銀の繭に眠る贄

猫森満月

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第14話:血の清算と愛の鎖

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 麗子が息絶えた後、透夜は血にまみれた白い指先を、冷たい夜露に濡れた草で拭った。彼の表情は依然として無感情だが、その瞳の奥には、春臣を奪おうとする脅威を完全に排除したことへの、静かな満足が宿っていた。

 透夜は、ポリタンクから微かに漏れる灯油の匂いと、倒れたマッチの棒を無視し、春臣の寝室へと戻った。彼の行動原理はシンプルだ。春臣の安全が確保された。

 寝台に戻った透夜は、春臣の隣にそっと横たわった。春臣はまだ眠っていたが、彼の額には、冷や汗が滲んでいた。透夜は春臣を抱きしめ、自分の冷たい体温で春臣の熱を鎮めようとした。

「お兄様、もう大丈夫」

 透夜はそう囁いたが、春臣は、まるで悪夢の中にいるかのように、微かに身動ぎをした。春臣の潜在意識は、麗子の差し迫った悪意と、透夜による血の清算を、既に感じ取っていたのかもしれない。

 夜が明け始めた頃、春臣が目を覚ました。

「透夜、熱は下がったかい?」

 春臣は透夜の額に触れた。透夜の体温は正常に戻っていた。しかし、透夜の表情はいつもより穏やかで、春臣の顔を見つめる瞳には、昨日よりもさらに深い安堵と充足が満ちていた。

「うん。もう、嫌な匂いはしない」

 透夜は、春臣の首筋に顔を寄せ、その匂いを確かめるように深く息を吸い込んだ。

「誰も、お兄様を奪わない」

 春臣は、その言葉が麗子の**「排除」**を意味していることを、直感的に悟った。彼は心の中で戦慄したが、同時に、俗世との最後の繋がりが断ち切られたことへの、深い解放感も感じていた。

 彼は透夜の銀色の髪を撫で、無理に事実を問いただすことはしなかった。麗子の存在は、春臣にとっての精神的な癌であり、透夜はそれを、最も効率的かつ非情な方法で除去してくれたのだ。

 朝食のため応接間に向かうと、蒼司が待っていた。蒼司の顔には、計画が実行されたことへの冷徹な確認と、予想外の速さで事態が進展したことへの驚きが混ざっていた。

「麗子は?」春臣は静かに尋ねた。

 蒼司は、窓の外の庭に視線を向けた。

「昨夜、彼女は屋敷に忍び込んだ。工房に火を放つ、明白な悪意を持って」

 蒼司はそう言いながら、春臣の顔、特に白い糸の紋様が広がり始めた頬のラインを見つめた。

「そして、透夜が彼女を排除した。君への依存を、外部の脅威への攻撃本能へと逸らす、私の計画通りに」

 春臣は、透夜の手を握りしめた。透夜は何も言わず、春臣に寄り添う。

 蒼司は立ち上がり、静かに春臣の目の前まで歩み寄った。

「麗子の遺体は、既に発見された。警察は、彼女が酔って灯油を扱おうとし、誤って滑って頭を打った事故死として処理するだろう。屋敷の人間以外、彼女の真の目的を知る者はいない」

「彼女は、俗悪な現実から、禁忌の愛を守ろうとした透夜の、最初の生贄となった」

 春臣の脳裏に、麗子のヒステリックな絶叫と、透夜の無垢な殺意が交錯する。春臣は、自身の倫理観が破壊されていることを自覚していた。麗子の死に、悲しみは湧かなかった。あるのは、透夜という愛の鎖によって、完全に世界から隔絶されたことへの、背徳的な解放感だけだ。

「……そうですか」春臣は力なく答えた。「これで、僕たちは永遠に、邪魔されることはありませんね」

 春臣の言葉は、麗子の死を、二人の愛の成就のための、避けて通れない清算として受け入れていることを示していた。

 蒼司は、春臣のその狂気的な陶酔を目の当たりにし、深く沈黙した。彼は、春臣という優秀な弟子を救うためにこの計画を実行したが、春臣の魂が、既に透夜の糸の狂気に深く侵されていることを知った。

「春臣くん。これは終わりではない。彼女の死は、君の命を賭けた新たな段階への始まりだ」

 蒼司の鋭い視線が、透夜の無色の瞳に向けられた。

「透夜は今、君から得た生命力と、麗子の死から得た安定によって、急速に人間に近づいている。その代償として、君の身体への侵食も加速する。時間が、もうない」

 春臣は、自らの意思で、この破滅的な愛の鎖を、より強く締め付けたのだ。
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