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第3章 寝るという行為=悪

人件費という重荷とルーティンの消失 ②

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〈それから6日が過ぎた 
    10月27日 AM10:23 〉


トゥルルルルルル

 監視室に内線の呼び出し音が鳴り響く。

「はいっ!成形課の若宮です」

 あたしは、正直内線を取るのが嫌いだ。

 ほとんど、他の課の課長クラスがかけてくる。

 言伝を頼まれるのだが、伝える相手が大概見つからない。

 係長やら主任やらリーダーやら。

 いつも肝心な時に、どこにいるのやら。

 ”あるある” と言ってしまえばそれまでなのだが⋯⋯

 だが、今回は課長は課長でも珍しく事務課長からだった。

 うちの工場では唯一の女性の課長であり、かなりのやり手という噂だ。

 役職会議の時等、常務、工場長、各課長やら自分以外全員男性の中でやっているのかと思うと、同じ女性として単純に尊敬する。

「あの~。すみません。現在、皆席を外しております」

「あ~、大丈夫!今日は、若宮さんあなたにお話があるので。今日、お昼食べたら少しお時間もらえる?」

「えっ?あたしですか?は⋯⋯はぁ」

「では、寮の応接室で少しお話ししましょう。12:30で大丈夫ですか?」

「は⋯⋯はい。わかりました。では、12:30に向かいます」

 電話はそこで終わった。

(えっ?なに?なんであたし?なんで呼び出しくらってんの?あたしなんかした?)

 どれだけ記憶を振り返っても思い当たるところがない。

 不安よりも、妙な胸騒ぎと怖さを感じた。


「特に問題ないか?」

 数分すると、秋吉さんが戻ってきた。

「いや、問題ありです⋯⋯」

「ん?なんかあったのか?不良か?トラブルか?」

 思わずタバコへの手を止める秋吉さん。

「いえ、そう言うのではなくて、たった今事務課長から内線あって⋯⋯呼び出されました」

「係長か?あの人また書類不備やらかしたか?」

「いやいや、あたしです!呼び出されたの!」

⋯⋯。

⋯⋯⋯⋯。

 なんとも言えない数秒の沈黙。

「⋯⋯若宮?なんで?」

「さぁ?⋯⋯あたしもさっぱり」

「事務課に呼ばれたんじゃなくて、課長に呼ばれたのか?」

「はい。昼12:30に寮の応接室に来て!と」

「はぁ?なんだそれ?何やらかした?」

「いや、だからなにもやってないですって!」

 秋吉さんは、改めて左手に持つタバコを咥えると、こちらにポンとタバコを投げる。

『まぁ、吸え!』
って、ことだろう。

「まぁ、いいや。何も思い当たるところないなら、せっかくだで堂々と会って話してこいや!けど、なんか気持ち悪いよな。他の課長が、他の課の⋯⋯ましてや末端社員をピンポイントで呼び出すとか。普通、ありえねぇんだけどなぁ。とりあえず、何時に話が終わるかわからんし、時間の調整はやっとくでこっちの事は気にすんな」

「⋯⋯ありがとうございます。それじゃあ、これ吸い終わったらお昼もらってきますね」



〈PM12:25   寮 応接室にて〉

(よしっ!まだ、5分前。大丈夫)

 あたしは、味わうこともなくささっと食べ終えた。
 一応これでも、「待たせてはいけない」という思いからだ。
 とは言え、本来ならば今はまだあたしの休憩時間。
 なぜそれを割かれなければいけないのか?

 モヤモヤしながらも仕方なく応接室へと向かうことにする。

(えっ?マジか?)

 既に事務課長は来ていた。

「あっ⋯⋯お待たせしてすみません」

「お昼休みの時間もらっちゃってごめんなさいね。それじゃあ、ちょっとそこ座って」

 と、対面のソファーへと促される。

 居心地が悪い。緊張からだろうか?

 普段から使用している部屋、座っているソファーのはずなのに全く別物のように感じられる。

「タバコは吸うんだっけ?まだ、本来休憩中なんだからどうぞ」

 課長にそう促されるあたし。

「いえ、大丈夫です。タバコは置いてきてしまったので」

 嘘だ。
 ばっちり右ポケットに入っている。

 これで、四角い膨らみをバレないようにしなければいけないと言うハードルが1つ上がってしまった。

「課長は、お吸いになられるならどうぞ」

「あぁ、私はタバコ吸わないので」


(はっ?いや⋯⋯それ先に言って~)


 とりあえず、地雷は踏まずに済んだみたいだ。

「それじゃあ、時間も無くなっちゃうから本題に入るわね」

「⋯⋯」

「あなた、寮で朝食頼んでますよね。それを、やめてもらえませんか?」

 まさかの問いに、少々面食らうあたし。

「はっ?えっ?どういうことですか?」

 全く意味がわからない。
 朝食を取るなと言っているのだろうか?

 課長は続ける。

「若宮さん、新入社員の貴方でも我が社の今の状況はなんとなくはわかりますよね?今現在、寮で朝食をとっているのはあなただけです。つまり、あなた1人だけのために人件費がかかっている状況です。会社としては、少しでも経費を抑えていきたい。言っている意味わかりますか?」

 言いたいことはわかる。
 だが、しかし⋯⋯

「おっしゃっている事はわかります。ただ、あたし、朝ごはん食べないと体が起きなくて調子悪くなっちゃうんです。寮は自炊禁止されてますし」

 遅刻しない為にも必要、ましてやおっちゃんとの時間を奪われたくない、などとは言う勇気はなかった。

「では、こうしましょう。工場内にパンの自販機を設置します。そちらでこれからは朝食を済ませてください」

 切り返しが早い。
 断られた際の代替案が既に用意されていたんだろう。

「えっ?パンですか?あの、あたしご飯が⋯⋯」

「協力してもらえると、会社としては助かるんだけど」

 目の奥が⋯⋯笑っていない。

「⋯⋯は⋯⋯はい」

 あたしに、選択肢があるわけがない。
 これが、圧力というものだろうか。

 今月末、つまりあと5日で突如朝食は打ち切りとなってしまった。


 ロッカールームにて、着替えを済ませ帰りの身支度をする。
 しかし、どうにも気が重い。
 結局、あれからずーっと、朝食の無くなった今後の生活のことを考えていた。

 他者からすれば、「そんな事?」と思う事だと思う。
 しかし、あたしにとっては死活問題だった。

「はぁ~。なんだかなぁ。大丈夫かなぁ」

 霞んだ夕焼け空を眺めながら、そんな事をぼやきつつ帰路に着く。

 徐々に守衛室が見えてくる頃、普段見かけない業者を見かけた。
 何やら、大きなものを運び込んでいるようだ。

「あの~、守衛さん。あの人達は?」

 なんだか気になったあたしは思わず確認していた。

「あ~、なんかパンの自販機を設置しに来たみたいよ」

(はぁ?えっ?もう?昼の夕方って⋯⋯ちょっと対応早過ぎない?)

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