【完結】淋しいなら側に

サイ

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 王都は目を見張るほどの賑わいだった。
 馬車の中からでは外の様子はそれほど分からないが、人の声や音だけでも騒々しさが伝わってくる。遠くには市が立っているのだろう、物を売る店主の声、値切ろうとする人々の声、夕暮れ時なのに子供から大人までものすごい数の人がいる事が伺える。
 街に入ってからしばらくして、馬車はようやく止まった。途中何度か止まったが、ほとんど確認作業はなかった様子だ。
 貞興はたしか大将軍といっていた。大将軍といえば、軍の最高責任者である。なるほどこの馬車が自由に城まで通行できるはずである。
 馬車の扉が開かれた。千は貞興に促されるまま外へ降り立ち、辺りを見渡すと唖然と上を見上げて静止した。
「これ……が、お城?」
 まさしく、見上げても頂上が見えない城、である。姉に話を聞いたときにはそんな建物があるのかと半信半疑だったが、ここへ来てようやくそれが誇張された表現ではなかったことが分かった。
 しかも、城は漆黒で統一され、なんとも異様な雰囲気を漂わせている。壁はもちろん、屋根も窓も全て黒。その上ただの黒ではなく漆か何かのようで、日の光を浴びて美しく光沢を放っていた。
「これが我が黒国こっこくの国城、別名烏城からすじょうにございます。———さあ、陛下がお待ちです。中へ」
 言われてようやく視線を辺りに走らせ、千はまた呆気にとられる。
 門など、どこにもなかった。———いや、確かに馬車は門から入ったはずである。しかし、辺りは立派に手入れされた庭ばかりで、自分たちが入ってきた門など遠い彼方に過ぎ去っていたのだ。
 千は気を取り直そうと首を振った。
「世界が違う……」
「今日からはここがあなたの世界です。稀千丸君」
「……………」
 肌に合わない、と思ったが、千は慌ててその考えを振り切った。
 余計なことは考えない方がいい。後悔しないように。———逃げ出してしまいたくならないように。
 千たちは城の外側を少し迂回して、また別の門へ辿り着いた。
「貞興さま、お役目ご苦労様にございます」
 門番が仰々しく礼をする。その側に、一人の老女が立っていた。
「あなた様が稀千丸君にございますね」
 妙な威圧感がある。返答に詰まっていた千に変わり、貞興が口を開く。
「先触れに知らせさせたとおり、確かに末の若君をお届け申した。儂は陛下へご報告に参る故、後のことはお任せ致す」
「確かに、お受け取りいたしました。———では若君、こちらへ」
 千は貞興を見た。彼は微かに頭を下げると素早く身を翻して行ってしまった。
 あまりに素っ気ない別れだった。道中の礼を言う暇もない。もっとも、貞興にしてみれば恨み言こそ言われてもまさか礼を言われるとは想像もしなかっただろう。
「稀千君。長旅、ご苦労様にございました。私は女官長を勤めております、まると申します。———まずは、さあ」
 再び促され、千は女官長という老女の後に続き門をくぐった。少し歩くと門の閉まる音がする。黒く巨大な門はここが本当に閉ざされた世界なのだと語っているようである。これで本当に、後戻りは出来ない。
 千はしばらく歩かされ、ようやく城の中へ入った。内装が黒で統一されていないのを見て少しほっとする。どこを見ても黒ばかりではやはり気が滅入るだろうから。
 すぐに入った室内では、既に何人もの女官が着物から装飾品、お湯の用意まで全てを調えて待ちかまえていた。予想はしていたが、やはり気後れしてしまう。
 お湯に入るのも着替えをするのも、髪を梳くのもすべて女官任せである。確かに彼女たちは手慣れていたが、一言も言葉を発さずに淡々と仕事をこなしていく女性たちに、千はますます違和感を覚えた。
 女官の態度もそうだが、建物の構造が想像とずいぶん違っていたのにも驚いた。お風呂の床というのは普通板場だと思っていたが、この城の風呂というのは畳だった。桐の浴槽のすぐ側に畳があり、確かに板場よりも心地はいいがこれではすぐに痛んで張り替えなくてはならなくなるだろう。畳すらあまり見たことのない千にとっては、贅沢すぎて目がくらんだ。お湯につかる心地よさも、絹の着物の心地よさもあるが、やはり他人に肌をさらすのは抵抗がある。
 姉さまがこんな生活をいつもしていたなんて、信じられない。よく耐えられるものだ。
 身支度が調った頃には、すっかり夜更けである。
 用意された着物は鮮やかな赤色だった。
 赤一色の生地に、紅葉の文様が金糸と銀糸で描かれている。そういえば、作法の勉強の一環として着物の柄についても以前佳に聞いたことがある。波打った文様はおそらく雲を表しているのだろう。紅葉に瑞雲、なんとも秋らしくめでたい柄である。帯は萌黄色でこれにも金の刺繍がされていた。細かい円を基調とした模様で、じっと見ていると目がくらむ。今まで着ていた服と違い、帯を結ぶとずいぶん胸が苦しい。鏡で見ると確かに華やかな結びだが、これから毎日こんな格好をさせられるのかと思うと気が遠くなった。そもそも、ふつう男はこういう華やかな格好はしないのではないだろうか。
髪に塗った香油が心地よい桂樹の香りを放っている。結った髪に挿した髪飾りは銀細工で、象っているのは葡萄のようだ。それに何本もの小さな鈴がついており、少し動くだけでもしゃらしゃらと音を立てる。
 猫に鈴と言うけれど、まさか居場所が分かるように、なんてことはないだろう。
 千はまるに案内されるまま廊下を歩いた。彼女は王がお待ちです、と短く告げた。
王に会う。そう思うと、千の緊張は次第に高まっていった。手に汗を感じる。体が固まっていくのが分かる。
王はどんな人間なのだろう。———父を殺し、母も殺したという王は。
自分は憎まずにいられるだろうか。———生きて、いられるだろうか。
 王が待つ部屋へと続く扉の前で、千は大きく深呼吸をした。
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