ぽんこつ悪役令嬢な君が溺愛《す》き──腹黒殿下は愛が重いのに届かない──

久遠真己

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第一章 バネッサ・リッシュモンは、婚約破棄に怒り怯える悪役令嬢である

第二十七話 殿下、城に帰る

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 部屋には、ずん…………と落ち込む男女が存在していた。

 殿下は「思いやりが足りない…………思いやりが……」と独りごちていたし、公爵令嬢は「引かれしまう……引かれてしまう……」と繰り返していた。

 二人とも愛を確かめあったというのに、対面する前より落ち込んでいた。

 彼らを俯瞰して見る従者達は、視線を合わせる。


 ――へこませすぎちゃいましたかね?

 ――やむを得ない処置です。


 高貴な者に仕えると、目だけでの会話も可能だ。


 ――ひとまず、そちらの殿下を連れて帰って頂けますか?

 ――承知しました。バネッサ様のフォローはお願いしますー!

 ――メンタルケアはお互い様でしょう。


 手を固く握り合いそうなほど、マリー達は以心伝心していた。

 愛が重い主を持つ共通点が、この従者達を急速に結びつけている。

 バネッサ達も、これぐらい意思疎通がスムーズなら、ややこしいことにはならなかっただろう。

 従者達は、主にコミュニケーションのコツを教えたほうがいい。
 

 湿っぽい空気が、部屋に蔓延する。

 特に殿下なんて、壁にめり込みそうなレベルで暗雲をまとっていた。

 いつもは冷然と形容できるほど、感情を見せない人だ。

 これでは落差に目が当てられない。

 従者はそんな主を見ていたくない。
 下としては、上にはいつもカッコよくいてほしいのだ。


「はいはい、殿下。元気出してくださいよー」


 パンパンと手を叩いて、場の空気を切り替える。

 エドワードは視線だけを気だるけに声の方に向けた。


「バネッサ様に見られますよ」


 瞬時、殿下が襟を正す。さっと服の皺と背筋を伸ばした。

 瞬きのあと見えたのは、しゃんとした殿下の立ち姿である。

 三百六十度どこから眺めても、絵本の王子様のように完璧であった。


「どうかしました?」

「この人、単純~~」


 何かありましたか? って顔を向けてくる。

 なので、従者はこの場で地団駄を踏みたくなった。


「もういいです、いいです。ほら、帰りましょ?」

「………………はい、…………名残惜しい、ですが」


 エドワードはソファの上の花をチラチラ見る。

 「う、う」と肩を震わせる彼女に、ふらりと近寄って、近寄って、……立ち止まってしまう。

 伸ばしかけた手が下がる。
 指先がわずかに震えていたのと知るのは、従者とメイドだけだ。

 エドワードが息を吸う。空気を揺らさないぐらい、静かに吐いた。


「バネッサ」


 縦巻きロールが怯えたように振動した。


「突然、来訪してしまいすみませんでした」


 油が切れたブリキ人形みたいに、彼女が振り返る。
 
 エドワードは切なげに微笑んだ。


「……また、逢いに来ますね」


 その一言で、二人の密会は終幕したのである。

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