銀の繭に眠る贄

猫森満月

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第6話:純粋な飢餓と白い侵食

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 春臣は身動ぎしなかった。透夜の冷たい唇が首筋に触れる感覚は、恐怖であると同時に、抗いがたい甘い恍惚を伴っていた。

 透夜は、まるで渇いた土が水を吸い上げるように、春臣の皮膚に吸い付いた。痛みはない。わずかに皮膚が引っ張られる感覚と、春臣自身の**「生」の温かさ**が、ゆっくりと透夜の中に流れ込んでいくような錯覚。

「もっと……」

 透夜は、無感情だった口調を初めて破り、純粋な飢餓に突き動かされた声で囁いた。彼の銀色の髪が春臣の首筋に触れ、冷たい体温が春臣の熱を奪っていく。

 その行為は、性的なものではない。それは、失われた生命を求めてやまない、不完全な再生体が、**「新しい命の依り代」**からエネルギーを吸収する、根源的な行為だった。

 春臣は透夜の銀色の頭を抱きしめた。彼はこの少年を拒絶できなかった。麗子の愛が汚らわしい欲望だったのに対し、透夜の渇望は、あまりにも無垢で純粋な「生存本能」だったからだ。春臣の愛は、既に師への敬愛から、この異形の少年への献身へと傾き始めていた。

「いいよ、透夜。全部あげる」

 春臣はそう囁き、自らの血と温かさを、この人形のような少年に捧げた。その夜、春臣の身体からは微かに力が抜けたが、心は満たされていた。それは、他者に必要とされることの喜びであり、麗子に奪われ続けた自己肯定感を、透夜が満たしてくれているようだった。

 翌朝。

 春臣が目覚めると、透夜は既に目を覚ましており、春臣の顔をじっと見つめていた。その無色の瞳には、僅かながら**「生気」**のようなものが宿り始めていたように、春臣には見えた。

「おはよう、お兄様」

「おはよう、透夜」

 春臣が微笑むと、透夜も微かに口角を上げた。その薄い唇の動きは、まるで初めて感情を覚えた人形のようで、春臣の胸を締め付けた。

 春臣は洗面台で顔を洗うため、鏡の前に立った。そこで、自身の身体に起こっている**「変化」**に気づく。

 右手の甲、そして首筋。昨夜の透夜の接触があった部分の皮膚に、ごく細い、乳白色の筋が浮き出ていた。それは、まるで皮膚の内側から、絹糸が編み込まれているような、奇妙で美しい紋様だった。

「これは……」

 春臣が恐る恐るその部分に触れると、そこは熱を持たず、しかし肌理細やかに、人形の陶器のような質感になっていた。

「蒼司様……」

 春臣は、蒼司に会って、この現象を尋ねねばならないと思った。この白い筋こそ、蒼司が言った**「人形になろうとしている」**という言葉の、具体的な現れではないか。

 朝食のため応接間に向かうと、蒼司が一人、静かに座っていた。蒼司は春臣の顔を見るなり、その鋭い切れ長の目を、彼の手首の白い痕跡に集中させた。

「見せろ」

 春臣は黙って袖を捲り、首筋の紋様も見せた。蒼司の顔に、明確な苦痛の色が浮かんだ。

「これは、侵食だ。『生糸の儀式』の副作用だ」

 蒼司は低く、抑揚のない声で告げた。

「透夜は、君の血と、君の**『生』の力を吸収し、不完全な再生体から『人間』へ近づこうとしている。その代償として、君の身体は、彼を構成する『糸』に引き寄せられ、変質している**」

 春臣は震えながら尋ねた。「僕は、どうなってしまうのですか」

「いずれ、全身が糸に覆われ、**『繭』になる。そして、透夜が完全に人となったとき、君の魂は、彼の中に融合するだろう。彼は『依り代』**となった君に執着するが、それは愛ではなく、依存だ」

 蒼司の言葉は、冷酷な真実だった。春臣は、自分が愛する存在のために、自らの生を削り、魂を捧げていることを知った。

 だが、その時、背後から透夜が静かに春臣の腰に抱きついた。

「お兄様」

 春臣の耳元で囁く透夜の声は、昨日までよりも、わずかに**「生きた人間」**の響きを帯びていた。

 春臣は、その言葉と体温に、微かな幸福を感じていた。麗子の支配下で生きた醜悪な現実よりも、透夜の純粋な依存の中で美しく変質していく自己の方が、春臣にとっては遥かに魅力的だった。

「春臣くん、まだ間に合う。彼を再び工房の繭に封じなければ、君の命が危ない」

 蒼司の言葉は正論だった。しかし、春臣は透夜の銀色の髪を撫で、静かに首を振った。

「もう少し、様子を見させてください。僕は、透夜から、麗子伯母さんから奪われたものを取り戻している気がするんです」

 蒼司は、諦めと悲哀の表情を浮かべ、深く沈黙した。春臣は、自らの意思で、禁忌の愛という名の「柔らかな鎖」を受け入れ始めていた。
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