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第一章 バネッサ・リッシュモンは、婚約破棄に怒り怯える悪役令嬢である
第六話 悪役令嬢は謹慎に嘆き悲しむ
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「もう……っ、婚約破棄されてしまいますのぉ……!」
縦巻きロールを枕に沈めて、バネッサが嘆く。
「だめですの、だめですの……、そんなのイヤなのです……っ」
その嘆きは、彼女の部屋中に響く。公爵家の令嬢の寝室は、上質で高価な家具が置かれていた。
「私、なんとしてでも殿下と結婚するんです」
柔らかなベッドをポコポコ殴る。
もっとも部屋の主は、値段など気にするわけもない。彼女は、悪役令嬢なのだから。
「ユーリ・ヴェイル……! 男爵家の分際で、エドワード様に色目を使うなんて、許せません……!」
ぽすぽすと音がなるものの、彼女の姿に迫力はない。それは、普段は立派な縦巻きロールに、巻きが足りないせいだろう。後れ毛がちらちらとそっぽむいている。長く謹慎をしていれば、縦巻きロールも萎むのだ。
荒れるバネッサに、声を掛ける者がいた。
「……お嬢様、」
ベッドの脇で、影のように佇むメイドである。
「何です……?」
バネッサは手を止め、視線をそちらに向けた。
何かいい案があるのかと思ったのだ。
しかし、メイドは無感情な目で答える。
「埃が立ちますので、お止め頂けますか。掃除が必要になりますので、仕事が増えます」
「おおばかものーーーー! ここは、私を慰める場面でしょう?!」
バネッサは、つい、手元にあった枕を投げる。
メイドは慌てるそぶりもない。避ける動作すらせず、言葉を重ねた。
「そうは言われましても」
枕は、ぺしゃっと絨毯の上に落ちる。メイドのいる位置に届きもしなかった。
「ほら、お嬢様。物を投げないで頂けますか? 拾うのはメイドの仕事になるのですから」
非力なバネッサが投げたところで当たるわけがない。長年仕えてきたメイドは、経験則で知っていた。
「あなた! あなたの主がこんなに悲しんでいるのよ? やるべきことがあると思うのだけど」
「二週間も、同じことを聞いていましたら、その気もなくなってしまいますね」
メイドは胸元から時計を取り出す。
「正確には、謹慎から二週間と十四時間、二十三分ですが」
「そんな細かいことは聞いていませんのー!」
「お嬢様が、『婚約破棄されてしまいますのぉ……!』と仰ったのは、百四十二回目です」
表情のないメイドが、バネッサの口調を真似る。
からかわれた彼女は、ますます顔をピンクに染めた。
「そ、そんなに言ってませんもの!」
「お嬢様の謹慎にお付き合いしているものですから、退屈で……退屈で。お嬢様の口癖を数えることぐらいしか楽しみがないのですよ」
「私で遊ばないでくださいませ!」
バネッサは頬を丸く膨らませる。癇癪を起こさないように、メイドが手渡した枕を抱き潰すした。
「お嬢様だって、退屈なさっているのです。私の気持ちはお分かりでしょう」
「だって………………。殿下が、会いに来てくださらない……か
ら……」
ひっそりと、子どもじみたか細さで呟く。
バネッサは恋する乙女だから、愛する彼に会えない日々が辛いのだ。
「謹慎というのは、そういうものでしょう。反省するための期間なのですから。あの殿下が、足をお運びになるはずもありません」
国中から、完全無欠と謳われるのがエドワード殿下だ。
不祥事を起こした令嬢を優遇するはずもない、とメイドは思った。
「真面目で、みなに平等な殿下……、それはとても素敵です」
幼少のみぎりから。バネッサは、そんな殿下が大好きだ。世界で一番、大、大、大好きなのだ。それは変わらない。
彼女は「でも、」と続けた。
「私だけは特別であってほしいのです」
バネッサは憂う息を漏らした。
「私が、殿下だけを愛しているように」
彼女は、殿下の唯一になりたい。自分が想い焦がれるほど、──嫉妬に狂うほど、愛されたい。
バネッサは窓の外、城の方角を眺めた。監視をつけた彼女の目には、執務中の殿下が見えるのだろう。
しかし、
「お嘆きになる前に、お嬢様」
ピシャリと声が浴びせられる。
「殿下への謝罪のお手紙は書き終わりましたか?」
バネッサは、ぎくりと表情を固めた。
縦巻きロールを枕に沈めて、バネッサが嘆く。
「だめですの、だめですの……、そんなのイヤなのです……っ」
その嘆きは、彼女の部屋中に響く。公爵家の令嬢の寝室は、上質で高価な家具が置かれていた。
「私、なんとしてでも殿下と結婚するんです」
柔らかなベッドをポコポコ殴る。
もっとも部屋の主は、値段など気にするわけもない。彼女は、悪役令嬢なのだから。
「ユーリ・ヴェイル……! 男爵家の分際で、エドワード様に色目を使うなんて、許せません……!」
ぽすぽすと音がなるものの、彼女の姿に迫力はない。それは、普段は立派な縦巻きロールに、巻きが足りないせいだろう。後れ毛がちらちらとそっぽむいている。長く謹慎をしていれば、縦巻きロールも萎むのだ。
荒れるバネッサに、声を掛ける者がいた。
「……お嬢様、」
ベッドの脇で、影のように佇むメイドである。
「何です……?」
バネッサは手を止め、視線をそちらに向けた。
何かいい案があるのかと思ったのだ。
しかし、メイドは無感情な目で答える。
「埃が立ちますので、お止め頂けますか。掃除が必要になりますので、仕事が増えます」
「おおばかものーーーー! ここは、私を慰める場面でしょう?!」
バネッサは、つい、手元にあった枕を投げる。
メイドは慌てるそぶりもない。避ける動作すらせず、言葉を重ねた。
「そうは言われましても」
枕は、ぺしゃっと絨毯の上に落ちる。メイドのいる位置に届きもしなかった。
「ほら、お嬢様。物を投げないで頂けますか? 拾うのはメイドの仕事になるのですから」
非力なバネッサが投げたところで当たるわけがない。長年仕えてきたメイドは、経験則で知っていた。
「あなた! あなたの主がこんなに悲しんでいるのよ? やるべきことがあると思うのだけど」
「二週間も、同じことを聞いていましたら、その気もなくなってしまいますね」
メイドは胸元から時計を取り出す。
「正確には、謹慎から二週間と十四時間、二十三分ですが」
「そんな細かいことは聞いていませんのー!」
「お嬢様が、『婚約破棄されてしまいますのぉ……!』と仰ったのは、百四十二回目です」
表情のないメイドが、バネッサの口調を真似る。
からかわれた彼女は、ますます顔をピンクに染めた。
「そ、そんなに言ってませんもの!」
「お嬢様の謹慎にお付き合いしているものですから、退屈で……退屈で。お嬢様の口癖を数えることぐらいしか楽しみがないのですよ」
「私で遊ばないでくださいませ!」
バネッサは頬を丸く膨らませる。癇癪を起こさないように、メイドが手渡した枕を抱き潰すした。
「お嬢様だって、退屈なさっているのです。私の気持ちはお分かりでしょう」
「だって………………。殿下が、会いに来てくださらない……か
ら……」
ひっそりと、子どもじみたか細さで呟く。
バネッサは恋する乙女だから、愛する彼に会えない日々が辛いのだ。
「謹慎というのは、そういうものでしょう。反省するための期間なのですから。あの殿下が、足をお運びになるはずもありません」
国中から、完全無欠と謳われるのがエドワード殿下だ。
不祥事を起こした令嬢を優遇するはずもない、とメイドは思った。
「真面目で、みなに平等な殿下……、それはとても素敵です」
幼少のみぎりから。バネッサは、そんな殿下が大好きだ。世界で一番、大、大、大好きなのだ。それは変わらない。
彼女は「でも、」と続けた。
「私だけは特別であってほしいのです」
バネッサは憂う息を漏らした。
「私が、殿下だけを愛しているように」
彼女は、殿下の唯一になりたい。自分が想い焦がれるほど、──嫉妬に狂うほど、愛されたい。
バネッサは窓の外、城の方角を眺めた。監視をつけた彼女の目には、執務中の殿下が見えるのだろう。
しかし、
「お嘆きになる前に、お嬢様」
ピシャリと声が浴びせられる。
「殿下への謝罪のお手紙は書き終わりましたか?」
バネッサは、ぎくりと表情を固めた。
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