銀の繭に眠る贄

猫森満月

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第15話:事故死の処理と静かなる告白

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 麗子の「事故死」は、蒼司の綿密な手配により、迅速に処理された。屋敷の周囲は森に囲まれ、外部からの目撃者もない。警察は現場の状況と麗子の飲酒の痕跡から、彼女の転落と不慮の死をあっさりと断定した。世間は、美術界の若手作家の伯母の悲劇的な死として、短期間でこの事件を忘れていくだろう。

 しかし、この屋敷の中には、血と糸で結ばれた秘密だけが残った。

 春臣の心には、麗子の死による罪悪感よりも、解放された魂の静かな高揚感が満ちていた。彼を支配しようとした俗悪な鎖は断ち切られ、彼は今、透夜という純粋な依存に全身を委ねることができた。

 その日の午後、春臣は、蒼司から個別に呼び出された。蒼司は、麗子の事件後、春臣から目を離さない透夜を遠ざけるため、**「透夜の人間化を促すための作業」**という名目で、彼を工房に閉じ込めていた。

 二人が対峙したのは、蒼司の書斎だった。壁一面を埋め尽くす禁断の書物と、古びた文献。

 蒼司は、春臣の目の前に、一冊の古い革表紙の日記を置いた。

「これは、君が知るべき真実だ。透夜の正体、そして私が君をここに連れてきた本当の理由」

 蒼司の鋭い目は、春臣の顔の、広がり始めた白い紋様から離れない。

「麗子の死は、君にとっての解放だった。だが、彼女の死が、透夜の人間化を急速に進めた。君の『依り代』としての役割が、最終段階に入ったのだ」

 春臣は、震える手で日記を開いた。そこに記されていたのは、蒼司と、若くして病で亡くなった恋人、透夜の物語だった。

【日記の抜粋】

「……透夜の死を受け入れられない。彼の魂の美しさは、この俗世に残らねばならない。私は、自らの術をもって、彼を**『永遠の形』**として再生させることを決意した。彼の遺体は、究極の絹糸を用いて繭に包み、私の血と、錬金術の秘儀をもって、新たな生を与える」

 春臣は、愕然とした。透夜は、人形ではなかった。蒼司の狂気の愛によって、死から引き戻された再生体だったのだ。

「……実験は成功した。繭は破れ、彼は生まれた。だが、彼の魂は、器として完璧すぎた。彼は、記憶を持たず、愛を知らない。ただ、生命力を求めてさまよう、未完成の美だ」

 春臣の指先が、日記の文字を追うにつれ、冷たくなっていく。

「彼の再生を完全に遂げるためには、「魂の錨(いかり)」、すなわち、彼の生前の姿に最も似ており、かつ純粋な生命力と献身的な愛を持つ、新たな**『依り代』**が必要だった」

 そして、日記の最終ページに、春臣の瞳を凍らせる一文が記されていた。

「今日、美術館で、運命の少年を見つけた。花房春臣。彼の美しさは、透夜の魂を宿すに足る。彼の血と献身をもって、私の透夜は完全となるだろう。彼は、私が求める**最高の『道具』**だ」

 春臣の手から日記が滑り落ちた。激しい衝撃が、彼の心を打ち砕いた。

「嘘だ……」

 麗子の支配から救ってくれた師の愛は、偽りだった。蒼司は、春臣を愛していたのではない。春臣の美しさと、その純粋な生命力を、**透夜を完成させるための「道具」**として利用していただけなのだ。

 蒼司は、春臣の絶望的な顔を見ても、表情を変えなかった。

「その通りだ。私は君を愛した。だが、私の愛は、透夜を完成させるための、手段に過ぎなかった。君の献身的な愛と、麗子という敵との対立によって、透夜の人間化は最終段階に入った」

「君の身体は、今や半分が糸だ。透夜が完全に人間になったとき、君の魂は彼の器に融合し、君の肉体は、美しい、空っぽの繭となる」

 春臣の身体は、怒りと悲しみで震えた。麗子の鎖から逃れたと思ったのに、さらに深く、師の狂気の愛という名の、絶対的な鎖に繋がれていたのだ。

「僕を、騙していたんですね……」

 春臣は、蒼司の美しく冷たい顔に、かつてないほどの憎悪を覚えた。

「私の目的は、透夜の完成だ。だが、君を完全に失うことも望まない。だから、急いで君の変質を食い止める手を打つ」

 春臣は立ち上がった。彼の視線は、憎悪と、裏切られた愛の絶望に満ちていた。

「遅いですよ、蒼司様。僕の魂はもう、あなたの透夜に、完全に奪われている」

 春臣は、この真実を知った今、蒼司の支配からも、透夜の依存からも、逃れられるのだろうか? 彼の運命は、既に、糸に編まれた破滅へと向かい始めていた。
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