ぽんこつ悪役令嬢な君が溺愛《す》き──腹黒殿下は愛が重いのに届かない──

久遠真己

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第一章 バネッサ・リッシュモンは、婚約破棄に怒り怯える悪役令嬢である

第二話 悪役令嬢は婚約破棄よりキスされる

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「は……? …………は、……は?」

 驚きすぎて、あまりにも低く、冷めた声が出る。
 優しく聡明な殿下として振る舞ってきたことも、忘れる有り様だった。

「分かってますもの。今までの婚約は家柄と、殿下の恩情で結ばれていたと」


 君が鼻をぐすんと鳴らす。まなじりを吊り上げようとして失敗した。わななく唇で弧を描く。浮かべたのは笑顔だ。諦めで感情を封じた表情で、儚げなのが珍しかった。

「……ゆめを、みせてくださり、ありがとうごさいました」

 僕の返事も待たずに、そう言い終える。

 ──ふざけないでくれ。

 完璧な殿下と謳われるまで努力してきたのも。無数のお誘いを断ってきたのも。
 全ては君と結ばれるため、なのに。

 どうやら僕は、感情が昂りすぎると言葉を失うらしかった。沸騰するほど頭はたぎっているのに、表情が動かない。

「そんなことを、本気で言っているのかい」
「……はい、」

 バネッサがしおらしい笑みを浮かべる。まったく似合わない表情で、僕の胸板を押し返した。


 彼女が、僕を、拒んだ。


「駄目だ、許さない」

 私が、君しか見えていないんだって、教え込んであげる。愛しい、愛しい私の初恋──!

「きゃ……っ、で、んっ、か……ッ」

 そうやって、キスをした。同意のない、乱暴な口付けだ。彼女の息を奪うように、長く。すがりつかせるために、深く。

 ああ、紳士としては、よろしくない。公衆の面前でやることでもない。
 今も肩で息をしてる彼女に謝るべきだと分かってる。
 だけれど、だって、僕にだって言い分はあった。

 彼女の嫉妬からくる束縛を許してきた。だって喜ばしかった。
 初めて出逢ったときから、恋をした。僕個人を見つけてくれた君が好きだから。誰より愛してるから。
 君も、好きだと言ってくれた。殿下と結婚するのだと意気込んでくれた。……僕しかいないと言ってくれた。

 なのに、今更身勝手すぎる。

「思い知らせてあげますよ、君のふるまいがどういう結果を呼んだのか」

 もう我慢しない。殿下の仮面も捨ててしまう。君がこれ以上、かわいい暴走をしないように。

「絶対に僕と結婚してもらいますから、バネッサ」

 どれだけ思い込みが激しかろうが、ぽんこつだろうが、君を愛しているんです。

 長年の想いを口にできた僕は、今までで一番、幸せな笑みを浮かべていたに違いない。



 さて、ここまで読んできた皆様、お分かりだろうか。実はこの殿下、婚約者に対して、「愛してる」とも、「好き」だとも、一回も言っていないのだ。
 心の中で愛を募らす腹黒殿下と、嫉妬でぽんこつになる悪役令嬢は、こうしてすれ違ってきたのであった。
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