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第1章 王 弟
4. 王弟 アベルディン
しおりを挟む天気がいい日、日の光がよく照りつける台地のような山腹には、もうほとんど雪も残っていない。ところどころに白い岩が突き出している緑の絨毯が遠くまで広がっていて、すっかり春の風景になった。
アベルもリマールも山の暮らしに慣れていて足腰が強く、軽快な足取りで坂を上がっていく。もうすぐ到着だ。急いで薬草の仕分け(これはリマールの仕事)と昼食の支度をしないと。
視線の先に、山小屋が見えてきた。と同時に、あれ・・・と思う。二人はそろって、思わず足を止めていた。
見慣れた景色の中に、見慣れないものがある・・・。
最も小屋に近い木には背の低い馬(名前を付けて呼んでいる飼いならした馬)がつながれていて、それより少し離れた隣の木に、今はもう一頭いるのである。
「綺麗な馬がいる。」
アベルが目を丸くして言った。
「誰かお客が来てるんだ。」
二人は一緒に駆け出し、少し興奮しながら近寄った。
脇腹が黒光りしていて、筋骨たくましい立派な馬だ。たてがみも尾も黒いが、額に少し白い部分がある。見るからに勇ましくて強そうなのに、二人が好奇心で首や腹に触れても、馬は首を向けてきただけで少しも嫌がらない。本能で二人の人間性を見抜いたのかも。1歳の頃からこの山で育ったアベルは、ほとんど人と接することがなく、純粋で人を疑うことを知らないような人柄。リマールの方は、少しは世間の厳しさも知っているが、礼儀正しく温和な少年だ。
「すごい、背が高い。」
アベルが瞳をきらきらさせながら言った。
「騎士が乗る馬だよ、カッコいい。」と、リマール。
馬はしっかりして丈夫そうな馬具を装着している。
「騎士がいるのかな。」
「家に入ろう。」
二人は期待を込めて玄関をくぐった。
「ただいま。」
「ヘルメス様、薬草と木の実を採ってきました。」
その人は、窓際のテーブル席にいた。
黒髪に、目元がキリッと引きしまった灰青色の瞳。とても知的な感じがするハンサムな男性で、色褪せていない上等そうな着衣に、腰には刃渡りの長い剣を帯びている。
うわ・・・すごく立派な人だ。アベルもリマールも数秒そのまま見惚れてしまった。
この時、ルファイアスの方でもまた息をのみ、アベルを見つめながら束の間呆然としていた。だが、我に返ると慌てたように立ち上がった彼は、アベルの目の前にサッと舞い降り、うやうやしく床に片方の膝を付いたのである。
「王の使いで参りました。ルファイアスと申します。」
すごく立派な人にいきなりひざまずかれたアベルは、意味が分からず困惑した。説明を求めるようにおじいさん・・・つまりヘルメスに目をやると、どうしたのか妙に深刻な顔をしている。
「アベルよ・・・ここに座りなさい。」
ヘルメスは、隣の空席に手を向けて言った。
アベルはおどおどしながらそこへ行き、ルファイアスも付き従うように後ろからついて行って、再び向かいに腰を下ろした。
何か緊迫した空気に、楽しかった二人の気分は、なぜだか分からない不安へと変わってしまった。
何の話をされるんだろう。王の使いと自己紹介したこの人はいったい・・・。
アベルは、天板を見つめるしかできなかった視線を上げて、目の前の男性をちらっと見た。
優しい眼差しで見つめてくるその人と、一瞬、目が合った。
「ヘルメス様、私からお話してもよろしいでしょうか。」
ヘルメスがうなずくと、ルファイアスは静かな口調で語り始めた。
話は14年前、アベルが賢者ヘルメスのもとに預けられた時のことから始まった。そして、そのおよそ1年後の別れと、現在、このウィンダー王国に起こっている問題。さらに両親と兄のこと。途中、補足的にヘルメスの声が入ることもあったが、彼はゆっくりと丁寧に説明してくれ、アベルもその一つ一つを理解しようと懸命に耳を傾けた。
複雑な気持ちだった・・・。
とにかく、今日この日、アベルは幼い頃の真実と境遇を初めて詳しく知ったのである。そして、まさに今、自分が必要とされていることの背景も。
しかし事情を聞き終えたアベルは、ややうつむいて、長い間何の返事もしなかった。
ヘルメスもルファイアスも、下手に声をかけたりしないで慎重に様子をうかがった。
そばで薬草の仕分け作業を黙々と続けながら聞き耳をたてていたリマールもまた、内心驚きながらも、気遣うような眼差しをちらちらと親友に向けている。
この間、アベルの意識はぼんやりとした記憶の断片を掻き集め、頭はこれまで不思議でならなかったことを考えていた。
そしてやっと顔を上げたアベルは、こんな意外なことを口にしたのである。
「実は・・・何となく知っているんです。優しい顔立ちの少年を。それが、兄王様なんでしょうか。」と。
ルファイアスは心底驚いた。
「2歳足らずの記憶が残っていたとは。」
「というより、忘れられなかった・・・と言った方が正確かもしれません。」
「王室へ・・・お戻りいただけますか。」
「戻るもなにも・・・。」
アベルはつい、少しふてくされた感じでつぶやいてしまった。
何か釈然としなかった。難病を患った自分の命を救おうと苦労し、愛してくれたこと、別れを悲しんでくれたことに対しては、身に沁みて嬉しいと感じた。だが、自分は王族とはとても言えない。全く記憶が無く、無知だ。ほとんどその中で生活もしていない。そのために一度は抹消された存在。そのせいで誰も会いに来てはくれなかった。なのに、今さら・・・。正直、何もかもそっちの都合だ! という気がしてならなかった。
重苦しい沈黙が続いた。
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