銀の繭に眠る贄

猫森満月

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第11話:麗子の執念と裏切りの影

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 蒼司は自室に戻ると、早速、新たな「実験」のための準備を始めた。彼の目的は春臣を救うこと――そして、透夜という**「完璧な作品」を、春臣の生贄なしに完成させることだった。蒼司は春臣の才能を愛し、失うことを望んでいなかったが、彼の心の中には、透夜への執念と春臣への愛着**が複雑に絡み合い、すべてを実験の駒として扱う冷徹さが潜んでいた。

 蒼司がまず手をつけたのは、春臣が「病気療養中」として延期した個展のオファーだった。彼は、麗子という俗物を再び屋敷に引き寄せるための、餌を用意したのだ。

 一方、屋敷から逃げ帰った麗子は、怒りと屈辱で満たされていた。

 タクシーの車窓に映る自分の顔は、厚化粧の下で憎悪に歪んでいる。あの異様な屋敷、自分を見下した天才人形師、そして何よりも、春臣の隣にいた**「気持ち悪い」銀髪の少年**。

「許せない……あいつら、私を馬鹿にして……」

 麗子はバーで安酒を呷りながら、春臣が稼ぐはずだった年収一千万円の幻想を思い描いた。春臣の成功は、彼女が唯一手に入れられる金と支配力の源だった。それを、あの不気味な屋敷に奪われた。

「私が育てたのに! 私の春臣だわ!」

 歪んだ所有欲と、春臣の中性的な美貌に対する女としての欲望が、麗子の心を焼いた。特に、春臣を抱きしめていた透夜の姿が、彼女の嫉妬心を激しく刺激した。

 数日後、麗子のスマートフォンに、美術界の知人から一本の電話が入った。

『麗子さん、花房春臣くんの件で。彼の個展、急遽、蒼司さんのマネージメントで進められることになったらしいよ。しかも、かなり大規模に』

 その情報に、麗子の心臓は激しく高鳴った。

「蒼司が……マネージメント?」

『ああ。花房くんは病気で療養中らしいが、作品は天才的だ、と。蒼司さんが、彼の作品の価値を最大限に引き出すって。これで春臣くんの作品は、億単位になるかもしれない』

 億単位――その言葉は、麗子の理性を完全に吹き飛ばした。三千万円の遺産を使い込み、春臣を金蔓としか見ていなかった彼女にとって、その金額は、人生を逆転させる麻薬だった。

「私が育てた才能が、あいつの手に渡るなんて、絶対に許せない!」

 麗子は、春臣の才能と、その稼ぎを独占するためなら、手段を選ばないという狂気の執念を燃やし始めた。彼女の心の中で、屋敷への恐怖は、金と春臣への執着によって上書きされた。

「あの子を、取り戻す。あの屋敷を、潰すしかない」

 麗子は、春臣を取り戻す唯一の方法は、蒼司の屋敷という**「美の檻」**そのものを破壊することだと結論づけた。

 深夜、春臣の工房。

 春臣は、蒼司から受け取った新たな実験の計画について、透夜に話していた。透夜は春臣の膝に頭を乗せ、春臣の指が自分の銀色の髪を撫でる感触に、満足そうに目を閉じている。

「透夜、蒼司様はね、僕たちがずっと一緒にいられる方法を探しているんだ」

 春臣は、蒼司の「外部の脅威を利用する」という冷酷な策略を、**「僕たち二人を守るための、尊い計画」**として透夜に伝えた。

 透夜は、無感情ながらも、春臣の言葉を理解しようと、春臣の顔を見上げた。

「ずっと、一緒? お兄様、糸に、ならない?」

「ううん、僕は少し糸になるかもしれない。でも、君が人間になって、僕たちの愛が完成したら、僕たちは永遠に離れずにいられる」

 春臣の言葉は、自己犠牲を伴う甘い欺瞞だった。

 透夜は、春臣の首筋に顔を寄せた。

「誰か、来るの?」

 透夜の感覚は、人間離れしていた。麗子が屋敷へ向かっているという物理的な事実は、まだ起こっていないはずだが、透夜の**「排除の本能」は、既に春臣を奪おうとする「悪意の波動」**を察知し始めていた。

「さあ、どうだろうね」

 春臣は微笑んだ。その表情には、自らの運命を、透夜という美しき禁忌の完成のために捧げる、悲壮な決意が宿っていた。

 そして、遠く離れた街の片隅で、麗子は酒瓶の横に、灯油の入ったポリタンクと、古びたマッチを用意していた。彼女の瞳は、金と嫉妬の炎に燃え、復讐の実行に向けて、静かに狂気のスイッチが入った。
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