夢と現実と狭間の案内人 [特発性過眠症患者の日常とは]

巴崎 サキ

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第2章 通常の眠気と、睡眠発作の症状との違い

初めてのアフター5 ②

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 あたしが、ガックシと肩を落としていると急に後ろから肩を鷲掴みされた。


「ひぃっ!!」

 あたしは、ビクッとしながら肩をこわばらせる。

 恐る恐る振り返ると

 そこには、純奈さんの顔があった。

 しかも、あと10㎝も近づけば鼻と鼻がぶつかるのではないかという距離に。

「ぅわっ!!」

 あたしは、目を見開き盛大に驚いた。
 無意識に、ズズッと後ずさる。

「ごめん!!脅かした??
咲希ちゃん、どしたよ??  疲れた??」

「へっ??   いや⋯⋯べつに」

「ふ~ん。そっか!!じゃ~、今から帰りがてら飲み行こっか!!」

「へっ??このままでですか??」

「ん??そりゃそうでしょ!!せっかく名駅近くまで来てるんだしぃ♪♪  行こっ??」


(あっ⋯⋯そっか。)

 今まで、あたしは私服でしか飲みに行ったことがない。
 当然だ。
 いくらなんでも、制服で行くわけにはいかない。

 しかし、今は違う。

 つくづく学生感覚が抜けていないんだなと思う。

「そういえば、もう一匹似たような奴がいたよねぇ??どこ行った??」

 純奈さんは、辺りをキョロキョロ見渡す。

 きっと、波瑠の事だろう。

 あたしも、一緒に探してみると同じようにキョロキョロしてる人を見つけた。

「あっ!!純さん、あれじゃないですか??あの、挙動不審な子!!」

「あっ!!ホントだ!!見~つ~け~た~。拉致るよ!!」

 あたし達二人は、波瑠の元へと走る。

「ちょっと、置いてかないでくださいよ~。咲希ちゃんも、一人でフラフラ出てっちゃうし!!」

 波瑠は、あたし達に気づくとそう言いながらスタスタと近寄ってくる

(えっ??いや⋯⋯あたしは、ただ頭がフラフラしてるから少しでも早く外の空気が吸いたかっただけなんだけど⋯⋯)

「ごめん。別にそういうつもりじゃ⋯⋯」

 あたしが弁解しようとすると、それを遮るように純奈さんが入る。

「そんな事より波瑠ちゃん、あんたもこれから暇でしょ??今から飲み行くけど来る??」

 迷う事なく首を縦にコクコク振る、波瑠。

 目をキラキラ輝かせながら、そのまま着いてきた。


ーーー

「カンパーイ!!」
「カンパーイ!!」
「カンパーイ!!」

 生中で乾杯すると、一気に半分程飲み干すあたし達3人。

 程よい苦味、爽やかに弾ける炭酸が喉を刺激する。

 キンキンに冷えたビールが、体の内側から徹底的に体温を奪い始める。
 まだまだ室温に馴染めずにいる凍えた体には正直少々堪える。
 しかし、今だに頭の芯がぼーっとしているあたしにとっては、叩き起こすいい起爆剤になった。

 ここは、某有名チェーン店の居酒屋。

 まだ、18時前だと言うのにすでに店内はサラリーマン達で取った返していた。

 私がいつも行くお店は、私服のお客さんが多くアクティブな話題が多い。

 しかし、ここは⋯⋯。

 何故か、妙に偉そうに大声で店員さんを呼びつけるお客さんが多い。
 その口からは紫煙とともに仕事の今後の話や反省、愚痴や悪口ばかりが飛び出す。

 テレビのニュースやドラマでよく見た光景そのもの。
 見ていても聞いていても決して楽しいものではなかった。

「 あの人たち⋯⋯楽しいんですかねぇ??」

「さぁ??どうだろうね。私だって社会人1年生⋯⋯いやいや初日なんだよ。ベテランサラリーマン達の感覚なんてわかんないよ」

 あたしに尋ねられ、答えてくれる純奈さん。
 そして、波瑠が続く。

「⋯⋯あんな飲み会なら、私参加したくない」

 一同頷く。

「まっ!私達は、あ~ならない様に気をつけましょ!!正に  “初心忘るべからず”  ってことでっ!!」

 そう言うと、純奈さんは見慣れた箱を取り出すと慣れた手つきで火を付ける。

 あたしと、波瑠もそれに習うように自分のタバコを取り出す。

「ぷはぁ~。すいませーん!!ここに、生一つと灰皿もう一つくださーーい!!」

 あたしは、そう言いながら空ジョッキをテーブルの端におくと、ゆっくりと火をつける。

「えっ??」
「はぁ??」

 空のジョッキに釘付けになる2人。

「あんた、実は相当飲み慣れてるでしょ??」

 純奈さんは眼を細めながらそう言うと、フーーッと煙を吹きかけてくる。

「えっ??あ⋯⋯え~っと⋯⋯あははは」

                              ・
                              ・
                              ・
「すいませーん!!灰皿変えてもらっていいですか??」

 全員ほどよく食べ終わる頃には、灰皿は既に満タンになっていた。

 店内は更にやかましさを上げ、奇声をあげるサラリーマンまで現れる。

 見渡すと、相変わらずスーツ姿のおじ様ばかり。
 むさ苦しい事この上ない。

 平日なんてこんなものなのだろうか。


 お酒を交わしながら、お互いのことがある程度わかってきた。

 出身は、あたしが名古屋に対し、純奈さんは寮のある市とはまた別の隣の市から。
 波瑠に関しては、岐阜県から来たと言う。
 しかも、寮には入らず車で通勤すると言うのだ。

 2時間もかけて⋯⋯。

 今日は、本社にて入社式って事で電車で来たみたいだが⋯⋯。

(え~っと⋯⋯この子やっぱりちょっと頭おかしいんじゃないかなぁ??)

 あたしは、素直にそう思うと少しばかり聞いてみる。

「うちの会社、時差出勤とかあるじゃん。朝とかめっちゃ早くても大丈夫なの??」

 朝が苦手なあたしとしては当然の質問だった。

「あー、私、運転好きだから大丈夫だよ!!」

(んん??ほ⋯⋯ほぅ~)

 なんか、返答のポイントが明後日の方向を向いているような気がするが⋯⋯まぁ、いっか。

「そうそう。聞いてくださいよ。朝といえば今朝、庭にタヌキ出てきて!! 今年初タヌキですよ!!
やっぱ、もう春なんですねぇ」

 聞けば、岐阜は岐阜でも山間部のようだ。

 当たり前のように話す波瑠に対してあたしは、

「えっ??タヌキなんか出んの??マジ??
ごめん。あたし、動物園でしか見たことないんだけど。っていうか、ヘビもないぐらいだし」

「はぁ??ウソでしょ??アオダイショウなんてその辺にいるじゃん!!」

「いやいやいやいやいや。いない!いない!!ですよねぇ??純さん」

「ごめん。私、見たことある。近くの川にアオダイショウならいたし、子供の頃近くの山に入ったら私もタヌキと出くわした事あるよ」

「ですよねぇ!!ウリボウちゃんだって出てくるし。私の家の裏山なんて、罠いっぱい仕掛けてあるし!!」

 裏山??  近くに山??  罠??
 ウリボウって⋯⋯猪の子供だったっけ??

 全く、話についていけない。

 あたしの実家は、公害はあれど、獣害はない。
 そもそも山もなければ綺麗な川もない。
 あるのは、工場排水で汚染され悪臭を放つ川、そして町中を時々覆い尽くす臭い空気、動物なんて野良猫ぐらいだ。

 出身地一つ違うだけで持ってる常識が全く違う。

 話について行けないので、強引に話を変えてみた。

「あの~、そういえば一つ聞きたいんですけど⋯⋯なんか眠くならないコツとか眠気覚ますコツとかってないですかぁ??例えば、今日のような入社式みたいにジッと座ったまま人の話を聞いている時とかなんですけど⋯⋯」

 と、二人に聞いてみる。

 紫煙を天井に向けて吹き出しながら純奈さんが口を開く。
 視線は遠く、あまり興味はなさそうだった。

「そういえば、あんた寮でもそんな事言ってたねぇ。ん~、みんな眠くなる時は眠くなっちゃうとは思うけど⋯⋯そんなに気になる??」

「えっ??ま⋯⋯まぁ」

 あたしは、ドキッとしてしまった。


“そんなに気になる??”


 みんなにとっては大したことではないの??

 みんなも眠くはなる。けど、みんな耐えられてる、乗り越えられてる、ってこと??

 気にもならないレベルってこと??

 みんなは出来る(耐えれる)のに、なんであたしは⋯⋯。


 そんな言葉が、頭の中を巡ってくる。

 波瑠も答えてくれた。

「コーヒー飲むとか??」

 純奈さんも続き、二人で交互に色々と案が出る。

「タバコ吸う」
「早く寝るとかは??」
「緑茶もカフェイン多いらしいよ」
「ガム食べる」
「やる気を出す!!興味を持つとか」
「目薬を差す」
「真剣に話を聞く」
「根性!!」


 ただ、こう言ってはなんだがどれも安易だ。
 あたしだって、このくらいの事は全て思いつく。
 なんなら、ここに

『噛み切る』

 を追加したっていいんだから。(引かれるから言わないけど)


 “これはっ!!” と、思えるような方法があればと思ったがどうやら出てこなさそうだった。

 いや、そもそも眠気に襲われた頭を起こす方法なんてあるのだろうか??

 そして、

“やる気を出す” 
“真剣に話を聞く”

 と、いう言葉が妙に頭に残ってしまった。

 あたしに、やる気がないから??
 あたしが、真剣に話を聞いていないから??

 だから、眠くなるとでもいうの??

 そんなつもりで言ったわけではないのは重々わかっている。
 けど、もしかしたら、あたしなんかより実はもっと真剣に聞いていたのかもしれない。

 しかし、この二人も眠かったとは言っていたか。


 話題もあまり楽しくなさそうなので再び変えてみる。

「そういえば、波瑠ちゃんって彼氏いるの??」

 定番中の定番。恋バナだ。

「今はいないかなぁ。純奈さんは??」

「ん??私??あぁ~私、大学が九州でさ。こっち戻ってくる時に置いて(別れて)きた」

「置いてきた??」
「置いてきたぁ??」

 あたし達は、言葉のチョイスに吹き出しそうになる。

 純奈さんは、左上を向きながら何かを思い出したのか、苦虫を噛み潰したような顔になる。
 あまりいい思い出は無さそうだ。

「いや~、まぁ~。だって遠いし!!咲希ちゃんは??」

「えっ??あたしは⋯⋯います」

「おっ!!当たりやっときた!!いくつの人??」

「えっ??あぁ~10個上です」

「はぁ??」
「マジ??」
         ・
                                ・
                                ・
 午後9時過ぎ

 店内は、割と落ち着きを取り戻しチラチラと空席が目立つようになってきた。
 あちらこちらでテーブルを片付ける店員さんが目立つ。
 やはり、平日とあってお客さんの引きも早いようだった。

 そういうあたし達もそろそろ本日の終わりを迎えようとしていた。



 あれから、
『出会いは??』
『いつから??』
『どこの人??』
etc.

 なんやかんや質問責めに遭った。

 正直な所、あたし自身月一ぐらいしか会えていなかったので、情報量も少なく返答に困ることも多かった。


「いや~、飲んだねぇ。初日から!!食ったし!!そろそろ行こっか!!波瑠ちゃん、電車大丈夫??」

 純奈さんは、左手首に付けられた小さな腕時計で確認すると、そう切り出す。

 確かに、名古屋から岐阜の奥地まで帰る。
そして、明日もまたあると考えるとそろそろ時間だろう。

「⋯⋯そうですねぇ。私、駅から家までも結構距離ありますし」

 波瑠は、名残惜しそうにそう呟く。

 その表情は、「自分のせいでお開きになっちゃったのかなぁ?」といったようにも伺えた。


 ガタッ!!

「じゃ、行きますかっ!!」

 あたしは、サッと立ち上がると皆を出入り口付近にあるレジへと促す。

 こういうのは、すぐに動かないと結局グダグダして時間ばかりが過ぎてしまう。

「波瑠ちゃん、明日も明後日も明々後日もその次だってあるんだよ!!そんな顔しなさんな!!」

 あたしは、後ろから波瑠の両肩をしっかり掴みながらそう言うと、背中をポンと叩いて押し出した。

 実際の所、あたし達3人これから何処に配属になるかわからない。

 あたしと、波瑠に関しては工場勤務なのは確定しているが何課になるのかわからない??
 純奈さんに至っては大卒以上である為、工場勤務なのか? それとも、営業なのか? それすらわからない。(注.この会社で最終学歴が高卒の営業職はない)
 研修が終われば皆バラバラ。

 しかし、少なくともこの研修期間の一週間は、毎日顔を合わす事ができる。

 まだ、その1日目が終わっただけなのだ。

「そうだね。よくよく考えてみたら、今日初日だったよね??なんか、そんな気がしなくなっちゃった」

 純奈さんとは、寮で数回。
 波瑠に関しては、入社試験の日を除けば今日が会うのは初めて。
 しかし、その筈なのだが今日1日でそんな気は全くしなくなった。

 前々から知ってるお姉ちゃんと、同級生。
そんな感じがしてならない。


「ありがとうございました。風が強いのでお気をつけください」

 元気の良い店員さんの声を背にあたし達は店を出る。

 地面がかなり濡れていた。
 通り雨でもあったのだろうか??

 ふと、顔を上げると


「うわぁ~」

 ここ名古屋では珍しい程綺麗な星空が広がっていた。

 限りなく新月に近かった月はとっくに姿を消している。
 南の空には獅子座や乙女座など春の星座が上がり、一等星のスピカが力強く輝く。
 西の地平線付近にはオリオン座と共に火星木星土星と重なるように並び『さよなら』と告げているようだった。

『大変な初日、お疲れ様』

 空からそのような言葉が降ってきたような、なんだかそんな気持ちにしてくれる。


 小さな小さなご褒美

 それでいて、広く素敵なご褒美

 どうも、ありがとう


(ふふ。なんてね)

 酔うとどうやら感受性も上がるらしい。

 そういえば、ここでも飲んでる間眠くならなかったなぁ。

 楽しいと思えることが、大事なのかな??

 今日という日は、きっと生涯忘れる事はないだろう。

 会社を出た時とは違い足取りは軽く、あたしは前を向いて歩けていた。



 話ながら歩くと駅まではあっという間だった。

「じゃ、また明日!!」

 波瑠と別れると、あたし達は別の路線へと向かう。


(そういえば、翔悟なにしてるかな??
⋯⋯あっ!!)

 あたしは、携帯電話の存在を思い出した。

 入社式前に電源を落としてからそのままだったのだ。

 ピローン

 電源を入れると、なんとも言えない甲高い音が鳴り携帯電話が光り始める。

「えっと⋯⋯  

宛先:      しょうご
———————————
差出人 咲希
———————————
件名:
———————————
ごめん!!電源入れ忘れてた(>人<;)  入社式は無事終わったよ。同期の人とご飯行ってて遅くなっちゃった♪♪今から帰るね!!
_______________________________________

 っと、こんな感じかな」

 私はすかさずメールを送信する。

 ピローン

 すると、すぐに携帯が鳴った。


「返信はやっ!!
______________________________________
宛先:      咲希
———————————
差出人 しょうご
———————————
件名:
———————————
お疲れ様!!
気をつけて帰んなよ~!!
寮に着いたらまたメールしてっ!!
それまで、なんとか起きてるわ!!(^^)
まぁ、寝てるかもしれんけど。
_____________________________________


ふぅ。やれやれ、寝てりゃいいのに」

 
 あたしは、微かに笑みを浮かべそう小声でぼやく。
 すると急に視界に影がかかった。

(えっ?)

 ふと顔を上げると、あたしの携帯を覗き込んでいる純奈さんがいた。

「ちょっと、な~に? 彼氏?? 
いいねぇ! 待ってくれてる人がいるって事は。私も探そっかなぁ~、せっかくこっち帰ってきたんだし。よ~~しっ!!明日の夜は合コンだ!合コン!!」

「はぁ??いやいや、その前に明日から工場で研修ですって!!」

 あたしの肩に腕を回し、酔っ払いながらそう意気込む純奈さんを横に再び帰路に就いた。
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