上 下
9 / 15
第2章 大聖女は愛憎をまだ知らない

第7話 大聖女は反省する

しおりを挟む
「あーーー、あーーー、あーーーー」


 代わり映えのしない天井を眺めて思う。
 いい加減、ここから脱出しなきゃな。


 私はそう決めて、むくりと身体を起こした。
 ふかふかのヘッドボードに背中を預けて、この数日間を振り返る。
  

 この部屋に閉じ込められてから、一週間は経っていた。私の片足には変わらず鎖が結ばれている。外そうと一日を費やしたけど、無理だった。壊せないし、ベッドごと引きずっていくこともできない。


 魔力封じさえなければ、身体強化で鎖を引きちぎる事もできたけど…………今できる方法は、足を切り落とすしかなさそうだった。


「さすがに切るのはまずいよね……刃物ないし、ま魔王討伐が大変になっちゃう」


 声に出しながら、現状を確認する。
 こうすると、理解が速まるらしい。


「……私だってさあ、ただゴロゴロしてたわけじゃないんだよ」


 使命が滞っていることに罪悪感はある。
 だから、できることはやったのだ。


 窓まで鎖が届くかを調べたり(届かなかった)、体力を落とさないように鍛錬したり(はかどった)、出されたご飯をいっぱい食べた(美味しかった)。


 …………脱出にはあんまり役に立たなかったけど、努力することが大事!


 うんうん、と頷く。それから、少しだけ項垂れた。膝に顔を埋める。髪がカーテンのようになって、視界が暗くなった。


「やっぱり、明るく過ごしすぎたかな……」


 こんな監禁生活が長く続くと思わなかったから、いつも通りでいたのに。



 大聖女がいなくなったら、聖騎士団が探してくれると思っていた。


「うぅ…………ウィリー」


 聖騎士の可愛い弟分ウィリアムを呼ぶけど、普段と違って、ひょっこり現れてはくれなかった。


 一緒に魔王討伐に向かうはずだったから、あの子が私を置いていくとは思えないんだけど……。


 うん、と大きく頷く。遠くにある部屋の隅をぼんやり眺めた。


 私は宰相を見くびっていた。
 あの腹黒は、なにか、こう、うまいことやってるのだ。たぶん。


 血迷ってしまった哀れな子羊、つまりセオドアが謝ってくるのを待っていたけれど、その展開はなさそうだ。


 そもそも、あれから部屋にすら来なくなったねど!!


 苛立ちで、シーツをバンバン叩く。


 やっぱり、私のことを愛しているなんて言ったのはウソだったんだ。
 好きな相手を放っておくわけないもん。愛する相手とは、死がふたりを分かつまで共にあるって契約するんだから。


 時間が経つにつれて、政治的策略である気しかしてこなくなった。それか、あれがハニートラップというやつで、私を堕落させようとしているんだ。


 だってあいつは、フランクラウン王国の宰相だし、性格悪いし、私には冷たいし。…………多分冷たいし、監禁初日のセオドアがおかしかっただけ。


 私は、大聖女ルチアは、多くの人から好意の言葉を向けられてきた。それは敬愛だったり、下心があったりだったけど、みんな大事にしてくれた。大聖女を嫌っている人は少なかった。


 まして直接「憎んでいる」と言ってきたのは、セオドアだけだ。


 だから、私は宰相の「愛しています」よりも「憎んでいる」の方が信用できた。
 その理由は、わからないけど。


 セオドアは、大聖女ルチアが嫌いらしい。でも、私を愛しているらしい。


 愛しているのに、憎んでるなんて有り得るの? 
 いったい、何が目的で、私を監禁したの?
 魔王討伐の邪魔をするのは、どうしてなの?


 わからない、わからない、わからない。わたしは大聖女ルチアなのにわからない。
 だめなのに、神の、教皇様の号令を遂行しないといけないのに、なやんでいる、ひまは――。


 ぐちゃぐちゃになっていく思考を断ち切るように、ノックが三回。


 そして、中からは開かない扉が開く。
 セオドアが来たのかと、私の顔が自然と上がっていた。
しおりを挟む

処理中です...