イルマの東へ

月河未羽

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第4章  旅の協力者

1. 密偵

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 精霊使いの少女ラキアをむかえて、新しい旅が始まった。

 しばらく見通しの良い草原を進んできた一行は、先日からまた樹木が立ち並ぶ森に入っていた。ローウェンの村から来た道を戻らず、大街道の方へと少しずつ斜めに横切るような進路をとると、その通り道にある美しい森。もともと大街道はウィンダー王国の中央より南寄りにある。そこからローウェンの村までさらに南下し、丸一日は街道と平行して進んできたので、森は南の国境近くにあった。

 美しいその森は、イルマ山の麓の森とはまた違う様相をみせた。まず、藪が少ない。上へ向かってほぼ真っ直ぐに伸びている凹凸の目立たない木が多く、木の葉は鮮やかな黄緑色をしている。それらが根を張っている地面には丈の短い野草が絨毯じゅうたんのように広がり、そこに今は陽光がよく降り注いで、全てが輝いて見えた。陽気な気分にさせてくれる風景だ。

 現に、ラキアは本当にピクニック気分で、その中をはずむように元気よく歩いている。生まれ育った村から離れた土地へあまり行ったことが無かったので、これから初めて見たり体験することを、もういろいろと想像しているのだろう。

 だがレイサーは用心し、アベルは落ち着かなかった。時々、いやな気配を感じる・・・ついて来るような。そうと思うと、ある時、違う方向へ消えていく。しかし、またしばらくすると現れる・・・気持ちが悪い。

 ここには道はあるが、どこでも歩きやすく馬でもすっと通れる場所だ。行き交う人はけっこういて、自由気儘きまま往来おうらいしている。そんな中で、あれ・・・と、不意に気づくのである。もしかして・・・つけられている?と。

「一人じゃないな・・・。」

 そわそわしているアベルに、レイサーがささやきかけた。

「顔を隠した方がいいでしょうか。」
「今さら遅いと思うぞ。どうせもう、俺たちは三人とも知られてる。雰囲気で目をつけられるだろう。だが、ラキアでごまかせているのかもしれない。それで相手も迷って偵察ていさつ中か・・・。今気になっているのが、密偵みっていなら・・・の話だが。」

 一方、リマールは二人のこの会話でようやく状況を理解した。そして、ならばそれらはどこの何者かと思い、この森や周辺には何があるのかと地図を広げた。

 様々なものがあった。

 それで、リマールは言った。
「この森には村や果樹園、宿泊施設、それに船着場もあるみたいだ。森を抜けた先には町もある。人気ひとけが多いのはそれでなんだ。」

 そう話していると、よく通る角笛の音まで響いてきた。

 アベルとリマールはそちらへ首を向けた。

「ああ大丈夫、あっちは国境警備隊だ。往来する人が多いのは、そのおかげで安心できるってのもある。本来、悪党を取り締まるために常駐じょうちゅうしているわけじゃあないんだが。」
「よく知ってるんですか。この森やその国境警備隊のこと。」
 アベルがきいた。
「ここには昔来たことがある。国境警備隊には、まあ、その・・・知り合いがいるんだ。」

 アベルもリマールも、おや・・・と思った。今、言葉をにごしたような?

 それから二人は思い出した。そういえば、ルファイアス騎士の話にもあった。近隣国の敵を警戒して、国境警備隊を強化していると。

「大丈夫なんですか、ここにいて。」
 アベルは少し話を戻して言った。密偵のことだ。

「そうだな・・・けど、国境警備隊のおかげで、部隊に襲われる確率は低くなる。密偵なら、俺がついていれば問題ない。」
「すごい自信ですね・・・。」
伊達だて孤独こどくなさすらい戦士を名乗ってるわけじゃない。」

 レイサーは、あの英雄ルファイアス騎士も認める屈強くっきょう。それは確かなのだろう・・・剣を握ったといえば、まだ農夫をおどしたところしか見てないんだけど。

 そうこう話しているうちに、一行は地元の人がふだん利用している湧き水の場所へとたどり着いた。旅人も誰でも好きにむことができる水飲み場で、森にはほかにも井戸が点在している。

 彼らはそこで、今日初めての休憩をとった。その水飲み場には他にも人がいて、おしゃべり好きな地元の人が二人話しかけてきた。そして、森にあるもののことや、ここでできることなどを得意気とくいげに教えてくれた。特に薬草の話になった時には、リマールが食いついて、もう自分からあれこれと質問を投げかけていた。

 それから、充実じゅうじつしているこの森の中で、とどこおりなく先へ進むために、不足した物資を補充しにかかった。

 ようやく一通りそろえ終えた頃には、きらきらとまぶしかった森は、落ち着いた光に包まれていた。恐らく今は、午後の4時から5時といった時間だろうと思われた。

 その時、道からずいぶん離れたところに小さな茂みを見つけた。一行は、その陰で二度目の休憩をとることにした。

 そこから周りを見てみると、遠くに人が通る姿はあったが、近くには誰もやって来なかった。この森の中でも人気ひとけの無い場所のようだ。通行人の数もぐんと減った。夜には道にも人の姿は無くなるだろう。

 レイサーは、ここで仮眠を取ることにした。

「怪しい気配がしたら、すぐに起こしてくれ。」

 そして彼は、話しかけてはいけない状態になった。

 森には宿もたくさんあったが、夜になったらもう少し先へ進んで、野宿しようということに決めていた。

 20分くらい経って、それまで周りのしげみの下の方に目を凝らしていたリマールが、申し訳なさそうな顔でアベルに言った。
「ちょっと近くを見てきてもいいかな。ここは初めて来たから、もし薬草があるなら調べて、覚えておきたいんだ。」

 彼は、水飲み場での地元の人の話がずっと気になっていたらしい。そう悟って、アベルは「いいよ。」と笑顔で答えた。

 一方、ラキアもうずうずしている様子。彼女の場合は、何もしないでじっとしているのにきただけのようだが。こういう時に体を休めておくものなんだけど。

 すると突然、そのラキアがパッとはじかれたように動き出した。

「あ、何かいた!」と声を上げて。

 ラキアは、野ウサギのように頭から横の茂みに突っ込んで、行ってしまった。

 アベルは唖然あぜんとなり、だがあわてて声をかけた。
「ラキア、遠くに行っちゃダメだよ!」

 それからハッとして、かたわらに目を向ける。

 レイサーはそのまま目を閉じていた。でも・・・きっと起こした。なのに気にしていないその様子に、すぐに連れ戻さなくていいのかと考えていたアベルも、しばらく待ってみることにした。

 そうしていると、またかすかに角笛の音が聞こえた。

 辺りが薄暗くなってきた。

 茂みから顔を上げて通りを見てみると、今は誰もいなかった。
 レイサーは眠ることができているのだろうか。
 かたや、二人ともなかなか帰って来ない。完全に気配が消えていた。

 リマールは近くにいるはずだけど、ラキアはなんだか危なっかしくて心配だった。ちゃんと戻って来られるのかな。もし迷ったのだとしたら・・・。

 とうとう、アベルは居ても立ってもいられなくなってしまった。

「もう・・・。」

 アベルは身動きしないレイサーを一度見て、悩みながらもそばを離れた。

 とりあえず、ラキアが消えた方へ探しに行った。

 道はやがて上り坂になった。そして、川の近くまで出てきた時。
 アベルは急に立ち止まった。こんな時に、どうして思いつかなかったのかと。
 彼はあせる気持ちをおさえて、耳をすまそうと目を閉じた。

 ところが、川の方から ドボン・・・! という音が。 

 大きな水音。

 え・・・まさか!

 何か重いものが川に落ちたと思い、アベルはすぐさま足元をって、夢中でそこへ駆け出した。
 木々を抜けた先には、流れの上に張り出しているがけ突端とったんがあった。
 そのきわに立ったアベルは、ただ慌てて下をのぞいた。川の流れは速い。アベルは祈りながら、一生懸命に目を凝らした。

 今の水音、ラキアじゃありませんように!

 とそこへ、いきなり背後から何者か走り寄ってくる気配が。
 ぞっとなったアベルは、声も出ないほど驚きながら振り向いた。赤い色が目に入った。

 次の瞬間・・・!

 強い衝撃しょうげきとともによろめき、地面から足が離れて、体が逆さまになった。下へ向かって落ちていく。

 流れの速い川の中へ・・・!

 アベルは、崖から誰かに突き落とされた。

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