【完結】淋しいなら側に

サイ

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3朱国へ

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「では、ここをお使いください」
 通された部屋は、それほど広くはない一室だった。やはり畳に、木目の模様が目立つ天井。調度品は様々なものが置かれていたが、特に統一されてはおらず、それがかえって飾り気のない素朴な印象があった。城も部屋も装飾が少ないところが妙に落ち着く。
「急なことで、このようなお部屋で申し訳ありません。不自由も多いことと思いますが、その際には遠慮なくお申し付けくださいね」
「あ、ありがとうございます」
「では、ごゆっくりなさってください。すぐにお世話をする侍女が参りますので」
「あ、あのっ」
 あまりにあっさりとしていて、思わず呼び止めてしまった。次に言う言葉を見つけられず、千は困ったように黙ってしまった。
 それを見て、穏やかに微笑んでくれるととても気持ちが休まる。
「慣れない土地で、さぞかし心細いことでしょうね。———申し遅れました。私は書記官の史郎しろうと申します。先ほど王の傍らにいたのが左大臣の全宇ぜんう。なにかご要望があれば私か彼におっしゃってください。まあ、全宇は感情の起伏の激しい男で、初めは取っつきにくいと思われるかもしれませんが、あれで結構人情に厚い男です」
「あ、あの、緋王は……」
 つい聞いてしまった。あまりに邪険にされたから。
 その質問には、史郎は微妙な笑みを浮かべた。
「驚かれたことでしょうね」
「い、いえ……」
「そうですね……決して貴方が悪いわけではないのですが。王も人間ですから。———時間がいるのかもしれません」
「時間、ですか……」
「ご存じかとは思いますが、同盟締結に当たっての話し合いでこちらへの人質は不要と、我が王は言われていましたし」
 それは初耳だった。では、毅旺が無理矢理自分を送り込んだことになっているのか。
 それもそのはずだ。
 自分の妹を殺されて、憎い黒国の者を人質にもらい受けるなど、あの勝ち気そうな王が了解したとは思えなかった。それも側室を渡すのはお下がりを使えといっているようなもの。
 しばらく沈黙が流れる。それを破ったのは、史郎の明るい声だった。
「ところで、稀千君。ずいぶんとお荷物が少ないようですね」
「え?は……そう、ですか?」
「こう言っては何ですが、いわば嫁入りのようなものなのですから。———お身の回りのものなどはお持ちではないのですか?後からいらっしゃるのでしょうか」
 史朗は千の格好を見た。身につけている着物は確かに女物だが、とても輿入れとは思えない紺色のどちらかといえば質素な着物である。装飾品もほとんど無い。
「いえ。———すみません、俺……良くわからないんですけど、陛下———黒王が、好きなものを持って行けと言われたので、好きなものだけ持ってきたんです。足りませんか?」
 不安そうにするのへ、史郎は笑いをこらえるような表情をした。
「いえ、普通に暮らす分には十分だと思うんですけれどね。———良かった。一般に黒国の姫君らは豪奢な荷物が多いので、この部屋のでは足りないだろうと思案していたのです。それを聞いて安心しました」
「はあ」
「では、私はこの辺で。———ああ、城内は自由に散策してくださって結構ですので。案内が必要ならお申し付けください」
「えっ、見て回ってもいいんですか?」
「ええ、もちろんです。意外と広いので結構な探検になりますよ———とはいえ、もう冒険で心躍るお歳でもないかな」
 言って、千の顔が心躍っているのを見てまた苦笑する。
 黒国から人質が———事実上の側室が来ると知って、一体どんなものが来るのかと思っていたが。これほど純粋な子供が来るとは思っていなかった。黒国の側室とあれば、こちらも側室として迎えざるを得ない。策略であると思うのは自然な流れである。王がああいった態度を取ったのも、もしかするとそれを警戒してのことだろうか。
 ———黒王もやってくれる。これでは、こちらの警戒心も薄まっていくだろう。
 まだ幼さの残る少年を見ながら、史郎は気を引き締めなおした。
 はじめ、和平の会議を前に意見は二つに分かれた。
 元々地方の小競り合いが原因とはいえ、朱国も黒国の荒み様は見ていられない。黒国に戦の力はないのだから、このまま一気に決着をつける事もできる。
 しかし、黒国は呪術や邪道を用いる、暗黒部分の多い国である。加えて、現国主は破滅的な性格。何をしてくるか分からない。下手に犠牲を出し国を荒れさせるよりは、やはり同盟を結び直した方が良いという意見もあった。
 散々揉めたあげく、和平ということで話は落ち着いたのである。
 犠牲を増やしたくないとする王の気持ちが強かったせいでもあった。だが、その王自身たった一人残った家族だった妹を殺され、しかも首が送られてきたのだ。
 国境の小さな小競り合いも、黒国側から仕掛けてきたものだった。黒王はそれを大して調べもせずに妹を殺した。そしてその結果、に寵愛する側室を一人、くれてやるとばかりに送り込む。———それらすべての恨みを飲み込むのに、どれほどの葛藤があったことか。
 それがわかったからこそ、臣下一同、王の決定に誰一人異を唱えることはしなかったのだった。
 史郎は複雑な思いを顔に出さないようその部屋を後にした。



 千は早速屋敷の探検を開始した。
 これから世話をしてくれるという侍女の瑤夏ようかという若い女性がお茶を入れてくれたが、そわそわとそれを飲み干すと早速出かけた。
「若君、本当にお一人で行かれるのですか」
「うん。———駄目かな」
「いえ、入ってはいけない部屋の前には人がいますからよろしいのですが。お迷いになられると思うのです。ここはとても広いですから」
 だが、案内されたら探検の楽しみがなくなってしまう。
「大丈夫だよ。何かあったら人を呼ぶから」
「あまりこの界隈に人はいないのですが……。わかりました」
 瑤夏は小さく頷いた。細かい動作の可愛らしい女性だ。まるで弟に言い聞かせるように人差し指をたてて念を押す。
「迷ったらひたすら直進なさってください。そうすれば、いつか壁に当たります。それに沿って進まれると、門があります。門には門番がおりますから」
「わかった。困ったらそうする。———でも、なんだか初めて聞く方法だね」
「恥ずかしながら」
 こほん、と瑤夏が少し頬を赤らめて咳払いをした。
「私も、このお屋敷に上がったばかりの頃は良く迷っておりましたから。———私の編み出した解決策です。でも意外に好評ですのよ」
 これにはひたすら笑って、千はじゃあ、と言って部屋を出た。
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