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第一章 バネッサ・リッシュモンは、婚約破棄に怒り怯える悪役令嬢である
第三話 殿下、結婚を阻まれる――??
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「というわけで、結婚式の準備をしてくれないかい?」
朝一番の執務室で、従者に告げる。僕にとって、バネッサとの結婚は、どんなことよりも優先事項が高いからだ。
「…………殿下ってやっぱり、ばかなんすね」
しみじみとした声が返ってきた。信じられないものを見る目が向けられる。
「主を、唐突に罵倒しないでもらえる?」
「いや、唐突なのはアンタっすよ……」
従者は山のような書類を置く。机の上が塞がるが、ひとまず脇に寄せた。
「この仕事が重要なことはわかっているんだ」
「やってることと、言ってることが違うんだよなあーー」
大きくため息を吐かれた。
だが、一番の重大案件(バネッサとの結婚)を行わなければ、ほかのことに身が入らない。
考えを変えるつもりはないと、微笑んでみせる。
従者とは長年の付き合いだ。僕の愛も、意志の強さもよく知っていた。
「ああ、もう」
彼が長めの髪を掻き毟った。身だしなみには気をつかう方なのに、珍しい。
「分かってますよ。昨日の舞踏会で、殿下が積年のおもーーい初恋を暴露しちゃったの」
「……重い……?」
「え……?」
従者を観察していたら、いつの間にか話の方向が掴めなくなった。
「何の話をしている?」
「別に隠さなくても……後ろに控えてましたし。あのプロポーズ聞いてましたよ」
「ああ」
合点がいく。僕は、やれやれと首を振った。
「バネッサときたら、あんな熱烈なセリフを公衆の面前で発するなんて……」
「そっちじゃないっすし、被害者そっちのけで二人きりの世界になってた気が……」
「まったく、彼女の感情的な一面が少し心配だな。もっとも、僕は理性的すぎるきらいがあるから、バランスがとれているんですけれど」
「いきなりキスかました殿下が、理性的??!」
何故だか、従者がうろたえていた。子犬のように吠えているから、「落ち着いて」と声を掛ける。
「分かっている。バネッサの豊かな感性は尊重したいものの、妃になってもらうには少し自重してもらわないといけない。当然、バネッサ以外に、僕の妻になってもらう気はまったくないから、彼女がうまく出来ずとも構いませんし」
「あのー自重するべきなのは殿下っしょ? 未来の国王たる自覚があるんすか?」
「もちろん。僕は殿下として、国民のことを常に考えています」
まっすぐと彼を見据える。城壁の向こうに住む者達を思い出せば、背筋が伸びる思いがした。
「……それは、国王たるお父上に、胸を張って言えますか?」
ふいに、冷たい声がした。
え、と息が掠れる。
「お父上に結婚の意志を伝えて、反対されないとお思いで?」
「いったい、何を……」
胸の奥が詰まる。従者の言葉が、キリキリと心臓を締め付ける。
「いくら婚約者といえ、バネッサ様の行動は目に余るっすよ」
「ちまたじゃ、悪役令嬢なんて呼ばれてる彼女よりも、殿下には相応しい相手がいるんじゃないっすか?」
「…………その意見は、父上のもの、なのかい……?」
従者は答えずに、無表情を貫く。
それが答えのような気がして、僕は無理やり唾をのんだ。迷いを見せないように、拳を強く握る。
「殿下、として。僕は困民の幸福と国の発展を考えています」
何度も言ってきた。そのために努力してきた。この国を大事に思っている。その自信はある。
しかし、視線は下に下がっていってしまう。
「……ただ、僕個人は、バネッサを愛しているんです。彼女のこと、だけを」
自分から漏れた声が小さすぎた。それを隠すように、言葉が続いていく。
「バネッサが、今何を考えているのかが気になってしまう。彼女が寂しい思いをしていないか、ツライ目にあっていないかが心配でたまらない。幸福でいてほしい。……でも、あのバラのような微笑みは、僕だけに向けてほしい」
幼少からの付き合いであるから、従者には本心が言えた。
策謀渦巻く社交界で、弱みになるようなことはできない。殿下として生まれてきたからには、それをよく知っている。
そう――昨夜のバネッサの行動が、褒められたものではないなんて分かっている。
「けれど、」
説得しなければいけない。納得させないといけない。
ただ、バネッサにすごいと言われたくて、僕はここまで頑張ってこられたんだ。彼女なしで生きられない。
「僕は、……僕は」
思いが先行して、舌が絡む。なんと告げられるかが、恐ろしくてたまらなかった。
朝一番の執務室で、従者に告げる。僕にとって、バネッサとの結婚は、どんなことよりも優先事項が高いからだ。
「…………殿下ってやっぱり、ばかなんすね」
しみじみとした声が返ってきた。信じられないものを見る目が向けられる。
「主を、唐突に罵倒しないでもらえる?」
「いや、唐突なのはアンタっすよ……」
従者は山のような書類を置く。机の上が塞がるが、ひとまず脇に寄せた。
「この仕事が重要なことはわかっているんだ」
「やってることと、言ってることが違うんだよなあーー」
大きくため息を吐かれた。
だが、一番の重大案件(バネッサとの結婚)を行わなければ、ほかのことに身が入らない。
考えを変えるつもりはないと、微笑んでみせる。
従者とは長年の付き合いだ。僕の愛も、意志の強さもよく知っていた。
「ああ、もう」
彼が長めの髪を掻き毟った。身だしなみには気をつかう方なのに、珍しい。
「分かってますよ。昨日の舞踏会で、殿下が積年のおもーーい初恋を暴露しちゃったの」
「……重い……?」
「え……?」
従者を観察していたら、いつの間にか話の方向が掴めなくなった。
「何の話をしている?」
「別に隠さなくても……後ろに控えてましたし。あのプロポーズ聞いてましたよ」
「ああ」
合点がいく。僕は、やれやれと首を振った。
「バネッサときたら、あんな熱烈なセリフを公衆の面前で発するなんて……」
「そっちじゃないっすし、被害者そっちのけで二人きりの世界になってた気が……」
「まったく、彼女の感情的な一面が少し心配だな。もっとも、僕は理性的すぎるきらいがあるから、バランスがとれているんですけれど」
「いきなりキスかました殿下が、理性的??!」
何故だか、従者がうろたえていた。子犬のように吠えているから、「落ち着いて」と声を掛ける。
「分かっている。バネッサの豊かな感性は尊重したいものの、妃になってもらうには少し自重してもらわないといけない。当然、バネッサ以外に、僕の妻になってもらう気はまったくないから、彼女がうまく出来ずとも構いませんし」
「あのー自重するべきなのは殿下っしょ? 未来の国王たる自覚があるんすか?」
「もちろん。僕は殿下として、国民のことを常に考えています」
まっすぐと彼を見据える。城壁の向こうに住む者達を思い出せば、背筋が伸びる思いがした。
「……それは、国王たるお父上に、胸を張って言えますか?」
ふいに、冷たい声がした。
え、と息が掠れる。
「お父上に結婚の意志を伝えて、反対されないとお思いで?」
「いったい、何を……」
胸の奥が詰まる。従者の言葉が、キリキリと心臓を締め付ける。
「いくら婚約者といえ、バネッサ様の行動は目に余るっすよ」
「ちまたじゃ、悪役令嬢なんて呼ばれてる彼女よりも、殿下には相応しい相手がいるんじゃないっすか?」
「…………その意見は、父上のもの、なのかい……?」
従者は答えずに、無表情を貫く。
それが答えのような気がして、僕は無理やり唾をのんだ。迷いを見せないように、拳を強く握る。
「殿下、として。僕は困民の幸福と国の発展を考えています」
何度も言ってきた。そのために努力してきた。この国を大事に思っている。その自信はある。
しかし、視線は下に下がっていってしまう。
「……ただ、僕個人は、バネッサを愛しているんです。彼女のこと、だけを」
自分から漏れた声が小さすぎた。それを隠すように、言葉が続いていく。
「バネッサが、今何を考えているのかが気になってしまう。彼女が寂しい思いをしていないか、ツライ目にあっていないかが心配でたまらない。幸福でいてほしい。……でも、あのバラのような微笑みは、僕だけに向けてほしい」
幼少からの付き合いであるから、従者には本心が言えた。
策謀渦巻く社交界で、弱みになるようなことはできない。殿下として生まれてきたからには、それをよく知っている。
そう――昨夜のバネッサの行動が、褒められたものではないなんて分かっている。
「けれど、」
説得しなければいけない。納得させないといけない。
ただ、バネッサにすごいと言われたくて、僕はここまで頑張ってこられたんだ。彼女なしで生きられない。
「僕は、……僕は」
思いが先行して、舌が絡む。なんと告げられるかが、恐ろしくてたまらなかった。
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