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1召集
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「失礼いたします。不破家嫡男、稀千丸君、到着いたしましてございます」
まるの意外にも張りのある声が廊下まで響いた。千は片膝を折った姿勢で頭を垂れ、襖が開けられるのを待った。微かに風がながれただけで、髪に刺さった鈴が気持ちのいい音を立てる。
「お入りください」
襖を開けた男が短く言った。千は頭を下げたまま、一礼して部屋に入る。
部屋の中は香りのする蝋燭がたかれているらしく、明かりとともに微かな麝香に似た香りが漂っている。蝋燭の光はあるものの、それだけでは部屋の中は薄暗かった。
部屋は畳ではなく、大理石だった。黒い絨毯が敷かれており、千はその上を真っ直ぐに歩く。前や上は見てはいけないため、足元だけを見て着物の裾を踏まないように細心の注意を払った。
元の身分は高くとも、育ちは下賤の民。せめて挨拶の作法だけでも付け焼き刃で教育をするといった女官に、歩き方は教わった。だが、歩き方も着物捌きも、すでに佳にたたき込まれていたため大して苦労はしなかった。確かに実際着てみて歩くのでは想像以上に難しかったが。
千は教えられたとおり、玉座の少し手前で膝を折った。階段が見えたら座れと言われていた。いつになったら見えるのだと思うくらい長かったが、たしかに玉座へ続く階段が見えた。そっと床に指をつき、深く頭を下げる。
「———お前が絹の子か」
低く、物憂げで重い声。だが思ったよりは若い声だった。
母の名を呼ばれると、ああ、本当にこの人が母を殺したのかと実感する。ただ、特に何の感情もわいてこなかった。
許しなく主の顔は見れない。千は教えられたとおりに挨拶をした。
「お初にお目にかかります、稀千丸と申します」
ゆっくり、声が震えないように話す。まだ声変わりをすませていない千の声は高くその場に響いた。
「顔を上げろ」
「———失礼いたします」
ゆっくりと顔を上げる。頬近くまでかかっていた髪飾りがしゃらり、と綺麗な音を立てた。千は主の顔を仰ぎ見た。
なるほど、たしか王は黒鋼の君と呼び名されていた。その名の通り王は漆黒の鋼のような髪色をしていた。王であるというのに髪は全く結わず、流れるように肩から腰に掛けて伸びていた。肌は外で働いていた千などとは比べものにならないほど白く、切れ長の目が神経質そうな印象を与える。纏った衣は全て黒で、ただ手に持つ大きな剣が銀に光っていた。
何より王は驚くほど若かった。千は勝手に、王はずいぶん年を取っていると思っていた。王はまだ三十を過ぎたくらいのようだった。だが、その目の冷たさは背筋の寒くなる思いのするものだった。顔は若いが、身に纏う雰囲気はつかみ所のないものだ。千を見る目に、少しも興味など無い様子である。本当にこの王が自分たちを望んだのだろうかと疑問に思う。とても執着という言葉からは無縁の男のような気がする。
王は千の顔を見ると、くっ、と含むように笑った。
「若いな。いくつだ」
「十三になりましてございます」
「そう言えば、子は三人いると言っていた」
「私は、末にございます」
「———母とは似ていないな」
千は、黙った。特に返す言葉を思いつかなかったのである。千は姉に、一番母に似ていると言われていた。母の顔をあまり覚えていない千だったが、そう言われる度に少し誇らしくもあった。
「絹という女は、ひたすら私に恨みの目を向けてきていた。そして畏れ、死んだ」
「……………」
「私が憎いか?」
王は面白そうに尋ねた。辺りは武装した兵らで囲まれている。そんな中で、憎いなどと言えるわけがない。
黙っている千を笑ってから、王は立ち上がった。ゆっくり階段を下り、側に来る王をみて、千は身体を強張らせた。
王は千の側まで来ると膝をつき、白い手で千の顎を取った。千の顔を見上げさせると、射抜くようにその両目を見つめる。
「今日から私に仕えろ。従っているうちは、生かしておいてやろう」
王の顔がさらに近づいてくる。反射的に逃れようとしたが、顎を掴まれていて動けなかった。王の唇が、千の唇と重なった。そのまま舌が入ってくる。その驚くほどの冷たさに、千は驚いて思わず声を上げたが、くぐもった声しか出はしなかった。身を引こうにも、強く顎を押さえられて身動きがとれない。開いた唇に無理に入った舌はまるで千の意思など無視して強引に支配するように強く千の唇を吸った。
兵士達の衆目が気になり、何より全身が拒絶しようとし、また抑えなくてはと思う気持ちとがぶつかった。王の舌がからみついてきて、千はされるままにするしかなかった。ただ、背中の冷たさだけはどうしようもなかった。
長い間の束縛からやっと解放された時には、立ち上がる気力もなくしていた。思わず手をついて、荒い息を吐く。まさかこんな事をされるとは、予想もしていなかったのである。
何とか顔を上げて離れていく王の顔を見た時、その何の感情もない様子にぞっとする。王は物を見るように千を見下ろすと、冷たく言った。
「部屋へゆけ。これより先、許しなくそこより出ることは許さぬ」
かろうじて千は両手をついて頭を下げた。返答の声など、出そうにもない。
再び呼ばれたまるに案内されながら、千は人に知られぬように唇をぬぐった。まだ胸は嫌に高鳴っており、背筋の寒さもまだ続いている。そうして、千はこれから先ずっと閉じこめられることとなる部屋へと入った。
まるの意外にも張りのある声が廊下まで響いた。千は片膝を折った姿勢で頭を垂れ、襖が開けられるのを待った。微かに風がながれただけで、髪に刺さった鈴が気持ちのいい音を立てる。
「お入りください」
襖を開けた男が短く言った。千は頭を下げたまま、一礼して部屋に入る。
部屋の中は香りのする蝋燭がたかれているらしく、明かりとともに微かな麝香に似た香りが漂っている。蝋燭の光はあるものの、それだけでは部屋の中は薄暗かった。
部屋は畳ではなく、大理石だった。黒い絨毯が敷かれており、千はその上を真っ直ぐに歩く。前や上は見てはいけないため、足元だけを見て着物の裾を踏まないように細心の注意を払った。
元の身分は高くとも、育ちは下賤の民。せめて挨拶の作法だけでも付け焼き刃で教育をするといった女官に、歩き方は教わった。だが、歩き方も着物捌きも、すでに佳にたたき込まれていたため大して苦労はしなかった。確かに実際着てみて歩くのでは想像以上に難しかったが。
千は教えられたとおり、玉座の少し手前で膝を折った。階段が見えたら座れと言われていた。いつになったら見えるのだと思うくらい長かったが、たしかに玉座へ続く階段が見えた。そっと床に指をつき、深く頭を下げる。
「———お前が絹の子か」
低く、物憂げで重い声。だが思ったよりは若い声だった。
母の名を呼ばれると、ああ、本当にこの人が母を殺したのかと実感する。ただ、特に何の感情もわいてこなかった。
許しなく主の顔は見れない。千は教えられたとおりに挨拶をした。
「お初にお目にかかります、稀千丸と申します」
ゆっくり、声が震えないように話す。まだ声変わりをすませていない千の声は高くその場に響いた。
「顔を上げろ」
「———失礼いたします」
ゆっくりと顔を上げる。頬近くまでかかっていた髪飾りがしゃらり、と綺麗な音を立てた。千は主の顔を仰ぎ見た。
なるほど、たしか王は黒鋼の君と呼び名されていた。その名の通り王は漆黒の鋼のような髪色をしていた。王であるというのに髪は全く結わず、流れるように肩から腰に掛けて伸びていた。肌は外で働いていた千などとは比べものにならないほど白く、切れ長の目が神経質そうな印象を与える。纏った衣は全て黒で、ただ手に持つ大きな剣が銀に光っていた。
何より王は驚くほど若かった。千は勝手に、王はずいぶん年を取っていると思っていた。王はまだ三十を過ぎたくらいのようだった。だが、その目の冷たさは背筋の寒くなる思いのするものだった。顔は若いが、身に纏う雰囲気はつかみ所のないものだ。千を見る目に、少しも興味など無い様子である。本当にこの王が自分たちを望んだのだろうかと疑問に思う。とても執着という言葉からは無縁の男のような気がする。
王は千の顔を見ると、くっ、と含むように笑った。
「若いな。いくつだ」
「十三になりましてございます」
「そう言えば、子は三人いると言っていた」
「私は、末にございます」
「———母とは似ていないな」
千は、黙った。特に返す言葉を思いつかなかったのである。千は姉に、一番母に似ていると言われていた。母の顔をあまり覚えていない千だったが、そう言われる度に少し誇らしくもあった。
「絹という女は、ひたすら私に恨みの目を向けてきていた。そして畏れ、死んだ」
「……………」
「私が憎いか?」
王は面白そうに尋ねた。辺りは武装した兵らで囲まれている。そんな中で、憎いなどと言えるわけがない。
黙っている千を笑ってから、王は立ち上がった。ゆっくり階段を下り、側に来る王をみて、千は身体を強張らせた。
王は千の側まで来ると膝をつき、白い手で千の顎を取った。千の顔を見上げさせると、射抜くようにその両目を見つめる。
「今日から私に仕えろ。従っているうちは、生かしておいてやろう」
王の顔がさらに近づいてくる。反射的に逃れようとしたが、顎を掴まれていて動けなかった。王の唇が、千の唇と重なった。そのまま舌が入ってくる。その驚くほどの冷たさに、千は驚いて思わず声を上げたが、くぐもった声しか出はしなかった。身を引こうにも、強く顎を押さえられて身動きがとれない。開いた唇に無理に入った舌はまるで千の意思など無視して強引に支配するように強く千の唇を吸った。
兵士達の衆目が気になり、何より全身が拒絶しようとし、また抑えなくてはと思う気持ちとがぶつかった。王の舌がからみついてきて、千はされるままにするしかなかった。ただ、背中の冷たさだけはどうしようもなかった。
長い間の束縛からやっと解放された時には、立ち上がる気力もなくしていた。思わず手をついて、荒い息を吐く。まさかこんな事をされるとは、予想もしていなかったのである。
何とか顔を上げて離れていく王の顔を見た時、その何の感情もない様子にぞっとする。王は物を見るように千を見下ろすと、冷たく言った。
「部屋へゆけ。これより先、許しなくそこより出ることは許さぬ」
かろうじて千は両手をついて頭を下げた。返答の声など、出そうにもない。
再び呼ばれたまるに案内されながら、千は人に知られぬように唇をぬぐった。まだ胸は嫌に高鳴っており、背筋の寒さもまだ続いている。そうして、千はこれから先ずっと閉じこめられることとなる部屋へと入った。
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