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第7話:伯母の来訪と俗物の喧騒
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透夜との奇妙な共生が始まって数日が経った。春臣の肉体への侵食は緩やかだが確実に進み、彼の肌の数カ所に、白い絹糸のような紋様が広がっていた。しかし、その代償として、透夜は日に日に生気を取り戻し、その無垢な瞳に微かな人間味を宿し始めていた。
春臣は、蒼司の警告を無視し続けていた。透夜を抱きしめる夜は、孤独から解放される至福の瞬間であり、身体の変質は、彼が透夜の特別な存在であることの証のように感じられた。
そんな、静かで耽美な屋敷の均衡が、唐突に、そして暴力的に打ち破られた。
けたたましい車のエンジン音が、屋敷の静寂を切り裂いた。春臣は工房で彩色作業をしていたが、思わず筆を置いた。この音は、この屋敷に来るべきではない、俗悪な現実の喧騒だった。
「春臣! あんた、こんなところで何してるのよ!」
甲高く、品のない声が、玄関ホールから響き渡る。花房麗子が、タクシーで乗り付け、勝手に屋敷に入り込んできたのだ。
春臣は顔を歪ませた。蒼司の屋敷の清浄な空気は、麗子の存在によって一瞬で汚されたように感じられた。
「お兄様、誰?」
春臣の背後で、透夜が静かに立ち上がった。その無色の瞳は、初めて見る「外界の存在」に対して、何の興味も感情も示さない。
「来なくていい、透夜。危険だから」
春臣は透夜を静止させ、一人で応接間に向かった。しかし、透夜は春臣の制止を無視し、忠実な影のように春臣の後ろに付いてきた。
応接間には、派手なシャネルのロゴが目立つブランドバッグを抱えた麗子が、ソファに浅く腰掛けていた。厚化粧と若作りが痛々しい彼女の姿は、黒い着物で控える蒼司と、あまりにも対照的だった。
麗子は蒼司を見つけると、瞬時に敵意をむき出しにした。
「あんた、春臣に何させてるわけ? 芸術家気取りで、いいように使って。春臣はもっと稼げるのよ。商業ベースに乗せれば、年収一千万円は堅いって言ってんでしょう!」
麗子の声は、静かな屋敷に不協和音のように響く。蒼司は、眉一つ動かさず、静かに麗子を見下ろした。
「春臣くんは、金のために作品を作っているわけではない」
蒼司の低い声は、麗子の甲高さとは比べ物にならない、絶対的な冷たさを帯びていた。
「綺麗事! あんたみたいな金持ちには分からないでしょうけど、世の中金なのよ! 私が春臣を育てたんだから、その才能は私のものだわ!」
麗子の言葉には、春臣に対する歪んだ所有欲と金銭への執着が剥き出しになっていた。春臣は、その汚れた言葉を聞き、吐き気を覚えた。
「伯母さん、帰ってください。僕はここにいたいんです」
春臣は震えながら言った。その声は、微かだが、強い決意を秘めていた。
麗子は春臣の腕を掴み、彼を引っ張ろうとした。
「あんたは私が育てたのよ! 遺産だって、あんたのために使ったんだから! 恩を仇で返す気!?」
麗子の指が、春臣の手首の、白い糸の痕跡を隠した部分を強く締め付ける。春臣は痛みに顔を顰めた。
その瞬間、応接間の空気が、一瞬で凍りついた。
春臣の背後に立っていた透夜が、一歩前に出た。
無色透明の瞳が、初めて外界の存在――麗子に向けられた。その瞳には、麗子の派手な化粧も、ブランドバッグも、金銭への欲望も、何一つ映し出されていない。ただ、**春臣を苦しめている「ノイズ」**として認識しているだけだった。
「……誰?」
透夜は首を傾げ、まるで初めて見る虫を観察するかのように、感情なく麗子を見つめた。
麗子は本能的に恐怖を感じた。その少年の異様な美しさ、全身の糸の紋様、そして何よりも、その底知れない無感情な眼差しが、彼女の俗物を恐れさせた。
「な、何よこの子……気持ち悪い……」
麗子は悲鳴に近い声を上げた。透夜は、麗子の侮蔑的な言葉にも、何の反応も示さない。ただ、春臣の腕を掴む麗子の手を、静かに見つめた。
透夜が、春臣の腕から麗子の手を引き離すように、ゆっくりと一歩、麗子に近づいた。
「お兄様を、苦しめる人?」
その言葉は、まるで澄んだ氷塊のように冷たく、麗子の心臓を凍らせた。麗子は悲鳴を上げ、持っていたブランドバッグも放り出して、応接間から逃げ出した。
「や、やめて! 来るな!」
彼女はタクシーを呼び、振り返ることもなく、この狂気の美学の屋敷から逃げ去っていった。
春臣は、麗子が残していった俗悪な喧騒の後に、透夜を抱きしめた。
「ありがとう、透夜」
透夜は静かに春臣の胸に顔を埋めた。
「お兄様を傷つける人は、いらない」
その言葉は、春臣の心に、安堵と、そして微かな背徳的な喜びをもたらした。麗子の支配から、透夜という**「無垢な暴力」**によって、春臣は解放されたのだ。
春臣は、蒼司の警告を無視し続けていた。透夜を抱きしめる夜は、孤独から解放される至福の瞬間であり、身体の変質は、彼が透夜の特別な存在であることの証のように感じられた。
そんな、静かで耽美な屋敷の均衡が、唐突に、そして暴力的に打ち破られた。
けたたましい車のエンジン音が、屋敷の静寂を切り裂いた。春臣は工房で彩色作業をしていたが、思わず筆を置いた。この音は、この屋敷に来るべきではない、俗悪な現実の喧騒だった。
「春臣! あんた、こんなところで何してるのよ!」
甲高く、品のない声が、玄関ホールから響き渡る。花房麗子が、タクシーで乗り付け、勝手に屋敷に入り込んできたのだ。
春臣は顔を歪ませた。蒼司の屋敷の清浄な空気は、麗子の存在によって一瞬で汚されたように感じられた。
「お兄様、誰?」
春臣の背後で、透夜が静かに立ち上がった。その無色の瞳は、初めて見る「外界の存在」に対して、何の興味も感情も示さない。
「来なくていい、透夜。危険だから」
春臣は透夜を静止させ、一人で応接間に向かった。しかし、透夜は春臣の制止を無視し、忠実な影のように春臣の後ろに付いてきた。
応接間には、派手なシャネルのロゴが目立つブランドバッグを抱えた麗子が、ソファに浅く腰掛けていた。厚化粧と若作りが痛々しい彼女の姿は、黒い着物で控える蒼司と、あまりにも対照的だった。
麗子は蒼司を見つけると、瞬時に敵意をむき出しにした。
「あんた、春臣に何させてるわけ? 芸術家気取りで、いいように使って。春臣はもっと稼げるのよ。商業ベースに乗せれば、年収一千万円は堅いって言ってんでしょう!」
麗子の声は、静かな屋敷に不協和音のように響く。蒼司は、眉一つ動かさず、静かに麗子を見下ろした。
「春臣くんは、金のために作品を作っているわけではない」
蒼司の低い声は、麗子の甲高さとは比べ物にならない、絶対的な冷たさを帯びていた。
「綺麗事! あんたみたいな金持ちには分からないでしょうけど、世の中金なのよ! 私が春臣を育てたんだから、その才能は私のものだわ!」
麗子の言葉には、春臣に対する歪んだ所有欲と金銭への執着が剥き出しになっていた。春臣は、その汚れた言葉を聞き、吐き気を覚えた。
「伯母さん、帰ってください。僕はここにいたいんです」
春臣は震えながら言った。その声は、微かだが、強い決意を秘めていた。
麗子は春臣の腕を掴み、彼を引っ張ろうとした。
「あんたは私が育てたのよ! 遺産だって、あんたのために使ったんだから! 恩を仇で返す気!?」
麗子の指が、春臣の手首の、白い糸の痕跡を隠した部分を強く締め付ける。春臣は痛みに顔を顰めた。
その瞬間、応接間の空気が、一瞬で凍りついた。
春臣の背後に立っていた透夜が、一歩前に出た。
無色透明の瞳が、初めて外界の存在――麗子に向けられた。その瞳には、麗子の派手な化粧も、ブランドバッグも、金銭への欲望も、何一つ映し出されていない。ただ、**春臣を苦しめている「ノイズ」**として認識しているだけだった。
「……誰?」
透夜は首を傾げ、まるで初めて見る虫を観察するかのように、感情なく麗子を見つめた。
麗子は本能的に恐怖を感じた。その少年の異様な美しさ、全身の糸の紋様、そして何よりも、その底知れない無感情な眼差しが、彼女の俗物を恐れさせた。
「な、何よこの子……気持ち悪い……」
麗子は悲鳴に近い声を上げた。透夜は、麗子の侮蔑的な言葉にも、何の反応も示さない。ただ、春臣の腕を掴む麗子の手を、静かに見つめた。
透夜が、春臣の腕から麗子の手を引き離すように、ゆっくりと一歩、麗子に近づいた。
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その言葉は、まるで澄んだ氷塊のように冷たく、麗子の心臓を凍らせた。麗子は悲鳴を上げ、持っていたブランドバッグも放り出して、応接間から逃げ出した。
「や、やめて! 来るな!」
彼女はタクシーを呼び、振り返ることもなく、この狂気の美学の屋敷から逃げ去っていった。
春臣は、麗子が残していった俗悪な喧騒の後に、透夜を抱きしめた。
「ありがとう、透夜」
透夜は静かに春臣の胸に顔を埋めた。
「お兄様を傷つける人は、いらない」
その言葉は、春臣の心に、安堵と、そして微かな背徳的な喜びをもたらした。麗子の支配から、透夜という**「無垢な暴力」**によって、春臣は解放されたのだ。
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