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第一章 バネッサ・リッシュモンは、婚約破棄に怒り怯える悪役令嬢である

第二十八話 悪役令嬢、反省する

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 王家の紋章がついた馬車が、遠く離れていく。

 バネッサはその後ろ姿をいつまでも見つめていた。

 左手で二の腕を握り、こらえるようにしている。


「お見送り、よく頑張りましたね」


 彼女の肩にショールを掛けながら、メイドは励ます。


「必ずや、殿下もバネッサ様と同じ気持ちですよ。お嬢様と別れることが寂しいはずです」

「……分かっていますもの、殿下はお優しいですから」


 殿下の一言のあと、バネッサはうなだれたまま、ろくに会話ができなかった。


「……わたくし、殿下にあんな表情をさせてしまいましたわ」


 愛しい人に何かを伝えることができなかったのだ。


「お前も見たでしょう? 気持ちを押し殺したような、あの切なげなご尊顔を……」

「……ええ、確かに拝見しましたが……」


 ――あれはお嬢様と離れるのが苦しいだけだと思いますよ。

 
 メイドは殿下の思いを正確に読み取っていた。

 読み取ってはいたが、主がどんな突飛な思考に至ったか知りたくて、口を噤む。


「わたくしのせいです。わたくしが嫉妬に駆られて、愚かな振る舞いをしなければ、殿下を悲しませることはありませんでした」


 バネッサは恋する悪役令嬢だ。

 悪役を心変わりさせるのは、いつだって愛しい男への愛である。

 甘やかされて育った彼女は、ようやく自分のしでかした事の重大さを受け止めたのだ。


「それは……そうですね…………」


 風向きが変わったのを感じ、メイドはひとまず頷く。


「わたくし、殿下をこれ以上悲しませたくありません」


 痛切な反省の色を瞳に宿して、バネッサを断言した。


「それは立派な心掛けですが……過ぎたことを悔いるだけでは生産性がありませんし……」


 急な指針変更に、メイドが慌てる。

 何だかんだと傲慢な令嬢を愛でてきたマリーだ。極端な行動で主が自分を傷付けてほしくない。


「この目でエドワード様を見て、自分の罪深さを知ったのです。よくわかりました」


「ですが、……切り替えていくことも重要ですよ……?」


 メイドはなだめすかそうとするが、決意を固めた公爵令嬢には無駄だ。


「だから……ちゃんと反省します。殿下の婚約者として、相応しくなりたいのです」


 その宣言を聞いて、マリーははっと目を開いた。

 一筋の風が吹いていった気さえする。


「嫉妬や怒りやそんな感情に振り回されるのではなく、優しく愛を伝えられるように変わりたい……!」


 自ら選択をしたバネッサは、その瞳に力を込め、胸を張り、縦巻きロールを震わせた。


「だから、手を貸してなさい、マリー」


 高らかに命ずる彼女は、公爵令嬢らしい気高さと、恋する乙女のいじらしさに満ちている。

 決意に紅潮する頬が、丸みを帯びて愛らしい。

 つんと持ち上げた顎が、彼女の気の強さを表していた。

 自然と膝をつき、マリーは恭しく答える。


「仰せのままに、お嬢様」


 これが、誰もが見惚れる悪役令嬢の完全復活であったのだ。




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