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第9話「異世界に勝利を!」

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「あ、あいつは一体何者なんだ?! 発泡岩は武器でなければ壊すことすら難しい特殊岩! なのにそれをスキルなしでただの素手と体当たりで壊しているだとぉ?!」

 遥か後方でなおもスキル発動によって発泡岩を壊しながら追っているサイ獣人のその声を遠巻きに、オレはドンドン加速による体当たりのみで目の前の発泡スチロールの塊を壊しながら、ついに残り100mとなる最後の難関へと到達した。

『おおっと! ここでついに人族代表選手、残り100mの最後の難関へと到達しましたー!』

『いやー、これは意外な展開ですね。かつて人族がこれほど奮闘したことがあったでしょうか。しかもただの一人でここまで走りきるなんて、彼の体力は龍族や鬼族よりも上ではないでしょうか?』

 そんな解説と実況の声の他に、周囲からはオレの奮闘に対し多くの人族のエールの声が聞こえていた。

「見ろよ! やっぱあの兄ちゃんタダ者じゃなかったぜー!」

「当たり前だろう! あの兄ちゃんは5キロある荷物を片手で持ってた剛力無双なんだぜ!」

「いけー! 兄ちゃん! 今こそオレ達人族の雪辱を果たしてくれー!!」

「天士様ー! 頑張ってくださいー!」

 それはあの時、街で初めて会い荷物を運んだ男性二人であり、その隣にはひったくりから荷物を奪われた女性の姿もあった。
 オレはそんな彼らのエールを背に最後の難関である山の上り道、自然の段差とでも言うべき山道を登っていく。

『どうやら天士選手、山道に入り始めたようです』

『相手選手はまだもう少し後方のようですね。このままなら天士選手の勝利は確定ですが……おや、ちょっと待ってください。少し天士選手の様子が変ですね?』

 その解説の言葉通り、オレの姿を魔法で捉えたのか遥か上空に映像として映し出されるが、そのペースが先程までよりも落ちていることに皆が気がついた。

『どうやら多少のペースダウンのようです。まあ、傾斜のある山道ですからね。しかも足元もデコボコとしていて走るのには不向きでしょうし、さすがの彼も今までのようにはいかないのでしょう』

 その解説の言う通り、山を登り始めて少ししてオレのペースは若干落ちた。
 それは解説の言うとおりであり、登りともなれば平坦な道よりも遥かにペースは落ちる。だがそれ以上に――

「体力が底をつき始めた……だろう?」

 不意に聞こえたその声にオレは思わず後ろを振り返る。
 そこにいたのは先程のサイの姿ではなく全く別の選手、狼の姿をした獣人族の姿があった。

「褒めてやるぜ、人族。まさかここまでぶっちぎりで先頭を走るなんてな。だが、この最後の関門だけはそうは行かねーぜ」

 見るとこれまでかなり離していたはずの距離がドンドンと縮まり、遥か後方にいたはずの相手選手の姿がオレの後ろ数メートルの距離まで縮まっていく。

『こ、これは! どうしたことだ! 獣人選手と天士選手の距離がドンドン縮まっていくぞー!』

 そのまさかの事態に実況だけでなく、観客の全員までもが動揺に満ちた声を上げる。
 その中で実況の隣にいた解説が何かに気づいたかのように説明を行う。

『なるほど。あれはどうやら獣人選手のスキル『適者生存』のようですね』

 『適者生存』。どうやらこれまでとは異なるスキル名のようだが、そう思っていると後ろまで迫っていた狼の獣人が得意げに喋りだす。

「そういうことだ。こいつは特殊なスキルでな、その環境に応じたブーストを全能力値にかけるのよ。つまりこの場合は登山に最も適した能力値補正が俺様に自動でかかる!」

 その獣人の言うとおり、彼の脚力は平坦な道よりも山道を上るために必要な膝の力が大きく入っているのが見えた。

『しかし、それだけであの天士選手との距離をここまで縮めることが可能なのでしょうか? グレイさん』

『いや、そうではない。あれはどうやら原因は天士選手の方にあるようだ』

 その解説の台詞に会場中の全員がオレの姿に注目し、そこに先程までなかったある変化が訪れているのを明確に確認する。

「はぁはぁ……はぁ……」

『おおっと! これはどうしたことだ! 天士選手さきほどから肩が激しく動いて呼吸も荒いぞー!』

『汗もこれまでと比べてかなりかいていますね。やはりこれは……』

「体力の限界、だろう? 人間よ」

 見ると、いつの間にかオレの真横にぴったりと付いていた獣人がその確信をついた。

「だが褒めておいてやるぜ。500mもの長距離を俺達獣人族を相手に一人でここまで独走できたのはお前が初めてだからな。だが、最後がこんな傾斜だったとは予想できなかったみたいだな。平坦なままならあるいは最後までお前の体力も持っただろうが、残念だったな!」

 そう言って狼獣人はそこから一気に加速をかけてオレを突き放しにかかる。
 先程までの展開がまったくの真逆となり、周囲の歓声が一気に絶望に変わるのが感じられた。

『な、なんとー! まさかのここで天士選手がついに体力切れを起こした模様ですー!』

『これは非常に残念な展開ですね……彼ほどの選手もやはり山を最後まで登りきるのは難しかったということでしょうか』

 解説も実況も、オレのこれまでの快進撃を見て感心していたのだろう、そこからのコメントには遺憾な想いが集っているのが分かる。
 そして、それは周りの応援してくれている皆も同じであり周囲からは悲嘆に暮れる声が聞こえ、やがてオレが装着したリングから聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「おい! 天士聞こえているか?! もういい! あとはオレに任せろ! 早く交代しろ! 今ならオレでもなんとか逆転してみせるから!」

 それはあのリーシャの声であり、そこから聞こえた声には先日のどこか余裕ぶった感情はなく、焦っているような声が聞こえてくる。

「おい! 聞こえねーのか! それとも耳も聞こえないほど限界なのか?! ならもういい! やめろ! 棄権しろ! これ以上オレ達の都合にお前の体を酷使する必要なんてねーんだよ! 聞こえてんのか! 天士!!」

「はーはっはっはっ! 残念だったな! これで人族の領土は最後の一片まで俺ら獣人族のものだ! 決着はついたなぁ!!」

 そう言ってオレの先を走る獣人族が残り10mのポイントを切った瞬間――オレはまっすぐ前を見据えてその獣人へ向け宣言した。

「ああ、そうだな。これで決着だ」

 その次の瞬間、オレと獣人族との距離がドンドンと縮まっていく。
 獣人族の足が残り9mと届いた瞬間にはオレとの距離は数メートルに。
 残り8mとなった時にはわずか2mに。
 そして7mとなった時には、ついにその隣へとぴったりと付く形で追いついた。

「な、な、なにいいいいいいいいいいい?!!」

 そのオレの土壇場での逆転劇に相手選手のみならず会場中の全てが呆気に取られ息を飲んでいた。

『こ、これはどうしたことでしょうか?! 天士選手が一気に相手選手に追いつきました?!』

「て、てめえ! なにをしやがった! 『加速』か?! スキルを使いやがったのか?!」

「いいや、スキルなんて使ってないぜ」

 隣に悠然と並んだオレに慌てるように問いかける獣人だが、オレはそれに対しアッサリと答えた。

「さらに言うならオレは別に加速もなにもしていない。ただこれまでのペースのままお前に追いついただけだよ」

「な、なに……?!」

 オレのその言葉に信じられないと言った表情を浮かべ、その獣人はまさかというその可能性に気づいた。

「ま、まさか、お前が速くなったんじゃなく……」

「そう、お前が勝手にペースダウンしただけだ。いや――“先に体力が尽きた”と言っておこうか」

 オレのその指摘に獣人は己の現状にようやく気づく。その顔はすでに汗まみれであり、呼吸も全然整っておらず体もすでにフララフの状態であることに。

「さっきお前はオレのことを体力が尽きたと言っていたがそれは違うぜ。山登りではひとつのルールがある。それが全力で走ってはいけない、だ」

 そう、山登りでは決してやってはいけない行為がある。
 それが序盤で全速力で走ること。
 なぜなら山登りでの体力消費は平坦な道でのそれとは比べ物にならないほど激しいからだ。
 わずか数秒の全速力で、残りすべて走れないほどに急激に体力を消費するほど山登りの体力消費は恐ろしい。

 ゆえにたとえいつもの平均以下になろうとも、山道では全力はおろかいつもの平均速度よりも抑えめに走ること。

 この獣人はそれを見誤り、最初に一気に突き放して残りをわずかな体力でギリギリゴールしようと思ったのだろうが、それが間違いなのだ。
 ギリギリではなく、むしろ余裕を持って体力を温存すること。
 それが結果として山道でのタイムを縮めるのだ。
 それは毎日帰り道、山道を駆け上っているオレが証明していることだから。

「じゃあ……まさか、この山に入ってわざとペースを大げさに落としたのも……」

「そちらがチャンスと思って全力を出してくれれば絶対にゴール手前でバテるのが見えていたからな」

「……限界と思わせておいて……本当に限界を迎えていたのは、俺のほう、だったと……いう、のか……っ!」

 その言葉通り、ついに限界を迎えた獣人族はその場に倒れるように跪き、残り2mとなったそこでオレは残る最後の体力をすべて消費させるように一気に駆け上がり、そしてついにゴールとなる頂上へと躍り出た。

『ゴ―――――ル!! 決まりましたー!! 第十七回リッグ大陸領土試合! その勝者は人族代表天士選手ー!! これにより人族王国ルグレシアの初勝利となり遂に長かった領土奪還グレイオン鉱山が人族の領地へと戻ることが決定いたしましたー!!』

「わあああああああああああああああああ!!!!」

 割れんばかりの歓声、そして賞賛と絶賛の嵐があちらこちらから舞い上がる。
 頂上につき、さすがに疲れた体をその場でゆっくりと休めていたところ、そこへミーティア王女があの可憐なドレスが土に汚れるのをお構いなしに、リーシャを引き連れてこちらに必死に近づいてくる姿が見えた。

「天士様―――ふぎゅっ」

「王女様?!」

 だがその手前で、前の時のように足元を躓き転びそうになった王女様の体を咄嗟に支える。
 オレの腕の中で抱き抱えられたことに気づいた王女様はすぐさま頬を赤く染めるが、なぜか離れようとはせずその口からは思わぬ言葉が飛び出した。

「王女様……なんて呼ばないでください」

「え?」

「天士様は今や私たち人族の救世主です。そんな方に様付なんてされるわけにはいきません……どうか私のことはミーティアと呼びください!」

 そう言って赤い頬のまま上目遣いでこちらを見る王女様にオレは思わず答える。

「ええ、分かりました。じゃあ、これからはミーティアって呼ばせていただきますね」

 そんなオレの返答に先ほどの勝利の祝い以上の笑顔を見せ、汗だくのオレの体に構わず抱きつく。

「ちょ、ミーティア! 今は走り込んだばかりで汗だくだから、抱きつくと汗がついて気持ち悪いよ?!」

「構いません! むしろ天士様の汗の臭いならいくらでも! くんかくんか」

 そんなことを言いながら全力でオレに抱きついて匂いを嗅いでくるミーティアにどうしていいやら困惑していまう。
 そんなオレと王女様とのやり取りを呆れながら見ていたリーシャも笑顔を浮かべ、オレはここに人族への初めての栄光ある勝利を与えられることとなった。

 そして、それはオレがこれからこの世界で行う偉業のほんの始まりに過ぎなかったことをまだ知らなかった。
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