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第一章 バネッサ・リッシュモンは、婚約破棄に怒り怯える悪役令嬢である

第一話 悪役令嬢、婚約破棄はついに──??

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「おかしいのですの、夢からまだ覚められませんの」

 最愛の“悪役令嬢”が、縦巻きツインテールをふるるんとゆらして、首を傾ける。

「殿下が助けてくださるなんて……。夢でしかありえませんのに」

 その悲しげな声は、涙ぐんでさえいた。僕に抱き留められた幻覚を見ていると、勘違いしているらしい。

 階段から足を滑らせただけで、頭も打っていないのに!

 僕はもう、笑ってしまった。呆れとも安堵ともとれない、笑みだった。階段で口論キャッツファイトした不注意さを叱るべきなのに、婚約者きみの無事を祝ってしまう。


「ああ、死ぬ前に殿下に、想いを伝えておけばよかった……」

 陶器のような肌に、はらりと涙が伝う。
 ほんとうに、ほんっとうに、思い込みが激しい君。

「殿下の周りの女性を、追い払うなんてことよりも、」

 彼女は死んだと思っているのか、後悔を口にする。
 知っていたよ? 君が僕のこと大好きなことも。嫉妬に駆られた結果、悪役令嬢と呼ばれるようになったことも。

「夢でさえ、私を想ってくれるのかい……?」
 そう耳元で囁く。

 かわいい、バネッサ。僕のために選んだ、真っ赤なドレスがよく似合うよ。

「え……? …………え、……え?」

 僕が本物で、これが現実だと、彼女はゆっくり理解していくようだった。
 バネッサのまなじりがつり上がっていく。羞恥で顔を染め、逃げ出そうとした。

「だめだよ、バネッサ」

 握った彼女の腕を引き、踊り場まで連れ戻す。
 あわあわと言葉が出ないバネッサを、すっぽりと抱き締めた。失うかもしれなかった温もりを、ぎゅうと確かめる。

「言い逃げなんて、許さないから」

 もう逃がさない。二度と離さない。
 だって、僕たちは両思い、なのだから。

「ち、違うんですの……! だって、殿下は、あの令嬢がお好きなのでしょう!」

 バネッサが叫ぶ。ピンク色の髪が、拒むようにちらちら震えていた。

「わたしは邪魔なのだって、わきまえていますもの!」

 僕を見上げる瞳は、悔しそうに泣いていた。

「でもだって、誰を蹴落としてでも、どれだけみっともなく足掻いても、貴方の妻になりたい……!」

「わたしは、そういうおんな、なのですもの」

 今までのアプローチのなかで、一番深く心に届いた。僕のことを愛してくれていると日々痛感していたが、あまりにも熱烈な告白プロポーズに、発声がついていかない。

「………………バネッサ、よく、分かりました」
「わかって、頂けたの、ですね……」
「はい」

 だったら、今すぐ式を挙げましょう、と続けるはずだった。

「──婚約、破棄ですか」
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