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第4章 旅の協力者
12. イスタリア城
しおりを挟むイスタリア城へは、午後の遅い時間に到着した。フェルドーランという広大なモミの木の森の中にあり、西から下道を通って森に入ってから、その全体像がはっきりと分かるところまで、馬車だと3時間くらいだった。
円錐形の屋根を載せた塔がいくつも集まった、歴史を感じるその城は、木々から抜きんでていて森に入る前から見えていた。だがその全貌が明らかになると、初めて目にした者たちは畏怖の念を起こさせられた。高く堅牢な城壁を纏い、力強く流れる大きな川を制するように佇んでいる。
一見、川の中に建っているように見えたが、お城の裏側は向こう岸の岩山に接して造られているらしい。城の大手門までは石橋と跳ね橋が架けられている。
ちょうど正面からきた一行の馬車は、森の道からその石橋へとまっすぐに入っていった。
左手遠くの岩山からは、幅が広く、落差三百メートルはあろうかという大迫力の滝が流れ落ちていて、右手にもそれと比べると小さな滝があった。そのため、滝と滝の間の、川の上に架けられた長い石橋を渡るこの時は、ひんやりとして霧の中にいるような感覚だった。川の流れは、小さな滝を過ぎたところで東へ折れ曲がっている。
アベルとリマール、そしてラキアは、イスタリア城と周りの景色に魅了というより、取り憑かれていた。こんなに荘厳な城が、他にあるだろうかとアベルは思った。ルファイアス騎士は、ここの城主をよく知っていると言っていた。こんなに立派なお城を与えられた人物って、どんな人だろう。
「レイサーの実家のお城も、こんな感じなんですか。」と、アベルはきいてみた。
「いや、全然違う。イスタリア城は、俺が知る中で最も風格ある城だ。」
「王の居城よりも?」
「ああ。だが王は今、城から少し離れた宮殿に住んでいる。」
そう話している間にも、馬車は長い石橋と、その先に下ろされていた跳ね橋を渡りきり、まず、大きな塔の下にある無人の大手門をくぐり抜けた。中にも更に城壁が張り巡らされている。それは、侵入してきた敵を射撃できる狭間胸壁と、半円の塔を配した壁。その向こうにそびえ立つ城館はとても大きく、厳しい目でにらみつけてくるようだった。まだ馬車に乗っているので体は勝手に進んでくれるが、アベルは圧倒されて足がすくむ思いがした。
二つ目の門には扉が付いていたので、イシルドが馬車から降りて鉄のノッカーを鳴らした。
間もなく門番が一人出てきて、訪問客をさっと眺めた。レイサーの知らない男だった。だが彼は感じ良く挨拶をしてくれ、イシルドと少し話をして、すぐに中へ通してくれた。
やがてたどり着いた城館の玄関までは、幅の広い階段が続いていた。
一行は全員、馬車から降りた。
「では、よく休ませていた代わりの馬を用意してきます。ここで、少々お待ちください。」
イシルドと話した門番はそう言うと、馬車をどこかへ移動させた。
そしてもう一人いた門番が、彼らの来訪を伝えるために、先に階段を上がっていった。
その通り長くはかからなかった。すぐに戻ってきた門番に案内されて、一行とイシルドは階段を上がり、門番が扉を開けてくれた玄関を通って、城館に足を踏み入れた。
城の中も外観と同じく、きらびやかさは全くなかった。広々としたエントランスホールは吹き抜けで天井が高く、左右対象の階段が二階の回廊につながっている。その回廊にはアーチの窓とランプが並び、灯りは壁面のそれらランプだけで、シャンデリアのような大きな照明は無い。重々しく、しっとりと落ち着いた内装である。
アベルやリマール、それにラキアにとっては初体験の場所だ。アヴェレーゼの屋敷や関所の館もそれは立派だったが、何より規模が比べものにならない。しかし迎えてくれる者たちがもう目の前にいるので、ここでは三人とも、世界が違うと呆けたり、きょろきょろすることはなかった。
そこに並んで待ってくれているのは、先に連絡を受けていた執事と、レイサーと歳が違わないように見える若い男性だった。
「遠路はるばる、ようこそお越しくださいました。」と、その若い男性は少しのあいだひざまずいた。
一方の執事は胸に手を当て、姿勢よく深々とお辞儀をして迎えてくれた。
「レイサー様、ずいぶんと逞しくなられて。」
「お久しぶりです。」
「城主様や奥方様はお変りありませんか。」
「おかげさまで・・・たぶん。」
レイサーは、長いこと会ってないから知らん・・・と答えたかったが、バツが悪いのでごまかした。
「レイサー、私のことはお前から紹介してくれないか。」と、隣にいる若い男性が言った。
それを受けて、レイサーは彼に掌を向ける。
「彼は、ここイスタリア城の城主エオリアス騎士の息子で、アルヴェンだ。彼も騎士号を与えられた一人。つまり、この城の跡取りだ。」
「それだけか? 私は友人だとそう紹介して欲しかったんだが。」
「ああ・・・俺の友だち。」
レイサーは取って付けたように言い足した。
アルヴェン騎士は緩いくせ毛が似合う端整な青年で、切れ長の鋭い瞳をしており、レイサーと気が合いそうな雰囲気はあるものの、愛想は彼の方が明らかにいい。
「かつては一緒に訓練を受けた仲なのに・・・。お前が騎士を目指さないのは残念だ。じゅうぶん通用する腕でありながら。」
「アルヴェン様・・・。」
執事はそっと呼びかけただけで、彼に無駄話を止めさせた。他の客人を待たせては悪いと。
アルヴェンは肩をすくめ、「ああ、すまない。懐かしさのあまり、つい。さあ、殿下と客人たちをご案内して。」
執事は、かしこまりました、というように軽く頭を下げた。
「申し訳ございませんが、ご主人様と奥様、そしてお嬢様は王都へ出掛けており、まだお戻りではありません。しかし話はうかがっておりますし、ちょうど今日の夕方までには帰城の予定ですから、間もなくお戻りになられるかと。挨拶は御夕食の時に。それまで城内でご自由にお過ごしください。入浴の準備をさせます。お疲れでしょう。」
「ありがとうございます。」
そう返事をしたのはレイサーだった。アベルもリマールも何だか気後れして、声が出てこなかった。
「では、私はこれで。」と、ひかえていたイシルドがさらに下がった。
彼が言うところによると、大街道の方へ森を抜けて行けば、一時間くらいで出られるという。そこから大街道を通って帰れば、今日中にはじゅうぶん関所へ戻れるので、彼はすぐに立ちたいそうだ。さきほど門番が代わりの馬を用意してくると言ったのは、このためである。
一行はイシルドにお礼を言い、互いに別れの挨拶を交わした。
そのあと彼らは、執事の誘導で柱廊に囲まれた中庭を通り抜け、城の奥へと進んだ。
「お部屋は皆さんご一緒になさいますか。それとも別の方がよろしいですか。」
歩きながら執事がたずねた。
「ラキアは女の子だし、別にしてもらおうか。」と、アベルが気を遣った。
「そうだね、ここは安全だろうから。」
リマールもそう応じたが、本人は一人じゃつまらないから一緒がいいと言った。
だが結局は、「別々で。」とレイサーが言いきって、相談もせずに決まった。
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