銀の繭に眠る贄

猫森満月

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第10話:夜の儀式と甘い侵食

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 夜は、春臣と透夜にとって、もはや理性を手放すための儀式となっていた。

 寝台の上で、春臣は透夜の異常な体温に抱かれていた。透夜の白い指先は、春臣の顔の輪郭をなぞり、その中性的な美しさを測るように、何度も往復する。彼の無色の瞳に、春臣の顔だけが、崇拝の対象として映り込んでいた。

「お兄様、きれい」

 その囁きは、春臣が現実で渇望していた純粋な肯定だった。麗子の欲望に塗れた「きれい」とは違う。透夜の賛美は、春臣の変質していく肉体、人形へと近づく冷たい美に向けられた、偽りのない称賛だ。春臣は、自らが破滅へ向かっていることを知りながら、この甘い毒に抗えなかった。

「透夜、欲しいものは、全部……」

 春臣の言葉を待たず、透夜は飢えた子どものように、春臣の首筋に唇を寄せた。

 それは、昨夜よりも深く、貪欲な吸飲。春臣の肉体から、温かい生命の雫が、透夜という美しい器へと注ぎ込まれていく。春臣は、痛みの代わりに、全身を貫く戦慄的な官能に身を委ねた。魂を分け与えるこの行為こそが、春臣が麗子の世界から完全に逃れ、この屋敷の禁忌の愛の鎖に繋がれるための、至福の刻だった。

 透夜が顔を上げたとき、その無色の瞳の奥底に、人間の情動の光が、一瞬、揺らめいた。

「お兄様、大好き」

 春臣は、その言葉と、わずかに温かくなった透夜の身体に、深い満足を覚えた。彼の献身が、この人形に愛という感情を吹き込んでいる。

 だが、代償はあまりにも美しく、残酷だった。

 朝、鏡の前で春臣は息を呑んだ。彼の頬と顎のラインに、銀色の光沢を帯びた、極細の糸の筋が、以前よりも明確に浮かび上がっていた。それは、彼の人間的な温かさが削ぎ落とされ、永遠の美を纏う人形の質感へと変貌していく、動かぬ証拠だった。

 春臣の陶酔は深まった。「僕も、透夜と同じになっていく」。

 その日、蒼司は春臣を隣室に呼び出した。蒼司の眼差しは、鋭利な刃物のように春臣の顔の変質を捉えていた。

「君の侵食が、早すぎる。透夜の人間化を急がせているのは、君の献身と情愛だ」

 蒼司は古い禁書を広げた。その表情には、師としての憂慮ではなく、計画を狂わされた狂気の芸術家の焦燥が浮かんでいた。

「君の命を救うには、彼を再び封じるか、あるいは…新たな実験を試みるしかない」

 蒼司はゆっくりと顔を上げた。彼の黒い瞳が、春臣の瞳の奥底を覗き込む。

「透夜は君への依存を深めているが、それは愛ではない。脅威を排除する本能だ。あの俗物(麗子)を追い払ったように」

「この依存の鎖を断ち切るには、外部からの新たな**『生贄』**が必要だ」

 蒼司の言葉は、冷酷な策略だった。

「君への吸収を、外部の**『脅威』への『排除』**へと向けさせる。透夜の本能を、愛する者への執着から、**悪の排除という名の『殺人衝動』**へと逸らすのだ。その一瞬の隙に、私が君を糸の鎖から解放する」

 それは、麗子への憎悪を利用した蒼司の計画を、より冷徹な**「命を賭けた実験」**として繰り返すことを意味した。

 春臣は、身体を抱きしめる透夜の熱を思い出した。麗子のいなくなった現実よりも、透夜の隣で破滅に向かう今が、春臣にとっての唯一の真実だった。

「分かりました、蒼司様」春臣は静かに言った。「僕は、透夜との共生を選びます。それが実験の材料になるとしても、透夜を守るためなら、何でも」

 春臣の瞳には、愛する者への献身と、美しく消えゆくことを望む芸術家の狂気が宿っていた。全ては、透夜という名の、美しき禁忌を完成させるために。
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