銀の繭に眠る贄

猫森満月

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第5話:覚醒した人形と微かな熱

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 花房春臣は目を覚ました。おそらく一瞬意識を失っていたのだと思う。目覚めたとき、手首にはる白い糸の痕跡が残っていて、それは一瞬前の出来事が夢ではなく現実の出来事であったことを示していた。横たわる春臣の傍らには、透夜が静かに座っている。

 透夜の存在は、まるで月の光を凝固させたかのように、この部屋の空気を変えていた。青白い肌、銀色の髪、感情を映さない無色の瞳。全身に張り巡らされた糸の紋様は、その異形の美しさを一層際立たせ、春臣の魂を深奥から揺さぶった。彼は、蒼司の**「失われたものを取り戻す執念」**が生んだ、究極の芸術作品だった。

 蒼司は春臣の部屋には入らず、廊下の外から静かに告げた。 「彼には透夜の記憶がない。ただ、覚醒を助けた君に、本能的に執着する。彼の行動は予測不能だ。不用意に刺激するな」

 蒼司の厳しい警告は、春臣の理性を縛るが、透夜の純粋すぎる存在感は、春臣の心の奥深くに潜む孤独と渇望を刺激した。

「お兄様」

 透夜は、春臣が目覚めてから初めて、その白い指先で春臣の栗色の髪に触れた。その手は冷たいが、まるで絹糸のように滑らかだった。

「どこにも行かないで。ここに、いて」

 その声は無感情で、まるで再生されたレコードのようだが、春臣には、麗子から浴びせられた金銭や欲望の言葉とは対極にある、純粋な依存として響いた。孤独だった春臣にとって、これほどまでに無垢に自分だけを求める存在は、生まれて初めてだった。

 春臣は、蒼白な透夜の手を握り返した。

「ああ、僕はどこにも行かないよ」

 その日から、春臣と透夜の、奇妙な共同生活が始まった。

 透夜は、春臣の忠実すぎる影となった。

 春臣が工房で人形制作を始めると、透夜はすぐにその後ろに、背筋を伸ばして静かに座る。春臣が粘土を捏ねる音、筆で彩色する音、小さなハサミで布を切る音、その全てを、無色の瞳でじっと見つめ続ける。

 春臣が休憩で立ち上がると、透夜も反射的に立ち上がり、春臣の動きを追う。それはまるで、主人の一挙手一投足を学ぶ、従順な子犬のようだった。蒼司に「人形だ」と言われたが、その純粋な追従は、春臣の心に微かな温かさをもたらした。

「透夜、これが僕の最新作だよ。『星の王子』」

 春臣が、未完成の少年人形を透夜の目の前に差し出すと、透夜はその瞳を瞬かせた。人形の繊細な美しさには反応せず、透夜はただ、その人形に触れている春臣の長い指先に、じっと視線を集中させた。

 そして、その指先を、恐る恐る、自分の白い頬に当てた。

「……お兄様の手。温かい」

 彼の肌は冷たいままだが、春臣の指が触れた瞬間、そこに微かな熱が生まれるようだった。

 春臣は、彼の無垢な行動に、抗いがたい愛おしさを感じていた。麗子の支配とは違う。これは、春臣自身が選択できる、**「愛する喜び」**なのかもしれない。

 その夜、春臣が寝台に入ると、透夜は当たり前のようにその隣に潜り込んできた。

「お兄様」

 透夜は春臣の胸に顔を埋める。春臣は緊張したが、透夜の体温が異常に低いことを知ると、彼を抱きしめることをためらわなかった。

「寒くないかい?」

「お兄様がいるから、寒くない」

 透夜はそう囁き、春臣の首筋に顔を寄せた。その瞬間、透夜の口元から、微かに甘く粘着質な匂いがした。それは、春臣が初めて繭に触れたときに感じた、血液の匂いに似ていた。

 透夜はゆっくりと、春臣の首筋に唇を当てた。

 それは、まるで儀式のような、静かで、しかし確かな侵食の始まりだった。
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