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第一章 バネッサ・リッシュモンは、婚約破棄に怒り怯える悪役令嬢である

第八話 悪役令嬢は殿下に恋い焦がれる

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 メイドは形ばかりに、窘める。

「こうやって謹慎にならない程度の“イタズラ“でしたら、文句はなかったのですよ」

「う……」
 図星をつかれて、バネッサは胸を押さえた。

「ですが、こう表沙汰になってしまえば、お父様からお叱りを受けるのも当然です」

「バレないようにするべきでしたの……」

 まったく反省する気がない主と、反省させる気がない従者である。

 今まで、バネッサが止まらなかったのも当然であった。

「いいではありませんか。殿下に怒られていれば、もっとしおれていらしたでしょう?」

 問いかけられると、彼女はベッドでパタパタと転がった。
「お怒りのお言葉でもいいから、頂きたいのです……一目でいいので、お顔を拝見したい……」
 片頬をシーツに当て、切なげに言う。

「さっきは怖いなどと、仰っていたのに……。どちらが本心ですか」

 バネッサは、人差し指をメイドに向ける。

「どっちも、本心ですの! まったくあなたは乙女心というものが分かっていませんのよ」

 ぷりぷりと効果音をつけながら、不遜に文句を付けた。寝転がったままなのに、偉そうだ。

「もう乙女という年ではありませんから」
「そういうことじゃありませんの!」

「一介のメイドとしては、乙女心をご教授してもらうことよりも、早くお手紙を受け取りたいのですが?」

「むーきー!」

 バネッサがベッドの上で立ち上がった。メイドを見下ろしながら、縦巻きロールを逆立たせる。

「嫌ですの!! わたくし! 絶対書きませんの!」

 豊かな胸の前で腕を組んだ。寝具の上とは思えぬ迫力で、言い募る。

「だって、私、悪くありませんもの。殿下が誤解させるようなことをするのがいけないんです」

「ヴェイル家の令嬢で、二人でお話していたとか」

 メイドは舞踏会での出来事を振り返る。

 催しも終わりにさしかかった頃、殿下とヴェイルが密談をしていたらしい。その光景を、運悪くバネッサが目撃してしまったのだ。

「そうですのよ! わたしがおりましたのに! 今思い出しても、むかつきますのよ!!」

 目が三角になり、彼女はその場で地団駄を踏む。子鬼の形相だった。やっていることは五歳児と変わらないのだが、権力者がやると怖い。

「殿下がそのことを謝るまで、私謝りませんの」
 つーんと顎を持ち上げ、彼女は自分のことを棚上げする。

 バネッサが真に謝るべきは、突き飛ばしかけたヴェイルであって、殿下ではないのだが、頭からすっぽ抜けている。

 まあ、バネッサとしては、公爵家がすでに示談金で解決しているから問題点なし! ということなのだろう。

「殿下に嫌われてしまっても知りませんよ、お嬢様」

「う゛……っ、うぅ……」

 傲慢に振る舞っていた彼女が呻く。それは避けたいのだが、プライドと嫉妬が邪魔をするのだ。

「まあ、大丈夫でしょう」

 あっさりと言われたから、バネッサは肩透かしにあう。まだお説教されると思っていたからだ。

「そ、そう??」

 ええ、とメイドは世間話の気軽さで続けた。

「殿下から、ファーストキスを与えられたと伺っておりますから」
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