命の対価

桜庭 葉菜

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契約の代償 1

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「おかえり~」

「ただいま」

 母さんが迎えてくれ、俺はそれに応える。

 父さんも帰ってきていて、ご飯の準備ももう終わっている。

 階段を上って自分の部屋に行き、荷物を片付ける。

 それが終わったらすぐに下に降りて夕飯を食べる。

 何も変わらない、いつも通り。

 でも、本当ならここに、俺はいないんだ。

 この日常は、非日常だ。

 本来居ないはずの俺がここにいる。

 そう思うだけで周りのものが何もかもおかしく見えてくる。

 もし、俺がいなければ。

 俺のいない日常が戻ってきたら。

 今ここにある俺の分の食事は、どうなっているんだろうか。

 俺のいない食卓で、2人はどんな顔をしているんだろうか。

 このリビングのどこかに、俺の遺影が飾られているんだろうか。

 ご飯の味が、だんだんと消えていく。

 そうだ、俺は。

 この味すら、もう知ることが出来ないはずなんだ──

「ご馳走様」

 先に食事を終えリビングを出る。

 そっと閉めた、リビングと廊下を繋ぐ扉。

 パタンという音とともに切り分けられたその空間。

 そちら側に戻ってはいけない。

 俺にはもう、扉の向こう側を覗き込むことが出来なかった。

 静かな階段を一段一段、確実に上っていく。

 この階段は一体どこへ続いているんだろうか。

 自分でも理解できないような疑問が浮かぶ。

 一定の高さのものを10数段上り、平らな道を数歩歩く。

 向かった先はただ1つ、俺の部屋だ。

 何の変哲もない木の扉を開け、目の前に広がったのは黒を基調とされた自らの部屋。

 ああ、なんとも言えない感覚に陥る。

 変わらないこの部屋がある安心感、それと逆に、もう居ないはずの自分だけの空間が存在することへの違和感。

 どちらが正解なのだろうか。

 その疑問は、次の瞬間に壊された。

「おかえり~」

 こいつが俺の部屋の異物となり、俺を生かしている。

 俺は正解とか不正解とか、そんな簡単で確実な答えが出せる場所にはいないんだ。

 それは俺を決心させるには十分だった。

「なあ」

 椅子に腰を下ろし、半回転させて死神と向き合う。

「ん~?」

 ふわふわと浮きながら生返事が帰ってくる。

「俺は記憶の一部をお前に取られたんだよな」

「そうだねぇ」

 まだ、あいつはヘラヘラしている。

「その記憶を思い出してしまうまで、俺は生きることが出来る」

 命の灯火が消えかけている俺の体を目の前に、死に向かおうと体を飛び出した魂の俺は、こいつと契約を交わした。

 今思えばおかしな話だ。

 気がついた時には目の前に傷だらけの自分が居て。

 こんなに傷だらけの理由も、自分のことを客観的に見えている理由もわからない状態。

 そんな人生最大の混乱状態の中、自らを「死神」と名乗るこいつが現れた。

 そしてこいつが次に発した言葉。

「キミはもうすぐ死んじゃうよ」

 死神と名乗り、容姿ももちろん人間とはかけ離れている。

 口調も声色もおちゃらけていて、とても初対面でこいつの言うことを信じるなんて出来ないだろう。

 なのに俺には、こいつが嘘を言っているようには聞こえなかった。
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