上 下
4 / 39

《6/9》

しおりを挟む
《6/9》

病棟から厨房へ、食事済みの食器類を下膳する際、厨房職員1人で病棟へ行き、食器類が入った大きな配膳車を2台回収し、エレベーターを使って厨房へ戻す。
厨房のある地下のエレベーター前は通路が狭く、配膳車がギリギリ通る幅。病院側や面会者もエレベーターを使用するため、狭くても速やかに配膳車を下ろすよう心掛けていた。
そして、これは気配りであって、決まっているワケでは無いが、病棟へ1人下膳へ向かった場合、頃合いを見て厨房で1人待機中の同僚が、エレベーター前で待機して、配膳車を1台厨房へ移動してくれる。しかし、仕事が済んでいなかったり、配膳車が下りてきたことに気づかなかったり、人によっては元から協力する気など無かったりする。
今日の昼食下膳は私が当番。そして
今日の待機中の同僚はいつも洗浄か、または仕込み作業に集中している人なので、今日は1人でエレベーターから下ろす日と認識していたので、2台の配膳車の間に入って、1台目を押して下ろし、2台目を引いて下ろした。
そのまま2台まとめて広い通路まで移動させて、エレベーターは病棟の職員や面会者も使うので、すぐに[閉]ボタンを押した。それから、突き当たりの厨房まで真っ直ぐ伸びた通路を私は1人で2台まとめて移動させていると、今日は手が空いているらしく、突き当たりの配膳車を置く場所に上司Hが立って、顔だけ横へ向けて、洗い場で洗浄作業中の同僚と就業時間に世間話に花を咲かせていた。
厨房では、昼食のみ[残渣チェック]といって、患者がそれぞれどれだけ食事を残しているかを用紙に記入する仕事がある。上司Hがいる場合は上司Hが行い、いない時は私達部下が行う。
[残渣チェック表]を挟んだボードを大事そうに胸の前で抱えながら、2台の大きな配膳車を1人で運んでくる私に気づいたのか、こちらへ顔を向けたが、全く手を貸そうともせず、威圧的に立って待ち構えている。私は1台目の配膳車だけでも先に上司Hがいる付近へ移動させるために軽く押して手放し、次に2台目配膳車の後ろに回って、押して定位置へ移動させて、下膳を完了させた。
靴を履き変えて、手を洗っていると、残渣チェックを始めているはずの上司Hが私の背後までやって来ると、

「(配膳車は)基本押すんじゃなくて引く。」

と、わざわざ言いに来た。
(基本あなたは部下が行う労働に手を貸すんじゃなくて拒否る。)

「押すと、前に人がいたらぶつかって危ない。」

手を洗いながら、つい溜め息が出た。
(仕事上の注意か人間性を正しているのか知らないが、こんな注意を部下にするのがあなたの仕事なのね。なんとまぁ・・・しょーもない。)

「そうですか。分かりました。」


面倒なので、私はそれで済ませた。上司Hは気に入らなそうだったが、それ以上踏み込んでは来なかった。
(いや逆に凄いなぁ毎回毎回粗探し。噂によると、同僚にも同等の注意してるみたいだし。日々監視の目を光らせるのに、これだけ時間を費やせるんだから、他の施設に比べてここ
の管理栄養士はかなり暇そうだ。)


そして後日、同僚から[(私)さんが押した配膳車がぶつかった]と、上司Hが私以外の同僚達に言いふらしていると聞き、私は驚いた。
あの日、上司Hから注意は受けたが、そんな事一言も私に言ってこなかったからだ。
(軽く押しただけなのに?なぜ?)
100歩譲って、私が強く配膳車を押して上司Hにぶつかってしまったとしよう。
充分離れた場所から、上司Hはしっかりこちらへ顔を向けていた。五体満足の体で生んでもらって、手で防ぐことも、避けることもせず、あんなに目立つ大きな配膳車がぶつかってくるまで、ただその場でじっと立っていたというのか?うわ・・・それって当たり屋じゃないか。
もしくはわざわざ当たるために、手放された配膳車に向かって前進して、自分から当たりに行ったのかもしれない?・・・・それも当たり屋じゃないか。
それに上司Hのことだ。ほんの少し触れただけでも、[ぶつかった]と騒ぎかねない。
本当にぶつかったなら、直接私を怒って人格否定しないワケがない。

流石に腹が立って、教えてくれた同僚に事情を話すと納得してくれ、[あの人(上司H)、話盛るからね。]と言って信じてくれたので、私の腹の虫は少し治まった。

マジ、お祓い行こうかなぁ~。


※ちなみにそのまた後日、病棟へ昼食配膳に向かう時、同僚が1台配膳車をエレベーターへ移動した後を追うように、珍しく上司Hが2台目の配膳車を移動させていた。その時上司Hは、配膳車を押していた。

しおりを挟む

処理中です...