28 / 28
第一章 バネッサ・リッシュモンは、婚約破棄に怒り怯える悪役令嬢である
第二十八話 悪役令嬢、反省する
しおりを挟む
王家の紋章がついた馬車が、遠く離れていく。
バネッサはその後ろ姿をいつまでも見つめていた。
左手で二の腕を握り、こらえるようにしている。
「お見送り、よく頑張りましたね」
彼女の肩にショールを掛けながら、メイドは励ます。
「必ずや、殿下もバネッサ様と同じ気持ちですよ。お嬢様と別れることが寂しいはずです」
「……分かっていますもの、殿下はお優しいですから」
殿下の一言のあと、バネッサはうなだれたまま、ろくに会話ができなかった。
「……わたくし、殿下にあんな表情をさせてしまいましたわ」
愛しい人に何かを伝えることができなかったのだ。
「お前も見たでしょう? 気持ちを押し殺したような、あの切なげなご尊顔を……」
「……ええ、確かに拝見しましたが……」
――あれはお嬢様と離れるのが苦しいだけだと思いますよ。
メイドは殿下の思いを正確に読み取っていた。
読み取ってはいたが、主がどんな突飛な思考に至ったか知りたくて、口を噤む。
「わたくしのせいです。わたくしが嫉妬に駆られて、愚かな振る舞いをしなければ、殿下を悲しませることはありませんでした」
バネッサは恋する悪役令嬢だ。
悪役を心変わりさせるのは、いつだって愛しい男への愛である。
甘やかされて育った彼女は、ようやく自分のしでかした事の重大さを受け止めたのだ。
「それは……そうですね…………」
風向きが変わったのを感じ、メイドはひとまず頷く。
「わたくし、殿下をこれ以上悲しませたくありません」
痛切な反省の色を瞳に宿して、バネッサを断言した。
「それは立派な心掛けですが……過ぎたことを悔いるだけでは生産性がありませんし……」
急な指針変更に、メイドが慌てる。
何だかんだと傲慢な令嬢を愛でてきたマリーだ。極端な行動で主が自分を傷付けてほしくない。
「この目でエドワード様を見て、自分の罪深さを知ったのです。よくわかりました」
「ですが、……切り替えていくことも重要ですよ……?」
メイドはなだめすかそうとするが、決意を固めた公爵令嬢には無駄だ。
「だから……ちゃんと反省します。殿下の婚約者として、相応しくなりたいのです」
その宣言を聞いて、マリーははっと目を開いた。
一筋の風が吹いていった気さえする。
「嫉妬や怒りやそんな感情に振り回されるのではなく、優しく愛を伝えられるように変わりたい……!」
自ら選択をしたバネッサは、その瞳に力を込め、胸を張り、縦巻きロールを震わせた。
「だから、手を貸してなさい、マリー」
高らかに命ずる彼女は、公爵令嬢らしい気高さと、恋する乙女のいじらしさに満ちている。
決意に紅潮する頬が、丸みを帯びて愛らしい。
つんと持ち上げた顎が、彼女の気の強さを表していた。
自然と膝をつき、マリーは恭しく答える。
「仰せのままに、お嬢様」
これが、誰もが見惚れる悪役令嬢の完全復活であったのだ。
バネッサはその後ろ姿をいつまでも見つめていた。
左手で二の腕を握り、こらえるようにしている。
「お見送り、よく頑張りましたね」
彼女の肩にショールを掛けながら、メイドは励ます。
「必ずや、殿下もバネッサ様と同じ気持ちですよ。お嬢様と別れることが寂しいはずです」
「……分かっていますもの、殿下はお優しいですから」
殿下の一言のあと、バネッサはうなだれたまま、ろくに会話ができなかった。
「……わたくし、殿下にあんな表情をさせてしまいましたわ」
愛しい人に何かを伝えることができなかったのだ。
「お前も見たでしょう? 気持ちを押し殺したような、あの切なげなご尊顔を……」
「……ええ、確かに拝見しましたが……」
――あれはお嬢様と離れるのが苦しいだけだと思いますよ。
メイドは殿下の思いを正確に読み取っていた。
読み取ってはいたが、主がどんな突飛な思考に至ったか知りたくて、口を噤む。
「わたくしのせいです。わたくしが嫉妬に駆られて、愚かな振る舞いをしなければ、殿下を悲しませることはありませんでした」
バネッサは恋する悪役令嬢だ。
悪役を心変わりさせるのは、いつだって愛しい男への愛である。
甘やかされて育った彼女は、ようやく自分のしでかした事の重大さを受け止めたのだ。
「それは……そうですね…………」
風向きが変わったのを感じ、メイドはひとまず頷く。
「わたくし、殿下をこれ以上悲しませたくありません」
痛切な反省の色を瞳に宿して、バネッサを断言した。
「それは立派な心掛けですが……過ぎたことを悔いるだけでは生産性がありませんし……」
急な指針変更に、メイドが慌てる。
何だかんだと傲慢な令嬢を愛でてきたマリーだ。極端な行動で主が自分を傷付けてほしくない。
「この目でエドワード様を見て、自分の罪深さを知ったのです。よくわかりました」
「ですが、……切り替えていくことも重要ですよ……?」
メイドはなだめすかそうとするが、決意を固めた公爵令嬢には無駄だ。
「だから……ちゃんと反省します。殿下の婚約者として、相応しくなりたいのです」
その宣言を聞いて、マリーははっと目を開いた。
一筋の風が吹いていった気さえする。
「嫉妬や怒りやそんな感情に振り回されるのではなく、優しく愛を伝えられるように変わりたい……!」
自ら選択をしたバネッサは、その瞳に力を込め、胸を張り、縦巻きロールを震わせた。
「だから、手を貸してなさい、マリー」
高らかに命ずる彼女は、公爵令嬢らしい気高さと、恋する乙女のいじらしさに満ちている。
決意に紅潮する頬が、丸みを帯びて愛らしい。
つんと持ち上げた顎が、彼女の気の強さを表していた。
自然と膝をつき、マリーは恭しく答える。
「仰せのままに、お嬢様」
これが、誰もが見惚れる悪役令嬢の完全復活であったのだ。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
80
この作品の感想を投稿する
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる