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第1章 王 弟
5. 王家の宝と旅の行程
しおりを挟むルファイアス騎士は、どこか哀れむような顔で見つめてくる。きっと気持ちを察してくれたのだろう・・・と、アベルは思った。
アベルはため息をつき、礼儀正しく態度を改めた。
「すみません・・・できれば、行きたくありません。兄王様はきっと良くなります。あの薬を飲み続ければ。僕はここにいます、ずっと。」
すると、ヘルメスが横から言った。
「アベルよ、王にはならなくていい。しかし、王宮へは行きなさい。そして王に顔を見せてあげなさい。王はお前のことを覚えている。彼とは、もう二度と会えなくなるかもしれないから。」
「それに、ここにいては危ない。殿下・・・いや、あえて君と呼ばせていただくが、君は恐らく狙われる。君の存在と居場所は、知られてはならぬ者にも知られている。君は王族であって王族ではない。ここには戦い慣れた強い護衛がおらず、無防備だ。」
なんてこと・・・アベルは思い悩んだ。いずれにしろ、自分の意思に関係なく事態は動いている。自分はすでに標的なんだ。身を守らなければならない。
それなら・・・自分も行動を起こすべきではないか。
時間がかかったが、やがてアベルは決心を固め、首を小さく縦に動かしたのだった。
「じゃあ・・・行きます・・・家族に会いに。」
ゆっくりと大きくうなずき返したルファイアスは、三つ折りにした白い紙を、スッとアベルの前に置いた。それまでは彼の手元にあったものだ。
「君には守ってくれる者が必要だ。私の弟を訪ねなさい。手紙を書いたから、これを渡して。ただ、私の願いをすぐに聞き入れてくれるかどうかは不安なんだが・・・。」
「あなたがついてきてくれるんじゃないんですか。」
「いや、そのつもりでいたのだが、先ほどいろいろと考えて思い直したんだ。私は、顔も名も方々で知られている。暗殺者を引き寄せてしまうと。」
「彼はどういう人なんですか。」
「我ら兄弟の末っ子だ。他の男兄弟はみな騎士の叙任を受けて王の兵士となったが、彼だけはさすらい戦士に。一人城を出て、この麓の森で気儘に暮らしている。最近帰ったばかりで、ここへ来る途中に会ってきたから、しばらくいるだろう。今は、あてがないと言っていたから。ああ、弟は、愛想は悪いが屈強だ。」
アベルは、そう力強く請け合って微笑した彼の目を、無言で見つめ返しながら考えた。ルファイアス騎士は端整で若々しく、おじさんのイメージは全く無いが、たいしたベテランで、実際、中年と言われる年だろう。その弟さんは何歳なのか。末っ子と言っていた。兄弟は何人いるのか。
一人違うことをしているというのは協調性がなく、変わり者という印象を受けた。少し滅入った・・・愛想が悪いのは嫌だな。
「王都で会おう。無事にたどり着けたなら、王宮までは必ず護衛する。」
そんな心の声が聞こえたかのように、ルファイアスは励ますような口調で言った。そして、上着の内側に右手を忍ばせたかと思うと、内ポケットから何か綺麗な小箱を取り出したのである。
「それから、これを。」
金色の宝石箱だ。眩しくて明るい黄金色ではなく、少し暗くて重々しい金。それには、いわくありげな形の装飾が施されている。何も知らないけれど、何となく歴史を感じた。中にも金色のペンダントが入っていた。長い鎖と共に同じく厳かな金色で、先端に吊り下げられてある飾り(ペンダントトップ)にも似たようなデザインがされている。直系三センチほどある丸い飾りだ。そこに嵌め込まれた赤い石だけが、煌々と目も眩むような光を放っている。ルファイアス騎士の説明によると、装飾の形は王家の紋章で、赤い石は非常に珍しいレッドダイヤモンドだという。アベルは宝石すら見たことが無かったので、こんなに美しい石が世の中に存在するそれだけで驚き、いつまでも魅了された。
「これは本来、王とその妻子が持つべきものなのだが、現国王アレンディル様には、まだ妻も子もない。そして、君はこれを持つべき者であったにもかかわらず、一度も手にしたことがなかった。さあ、手を出して・・・。」
ルファイアスは、おどおどとテーブルの上に出してきたアベルの右手を取り、そっとペンダントを握らせた。
「これが、君のことを知らない者にも王族であることを証明してくれる。だが本来は知られてはならないこと。信頼できる者の前や必要な時以外は、絶対に誰にも見られないように。これから君に、幾つか教えることがある。信頼できる者と、必要な時を。」
ここでヘルメスが、そばの作業場にいるリマールに声をかけ、手招いた。リマールも同行することになるからである。
アベルは、掌で美しく輝いているものをうっとりと眺めながら、話の続きを聞いていた。
「まずは関所。ここの責任者はマルクスという男だ。関所の入口には衛兵がいるから、彼を指名して、彼にだけこのペンダントをそっと見せて。そうすれば何の問題もなく通してもらえる。」
「衛兵の人にいろいろと聞かれたら、正直に答えてもいいんでしょうか。」
「いや、あまり他には言わない方がいい。どこで誰が聞いているとも、相手が裏切り者であるとも知れない。だが大丈夫。彼は周辺の町のことを良く知っていて、普段から彼に案内や助言を求める者はたくさんいるから、いちいち詮索されることはない。」
そんな見えないところまで警戒しないといけないのか・・・と、アベルは急に恐ろしくなり、王都へ旅をすることがひどく困難なものに思われてきた。
「それから、イスタリア城。ここには陛下の婚約者であらせられるアリシア姫がお住まいだ。その城主も、私もよく知る人物だから最も信頼できる。旅の支度を整え直してもらうことができるだろう。」
「わしの友人の家にも寄って行きなさい。彼は術使いで精霊占いができる。きっと旅の良い助言をしてくれるだろう。それに、泊めてもらえる。」
そしてヘルメスは、とりあえず今はその友人の名前だけを教え、住所などはあとで詳しく説明すると言った。
「王都アンダレアはここより東、大河を超えた先にある。青い山脈へ続く大街道の通り道に。」
「太陽が昇る国だ。」
リマールがアベルにささやいた。
「そうだ。だが、大街道はできるだけ避けた方がいい。その近くの森や山道を隠れながら進むんだ。いずれは大街道に出て、大橋の関所を通過しないといけないわけだが。とにかく王都にたどり着くまでは危険な旅になる。道中、顔をあまり見られないようにした方がいい。君は確かに、王に似ている。髪と目の色が同じだ。」
こうして、とりあえずひと通り話を聞き終えると、アベルは急に空腹に気づいた。そういえば、まだお昼を食べていない。というより、用意もしていない。リマールの方は、ヘルメスに呼ばれたあたりで、そろそろ作り始めようとしていたのだが。
「ルファイアスよ、まだまだ教えてやれることがあるだろう。今夜は泊まっていきなさい。」
ヘルメスのこの言葉で、ルファイアスは一泊して翌朝帰ることになった。
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