉に私は「好きだよ」と言う。


 私のその言葉に嘘はない。
 好き……。


 うん、好き……なんだよ。


 でも、と言った後、私の目に映ったのは、シュンくんではなかった。
 頭の中に思い浮かんだのは、シュンくんではなくヨシキ。
 だけどそれは言っちゃいけない。
 これは隠さなきゃいけないこと。


「本当か?」
 私を見下ろすシュンくんは、不安気な顔をしていた。


 うん。
 この優しいシュンくんを、裏切っちゃいけなんだよね。
 それにシュンくんの傍にいると、ヨシキの傍にいられるんだから。
 それでいいじゃない。



 そう言い聞かせていた。



 でも──……。








「お前、本当はヨシキが好きなんじゃねぇのか」








 その言葉にはっとした。私はシュンくんに言えなかった。


 って。


 だってその証拠に、私の目の前に映ってるのはヨシキ。目の前にいるのはシュンくんなのに、見えてるのはヨシキ。


「そうなんだろ」
 低い声でそう言ったシュンくんが怖かった。
「……シュン……くん」
 彼の名前を呼ぶけど、シュンくんはもう私を見てはいなかった。ただ私を見下ろし、そして睨みつけるように空を見上げた。


「お前はずっと、ヨシキのことばかり聞いてきたな」
 そうだ。
 いつもヨシキのことばかり。
 シュンくんがヨシキの話をしてくれるから、それに甘えるように、ヨシキのことばかり聞いていた。ヨシキがどんなことをしているのか、何が好きなのか。今何しているのか、どんな女の子が好きなのか。


「お前ぇ……、ヨシキがいろんな女と付き合ってるって聞いた時、どんな顔してたか分かるか?」
 シュンくんは拳を握り締めていた。その拳は震えていて、どうしたらいいのか分からないって感じで……。



「悲しい、顔してたんだぞ」



 シュンくんの声がせつなかった。そんかシュンくんに、私はただ顔を見上げていた。どう言っていいのか分からなくて、ただ見上げていた。


「もう、ダメだ」
 冷たい声。
 シュンくんの冷たい声が降りてくる。


「お前とはやっていけねぇ」
 辛そうな声。
 シュンくんの辛そうな声が降りてくる。


「別れる」
 その声はもう、怒りにも似た声だった。


「……ヤっ!」
 振り絞って声を出した私を見ることなく、シュンくんはその場を立ち去ろうとした。
「待ってッ!」
 叫んだ私に振り返り、シュンくんは冷たく私を見る。
「あたし、別れたくない……ッ!」
 そう言ったのは、シュンくんが好きだからじゃなくて。ヨシキの傍にいられなくなるからで。


 シュンくんを傷つけてまでも、ヨシキの傍にいたいと願ってしまう私は、最低な女。
 それでもいい。
 ヨシキの傍で、笑っていられればそれでいいって思った。


 シュンくんを傷つけてもいいって──……。




「フザけんな」
 冷たく痛い声で私を見るシュンくんは、とても怖かった。そんなシュンくんを見て、動けなくなった私は、その場に座り込んで泣いていた。
 でもそんな私に手を差し伸べてはくれず、シュンくんはきびすを返して歩いて行った。


 その後のことは何も覚えていない。
 どうやって家に帰ったのか、覚えていない。

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