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第一章 バネッサ・リッシュモンは、婚約破棄に怒り怯える悪役令嬢である
第二十三話 従者、殿下を説得する
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「あの件とは、結婚式のことですよね」
「そうです。話が通じてよかったです。賢い部分がまだ生きててよかったっす」
「幼少期から大概でしたが、この数日に至って、君の態度は筆舌に尽くしがたいですよね?」
「アホな恋愛脳が落ち着いたら、ちゃーんと殿下に怒られますよ」
二人とも、バネッサには聞こえないように背を向けながら、突き合う。
主と主従にしては親しみがある掛け合いだ。
「ぼくはいつだって落ち着いています」
「またまたー、今の殿下は恋の病に犯されてます、ガチで」
明るい声色とは対照的に、顔は無表情で怖い。
「そ、それは………君がそこまで言うなら………そうなんですかね………」
信任のおける相手がここまで言うと、殿下でもさすがに弱々しくなってくるようだ。
「ですが、バネッサが笑っているので………もっと喜ばせてあげたくて………」
結婚式を持ちかけたら喜ぶと思う辺り、自信に満ちあふれている。
しおらしい態度と両立させているので、従者は感心しそうになった。
「喜ばせたい気持ちは分かります。好きな人には笑っててほしいですよね~」
「ですよね………!」
殿下が力強く同意した。珍しい、語尾が強かった。
「ですけど……その正論は後にしましょうね」
バッサリ切り捨てる、情がない従者である。
「殿下の申し出は、サイアク、好意の押しつけになります。一国の王位継承者が結婚式を迫れば、家の未来を左右する脅迫ですからね」
「脅迫だなんて………そんな………」
「もっと早くに突っ込んでおくべきだったんすけど、ちょっとオレが殿下に甘いせいで言い送れましたがー、」
実はこの従者も、主に甘い。ヴェイル家への訪問にも付き添って、よしよししてあげるぐらいには敬愛している。
なのだが、なのだが。
十数年の主従関係でも、現実を突き付けなければならないときがあるのだ。
従者は、今までずっと胸に隠していたことをようやく口にした。
「結婚式って、二人で作り上げるものじゃありません?」
それを聞いた殿下の顔といったら、もう、表現できなかった。
二人で作り上げる、の部分で表情が抜け落ちる。虚無と絶望をかき混ぜて、愛で満ちあふれた桃色を無彩色に塗り替えたようだった。
悪いことしたかも、と従者が不憫に感じたぐらいである。
――舞い上がらせておいて、叩き落としちゃって、ごめんなさい。
胸の中では両手を会わせて謝罪しているが、攻め時は逃さないのが優秀な僕である。
「………、ね? 殿下、今回はバネッサの笑顔が見えたから、それでいいじゃないですか」
肩を抱いて、殿下に猫撫で声を出した。
「結婚式なんて重要なことは、場を切り替えてからでもいいっすよね………?」
唇をわななかせることさえ、今の主はできないのだ。
だから優しい声色を取り繕いつづけた。
「これ以上、バネッサ様に負荷をかけるのはやめましょ」
「婚約者の体調とか外聞とかも気遣えない男とか、まじないっすよ」
その一言で、殿下は戦意を喪失して、ぐったりと壁にもたれかかってしまった。
「そうです。話が通じてよかったです。賢い部分がまだ生きててよかったっす」
「幼少期から大概でしたが、この数日に至って、君の態度は筆舌に尽くしがたいですよね?」
「アホな恋愛脳が落ち着いたら、ちゃーんと殿下に怒られますよ」
二人とも、バネッサには聞こえないように背を向けながら、突き合う。
主と主従にしては親しみがある掛け合いだ。
「ぼくはいつだって落ち着いています」
「またまたー、今の殿下は恋の病に犯されてます、ガチで」
明るい声色とは対照的に、顔は無表情で怖い。
「そ、それは………君がそこまで言うなら………そうなんですかね………」
信任のおける相手がここまで言うと、殿下でもさすがに弱々しくなってくるようだ。
「ですが、バネッサが笑っているので………もっと喜ばせてあげたくて………」
結婚式を持ちかけたら喜ぶと思う辺り、自信に満ちあふれている。
しおらしい態度と両立させているので、従者は感心しそうになった。
「喜ばせたい気持ちは分かります。好きな人には笑っててほしいですよね~」
「ですよね………!」
殿下が力強く同意した。珍しい、語尾が強かった。
「ですけど……その正論は後にしましょうね」
バッサリ切り捨てる、情がない従者である。
「殿下の申し出は、サイアク、好意の押しつけになります。一国の王位継承者が結婚式を迫れば、家の未来を左右する脅迫ですからね」
「脅迫だなんて………そんな………」
「もっと早くに突っ込んでおくべきだったんすけど、ちょっとオレが殿下に甘いせいで言い送れましたがー、」
実はこの従者も、主に甘い。ヴェイル家への訪問にも付き添って、よしよししてあげるぐらいには敬愛している。
なのだが、なのだが。
十数年の主従関係でも、現実を突き付けなければならないときがあるのだ。
従者は、今までずっと胸に隠していたことをようやく口にした。
「結婚式って、二人で作り上げるものじゃありません?」
それを聞いた殿下の顔といったら、もう、表現できなかった。
二人で作り上げる、の部分で表情が抜け落ちる。虚無と絶望をかき混ぜて、愛で満ちあふれた桃色を無彩色に塗り替えたようだった。
悪いことしたかも、と従者が不憫に感じたぐらいである。
――舞い上がらせておいて、叩き落としちゃって、ごめんなさい。
胸の中では両手を会わせて謝罪しているが、攻め時は逃さないのが優秀な僕である。
「………、ね? 殿下、今回はバネッサの笑顔が見えたから、それでいいじゃないですか」
肩を抱いて、殿下に猫撫で声を出した。
「結婚式なんて重要なことは、場を切り替えてからでもいいっすよね………?」
唇をわななかせることさえ、今の主はできないのだ。
だから優しい声色を取り繕いつづけた。
「これ以上、バネッサ様に負荷をかけるのはやめましょ」
「婚約者の体調とか外聞とかも気遣えない男とか、まじないっすよ」
その一言で、殿下は戦意を喪失して、ぐったりと壁にもたれかかってしまった。
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