おじいちゃんと翔太

北白 純

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おじいちゃんと翔太

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おじいちゃんと翔太



冬休み、おじいちゃんの家に帰省した●学生の翔太は一週間滞在することにした。

「ただいまー」

翔太が玄関を開けると、すぐにおじいちゃんが出てきた。

「おお! よく来たなあ!」
「うん、お世話になります」

おじいちゃんはニコニコして言った。

「お前が来るからって、今日は朝早く起きて料理を作ったんだよ」
「え? そうなんだ?」
「さあ上がってくれ」

おじいちゃんに言われて翔太は家に上がった。そして居間に行くと、テーブルの上に美味しそうなお寿司や天ぷらなどが置かれていた。

「わぁ! すごいね! これ全部作ったの?」
「ああそうだよ。張り切って作っちゃったよ」
「うわぁ……いただきます」

翔太は感動しながら席についた。

「ほらこれも食べてくれ」

おじいちゃんは大トロのお刺身を箸でつまんで差し出した。

「ん?」
「遠慮しないでいいぞ」
「じゃあ……」

翔太は大トロを口に入れた。

「おいしい!」
「だろ?」
「このお寿司もすごく美味しいよ」
「それはよかった」
「こっちのエビフライもすごくサクサクだよ」
「そりゃ揚げたてだからな」
「ねえねえおじいちゃん、この天ぷらはどうやって作るの?」
「それか? まず衣をつけて油に入れてだな……」

そんな感じで翔太たちは楽しく食事を続けた。

「ごちそうさまでした」

翔太が両手を合わせると、おじいちゃんはニコニコと言った。

「デザートもあるぞ」
「え? 本当?」
「ああ、ちょっと待ってろ」

おじいちゃんは再び台所に行った。すると今度はゼリーを持って戻ってきた。

「はいどうぞ」
「ありがとう」

それから二人は一緒にゼリーを食べた。

「ふぅ……おいしかった」
「満足してくれたみたいで嬉しいよ」

おじいちゃんは嬉しそうに笑った。

「ところで翔太はどうして夏休みにも来なかったんだい?」
「えっと……その……」
「何か用事でもあったのか?」
「実はおばあちゃんの家に行ってたんだ」
「そうだったのか」
「うん」

おじいちゃんとおばあちゃんは離婚して別居していた。

「でもまたこうして来て良かったよ」
「僕も久しぶりにおじいちゃんに会えて本当に嬉しいよ」
「そう言ってくれると俺も嬉しいよ」
「あのさおじいちゃん……」
「なんだ?」
「キスしてもいい?」
「キ…キッス!? 何でだい?」
「前にテレビで見たんだけど、外国ではハグしたり頬っぺにチューしたりするんだって。だから僕らもやってみようかなと思って」
「そういうことか……」

おじいちゃんはホッとした表情を浮かべた。

「ダメなら別にいいけど……」
「よし! やってやろうじゃないか!」

おじいちゃんは気合いの入った声でそう言うと立ち上がった。そして翔太の前に立った。

「じゃあいくぞ」
「う、うん」

翔太の顔に緊張の色が浮かぶ。やがて二人の唇の距離がなくなった。

チュッ……

唇同士が触れ合う音が響いた。

「はい終わり」

おじいちゃんはすぐに顔を離した。

「これでいいかい?」
「うーん……なんか違うような気がする」
「そうなのかい?」
「もっとこう……大人のキスっていうのをしてみたいな」
「大人って言われてもなぁ……」

おじいちゃんは困った様子で頭を掻いた。

「そうだ! さっきのよりすごいキスをすればいいんじゃないの?」
「すごいキッスねぇ……どういうのがあるんだい?」
「えっとね……舌を絡めるキスとか、あとは唾液を交換するキスとかあるよ」
「へぇ……そんなのあるんだ」

おじいちゃんは感心したように呟いた。「ねえおじいちゃん、試しにしてみない?」

「まあ……一回くらいなら……」

おじいちゃんは少しためらいながらも了承した。

「やった!」

翔太はおじいちゃんの手を引いて居間を出た。そして寝室に入った。そこにはダブルベッドがあった。

「さあ早く寝転んで」
「え? ここでやるのかい?」
「そうだよ」

翔太は笑顔で答えた。おじいちゃんは戸惑いつつも言われた通り横になった。

「おじいちゃん、目を閉じて」
「わ、わかった」

おじいちゃんはギュッと目を閉じる。翔太はそれを確認するとおじいちゃんの上に馬乗りになる。

「じゃあいくよ……」
「あ、ああ……」

おじいちゃんはゴクリと唾を飲み込んだ。翔太はゆっくりと顔を近づけるとそのまま唇を重ねた。

チュッチュッ……ペロッペロッ……

おじいちゃんの口の中に翔太の柔らかい舌が入り込んでくる。まるで生き物のように動き回る。そして歯茎の裏や上顎など、あらゆるところを舐め回される。

(なっ……これは……)

あまりの出来事におじいちゃんは何も考えられなくなる。しばらくしてようやく解放された時、おじいちゃんは息も絶え絶えになっていた。

「ねえおじいちゃん、気持ちよかった?」
「き、気持ちよかったです……」
「そう? よかった」

翔太はニコッと笑った。

「さあ次は何をしようか」

翔太はワクワクしながら言った。「じゃあさ、服を脱いで」

「え?」

おじいちゃんは驚いた。

「なんで脱ぐんだい?」
「だって裸の方が抱き合えるじゃん」
「そ、それはそうかもしれないが……」
「大丈夫だよ。僕も一緒に裸になってあげるから」

翔太はそう言いながら自分のズボンに手をかけた。するとおじいちゃんは慌てて止めてきた。

「ちょっと待ってくれ!」
「なに?」
「そんなことをしたら翔太まで風邪をひいてしまうだろ?」
「あっ……そっか」

翔太は納得した。

「それなら別の方法を考えよう」
「別って?」
「例えばパジャマを着てハグしたりとか」
「え~……せっかく全裸になれると思ったのに~」
「頼むよ」
「仕方がないなぁ」

翔太は渋々従うことにした。

「じゃあいくよ」

おじいちゃんは再びベッドの上で仰向けになると両手を広げた。翔太はその腕の中に入るようにして抱きしめられる。おじいちゃんの大きな胸板と太い腕に包まれている感覚は安心感を与えてくれるものだった。

しばらくそうしていると、次第に体がポカポカしてきた。きっと血行が良くなっているのだろう。それにつられてか、段々と眠たくなってきた。

「ふわあ……」

翔太は大きなあくびをした。

「どうやらおねむの時間みたいだね」

おじいちゃんは翔太をベッドに寝かせると布団をかけてあげた。

「うん……」

翔太はもうほとんど目が開かない状態だった。

「今日はゆっくり休むんだよ」
「うん……」

翔太はそのまま眠りについた。

次の日、翔太は朝起きるとおじいちゃんの姿がなかった。台所にもトイレにもいなかった。

どこに行ったのかと思い探してみると、庭にある物置小屋の前で座っていた。

「おじいちゃん何してるの?」
「ああ、翔太か」

おじいちゃんは手に掴んだものを翔太に見せてくれた。それは銀色に輝く一台の自転車だった。

「これって……」
「昔乗ってたやつなんだけど、久しぶりに動かしてみたくてな」
「へぇ……」

翔太は興味津々といった様子でその自転車を眺めていた。「良かったら後ろに乗ってみるかい?」
「え? いいの?」
「もちろん」

おじいちゃんは微笑みを浮かべると、スタンドを上げてサドルにまたがりペダルを漕ぎ始めた。

「ほら、どうぞ」

翔太はおじいちゃんの後ろに跨った。おじいちゃんのお腹の前に手を置く。
「しっかり掴まってるんだぞ」
「う、うん……」

翔太はおじいちゃんにしがみついた。おじいちゃんはゆっくりと歩き出した。

ガタンガタン……ガシャッ……

「おお……懐かしいなこの音」

おじいちゃんは嬉しそうに言った。

「おじいちゃんはこの音が好きなの?」
「ああ、そうだよ。なんだか落ち着くんだよね」
「そうなんだ」

おじいちゃんの背中は大きくて温かかった。翔太は思わずギュッと強く抱きしめた。

「おっと、あんまり力を入れると危ないぞ」
「ごめんなさい……」
「謝ることなんてないさ。それよりもっとスピードを上げるよ」

おじいちゃんは力強く地面を蹴ると一気に加速した。風が顔に当たって痛かった。でもそれ以上にドキドキしていた。まるで空を飛んでいるような気分になった。

「すごい! おじいちゃん速い!」
「はっはっはっ……まだまだこんなもんじゃないよ」

おじいちゃんはさらにギアを上げた。翔太は振り落とされないように必死で掴まった。そしてそのまま走り続けた。

「ふう……そろそろいいか」

おじいちゃんはブレーキをかけると止まった。翔太は地面に足をつけると、おじいちゃんの方を振り向いた。

「おじいちゃんありがとう」
「どういたしまして」

二人は笑い合った。

「ねえおじいちゃん、もう一回乗りたいな」
「よし、じゃあ次は二人乗りしようか」
「やったー」

おじいちゃんは自転車から降りると再びスタンドを立てた。翔太はおじいちゃんの前に乗った。

「行くよ」
「うん」

おじいちゃんは勢いよくペダルを漕いだ。さっきよりもスピードが出ている気がする。景色が流れるように過ぎていく。

「おじいちゃん楽しい!」
「そうかい? それはよかった」

おじいちゃんも楽しそうに笑っている。

「おじいちゃん大好き!」
「私もだよ」

おじいちゃんはますます笑顔になる。

「おじいちゃんと結婚できるかな?」
「ああ、きっとできるよ」
「本当に?」
「本当だとも」

おじいちゃんは翔太の頭を撫でながら答えた。翔太は満面の笑みを浮かべた。
それから数日後、おじいちゃんは病院に行くことになった。なんでも急に体調が悪くなったらしい。

「大丈夫? 僕が一緒に行こうか?」

翔太は心配そうに声をかけたが、おじいちゃんは首を横に振った。「いや、一人で行けるから安心してくれ」

そう言うとおじいちゃんは車に乗り込んだ。翔太は窓から顔を覗かせて手を振った。

「行ってらっしゃい」
「行ってくるよ」

おじいちゃんは小さく手を振ると車を発進させた。翔太は見えなくなるまでずっと見ていた。

「……」

ふとおじいちゃんの言葉を思い出した。

『きっとできるよ』

翔太はおじいちゃんとの約束を守りたかった。だからおじいちゃんがいなくても我慢することにした。

おじいちゃんはそれから数日経って帰ってきた。

「おじいちゃん、お帰りなさい」

翔太は玄関先に出て出迎えた。

「ただいま、翔太」

おじいちゃんの元気な声を聞いて翔太はホッとした。

「具合はもういいの?」
「ああ、もうすっかり良くなったよ」
「そうなんだ。良かった」
「翔太、ちょっと話があるんだけど」
「何?」
「あのね……」

おじいちゃんは言いづらそうに口を開いた。

「実は病気が見つかったんだよ」
「え……」

翔太は言葉を失った。おじいちゃんの顔を見ると、とても辛そうに見えた。

「それで……余命宣告をされたんだ」
「そんな……」

翔太の目には涙が溢れてきた。おじいちゃんは優しく微笑むと翔太の肩に手を置いた。

「大丈夫だよ。まだ時間はある。それまでにやりたいことを全部やり尽くせばいいんだ」
「……」
「そうだ、せっかくだし翔太にも手伝ってもらうことにしよう」
「……うん」

翔太は泣きながらもしっかりと返事をした。

「じゃあまずは退院祝いだ」

おじいちゃんは冷蔵庫の中からケーキを取り出した。二人で食べた。

それからというもの、翔太は毎日おじいちゃんの看病をするようになった。ご飯を作ったり、洗濯をしたり、掃除をしたり、買い物に行ったりした。おじいちゃんはとても喜んでくれた。

ある日のこと、翔太はおじいちゃんと一緒に散歩に出かけた。

「今日は天気が良いから気持ちがいいね」

おじいちゃんは上機嫌だった。

「そうだね」
「そういえば翔太は将来の夢とかはあるのか?」
「うーん……特にないけど……」
「そっか、まぁ今はそれでいいと思うぞ。これからゆっくり考えればいいさ」
「うん……おじいちゃんは何かしたいことってある?」
「私は翔太と一緒なら何でも楽しいよ」
「それだと困るよ」
「はっはっは……すまない」
おじいちゃんは申し訳なさそうに謝った。
「でも……一つだけあるかな」
「どんなこと?」
「それは秘密。もう少ししたら教えてあげるよ」
「今知りたいな」
「ダメだよ」
「ケチ」

二人は笑い合った。

それからまたしばらく経った頃、おじいちゃんが突然倒れてしまった。慌てて救急車を呼んだが間に合わなかった。そのまま息を引き取った。享年77歳。安らかに眠るような最期だったという。

葬式が終わると親戚が集まってきた。みんな泣いていた。中には大声で怒鳴っている人もいた。

「なんでこんなに早く死んだんだよ!」
「もっと長生きしろよ! 親不孝者!」

翔太は悲しかったけれど、何も言わずに黙っていた。おじいちゃんと約束したからだ。

おじいちゃんの葬儀も終わり、翔太は家に一人になった。今まではおじいちゃんがいたから寂しくなかった。しかし、もういない。その事実が翔太の心を深く傷つけた。

「おじいちゃん……」

翔太は枕に顔を埋めた。その時、あることに気づいた。
「あれ? この写真立て……」

机の上に置いてあった。それはおじいちゃんの遺影の写真が入っていたものだ。手に取って眺めているうちに、翔太の目から涙がこぼれ落ちた。

「おじいちゃん……」

翔太はその日、声を上げて泣いた。

それから何年か過ぎた。翔太は高校三年生になっていた。身長も伸び、体つきも男らしくなっていた。

「行ってきます」

翔太は写真立てのおじいちゃんに向かって挨拶をした。

「おはよう」

通学途中、後ろから誰かに声をかけられた。振り返るとそこには同級生の女の子の姿があった。
「あ、おはよ……」

彼女はクラスメイトで名前は美鈴という。いつも笑顔を絶やさない明るい性格をしている。

誰に対しても分け隔てなく接するため男女問わず人気がある。

「ねぇ、今日の放課後暇? 駅前のお店に行きたいんだけど一緒に行かない?」
「ごめん、今日は用事があるんだ」
「そうなの……残念」

美鈴は本当に落ち込んでいるようだった。

「今度は必ず行くからさ」
「本当!?」
「うん」
「絶対だよ?」
「わかった」

翔太は手を振って別れた。

「よし、行こう」

翔太は気合を入れて学校へと向かった。

「ただいま」
「おかえりなさい」

翔太は帰宅するとすぐに仏壇の前に座った。線香を立てて手を合わせた。そして今日学校での出来事を話し始めた。

「それでね、友達に誘われてカラオケに行ったんだ。そこで……」

それから数時間の間、翔太はずっと話し続けた。まるでおじいちゃんが生きているかのように……。

「……っていうことがあったんだ」

翔太は語り終えると満足げな表情を浮かべていた。

「翔太くん、少しいいかしら?」
「何ですか、お母さん」
「あなた、最近よく出かけてるみたいだけどどこに行ってるの?」
「別にどこでもいいじゃない」
「良くないわ。もし変なことに巻き込まれてたらどうするの」
「大丈夫だって」
「そういう油断が一番危ないのよ。お父さんの時のように……!」

翔太は何も言い返せなかった。

「まぁまぁ、翔太も年頃なんだし、色々あるんだろう。それに、お前に似てしっかりしてるから心配はいらないよ」
「そうかもしれないけど……」
「ほら、せっかく帰ってきたんだから夕食を食べさせてあげないと」

夫の康雄の言葉を聞いても美恵はまだ納得していない様子だったが、渋々と台所へと戻っていった。

「翔太、何か悩みがあるなら相談に乗るぞ」
「ありがとう。でも、今はいいよ」
「そうか……まぁ何かあったら遠慮せずに言えよ」
「うん」

それからしばらく沈黙が続いた。やがて、康雄が口を開いた。

「なぁ、翔太」
「何?」
「お前、好きな子とかいないのか?」
「いるよ」
「そうなのか?」
「うん」
「どんな子だ?」
「優しい人だよ。でも、ちょっと鈍感かな」
「そうか……いつか会ってみたいな」
「僕もその人に紹介したいな」

二人は楽しげに会話を続けた。

その日の夜遅く、翔太は家の外に出て星空を眺めていた。

「おじいちゃん、見てるか? 俺、高校生になったよ」

そう呟くとポケットから何かを取り出した。それは一枚の写真だった。そこに写っているのは幼い少年と一人の老人。二人とも幸せそうな笑みを浮かべている。

「おじいちゃんとの結婚の約束守るよ。だからさ、褒めてくれよな」

翔太は写真を見つめながら静かに涙を流した。

「おじいちゃん……大好きだよ」

その言葉は夜風にさらわれていった。

































 










おじいちゃんと翔太

著者 北白 純
発行日 2023年1月2日
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